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日本統治時代の木造建築が今も多く残る、台湾西部の木都・嘉義市。レトロ感あふれる街並みがのこる同市中心部に、今回ご紹介する文化路夜市はあります。台北の代表的な夜市に比べたら、いささか小規模かもしれません。それでもぶらり散策しながら、屋台見物する価値は十分にあります。▲人でにぎわう文化路夜市文化路夜市に漂うローカルな雰囲気は、まず台北じゃ味わえないでしょう。変に観光地化されていない分、現地の文化をより...
嘉義客運7214路線 乗車記(嘉義駅→関子嶺温泉)【台湾バス旅】
台湾きっての人気温泉地として、日本統治時代から親しまれている関子嶺温泉。日本人旅行者にも好評の温泉地ですが、あいにく鉄道は通じていません。公共交通機関を使うならバス一択です。関子嶺温泉行きのバスは、以下の3パターンに大別できます。嘉義市内発着の嘉義客運(1)高鉄嘉義駅発着の台湾好行関子嶺線(2)新営発着&白河乗り換えの新営客運(3)台北から短時間で行くとしたら、高鉄&台湾好行利用の(2)が一番便利では...
2023年2月10日、十四張~双城をむすぶ安坑ライトレールが開業しました。それにともない、台北南郊の鉄道空白地帯がひとつ解消され、これまで不便を強いられてきた新興住宅地「台北小城」へのアクセスが強化されています。そんな安坑ライトレールはいったい、どんな環境下を走っているのでしょうか。今回はそれを確かめるべく、乗車体験してみたいと思います。目次1 環状線から安坑ライトレールに乗り換える2 使用車両は「メイド...
シェアサイクル「youbike」で烏樹林糖廠に行ってみた(新営駅⇔烏樹林)
台湾各地に建設された製糖工場は、今や観光資源として重宝されています。今回はその一つ、旧烏樹林糖廠を活用した歴史公園「烏樹林休間園区」への行き方についてご紹介します。といっても、オーソドックスなバス旅じゃありませんよ。今から利用するのは、台湾のシェアサイクル「youbike」です。烏樹林休間園区がある台南市には、youbikeのスタンドがいくつも整備されており、気軽に自転車旅を満喫できます。目次1 往路(新営駅→北...
台北メトロで唯一、ゴムタイヤ式の電車が採用されている文湖線。台北市中心部と郊外を結ぶ交通手段として、2009年に全線開業した路線です。松山空港を経由するため、同空港を利用した人なら、きっと一度は乗車したことがあるかもしれません。今回はそんな文湖線の電車を撮影するため、台北市中心部に近い南京復興駅にやってきました。ここに足を下ろすのは2度目です。前回のリベンジを果たそうじゃありませんか。▲文湖線の下を通る...
台湾東部、花蓮県鳳林鎮にはかつて官設移民村「林田村」が設置され、多くの内地人移民が農耕を行っていました。当時の花蓮港庁鳳林郡鳳林街大字林田一帯が林田移民村の範囲でした。大字林田の下には4つの小字(南岡・中野・北林・平林)が置かれ、その他にも本島人(台湾人)による集落「金田」があります。うち南岡は一村、中野は二村、北林は三村の異名を持っています。戦後、南岡・中野は併せて大栄、平林は林栄へと改称されましたが...
シェアサイクル「youbike」で烏山頭ダムに行ってみた(隆田駅⇔ダム)
台湾では今やおなじみの存在となった、シェアサイクル「youbike」。現地の電話番号さえあれば、日本人でも登録して利用することができます。鉄道やバスが通っていない場所に行く際、これが大いに役立つでしょう。今回はそんなyoubikeを利用して、台湾を代表する観光地に行ってみたいと思います。八田與一技師による指揮のもと、日本統治時代に建設された「烏山頭ダム」が目的地です。目次1 台鐵隆田駅から八田路に出るまで2 八田...
【2023-24】台湾・虎尾糖廠の五分車撮影記(1)―観光地化された軌道敷
台湾最後のシュガートレインとして、しぶとく残る台糖虎尾糖廠の五分車。2023-24シーズンの操業が始まり、いよいよ五分車の運行もスタートしました。海外との自由往来が解禁されたことで、台湾は定番の観光地として、再び注目を集めています。台湾渡航が当たり前になった今、およそ4年ぶりとなる五分車撮影を思い立ちました。▲虎尾糖廠に隣接する踏切赤い旗が運行開始の目印今回の撮影記は虎尾糖廠(砂糖工場)から始まります。五...
旧台北州庁=監察院のレトロ建築が美しい!早朝の台湾中枢をぶらり散策
台湾に来ると思わず、早朝から行動したくなるものです。今回は友人を連れてのパックツアー参加という形ですが、だからといって何もしないわけにはいきません。限られた自由時間を活用しようと、睡眠時間を削って早起きしました。行天宮前のホテルを出てMRTに乗り、忠孝西路界隈に出たいと思います。善道寺駅を出て台北市中心部を進むと、やがて旧台北州庁が見えてきました。現在は監察院として使用されているレトロ建築です。ここ...
台湾中部最大の都市・台中市にやってきました。今回は台中駅を起点に、駅から歩いて数分で行ける範囲にある日本統治時代の史跡、特色ある施設を中心に見て回りたいと思います。目次1 台中駅前の土産物店街2 時代に取り残されかけた旧栄町通り3 スイーツ店に生まれ変わった宮原眼科4 緑川を通って建国市場へ台中駅前の土産物店街まず初めに、駅前から台中港方面へと伸びる台湾大道(省道12号線)を西に進みます。省道12号線は台中...
【台湾観光】ライトレールが走る!高雄旧市街地「ハマセン」をぶらり
日本統治時代に高雄の中心部があった愛河西岸部のうち、とくに海沿いの地域は「ハマセン」と呼ばれ親しまれています。近年ではライトレールが延伸したことで、以前よりもいっそう観光地化が進みました。今回は徒歩でハマセンをめぐり、いくつか見どころをご紹介したいと思います。まずは「ハマセン」の範囲から、簡単に解説します。このハマセン(哈瑪星)という単語は日本語の「浜線」に由来するもので、すなわち臨港線のことです...
【台湾観光】バスを待つぐらいなら...夜の高雄を歩く(西子湾~自強夜市~興中夜市)
2020年2月、5年ぶりにして初となる高雄での一泊を前に、チョットだけ夜の街を散策してみました。ホテルでのチェックインを挟み、西子湾から三多商圏を目指して、LRT&徒歩での市街地横断に挑戦です。今回のスタートはコチラ!旧高雄港駅を活用した鉄道公園です。夜の公園には野良犬が多いので、極力人気のない場所は避けて、高雄ライトレールのハマセン電停に向かいます。数年前に開業したという高雄ライトレールは、架線のない軌...
【2018年末】台湾・虎尾糖廠の五分車撮影記(2=完)―十番積込場の入換を激写!
「【2018年末】虎尾糖廠の五分車撮影記(1)」の続編です。前回は虎尾市街地から九番積込場までの行程をお届けしました。前回のあらすじ虎尾中心部でバスを降り、高鐵雲林駅で荷物を預けたのち、身軽になった状態でシュガートレインの撮影に向かいました。今回はより遠くまで行きたいという思いから、旅先で走る「旅ラン」のスタイルを取り入れています。虎尾から走ること十数キロ、ついに目的地の九番積込場に到着しました。この...
【2018年末】台湾・虎尾糖廠の五分車撮影記(1)―旅ランスタイルで奥地を目指す
毎年廃止・トラック転換が噂されている、台糖虎尾工場の「五分車」ことシュガートレインですが、2018年度も無事に運行されました。2018年12月中旬から運転が始まり、収穫したサトウキビを満載して工場と積込場を往復しました。今回はそんなシュガートレインを撮影するため、雲林県虎尾鎮にやってきています。同列車の撮影は2015年1月にも行ったことがあり、それ以来およそ3年ぶりの虎尾訪問です。目次1 虎尾で「撮影ラン」にチャ...
林田移民村の「台湾村」とは?金田集落をぶらり散策(花蓮県鳳林鎮)
東台湾にかつて日本人による移民村があったことは当ブログで度々ご紹介した通りです。その中でも今回は、花蓮県鳳林鎮にあった「林田移民村」にスポットを当てたいと思います。林田移民村(以下、林田村)は日本統治時代の花蓮港庁に置かれた官設移民村のひとつで、主に煙草の栽培が行われました。村内には南岡、中野、北林といった計3つの集落が置かれ、これら地名は鳳林街(現在の鳳林鎮・光復郷北部)の小字としても登録されていま...
台湾の首都にして最大都市・台北市の中心部にやってきました。今回は台湾政府の主要機関が集中する地域、日本語地名でいうならば幸町~樺山町にかけての地域をめぐっていきます。▲亭仔脚の中から旧台北州庁を眺めて台北駅のすぐ東側が今回めぐる地域にあたります。駅から数百メートルほど東には、旧台北州庁をそのまま転用した監察院があります(写真上)。先ほど二つの地名を挙げましたが、幸町・樺山町ともに台北駅のすぐ東側にあ...
台湾北東部の街・蘇澳を散策しているときのこと。台湾ではあまり見かけない光景を、ふと蘇澳駅前で目にしてしまいました。はたして、一体何が目の前に現れたというのでしょうか。▲蘇澳駅前広場「それ」は蘇澳駅から歩いて10秒の場所にありました。「それ」の正体はとはそう、アーケード街です。一応、台北には新富市場や華西街夜市がありますし、同じ宜蘭県の頭城にも駅前アーケードはありますが、そもそも台湾全土レベルで見ると...
現存量多し!東台湾「関山」の日本家屋を調査した(台東県関山鎮)
台湾南東部、台東県第二の町関山には多くの日本家屋が残っています。そもそも台湾の主要都市には、公務員宿舎をはじめとする日本家屋様式の建築物が多く残っていますが、高層建築の林立によって町並みが変化しているため、戦前の雰囲気を残している場所は多くありません。ところが関山という場所は人口密度の低い台湾東海岸にあって、しかも都市化の影響をほとんど受けていません。おかげで碁盤の目に区画された関山市街地には、70...
現在、台北駅の西側が大きく姿を変えつつあります。北門の上に長年覆いかぶさっていた陸橋は姿を消し、台北駅と桃園空港を結ぶ鉄道路線も開業しました。相次ぐ交通事情の変化により、台北駅西側がどのように変わったのか。そして同時に、日本統治時代から商業地域として栄えている博愛路(京町通)を北から南へと辿りながら、古い建築物がどう扱われているのか。今回はこの二つに着目しながら、台北中心部を巡っていきます。目次1 ...
桃園市桃園区の中心部をぶらり散策―林口線の廃線跡にも遭遇しつつ
桃園空港から桃園バスに揺られ、桃園市街地に出てきました。今回、空港から台北に立ち寄らなかった理由は、移動費の節約と明るいうちに旧桃園神社に足を運ぶためです。時計を見るとちょうど4時ごろで、ぎりぎり日没に間に合いそうです。途中の春日路口でバスを降り、歩いて旧桃園神社を目指してみることに。▲一面のススキ原バス停の横は空き地になっており、見事なススキ原が広がっていました。ススキの形状は通常よりもやや大きく...
台湾西部の街・嘉義は日本統治時代より、阿里山への玄関口として栄えました。昔はヒノキ運搬で、現在は観光で注目を集めており、甲子園で準優勝した嘉義農林学校野球部を描いた映画『KANO』の公開により一層注目されています。そんな嘉義には日本統治時代、多くの日本人が居住していました。ゆえに日本家屋が多く建設され、現在でも至る所にその姿を見ることができます。これは個人的な感想ですが、嘉義は「台湾西部で一番日本色の...
台湾西部の都市・嘉義市をめぐります。『日本家屋の多い街・嘉義市を行く(夕方編)』では夕方の嘉義市街地をめぐりましたが、今回は朝の市街地を見ていきましょう。嘉義といえば何といっても、台湾西海岸では屈指の「日本色の強い」街ですから、沢山の日本家屋を挙げることができます。今でも多数の日本家屋が残存しており、その量は台北や高雄顔負けです。おそらく、東海岸の花蓮とはいい勝負かもしれません。「噴水鶏肉飯」のある...
今回は台湾西部、内陸にある苗栗市をめぐってみましょう。時刻は早朝、清々しい中を歩いて移動しました。今回は苗栗駅前を起点に、市街地南西部にある旧苗栗神社(忠烈祠)を目指して進みましょう。立ち並ぶビルはどれも低めで、いかにも地方都市らしい雰囲気を放っています。おや、歩くにつれジャージ姿の学生が増えてきましたよ・・・交差点の一角に果物屋「富山水果行」を見つけました。屋根をよく見ると、和風の様式じゃないです...
【2015年1月】台湾・虎尾糖廠の五分車を撮る(1)―廃線跡のような現役線路
毎年廃止・トラック転換が噂されているという、台湾西部・虎尾のシュガートレイン(サトウキビ運搬鉄道)ですが、2014年度冬も無事に運転されました。予てより、台湾最後の「本来の用途で使用される」シュガートレインとなった台糖馬公厝線を撮影したかったので、新年明けの1月、私は鉄道・バスを乗り継いで雲林県虎尾へと足を運びました。虎尾のホテルで一泊したのち、早起きしてシュガートレインを撮影するため、虎尾市街地を歩き...
今回お送りする台湾南部・台南市は、オランダ統治時代より栄え、鄭氏統治時代(以降「鄭氏時代」)以降も政治の中枢が置かれ続けました。以降、台南は台湾の中心地・港町として発展を遂げましたが、やがて地形の変化に伴い大型船の着岸が難しくなり、加えて清末・光諸年間に政治の中心地が台北(たいほくじょう)に移されたため、台湾の中心地は南部から北部へと変化しました。日本統治時代には台南州(1945年10月当時)の州庁所在地とな...
雲林県虎尾鎮の中心部をぶらり(円環~合同庁舎~郡役所~官舎街)
今回は台湾西部、雲林県虎尾鎮の中心部をめぐります。虎尾は日本統治時代より製糖の街として栄え、今でも市街地中心部に大規模な製糖工場(台糖虎尾総合工場)があります。郊外に目を向けるとサトウキビ畑があたり一面に広がっており、収穫のシーズンになると貨車を連ねた運搬列車が貧弱そうな線路を行ったり来たりします。このサトウキビ運搬列車は台湾各地で運行されていましたが、サトウキビ運搬手段のトラック化により次々に廃止...
台湾の中枢部「城内」をぶらり散策(総統府~二二八和平公園~台北駅)
台北メトロの電車を台大病院駅で降り、二二八和平公園(旧台北新公園、以下「新公園」)の横に出てきました。空は灰色に曇り、今にも雨が降り出しそうな様子でしたが、台北駅方面へと歩いていきます。▲台北メトロ台大病院駅ケタガラン大道から西側をのぞめば、旧台湾総督府の巨大な建物が見えます。北側には新公園、南側には中央気象局、背後の東側には台北賓館があり、周囲は若干物々しい雰囲気です。旧総督府にカメラを向けると、幸...
【台湾で撮り鉄】関山・徳高陸橋で台鐵DR2700形「白鐵仔」を撮る
台湾南部、関山にある徳高陸橋でDR2700形を撮影するため、早朝の関山駅に降り立ちました。改札を抜け、若干急ぎ足で撮影地を目指して移動します。というのも、陸橋で普快4674次を撮影する前に、やはりDR2700形の普快4673次も記録に収めておきたいためです。開けた場所に出ておきたいので、急ぎ足で市街地を抜けておきます。▲旧関山駅舎ただ急いで移動するだけでなく、移動中にめぼしい史跡や美しい風景を目にすると、記録に収めて...
今回お送りする海端郷は台湾東部、台東県の北辺にある小さな町で、日本統治時代には関山郡蕃地が置かれていました。その名が示す通り、原住民―とりわけブヌン族―の比率が高く、海端という地名もブヌン語「ハイトトワン」に由来します。関山市街地から池上方面を目指して歩くと、省道9号と20号の交点が見えてきます。ここを右へ進めば池上・花蓮方面、左へ進めば海端市街地に至ります。省道20号を進むと、すぐに海端郷に入ります。...
【台東県鹿野郷】鹿野駅前をめぐる (鹿野駅~官舎~福徳宮~キリスト教会)
今回訪れた鹿野(しかの)郷は台湾東部、台東県内陸部にあります。花東縦谷の南端部にあり、卑南渓の西岸部には肥沃な平地が広がっています。そのため、日本統治時代には内地人による移民村が数カ所設置され、現在でも地名や日本家屋などに当時の名残を見ることができます。郷の東西には関山郡蕃地にルーツを持つ延平郷が「飛び地状」に広がっています。現在の鹿野郷における中心部は鹿野駅周辺にあり、一帯には官公庁等もあります。...
日本家屋も残っている!鹿野移民村をぶらり散策(台東県鹿野郷)
今回お送りする鹿野移民村は台湾東部、台東県鹿野(しかの)郷にあった内地人移民村のことです。同村は旧花蓮港庁下に設置された官設移民村の吉野村・豊田村・林田村とは異なり、台東製糖株式会社による私設移民村として設置されました。大正4年から5年にかけて、新潟県から短期移民を募集し、さらに大正5年には100戸、大正7年には50戸の家屋を建設して永住移民を招致しました。しかし、移住民は獣害や風土病等に苦しむこととなり...
台東県池上郷の中心部「大埔」をぶらり散策(教員宿舎~池上大旅社~駅)
台湾東部、台東県最北部にある池上郷を徒歩散策しました。今回は台鐵池上駅をスタートして、日本統治時代の教員宿舎がある福原小学校に立ち寄り、中心部(大埔地区)を散策しながら駅に戻っていきます。まだ朝早い時間帯ということで、東側からまぶしい朝日が照らしてきます。まずは駅を離れて踏切を越え、福原小学校のある駅西側に移動しました。なお、池上駅自体は東側に面しており、駅前通りを中心に市街地が広がっています。▲...
私は基本ノープラン旅を勧めていません。どこに何があるかも分からない状態でノープラン旅を始めても、絶対に楽しめないでしょう。目次序 ノープランの短所&長所1 台湾・斗六をノープランで散策する2 ここで台湾の道路マメ知識3 雲中街の警察官舎街4 チョット一言5 雲中街から雲林路へ6 バーワンを食べるならココ!斗六第二市場7 総括ノープランの短所&長所その地の名物料理がどうだ、観光地の位置関係がどうだ。それを...
【旅行記】2019年4月 9回目の台湾(2)―晴れたから新店まで行ってみた
目次1 悪魔の使途「黒蚊子」到来!半年間の激痒地獄はもうやだ・・・2 台湾神宮をたずねて円山大飯店へ3 久々の阜坑豆漿で美味しい朝食4 買い物するならやっぱりココ!全聯福利中心へ5 文山神社をたずねて新店へ 渓谷美が素晴らしい6 台北植物園から旧建功神社へ7 空港でもやることはやる8 帰りの飛行機で「たいほく」を思う9 最後はやっぱりスーラーメン悪魔の使途「黒蚊子」到来!半年間の激痒地獄はもうやだ・・・朝6時、携...