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2023台湾旅行記3日目その8~台東料理というよりタイ料理~
12時10分(日本時間13時10分)、台湾の東海岸の町である台東市のレストラン熱帯雨林さんで、お昼ご飯を食べていた。 本日のお昼ご飯は台東郷土料理である。 台東郷土料理とは何であろうか。興味津々である。
【旅行記】2013年5~6月 3回目の台湾(2)―親切な人と酷い連中
「冷蔵庫」で一夜を明かし、台南が近づいてきたところで空が白んできました。ここまでくれば、高雄まであと少し。客車のジョイント音が心地よく、一昔前の寝台特急に乗っているような気分になれます。高雄駅に到着したのは早朝6時頃。車外に出ると、あまりの気温差・湿度の高さに眼鏡が曇ってしまいました。やがて衣服がじっとりと湿り気を帯び、改めて亜熱帯に来たことを実感させられます。早朝はフリーにしているので、まず旧高...
台鐵台東線DR2900形 自強号243次 乗車記(台東~玉里)
台鐵台東駅から自強号(特急に相当)に乗りこみ、今回の宿泊地・玉里へと向かいます。知本発の243次に無座票(立席券)で乗車しましたが、車内はそれほど混雑しておらず、窓側の座席に落ち着くことができました。リクライニングシートに身を沈めると、列車はすぐに動き出しました。機関庫を車窓から眺めていると、藍色のリバイバル塗装を纏ったR100(R123)が他のDLと並んで停車している様子が見えました。願わくば、この機関車がオールS...
台湾南東部の都市・台東市の中心部にやってきました。現在こそ台東駅は郊外にありますが、かつては利便性のよい市街地に存在していました。台東線と屏東線を繋ぐ南廻線の開通後、新設された卑南駅(後に台東新駅へ改称・現在の台東駅)から初代台東駅(以後、台東旧駅と表記)までの短い区間は盲腸線として残りました。この区間は2001年に廃止されましたが、現在では大半の区間が遊歩道となり、台東旧駅跡も「台東鉄道芸術村」として整...
台東駅の裏側にある南王地区には、台湾原住民のひとつ・プユマ族が居住しています。たまたま台東駅を利用する機会があったので、なにか原住民ネタはないかと駅裏手に回ってみました。すると、細長い石柱が屹立しているではありませんか。周囲を柵で囲んでいる点からして、ただの石でないことは一目でわかりました。石柱の前に説明板があるので、ちょっと読んでみたいと思います。▲台湾先史時代の貴重な遺物「月形石柱」この石柱は「...
【格安きっぷで行く】台鐵台東線の復興号685次 乗車記(池上~花蓮)
池上から復興号685次(台東発樹林行き)に乗り、一路花蓮を目指して北上します。2014年1月現在、復興号の運賃割引キャンペーンが行われているので、100元で乗車することができました(台東~花蓮駅間は150元)。この復興号685次はたしか2012年7月に、侯トウ駅周辺で撮影したことがあります。撮影した当時は「もうすぐ復興号が廃止になるかも・・・」と思っていましたが、しぶとく残っているのには驚きです。▲2012年7月に撮影した復興号68...
東台湾の要所・台東市郊外をぶらり散策(台東駅~遊歩道~旧駅跡)
現在の台東駅が台東市街地から遠く離れていることに関しては、以前にも述べた通りですが、今回はどのくらい離れているか実感すべく、(無謀にも)台東駅から旧駅まで歩いて移動しました。駅から市街地へはバス(鼎東客運)が出ているので、移動される際はぜひご利用ください。駅入口から向かって右側にバス乗り場があります。結論から先に述べておきますが、約1時間かかりました。駅前通りを抜けて東46郷道(興安路)に入り、さらに省道...
【台湾の旧型客車】台鐵南廻線の普快3671次 乗車記(3=完)【枋山~台東】
台湾鉄路管理局(台鉄)南廻線に一往復が残るのみとなった非冷房客車鈍行のうち、枋寮から台東へと向かう普快3671次に乗車した際の記録です。屏東県最東端の駅・枋山(屏東県獅子郷内獅)を出ると、列車はバシー海峡に別れを告げ、恒春半島の根元を横断するため山越え区間に入ります。枋山駅から次の古荘駅までは約30キロメートル離れているため、その間に信号場が二か所(枋野信号場・中央信号場)設置されています。▲南シナ海に別れを...
台東県池上郷の中心部「大埔」をぶらり散策(教員宿舎~池上大旅社~駅)
台湾東部、台東県最北部にある池上郷を徒歩散策しました。今回は台鐵池上駅をスタートして、日本統治時代の教員宿舎がある福原小学校に立ち寄り、中心部(大埔地区)を散策しながら駅に戻っていきます。まだ朝早い時間帯ということで、東側からまぶしい朝日が照らしてきます。まずは駅を離れて踏切を越え、福原小学校のある駅西側に移動しました。なお、池上駅自体は東側に面しており、駅前通りを中心に市街地が広がっています。▲...
池上飯包文化故事館のブルートレインで池上弁当を実食(台東県池上郷)
台湾東部、台東県池上郷は米どころとして有名な土地です。それほど大きな町ではありませんが、ここには台湾屈指のブランドが2つあります。それが池上米と今回ご紹介する「池上弁当」です。台鐵池上駅から徒歩数分の場所に、「池上飯包文化故事館」という施設があります。ここでは名物「池上弁当(便當)」を販売しているほか、台鐵の保存車両を使用したイートインスペースも設置されており、列車旅をしている気分で弁当をいただけ...
非電化の主要駅ここにあり...清々しい朝の台鐵台東駅で激写!
台湾を一周する鉄道路線のうち、花蓮から台東を経由して屏東を結ぶ区間が、非電化のまま残っています(2014年1月現在)。2014年7月には花蓮~台東~知本間の電化が予定されており、これにともない、台東駅に乗り入れるディーゼル車両は減少する見込みです。台北から夜行列車を利用して、台東駅に行く機会を得ました。今回お届けするのは、朝の台東駅を舞台にした撮影記録です。それほど長時間ではありませんが、いかにも非電化の主...
夜行列車を利用した関係で、夜明け前の台鐵関山駅を利用する機会がありました。季節は冬真っ盛り!一応亜熱帯ですが、真冬の早朝ということで寒く、ジャケットを羽織っても震えは収まりません。さてこれからどうしよう...。予定だと、この駅始発の列車で台東まで行くことになっています。とりあえず改札を出ようじゃないですか。震えながらホームを歩いていると、横にいた老夫婦(日本語世代ではありませんでした)が「寒いの?大丈夫...
電化直後の台鐵台東駅にて、古めかしいオンボロ車両を次々に撮影しました。台東口は台鐵の中でもとくに、古い車両や客車が多く活躍しているので、個人的には一番魅力的な駅だと思っています。まずは到着したばかりの普快3671次(枋寮発台東行)を撮影しました。普段は1両ほど通勤客車がくっついていますが、今回はなんと、3両とも32900系という日本人大感激の超贅沢編成でした。3両ともSPK32700形です。▲SPK32734▲SPK32757国鉄旧型客...
台鐵台東線 DR2700形普快4683次 乗車記(台東~玉里)
2014年7月15日をもって定期運用から外れた、DR2700型の普快4683次の乗車記録です。始発の台東から終点玉里までの全区間乗車しました。目次1 台東~山里2 山里~瑞源3 瑞源~関山4 関山~玉里台東~山里▲台東駅で出発を待つDR2700形カミンズ製エンジンの轟音も高らかに台東駅のホームを出ると、車窓左手にボロボロの車両群が見えてきます。そこにはDR2700型の中間車DR2750(2752)・日本統治時代の気動車にルーツを持つDR2100形(2...
今回お送りする卑南公園は、台鐵台東駅の裏側にある歴史公園です。駅から歩いて数分で訪れることができます。▲台東駅から歩いて行ける便利な場所だ(市街地からは遠いけどな)▲卑南文化公園 遺跡展示所大きなドーム屋根の下には、遺跡が発掘直後の状態で展示されています。▲卑南文化公園 発掘現場を南から▲発掘現場図(A区・B区)▲卑南文化公園 発掘現場を北から▲発掘現場図(C区・D区)発掘調査により、石柱や住居跡が土の中から現...
橋台にナロ―時代の痕跡も...台鐵鹿野駅の裏側で発見!(台東県鹿野郷)
今回は台湾南東部・台鉄鹿野駅の裏側をめぐります。鹿野駅は構内の北側がカーブを描いています。そこで、駅北側に良い撮影地がないか探してみることにしました。駅の北側を省道9号に沿って進むと、線路の下をくぐる小道を見つけました。道の先がどうなっているか気になり、まよわず小道に入ってみることに。小道を跨ぐ線路の真横には、ナロー時代のものと思しき橋台がありました。路盤のあった場所は竹藪と化しており、改軌からか...
日本家屋も残っている!鹿野移民村をぶらり散策(台東県鹿野郷)
今回お送りする鹿野移民村は台湾東部、台東県鹿野(しかの)郷にあった内地人移民村のことです。同村は旧花蓮港庁下に設置された官設移民村の吉野村・豊田村・林田村とは異なり、台東製糖株式会社による私設移民村として設置されました。大正4年から5年にかけて、新潟県から短期移民を募集し、さらに大正5年には100戸、大正7年には50戸の家屋を建設して永住移民を招致しました。しかし、移住民は獣害や風土病等に苦しむこととなり...
【台東県鹿野郷】鹿野駅前をめぐる (鹿野駅~官舎~福徳宮~キリスト教会)
今回訪れた鹿野(しかの)郷は台湾東部、台東県内陸部にあります。花東縦谷の南端部にあり、卑南渓の西岸部には肥沃な平地が広がっています。そのため、日本統治時代には内地人による移民村が数カ所設置され、現在でも地名や日本家屋などに当時の名残を見ることができます。郷の東西には関山郡蕃地にルーツを持つ延平郷が「飛び地状」に広がっています。現在の鹿野郷における中心部は鹿野駅周辺にあり、一帯には官公庁等もあります。...
【電化直後の過渡期】台鐵台東線の莒光号602次 乗車記(池上~鹿野)
花蓮発台東行きの莒光号602次は台東線内だけで完結する列車であり、朝の時間帯に運転されます。写真を交えながら、池上から鹿野までの乗車記録をお送りします。当日の花東縦谷は晴れということで、列車の車窓からでも縦谷の爽やかな雰囲気を楽しむことができました。橋梁通過時の広々とした眺めは筆者おすすめです。▲新武呂渓をわたる時刻表を見ると、どうやら復興号685次と海端駅で交換することが分かりました。交換シーンを収め...
海端駅は台湾東部、台東県関山鎮にある無人駅です。駅名となった海端郷は関山鎮の西側にあり、駅前の道路(省道20号)が関山鎮と海端郷の境界線になっています。日本統治時代には、付近を流れる河川「新武呂渓」から名を取り、新武呂駅と呼ばれていました。「海端」という地名はブヌン語の「ハイトトワン」に由来するもので、これには「三面が山に囲まれ、一面が開かれている」という意味があります。▲海端駅駅舎駅前には省道20号線が通って...
今回お送りする海端郷は台湾東部、台東県の北辺にある小さな町で、日本統治時代には関山郡蕃地が置かれていました。その名が示す通り、原住民―とりわけブヌン族―の比率が高く、海端という地名もブヌン語「ハイトトワン」に由来します。関山市街地から池上方面を目指して歩くと、省道9号と20号の交点が見えてきます。ここを右へ進めば池上・花蓮方面、左へ進めば海端市街地に至ります。省道20号を進むと、すぐに海端郷に入ります。...
【台湾で撮り鉄】関山・徳高陸橋で台鐵DR2700形「白鐵仔」を撮る
台湾南部、関山にある徳高陸橋でDR2700形を撮影するため、早朝の関山駅に降り立ちました。改札を抜け、若干急ぎ足で撮影地を目指して移動します。というのも、陸橋で普快4674次を撮影する前に、やはりDR2700形の普快4673次も記録に収めておきたいためです。開けた場所に出ておきたいので、急ぎ足で市街地を抜けておきます。▲旧関山駅舎ただ急いで移動するだけでなく、移動中にめぼしい史跡や美しい風景を目にすると、記録に収めて...
現存量多し!東台湾「関山」の日本家屋を調査した(台東県関山鎮)
台湾南東部、台東県第二の町関山には多くの日本家屋が残っています。そもそも台湾の主要都市には、公務員宿舎をはじめとする日本家屋様式の建築物が多く残っていますが、高層建築の林立によって町並みが変化しているため、戦前の雰囲気を残している場所は多くありません。ところが関山という場所は人口密度の低い台湾東海岸にあって、しかも都市化の影響をほとんど受けていません。おかげで碁盤の目に区画された関山市街地には、70...
鹿野村社(台東県鹿野郷)―日本統治時代の風格甦った東台湾移民村の神社
2015年の春、台湾南東部にある鹿野郷で神社が再建されました。再建された「鹿野村社」は当初、日本統治時代の内地人移民村「鹿野村」の鎮守として建立され、戦後は社殿の基礎のみ残存していました。しかし近年、基礎の修復にあわせて社殿も再建されることが決まり、2014年ごろから再建工事が行われてきました。そして2015年、もとの位置に鳥居・石灯籠・社殿が再建され、「鹿野村社」はおよそ70年ぶりに鹿野の台地に蘇りました。鹿...
旧里壠社の石灯籠台座(台東県関山鎮)―台湾屈指の日本家屋密集地だが...
今回お届けする旧「里壠社」は台湾東部・関山鎮にあった日本統治時代の神社跡です。神社名の「里壠」は関山の旧名にあたる地名で、昭和12年の地名改称により「関山(かんざん)」へと改められました。関山における神社建立は比較的遅く、昭和になってからの1928年です。つまり里壠社は20年も存在しなかったことになります。同神社はやはり戦後取り壊され、境内跡地はごく一般的な農道になってしまいました。以下、跡地周辺での調査記...
【施設紹介】台鐵台東線 関山駅(台東県関山鎮)―SLの置き土産残る駅ホーム
今回お届けする関山駅は台湾東部、台東県関山鎮の中心地にあります。自強号(一部)・莒光号といった優等列車も停車する重要駅で、早朝を中心に区間車の折り返し運用も設定されています。▲現在の関山駅外観現在の駅舎は二代目にあたります。台東線の全線電化に際し、大規模なリニューアルを受けて新築も同然の美しい駅舎へと生まれ変わりました。なお、開業当時の駅舎は現在よりも若干池上側にありました。日本統治時代に建造された...
旧台東神社(台東県台東市)―拝殿残存説あり...東台湾・鯉魚山の神社跡
今回お届けする台東神社は台湾南東部、台東市の中心部鯉魚山にありました。神社跡地は現在台東県忠烈祠として整備されており、境内には神社時代の構造物がいくつか現存しています。▲旧台東神社入口神社入口は旧台東駅(現在の台東バスステーション)の裏側にありました。当時の参道は忠烈祠の参道に転用されています。▲旧台東神社・鯉魚山施設配置図日治時期台東神社遺址、鯉魚山配置圖かつての神社参道には鯉魚山の由来に関する説明...
台鐵台東駅で「珍車」発見!DR2050形&DR2700中間車
2017年4月、台北から乗車してきた夜行列車から早朝の台東駅へと降り立ちました。時刻は5時半。まだ4月とは言え台東の空は既に明るく、昨日から降り続ける雨で地面は濡れています。そんな台東駅では改装工事が行われており、駅全体が工事現場と化していました。▲工事中の台東駅駅舎の正面玄関は工事のため閉鎖されています。暫くの間、駅待合室へは側面から入ることになります。駅ホームでは台北から乗ってきた莒光号616次が、長旅...
今回お届けする食堂「車頭魯肉飯」は台東県の中心地・台東市にあります。旧台東駅(現在の台東転運站)の前にある、看板メニューの魯肉飯を中心に、飯物・スープ・惣菜を取り揃えている台湾料理店です。いわゆる「駅前食堂」だったともいえます。▲車頭魯肉飯の外観周辺には台東バスステーションのほか、新鮮な果物を扱うことで有名な台東観光夜市もあります。日本統治時代に開発された区画のため、日本家屋も数多く残っています。同...
【関山駅】「源昌関關山便當」の関山弁当(台東県関山鎮)―台湾風駅弁をイートイン!
台湾の鉄道旅に欠かせない存在のひとつに「駅弁」があります。日本による統治は台湾の旅行スタイルにも影響を与えました。現在でも台湾の国鉄にあたる台鉄や各メーカーが駅弁を数多く手がけており、駅構内や駅前の専門店等で購入することができます。そんな台湾の駅弁には「ご当地駅弁」というのもあります。地域によって特色ある駅弁が存在し、中には「池上弁当」のように日本人の間でも有名な弁当だってあるのです。今回は台湾東...
古蹟から現役民家まで...東台湾「台東市」の日本家屋を調査した
台湾各地の都市には規模の大小にかかわらず、多くの日本家屋が現存しています。これは言うまでもなく、日本統治時代の名残りです。なかでも、花蓮県・台東県を中心とする東海岸には日本人によって計画・建設された都市・街が多く、ゆえに現存する日本家屋の数は島内屈指といえます。今回は台東県の中心地・台東市に残る日本家屋を調査していきます。雨天のため、調査範囲は旧台東駅前と台東観光夜市周辺に限定しましたが、それでも...
日本★大阪|台湾東部地震+台風14号にビビり、思い出した悲劇!(2022.09.19)
ニーハオ!R-pandaです。中国から日本帰国中。 9月19日(月)昨日、台湾東部の地震のニュースを見て心配になった台東出身の台湾人の好朋友(親友)から返事が…
台湾東部幹線で駅弁文化を楽しむ:この年末おすすめの台湾(その6)
以下の記事は、台湾がまだ外国人観光客に隔離義務を課していた8月30日に投稿したものを、10月13日に隔離義務が撤廃されたことを受けて、加筆・訂正したものです。 これは2018年末から2019年にかけて行った5泊6日の台湾周遊鉄道の旅の記録です。 いろいろな事情から...