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今年夏のLRM1600km 2024 1001Miglia Italia の状況がイタリアのランドヌールの団体ARIの機関誌最新号に載ってました。
これ美味し♡リッチャレッリ・ピスタッキオ− ピスタチオ風味アーモンドペーストリー(焼き菓子)☆ By. SAPORI
Ricciarelli pistacchio, pasticcerie alle mandorle con pistacchio di SAPORIリッチャレッリ・ピスタッキオ− ピスタチオ風味アーモンドペーストリー(焼き菓子) By. SAPORI1月21日。1832年創業のトスカーナの老舗菓子メーカーSAPORIのお菓子は、https://jacquelinege.blog.fc2.com/?q=sapori&page=0うちの辺りだと、クリスマス&パスクワ(イースター・復活祭)の大きなキリスト教行事のシーズンになると店頭に登場しま...
TH69です。 お安い牛肉が手に入ったので、夕食は牛肉とレンコンと椎茸を炒めて甘辛く味付けした佃煮風の料理でした。 子供の頃、山登りの昼食に持って行った牛肉の佃煮を思い出させる味です。 材料はこれだけです。最後に合わせ調味料で味付けします。 いつものように、にんにくをオリーブオイルで炒めた油で牛肉を炒めます。 牛肉の脂が出てくる程度まで炒めます。 まずレンコンを投入します。 少し炒めてから椎茸を投入。 椎茸がしなっとなったら、合わせ調味料を加えて佃煮のように煮詰めます。 完成です! レンコンなのでレンコン柄の取り皿で(笑) では「いただきま~す!」 やっぱりこれは美味しいわ。 お肉の味もよかっ…
今年は真夏のイタリアでのLRM、1001Migliaを中心にライドや準備を組み立てていこうと思っています。このコースはトスカーナの風光明媚な景色も楽しめると期待しています。 このライドに向けた当面の準備や手配関連をまとめてみました。
ヴィラ・アンティノリは、現当主ピエロ・アンティノリの父、ニコロ・アンティノリによって1928年トスカーナに造られました。ヴィラ・アンティノリ・ビアンコの最初のヴィンテージは1931年。2001年よりピエロ・アンテ
【イタリア美食】顔より大きなTボーンステーキを完食😆 スウィートな生活とは。。。
こんにちは。ほのかです。 今回はイタリアで おいしかったものを。 まずはピザ。 顔が包めるくらい大きくても スルッと入っ
2024年は海外RM挑戦と考えていたのですが 気がつくと押してました! そう、ノリと勢いも時として大切(かも) 諸々は走りながら考え準備しようかと ※2024年8月16日〜です にほんブログ村 にほんブログ村
【あの頃イタリアで その92 トスカーナ卒業旅行⑩ 旅の終わりの犬】
マルコからの突然の提案で(その91参照)、今夜が旅の最後の夜になってしまった。私たちは何となく感慨深げにテントを組み立て始めた。作業する傍らで、どこからともなくやって来たブチ柄の痩せた野良犬が尻尾をぶんぶん振り回しながらはしゃいでいる。
ブドウとオリーブ栽培をヨーロッパ基金を使ってトスカーナ州主催の農業士養成講座の最終試験が2014年の初夏だった。その前からぼちぼち近所の農園のブドウの収穫の手伝いや自分チのオリーブでオリーブオイルを搾りだしたりと興味を持たずにはいられなかった。そんなところに
勢いで事前予習なくエントリーしたのですが改めてコースをざっとたどってみました。1600kmの内1200kmほどは山岳コースっぽいですが、経由地で楽しみなところをいくつか見つけました。あくまで観光目線でざっと、の粗々で、通過時間帯も未確認ですが... ・天空の塔の街、サンジミニャーノ ツアーでも人気のトスカーナの街です。 他にも知られているルッカ、ピサ、シエナといった代表的な街は周辺通過で市街は通りませんがこの街は市街を通過するようです。 ・ラヴァーニャの海岸沿いの道 距離は限られますが昼間から夕方だと綺麗な景色でしょう ・オルチャ渓谷 ここ、ど真ん中を通過するようで絶景に期待が高まります。 ト…
【あの頃イタリアで その91 トスカーナ卒業旅行⑨ そして旅は突然終わる】
「あのさ、少し早いけど、明日ミラノに帰らないか?」 マルコからのいきなりの提案に、私とオスカルは豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしていたに違いない。(そんな鳩、見たことも無いが) 今日は旅が始まってから7日目。マルコの旅の計画では10日間の予定だから、あと3日残っている。 「なんで?なんで?!まだ3日もあるのに!」と反論したいところだが、オスカルも私も予想以上に身体的疲労が溜まっていることに気付いていた。それに加え、旅の一番の目的地であった“古都シエナ到達”を果たしてから、3人とも言い知れぬ脱力感に襲われていたのである。 マルコは旅程を切り上げるその理由をはっきりと言わなかったが、私は知っている。
昨晩、お友達ご夫妻が持ってきてくださり、一緒に飲んだワインです。チェリーやシナモンなど複雑なニュアンスが絡み合い、タンニンもきめ細かく、ふくよかで奥行きのある風味です。とにかく美味しい。山形県産の鴨を
【あの頃イタリアで その90 トスカーナ卒業旅行⑧ 古都シエナにやって来た!】
今日は1996年7月9日、トスカーナ自転車旅行7日目の朝が来た。 昨夜は設備が整ったキャンプ場のシャワールームで、2日分の汚れをきれいさっぱり洗い流したので今朝は気分爽快である。しかも今夜もここに宿泊するので、今までのように朝早くテントを畳んで慌ただしく旅立たないで済む。 この旅始まって以来ののんびりした朝だ。 昨日の雨の名残りか、プールサイドから見上げる空にはまだ雲が多いが、合間から刺す日差しは夏そのもの。 旅が始まってから今日まで、私たちは古都シエナを目指して必死に自転車を漕いできた。そのシエナがとうとう目と鼻の先(ここから30分行ったところ)にある!確実に手が届く!
近頃、じっとした体勢で手だけを動かす作業をすることが多い。だから、身体がとにかくなまっていくのでウォーキングを週末に平日はストレッチングを心がけるようになった。その心がけをやろうと思える余裕も近頃もてるようになった。それでも相変わらず左肩は痛いし上がらな
【あの頃イタリアで その89 トスカーナ卒業旅行⑦ カッパの恨みは怖いのだ】
古城で迎えるトスカーナの夜明け・・・と書くと物凄くかっこいいが、正しくは、古城がある公園に張ったテントで迎える5日目の朝(笑) 私とマルコとオスカルは早起きをして、この旅最大の目的地である古都シエナを目指して出発した。もう迷子になるわけがない。だって目の前にあるのは獣道ではなく、確実にシエナに向かうと太鼓判を押された”ちゃんとした道”(地図に記載がある道路)なのだから。
2023年、オリーブは実らなかった。我が庭のボスのようなオリーブの木の下で内側からパラパラあるオリーブを眺めながら今年を振り返った。自分の2023年も振り返ったり家族の今年も振り返ったり.....2023年の春イタリアの各地で洪水となるほど雨が降った。ブドウの木はカビの病
ハーフタームだったのでイタリアに行ってました⭐️トスカーナにお家を借りて1週間、夏休みにどこにも行けなかった反動というか。ってことでお写真含めてダイジェストしたいと思います。 こちらが泊まってたおうち。我が家の3倍くらい広い…プールとジャグジー、サウナまでついてる地上2階、地下室付きの豪邸かと思いきや、昔の納屋を改築した物件だそうです。牛馬の方が私よりいい生活してたってことなのかしら… 初日は空港からレンタカーで移動して、途中スーパーに立ち寄って終了だったんですが、イタリアのドライバーさんたちはとにかく怖い。老若男女問わず結構なスピードでぶっ飛ばしてくるし、道幅はイギリスよりも若干狭いのにもの…
【あの頃イタリアで その88 トスカーナ卒業旅行⑥ エンドレス・スタンドバイミー】
「マズいことになってしまったかも・・・いや、そうに違いない。」 1996年7月7日。私たち三人はそれぞれがそう思いながらも口に出せず、無言のままペダルを漕ぎ続けていた。 農家の優しいご夫婦に別れを告げてから約2時間、シエナ方面に向かう一本道をひたすら進んで来たのだが、その道が・・・
私にはたくさんの友がいる。会わないけれど、心は繋がっている。会わないけれど、会ったときはまるで昨日もしくは一週間ぐらいしか経っていないそんな気持ちで久しぶりなのに久しぶりに感じない。来月30歳になるというシチリアからトスカーナに引っ越して3ヶ月パレルモ近郊ど
【あの頃イタリアで その87 トスカーナ卒業旅行⑤ 亀と卵とワッハッハ!】
「おーい!おまえたちー!早く起きろー!カメが!カメが卵産んでるぞー!」 “は?カメ・・・それって亀?” 手探りで掴んだ枕元の腕時計はまだ5時を過ぎたばかり。 “ここはどこ?ナゼに亀?そして・・・マルコでもオスカルでもないこの声の主は一体誰?” 頭の中も髪の毛もグチャグチャなまま、取りあえずテントのファスナーを開けて外を覗いてみる・・・が、やはり全く状況が呑み込めない。 「ほら!カメラ持って早くこっちにおいで!」 見知らぬおじさんが私に向かって一生懸命に手招きをしている。
空をみろ il tramonto ci fa in silenzio
私たち夫婦はよく口喧嘩をする。夫がいつもイライラしてなんでも否定するからと私はおもっているけれどきっと夫からすれば私が彼らを信用しないでいちいちうるさく言っているとおもっているに違いないしそう私たちは言い合っているので知っている。理由は、だれもがわかって
【あの頃イタリアで その86 トスカーナ卒業旅行④ 小さな宝石箱ピエンツァ】
3日目の朝が来た。アグリツーリズモを営む農家の庭先に設置した大小のテントが二つ。その小さいほうから這い出した私の視界一杯に、朝のまばゆい光に照らされた緑の絶景が飛び込んできた。 “そうだ・・ここはトスカーナだった!” と、毎朝驚く私。 そしてここはモンテプルチャーノを見上げる広大な畑の中に建つ一軒家・・の庭先。昨夜到着した時は既に日が暮れていたので、遠くにポツポツと灯る灯りしか見えなかったが、今は澄んだ空気の中にそびえ立つ丘の上のモンテプルチャーノがはっきりと見える。
夏休み最後の日曜日私たちは海に行った。思春期青少年のリクエストだ。Livorno県の海沿いはきれいな海岸がたくさんある。私たちはいつもSan Vincenzoという地のビーチに行く。少年が4歳ぐらいの頃ビーチからちょっと奥まった静かなキャンプ場にはじめてテントをはった記憶は
【あの頃イタリアで その85 トスカーナ卒業旅行③ 近いのか?遠いのか?モンテプルチャーノ】
2日目の朝早く、テントを張った謎の空地を後にした私たち三人は、第一目的地であるモンテプルチャーノの手前の、名も知れぬ小さな村でようやく食事にありついた。バール(カフェバー的なお店)はここ一件しかないのではないかと思われるほど辺鄙な村の小さなバール。そこでピザかサンドウィッチでも食べたのだろうか?とにかく自転車を漕ぐので精一杯だったので、残念ながらこの旅での食事の記憶は全般的に薄い。
まだまだ 工作と ブレイクタイム 出来ればご声援お願いいたします m(__ __)m ル コルビジェの映画 2017年の作品 工作ベランダ、、水たまりができる何とかしなくちゃ原因は 排水溝に届かないクーラーの配管 取り合えずなおしてしまおう! 水たまり ペットボトルの底を開ける丁度強力な炭酸水の500MLが無色透明なので...
【あの頃イタリアで その84 トスカーナ卒業旅行② ベトベト大福の洗礼】
1996年7月4日。私たちは一つ目の目的地であるモンテプルチャーノを目指して自転車を漕いでいた。 出発地点の“トッリータ・ディ・シエナ”からは直線距離で約12㎞。スタートしたのは昼過ぎであったが、夕方前には余裕で到着すると思っていた・・・が、されどここはトスカーナ・・・そんなに甘くは無い。私たちは1日目にしてトスカーナの厳しい洗礼を受けることになる。
前回の続き。『トスカーナの隠れ家ホテルと、イギリスの地産地消』以下は外部広告です新婚旅行という名目で、イタリアに夏のバケーションに行きました。『ハネムーンはど…
以下は外部広告です新婚旅行という名目で、イタリアに夏のバケーションに行きました。『ハネムーンはどこに行く?』結婚式をするのなら、ハネムーンも行こうとなりました…
【あの頃イタリアで その83 トスカーナ卒業旅行① 出発の朝】
出発の朝が来た。 荷物は最低限にしたのだが、用意したサイドバック(自転車の荷台の横に下げるバック)はパンパンだ。それに寝袋とテントを入れると全部で20㎏くらいになるだろうか。 「あなたホントに大丈夫?こんなに荷物積んで自転車漕げるの?しかもトスカーナの丘陵地帯でしょ?」 同居人の良美さんが心配そうに見つめるも、今更どうにもならない。
思うより動けと誘うか瞑想の森、Il Bosco della Ragnaia 3
わたしたちは、得てして何かをこういうものと思い込み、知ったつもりでいるけれども、本当に知っているのだろうか。考えて判断を下すとき、正しい判断をするために...
万能薬リンデンティ Tiglio per la tisana
イタリアではTiglioティリョとよばれるリンデンは街では街路樹、田舎では野生に大きく大きく育ち季節にあわせて、冬は日を大地に送り春は甘い香りをぷんぷんさせてミツバチをよびカンカンの夏は日傘となり人々を熱い日差しから守る。そんな存在感のあるリンデンの花は可憐に
【右】側のワインはお友達が持参してくれたヴィンテージ2004年の特別な品です。キャンティの醸造にも使われるブドウ品種がまったく異なった風味を醸し出すことに、ワインの奥深さを感じます。 本品は、イタリア・
私の母は、享年52歳であった。7月7日が命日だ。私はまだ21歳でほんの数日後、22歳の誕生日を迎えた。あれから30年の月日が経った。30年前の日本の七月は冷夏だった。30年後のイタリアの七月は猛暑だ。地球の気候は変動してしまった。52歳に近づくたびに45歳ってこんな感じな
今と明日へ聖ヨハネのアクア Acqua di San Giovanni
私は何をやるにも集中型でいろんなことを同時に進行させることが不器用だ。もう、それはそれでいいと思っている。自分が自分に費やしているエネルギーと時間はその今の気持ちにゆだねようとおもう。昨年は、その気持ち的に余裕はなかったけれど今年は、気持ちの余裕というよ