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プロフィール PROFILE

団塊シニアさんのプロフィール

住所
太白区
出身
盛岡市

趣味は音楽、読書です。老後の生き方、夫婦のあり方、年金、介護などについてブログを通して自分なりの視点で伝えたいと思っています。

ブログタイトル
団塊シニアのひとりごと
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/ta31875
ブログ紹介文
1948年生まれの団塊世代です、定年後の生き方について日々思うことを伝えたいと思っています。
更新頻度(1年)

353回 / 365日(平均6.8回/週)

ブログ村参加:2016/11/05

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ハンドル名
団塊シニアさん
ブログタイトル
団塊シニアのひとりごと
更新頻度
353回 / 365日(平均6.8回/週)
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団塊シニアのひとりごと

団塊シニアさんの新着記事

1件〜30件

  • つかず離れずの人間関係がいい

    人間関係は飲みながら本音をぶつけあわないと深まらないと若い頃は上司や先輩からよく言われたもので飲み会が親睦を深めることに疑いを持たなかったものだ。 嫌われたくない、好かれたい、仲間はずれになりたくない、誰かとつながりたい、しかし群れることに執着し深い人間関係になることで孤独になる危険性をはらんでることも確かである。 なにも酒を飲まなくても人間関係は築けるもの、それには相手との絶妙な距離感を保つことが何よりも大切、適度な距離感が自分の本音を引き出してくれる、その距離感を見誤ってしまうとせっかく築いた人間関係が壊れてしまう、そう考えるとつかず離れずの人間関係が一番だと思っている。つかず離れずの人間関係がいい

  • 過去にとらわれないためには

    人生とは悩んでいようと寝ていようとどんどん進んでいく、とまることはできない、1分1秒たりとも元に戻ることもできない、過去のことを分析しても同じ未来がくることはない。 だから過去についても、もし違う選択をしていたら、もし違う学校に進学していたら、もし違う会社に入っていたら、もし違う人と結婚していたらと思ったところでどうにもならないこと。 それよりも今を生きる、自分らしく生きることこそ大切なこと、そして過去にとらわれないためには過去は変えられないことを知ることだと思っている。過去にとらわれないためには

  • 年金生活楽とはいえないけれど

    定年退職後の収入は働かないかぎり大半の人は公的年金が収入源である、現在年金受給者は約4000万人(そのうち国民年金のみ受給者は1000万人)いる、例えば60歳以上夫婦だけの無職世帯では公的年金は月平均22万円(年間264万円)支出が月平均27万円(年間324万円)、月平均5万円(年間60万円)の赤字だといわれてる、足りない分は預金を取り崩すしかない。  支出のなかで固定してるのが税、社会保険料である、市県民税、固定資産税、車をもってれば自動車税、そして国保(介護含む)である、この支出は決まってるので減らすことができない、我が家ではこの合計が年間52万円である、支出の中のウエイトとしては高い。 さらに公共料金(水道、電気、ガス)、住宅費(マンションであれば管理費、賃貸であれば家賃、住宅ローンを抱えていれば返済額)...年金生活楽とはいえないけれど

  • 老後の生き方に正解などない

    街の書店にはシニア向けの人生指南書があふれてる、そんな人生論ですべてがわかるわけではないが参考になることもある、順風満帆な人生を歩んでる人だって先のことはわからない、得意の絶頂から奈落の底に落ちるかもしれない、そんな時、人生論が必要になるかもしれない。 実際、人生は?生きるとは?といっても生涯を通じて通用する人生論などない、ただどんな状態になっても価値観だけは大切にしたい、人生を生きてく上で自分は何を大事に思うか、それによって生き方は違ってくる、いずれにしても老後の生き方に正解などないことだけは確かである。 老後の生き方に正解などない

  • きょうだいのつながり

    家族だからきょうだいだからといってもお互いのことを何もかも知ってるわけではない、一緒に暮らしているときはあまり意識しないけど離れていると何も知らなかったと気づかされることがあるものだ。 同じ家に生まれたきょうだいでも進む道はそれぞれ、昔どんなに仲のよかったきょうだいでも違う人生を歩むうちに物の見方や考え方が違ってくる。 進学、就職、結婚、取り巻く環境がそれぞれ違えば生き方や価値観が違ってくるのは当然かもしれない、私にも10歳下の弟が一人いるけど成人してからは疎遠になりがち、たまに会っても気を遣い話が続かないことがある、それでも今は認知症とがんと闘いながら介護施設でお世話になってる95歳の母への思いは同じであることにきょうだいのつながりを感じる今日この頃である。きょうだいのつながり

  • 孫に無関心な祖父母

    先日読売新聞の「人生案内」に30代主婦が相談された記事に注目した、義父母が幼い子供二人に無関心で寂しいというもので会うのは年に一度か2度、電話もよほどのことがない限りかかってこない、自分自身祖父母に愛情をかけてもらい楽しい思いでがたくさんあった、孫に無関心という話は聞いたことがない、どう受け止めたらいいでしょうか?という相談内容である。 確かに孫に会いたいのにお嫁さんが会わせてくれないと嘆く祖父母の声を聞くなかで相談者の義父母は珍しいかもしれない、回答者の言葉にもあるように祖父母は孫が可愛い、しかしプレゼントして孫の喜ぶ顔を見るのが至福の時とは限らないという気持ちも、わかる気がする。  愛情表現は人それぞれ、たったひとつの理想の祖父母像にこだわらないことです、だから孫に無関心だと批判する気持ちは消しましょう、い...孫に無関心な祖父母

  • 老後の思わぬ誤算

    最近「団塊世代の老後破綻」というテーマでTVや雑誌で話題になっている、その団塊世代の事例を見ると、いずれも30代40代の時は中流と思われる暮らしをしているが、齢を重ねるにつれどこかで思わぬ誤算が生じ生活苦に陥っている。  それは団塊世代当事者だけでなく親の問題、子供の問題も深く絡んでいる、本人の問題としては会社の倒産、リストラ、離婚、親の問題としては介護、親と同居したものの親が無年金のため医療費生活費の負担増、子供の問題としては無職もしくは非正規のため生活費の援助をしてる、離婚した娘が幼い子供を連れて同居したため生活費の負担増等である。 いずれも想定外といえるものである、そして本人に共通してるのは低年金、預貯金が少ない、賃貸住宅に住んでる、住宅ローンの残債がある等のどれかに該当してる、そのため65歳を過ぎても働...老後の思わぬ誤算

  • 言葉の力を信じて生きたい

    「人を救いたい、この世を少しでもいい場所にしたい、人の心のひだにたまった苦しみを描くことで軽くしたい」私が最近読んだ吉本ばななさんのエッセイのなかのワンフレーズ、自分が読者に何ができるかを考える真摯な姿勢、こんな気持ちで文章を書けたら素敵だなと思わせる言葉である。 いい言葉との出会いが人を豊かにすることは間違いない、たったひと言の言葉に救われたり、幸せな気持ちにしてくれたり、それは人から聞いた話だったり、小説、新聞のコラムだったり人それぞれ違うかもしれない。 ひとつの文章が心に残り、それが自分を支えてくれたり、あるいは常に自分を反省するための視点となったりすることがある、そんな言葉の力を信じて生きたい。言葉の力を信じて生きたい

  • 定年後の一日は長いというけれど

    定年後によく聞かれるのは「毎日何をして過ごしてるんですか?」「暇で時間を持て余してるのでは?」「悠々自適でいいですね…」この言葉には忙しいということがよいこと、価値あることという認識がある。 なかには定年後も現役時代の習性から趣味だ、スポーツ、地域活動同窓会、と次から次へと予定を入れ手帳がスケジュールでびっしりうめてないと心おだやかでないという人の気持ちが理解できないわけではないが、私はそんな気分にはならなかった。 たしかに定年後の一日は平坦で起伏はないかもしれないが、慣れると退屈ということはない、どちらかというと無計画、その日、その日やることを気のむくまま考える、それでいいと思ってる、定年後の一日は長いというけれど、決してそんなことはないと思っている。 定年後の一日は長いというけれど

  • お金があれば幸福!?

    ぜいたくが人間の幸福だと思っている人が今の世の中ではほとんど、だからお金さえあれば幸福、お金がなければ不幸という風潮があることは確かである。 お金は必要なもの、お金があればもっと楽なのにという場面は結構あるし、お金があれば人生の大体の問題は解決することは間違いない、実際生活レベルをダウンサイズしても予期せぬ出費は必ず出てくる、そんな時、もっとお金があったらと思うのは当然な気がする。 ただお金があまりなくても気持ちに余裕があって自分のペースを保って幸福だと思って生活してる人も現実にいる、だからお金をたくさん持つのも豊かさのひとつであるが、自分のなかに色んなものの見方を見つけるのも豊かさのひとつだと思う。 そう考えるとお金以外のものに、例えば毎日の生活のなかの小さなことに幸福を感じる人間、ささやかであるが、そんな人...お金があれば幸福!?

  • 子年生まれの人口は1062万人

    子年生まれの人口は1062万人(男性516万人、女性546万人)、ちなみに私も両親(父は9年前に他界)も子年生まれである。 私は昭和23年生れで今年72歳であるが、当時の出生数は268万人、まだ存命の人は209万人、すでに59万人の人が亡くなってる、また私の両親は大正13年生れで現在介護施設にいる母親は96歳を迎える、出生数は200万人、まだ存命の人はわずかに17万人(男性4万人、女性13万人)すでに183万人の人が亡くなってる。 実際生存数が半分になるのは男性83歳、女性は90歳、男女を問わず半数以上の人が80代を迎えることになる、誰もが予想以上に長生きする可能性があることは間違いないといえる。子年生まれの人口は1062万人

  • 喧嘩をしたことがない夫婦に驚き

    この世界に何億という男と女がいるのになぜ私はこの男性と、あるいはこの女性と知り合ったのだろうか?ときおりそんな感慨にとらわれるのは私だけではないと思う。 他にもっといい相手がいたかもしれない、いや他の相手でないから今幸せなんだとそれぞれ思いは違うかもしれない、こればっかりはわからない。 生まれも育ちも環境、感覚、違った二人の人間が同じ屋根の下に住んでると恋愛時代には互いに見せなかった素顔が現れるものである、長い年月のなかで仲のいい夫婦でも些細な喧嘩は数しれずあるのが普通だと思ってた。 しかし先日NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」のなかで鶴瓶師匠が45年連れ添った奥様と夫婦喧嘩を一度もしたことがないと言われたのは驚きであった、まさに心が通じあう奥様との出会いはまさしく奇縁、実際多くの人がそういう相手と巡り合わずに一生を...喧嘩をしたことがない夫婦に驚き

  • 定年後の居場所とは

    過ごす時間の多い場所といえば、子供時代は家庭、学校、就職すると職場、結婚して職場と家庭である、定年退職後は仕事を失くした喪失感に加えて地域や家庭での居場所づくりという課題に向き合うことになる。 ただ本当の居場所は過ごす時間の多い場所ではなく自分にとって居心地がよく、寂しくない場所であると思う、その居場所は人それぞれ違うし時間の経過によって変わることもある。 友人との飲み会、夫婦の会話、孫とのふれあい、庭の手入れ、ゴルフをしているとき、犬の散歩、旅行をしているとき、音楽を聴いたり本を読んだりしているとき、パソコンの前にいるとき、挙げればいくらでもある。 ただ自分の居場所は人の真似をするものでもないし見栄を張るものでもない、得てして他人と比較して自分の場所を見失うことがある、そうならないためにも自分の気持ちに正直に...定年後の居場所とは

  • 年金生活77歳一人暮らし女性の悲鳴

    東洋経済オンラインに掲載された「年金が足りない高齢者の悲鳴」77歳都営住宅に住む一人暮らしの女性、夫が15年前に他界してからは一人暮らし、定年まで企業の食堂で働いたが月に受け取る年金額は厚生年金と国民年金を合わせて約13万円、「長年働いた割には少ない」というのが実感であった。 出費のウエイトが高いのは食費と光熱費、そして医療・介護費、糖尿病の持病があり入退院を繰り返してる、さらに要支援1でデイサービスに週2回通う、医療費1割自己負担で月5千円、介護保険も同様で5千円、家賃は減免申請したので1万6千円、貯金を切り崩しながらの生活で病気や介護の事を考えると不安だという。 単身高齢者の平均支出額が14万円ということを考えれば確かに苦しいかもしれない、しかし高齢者全体の約6割が年金受給額10万円未満、そう考えると貧困で...年金生活77歳一人暮らし女性の悲鳴

  • 誰もがいい人と思われたいけど

    悪く思われるよりよく思われたい、誰もがそう思うのは明らかである、人は往々にして必要以上によく思われたいという傾向がある、いい人に思われたいというのは他人からいい人だと評価して欲しい、しかしいい人でいようとすると余計な気を遣う。  人間関係が絡むと自分の気持ちが見えにくい、人間関係を優先しようとするため自分の気持ちに目をつぶってしまう、要はいい人と思われたい気持ちが強いのだ。 本当は他人の目を気にして、いい人になんかならなくていいのではないか、他人の期待に応えるより自分の期待に応えたい、いい人と思われるより自分が納得できるいい人でありたいと私が思うようになったのは会社を定年退職して数年経ってからである。誰もがいい人と思われたいけど

  • 年をとると丸くなる!?

    一般的には年をとると角がとれてどんな人でも丸くなるといわれてるが果たしてそうだろうか?人生経験も豊富なので何事にも寛大だと思いたいが時々自分自身も怒りっぽくなったなあと思う時がある。  医学的には前頭葉の老化により加齢とともに人格が変わり、感動性の減弱、自己中心的利己的傾向の強化によりキレやすくなるといわれている。  実際、色んな店や病院等でエライ剣幕で怒っている老人を見かける、又ご夫婦で奥さんを怒鳴りつけてるご主人、みてていいものではない、そういう場面をみるたびに必ずしも「年をとると丸くなる」は違うのではないかと思う今日この頃である。 年をとると丸くなる!?

  • 日本の主婦は忙しい

    共稼ぎが多数派を占める現在でも家事育児の負担は女性にとって大きい、育児は母親にとって毎日が時間との闘いで仕事と育児の両立は難しい、実際日本の母親は忙しい、詩人で社会学者の水無田気流氏が女性の視点で「時間がない女」について語ってる記事は興味深い内容である。 男性は仕事に費やす時間が長い一方で家事に費やす時間は短い、平日も休日も日常的な家事は女性が多く引き受けている、男は外で戦い女が家庭を守るという私たちシニア世代、家事は重要な仕事なのに重視しなかたのでは?私自身定年退職して料理を含め家事全般を手伝うようになって初めて大変さを理解したものだ。 だから昼間にランチを楽しんでる女性たち、本当はなんとか都合をつけて集まってるのかもしれない、主婦は忙しい、暇な主婦は幻想であるという水無田氏の見解には共感できるものがある。日本の主婦は忙しい

  • 老後の生きがいは人それぞれ

    定年退職すると会社というこれまでの人生の大部分を占めていたものから絶たれて社会のつながりの喪失感を感じるものだ、一からやりがい、生きがいを見つけようと思うと案外難しい。 例えば60歳で定年退職、昔はそれから数年後孫の世話でもして一生の終わりだったが平均寿命が伸びた現在、そんな人はきわめて少ない、だから長いスパーンで物事を考えるのでなく、短いスパーンでその日その時喜びがあったらいいと思う。 何をするかは人それぞれ、散歩でも食べ歩きでもいい、読書でも音楽でもいい、季節の花を見にドライブでもいい、ちょっとした希望、愉しみ、夢中になれるものがあれば十分、そこから生きがいにつながるかもしれない、老後の生きがいは人それぞれだと思う。老後の生きがいは人それぞれ

  • ブログは自分の考えが見えるいい機会

    私が毎日閲覧してる多くのブログのなかで時々弱音を吐いてるブログに惹かれることがある、魂の叫びというか、なぜか人間の泥臭さを感じ何度か読み返すことがある。 誰かがつぶやいた言葉から感銘を受ける、その言葉はそのブロガーが発した言葉なのだか実は私自身もそう思っていた、ただ言葉に表すことが出来なかった、だからこそ感動を受けるのかもしれない。 私がブログのなかで言葉としてこうしたほうがいいというふうに書くことはあるけれどそれは自分自身に言い聞かせてるつもりだ、あるテーマについて自分が考えていることをできるだけわかりやすく言葉で表現したい、ブログはそんな自分の考えが見えるいい機会だと思っている。ブログは自分の考えが見えるいい機会

  • 定年後一年目の家計は厳しい

    2011年3月、私が63歳の時に定年退職、ちょうど東日本大震災があった年、それからもうすぐ9年経過するが満額の年金が支給されるのは64歳のときからだったので定年後の1年は1月~3月までの給与と年金を合わせて170万円ほどの収入しかなかった。 それなのに市民税、国民健康保険料は前年度の収入に対して計算されるため定年後1年目は働かないかぎり厳しいことは確かである、私の場合、市県民税、固定資産税、国民保険料、自動車税含めて70万円であった。 それに毎月の固定費(マンションの管理費、駐車場代、水道電気ガス代、火災保険、自動車保険)を加えるとかなりの出費になり、結果的に、大して贅沢もしないのに200万円ほどの持ち出しとなった。 しかし老後に関する指南書のなかにはほとんど解説されてない、それは書いてる人が実体験がない人が多...定年後一年目の家計は厳しい

  • 団塊世代と団塊ジュニアの違いは

    団塊世代といわれる私たちは正規雇用率も高く会社に入れば年功序列の時代だったといえる、さらにこの世代は婚姻率も高く、専業主婦業も高く、離婚したいといいながらもしない世代である。 リストラにあったり会社が倒産でもしない限り定年まで勤めある程度の年金は受給できる、妻は夫を見送れば厚生年金の4分の3が入り持ち家も相続するので老後は保証される。 ところが団塊ジュニアの世代は全部逆、正規雇用率も低く婚姻率も下がり結婚したとして共稼ぎでないとやっていけない、中には夫婦とも正規雇用で恵まれてるケースもあるが、私が知ってる限りごく一握りの夫婦と思われる。 また団塊世代にとってはこれだけ長寿化すると働き改革といわれても生涯働くなんて無理、年金と資産の取り崩しで生きていくしかない、自分たちはなんとかなっても残された子供たちがどうなる...団塊世代と団塊ジュニアの違いは

  • 人間関係で仕事が嫌になった時

    仕事がいやになり会社を辞めたいと思う理由の一番は人間関係だと言われてる、会社の人間関係を思うと相性が悪いことだってある、人間なんてそれぞれ違う、みんな同じタイプで気持ちが通じ合って仲良くなれると思ったら大間違いである。 人間関係は努力してもどうにもならないことだってある、そんな時は仕事におけるモチベ―ションは第一に賃金を得ることだと割り切ることである、そして仕事をしっかりすることである。 さらに仕事をしているから自分の好きなことができる、これを我慢すればあれも買える、旅行にも行ける等楽しいことを考えることが大切、仕事のために人生があるんじゃなくて人生を楽しむために仕事があるのだという現役時代の気持ちは私自身今も変わらない。人間関係で仕事が嫌になった時

  • 人間いつかは死ぬだろうけど

    人間いつかは死ぬ、遅かれ早かれ誰もが死ぬ、これは間違いない誰かに看取られて亡くなる人、誰もいないところで亡くなる人さまざまかと思う、孤独死の人は淋しい、惨めというけれど亡くなった本人は案外幸せだったかもしれない、死に立派な死も、立派でない死もないはずである。  死にゆく人が臨終にあたって涙を一滴こぼしたという話、淋しさの表れ、この世にまだ未練があるから、この世に別れをつげる感謝の涙だと言う人もいるが、残された人たちそれぞれの解釈のような気がする。  人間いつかは死ぬだろうけど、いつどんな死に方をするかは決められない、病気で苦しむかもしれない、災害にあうかもしれない、それでも生きてる間のことは与えられた命に感謝し、精一杯最後まで生きていきたいものだ。人間いつかは死ぬだろうけど

  • 孫を祖父母に預ける親の本音

    孫を預かる祖父母、孫を預ける親、お互い上手くいってると思ってるがそれぞれ不満を抱えてる場合が結構あるものだ、今回は孫を預ける親の本音を集めてみました。 ■二世帯で共働きなので、祖父母が孫の面倒を見るのは役割分担の一つだと思う。(31歳女性) ■ありがたいとは思うけど、昔のやり方を押し付けてくるのは我慢できない、例えば寒くても外で遊ばせろとか、嫌いなものも食べさせろなど。(39歳女性) ■祖父母のほうがよっぽど金銭的に余裕があるので、つい頼ってしまう。(45歳女性) ■たまに孫に会えるのを喜んでくれるので親孝行のつもりで預けます(40歳女性) ■箸の持ち方とかイチイチうるさいので孫がいやがる(39歳女性) ■祖父母の運転する車に子供を乗せるのは不安なので基本的には預けません。(42歳女性) ■悪いとは思いつつ、し...孫を祖父母に預ける親の本音

  • 人間の好き嫌いの感情

    人間にとっての好き嫌いの感情は利害や損得とも違う、どちらかというと主観的なもので、うまがあうかあわないかのような気がする、そしてこの感情は結構根深く、嫌いなものは嫌い、どうしようもない、だからそのことを自分で認める、そしてそれ以上そのことにこだわらないことが大切、そんな気がする。 ただ組織のなかにいると難しいので口には出さずなんとか折り合いをつけて上手くやっていくしかない、例えば苦手だなあと思ったらそれをしっかりと認めて相手の考え方に影響を受けない、自分の考えも相手に押しつけない、そういう距離を置いた付き合いをするのが一番だと思う。人間の好き嫌いの感情

  • 「高齢の店員をどなる若者」の記事に思うこと

    先日読売新聞朝刊に「高齢の店員をどなる若者」という投稿記事が掲載されていた、投稿主は38歳会社員の女性、朝のコンビニで20代とみられる若い店員が70代とみられる研修中の名札をつけた店員を激高してどなってる光景を目の当たりにしたということが書かれていた。  業務に不慣れだったかもしれないが自分の父親ぐらいの年配の人が若者に怒鳴られる場面に胸を締め付けられ、いたたまれなさを感じたという女性の気持ち、商品を受け取るとき高齢の店員に小さく精一杯の気持ちを込めてありがとうございますと伝えた女性の優しさ。 確かにシニア世代で働いてる人は多くなっている、この70代のかたもそんな一人だろう、生活のため、社会との交流、健康のため、理由はわからないが、それでも客の前でどなられるとは屈辱的なことである、つくづく高齢者が新たな環境で仕...「高齢の店員をどなる若者」の記事に思うこと

  • 人間関係と距離感

    人との関係で私が重視するのは距離感である、どんなに親しくとも立ち入ってはならない心の空間があるものだ、時と場合によってはつかず離れずという難しい距離感、いったいこの距離感ってどの位だろう。人によって違うかもしれない、もともと、人と親しくなるには距離が近くなる必要がある、しかし距離が近くなると相手に好意が増す反面妬みや憎しみが増すことがあるといわれてる。実際親しくない人の行動で気にいらないことがあっても腹も立たないけど同じ行動で親しい人間の場合には無性に腹が立つことがあるだからそういう時こそ離れろ、距離をとれという合図なのかもしれない、難しいけれどこの距離感を大切にしたい。人間関係と距離感

  • 人生は選ぶことの連続

    人は選ばなかったもう一方の道に必ず深い思いを残すものと言われてる、あの時こうしておけばよかった、そう思うことが誰にでもあることである。 高校、大学、就職、結婚、人生は選ぶことの連続、日常生活はその都度選ぶという行為の連続、ほっとしたりがっかりしたり、運がいいとか悪いとかその繰り返しの人生を人は送っている、そして選択の違いによってその後の運命が大きく変わる場合がある。 もうすぐ9年になる東日本大震災では高台に逃げた人が助かり、避難所に逃げた人が津波の犠牲になり命を落としているケースがある、このように重大な選択を緊急時に迫られることがあるということだ、しかし普段の生活では特に深く考えることもなく自然に反応し選んでるはず、それでも人生は選ぶことの連続であることに間違いない。 人生は選ぶことの連続

  • 離れた友人が残してくれた思い出に感謝

    「たとえ今は会うことがなくても会えば一瞬で心が通じあうような友」は誰にでもいると思う、私も10年、20年と会わない友人と定年後に会うと懐かしさもあり心が通じあった気がしたものだ。 ただその後つきあいが続くことはなかった、やはり当時の輝きは色褪せてしまったのか、何年も会わなかったのは会わずに済んだということ、私の人生のなかにその人たちの居場所がなかったし、その人たちの人生のなかにも私の居場所がなかっただけ、必要としないし、されない関係だったということだろう。 今思うと本当に大切にしたい関係なら相応のメンテナンスは必要である、手紙をだすなり電話をかけて近況を語り合うことは出来たはずだ、しかし現実のつきあいはその時で終わったこと、それよりも思い出に感謝し、それぞれの友人が残してくれた心の宝をいつまでも大切にしたいと思...離れた友人が残してくれた思い出に感謝

  • 老いと病いは紙一重

    病院にいって身体の不調を「年のせいです」といわれるより「病気です」と言われたほうが安心する高齢者が多いという、しかし「老化現象ですよ」という医者はわりと信用できるといわれてるけど患者にとってはそうでもない。 病名をつけないで老化現象というのは納得できないと家族に不満をいう、また薬を出してくれないことを不満に思う高齢者が多いことも確からしい。 老化は正常な現象、病気は異常な現象、しかしその区別は難しい、ある意味老いと病いは紙一重なのかもしれない、老化現象といわれたら加齢による症状だということを受け入れる気持ちこそ老後の生き方で大切なのかもしれない。老いと病いは紙一重

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