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「年金生活いくらで暮らす」というテーマでの71歳女性の投稿記事に注目した、自営業者だったご夫婦はリタイヤして年金生活、二人暮らしで夫婦の年金は13万円(夫6万円、妻7万円)毎月の生活費は税金、社会保険料こみで約20万円、不足の7万円は貯金から充当してるという。家賃が月額5万円と支出のなかで大きい、ただ車、携帯電話、クレジットカードを持ってない、ご主人は病気がちだが年2回の旅行が夫婦の楽しみ、ただこの数年はコロナ禍で自粛してるので楽しみは先送り。このご夫婦の場合、夫婦とも国民年金なので二人で13万円は正直厳しい、それでも老後資金としての蓄えがあったことで生活できてる、そう考えると年金生活はどのくらい赤字ががでるのか、いくらで暮らせるのか、たとえ赤字が毎月7万円でも貯金で賄えるならそれでOKと言える、そして収...年金生活70代夫婦の経済事情
遠方に嫁いだ40代の一人娘が結婚してからは数時間滞在するだけで、お盆のお墓参りも正月も来なくなった、私たち夫婦はお互いの身内を大切にしてきたから親の姿から学んでると思ったけど、そのことで口論してから連絡もありません。さらに婿のお母さんの暑中見舞いで、娘が先方の家と仲良くしてる様子を知らされると何のために全力で育てて来たのかと悔しさは増すばかりですと言う60代主婦の投稿記事があった。一番の不満は結婚する前は実家に頻繁に来てたのに遠方とはいえ結婚したら疎遠になってしまった、さらに娘さんが遠方の嫁ぎ先でうまくやってる、本当は親としては安心できることのはずだけど親の寂しい気持ちをわかってくれない娘、複雑な心情を誰かに訴えたい、そんな内容だったが共感する人も多いのではないかと思った。60代女性の不満は嫁いだひとり娘
ある雑誌に掲載されていた一人暮らしのシニア女性の投稿記事、御主人を亡くして20年以上たつ人、独身を通した人、持病を抱えながらも前向きな生き方をしている人、60代、70代、80代の女性の声を集めてみた。■主人が亡くなって22年、その間、タンスや扉の金具を直し、網戸や障子も張り替え、陶芸でいろんなものをこしらえました、天国の主人に「どんなもんだい」と言ってやりました(76歳)■独身を通しました、何か才能があるわけでもなし、自分の出来ることを地道にし、美しいものを見て、おいしいものを食べて健康でいられることに感謝しています(81歳)■5年前に母を、一昨年に父を見送りました、少しずつですが、父の物の片付けをしているところです、昨年夢だった鉄印帳の旅を始めました、今年は宿泊旅に挑戦しようと思います(63歳)■「二人...シニア女性一人暮らしのつぶやき
ブログ村で 投稿記事の画像がアイキャッチではなくプロフィール画像になってしまう
ブログ村の自分の投稿記事画像がプロフィール画像になってしまいました。WordPressを使用していて、最近入れたプラグインのAll in One SEOが影響しているようです。解決方法をみつけたので、こちらに書き残しておきます。
お陰様で・・・10/2のAmeba投稿記事で5800件を達成しました♪感謝です!m(_ _)m
最近Web(主に広告?)を見ているだけで、詐欺サイトが表示されている事がありました!それで・・・「対処策」記事を作ってみたのですが・・・ ブラウザは強制的に…
文芸春秋100周年記年号の中で五木寛之氏の心を打った「うらやましい死に方」には404通の投稿があり10編が選ばれた、そのなかで私が注目したのは86歳男性が書かれた「長い旅に出た妻」進行性すい臓がんを患い余命半年と言われた妻を見送った思い出を語った内容である。40日間の放射線治療、自宅と地元の病院での約5ヵ月間の闘病生活、60キロあった体重が40キロまでおちるほど体は衰弱していった、余命半年延命治療は拒否、そんな苦しい状況でも家事経験のない夫に3ヵ月間料理や洗濯など特訓、妻は死に向かうというよりどこか遠い所へ旅行する気分だった、その後容体が急変、夫と3人の子どもの前で力尽き静かに息を引取った。それから病院の枕元の机の引き出しを整理してたら弱弱しい文字で書かれた便箋が見つかった「お父さん、今までいろいろとあり...亡き妻を思う86歳男性の記事に心を打たれる
65歳主婦の投稿記事に注目した、現在70歳の夫と二人暮らし、女性はスポーツジムに行くと仲間やインストラクターと話すが外出しなければ話し相手は夫だけ、夫が仕事で不在だと日中、誰とも話さない、だから自分で積極的に話す機会を作りたいという内容だった。最近病院では医師が患者に「今日何人と話しましたか?」と問いかけるという、それは老人性のうつ病や認知症を懸念してかと思うが、やはり歳を重ねるにつれ話す相手が少なくなるのは仕方がないかもしれない。高齢の夫婦の日常は投稿者のようにそんなものかもしれない、私自身普段会話するのは妻だけがほとんどである、この女性のように積極的に話す機会を求めるのも一つだし、現状を受け入れ一人になったときに孤独に耐える覚悟も必要だと思っている。65歳主婦の投稿記事「今日何人と話しましたか?」
ある雑誌に掲載された投稿記事の70代夫婦は二人で飲食店を経営していたが阪神淡路大震災で家屋と店舗は倒壊してしまい生活は激変してしまった、蓄えもつきてしまうなかで生活は苦しかった。現在夫婦二人暮らし、子供はいない、年金は夫婦で月13万円、税金、社会保険料をひいた手取りの可処分所得は12万円、ただ将来年金だけでは暮らせないと思い、生活が苦しくても個人年金を積み立てを続けてきたことがよかった、その年金が少ないけど今の生活を支えているという。車、携帯電話、クレジットカードは持ってない、家計の中で家賃が4.5万円とウエイトが高い、それでも切り詰めた生活のなかで旅行費用として毎月1万円を積み立てしてる、阪神淡路大震災を経験、苦労を共にしてきて友だちのようなきょうだいのような夫婦だというお二人の言葉に苦難を乗り切ってき...70代夫婦の年金生活は月13万円
おはようございます。昨日の事です。コロちゃんはブログも書き終わって、まったりとしながらアイパッドで本を読んでいました。そういえば、目がちょっと痛かったよね。鏡で見ると、目じりがちょっと「あかぎれ」みたいに赤く切れていたのですよ。ちょうど手元
先日新聞の投稿記事76歳女性の「学校ごっこ楽しく脳トレ」に注目した、ご主人は82歳で昨年まで自営業をしていた、夫婦で一緒に楽しむ方法を考え、小学校の授業の時間割のように実践することにしたというエピソードが書かれてた。 1時間目は国語で漢字やクロスワード、2時間目は算数で数理パズル、授業中にご主人が居眠りしたら「せんせーい、〇〇君が寝てまーす」と声をかける、休憩時間はコーヒーとチョコレート、体育は6千歩以上の散歩で買い物兼ねたり、美術館や公園に行ったり、科目は日によって異なるが毎日続け夫婦で楽しんでるという、なんて素敵なご夫婦なんだろうか、文面からほのぼのとしたものが伝わり、なぜか朝から心がほっこりした気分になった。 結婚生活は決してきれいごとだけではすまない、生い立ち、育ち、環境が違った二人が一緒に暮らす...76歳シニア女性の投稿記事にほっこり
夫は7年前に他界、現在は80代の義母と30代の息子と3人暮らしという60代女性の投稿記事があった、40年間会社勤めができたのは義母が二人の子供の面倒を見てくれたお蔭である、しかし、しっかり者で元気な義母との生活は窮屈で正直のんびり過ごしたい、もう嫁を卒業したいという内容だった。 今までいい嫁でいた投稿者、義母との関係を優先しようと時々自分の気持ちに目をつぶってしまう、今さら「悪い嫁」と見られたくない、周囲からいい嫁の評価を得ながら自分を通すことは難しいかもしれない。 それでもこれからの人生、自分はどう生きたいのか?自分の本当の気持ちは?義母への感謝の気持ちは忘れず適度な距離感、そして、なんといっても自分の気持ちを優先することも大切ではないかというのが読後の感想である。60代女性の悩み「80代義母との生活が息苦しい」
新聞で気になった記事を保存し、時々読み返してみると当時と印象が違うことがあり、新しい発見をすることがある、6年前の投稿記事で宮崎県在住66歳女性の「夫の好きだった花に感謝」ほっこりするいい話であった。 自宅の前には花を植えたプランターや植木鉢が並び日頃から草を抜いたり葉を切ったり、夫婦で花が好きだったが3ヵ月前にご主人が亡くなり、喪失感でご自身も体調を崩し病院通いが続いたが最近になってやっと花の世話ができるようになったという。 そしてご主人の好きだった紫色のブーゲンビリアが開花した、ご主人を思い出し、空を見上げて「見えますか」とつぶやいた、魂の花と呼ばれるブーゲンビリア、花言葉は情熱、あなたしか見えない、花に感謝し御主人の分も健康第一に過ごしたいという投稿者、現在73歳、6年経った今年もブーゲンビリア咲い...66歳女性「夫の好きだった花に感謝」
ある雑誌に掲載されていた一人暮らしのシニア女性の投稿記事、御主人を亡くして20年以上たつ人、独身を通した人、持病を抱えながらも前向きな生き方をしている人、60代、70代、80代の女性の声を集めてみた。 ■主人が亡くなって22年、その間、タンスや扉の金具を直し、網戸や障子も張り替え、陶芸でいろんなものをこしらえました、天国の主人に「どんなもんだい」と言ってやりました(76歳) ■独身を通しました、何か才能があるわけでもなし、自分の出来ることを地道にし、美しいものを見て、おいしいものを食べて健康でいられることに感謝しています(81歳) ■5年前に母を、一昨年に父を見送りました、少しずつですが、父の物の片付けをしているところです、昨年夢だった鉄印帳の旅を始めました、今年は宿泊旅に挑戦しようと思います(63歳) ...シニア女性ひとり暮らしのつぶやき
嫁いで25年、賢く優しい87歳の姑が3年前認知症になった、5分前の事も忘れてしまうほど認知症は進んだ、そんな姑を息子である夫は感情的になり汚い言葉で罵る日々が続いてるという52歳主婦の新聞の投稿記事に注目した。 冷静で落ち着いて優しくて思いやりのある夫だと信じて疑わなかったが夫の本性を見たような気がする、命令口調で怒鳴られる姑が気の毒で堪らない気持ちが文面から伝わってくる内容だった。 この投稿記事を読んで今は亡き母のことを思い出した、5年前認知症になり高齢者施設の入居を拒んだ時の状況と重なるものがあった、まさに親子のバトルだった、情けない自分と闘っていた母、お互い冷静になれなかった、それほど認知症は怖い、だから投稿者の気持ちも、母親の気持ちも、そして投稿者の夫の気持ちも理解できる。87歳の姑を罵倒する夫の本性を見たというシニア女性
74歳シニア女性の投稿記事「助けた亀の恩返し45年」家族だった体長33㎝亀の「じろうさん」ベランダの水槽で飼っていたが最近亡くなったという悲しい話であるが、なぜか心に残る内容だった。 出会いは45年前、職場の近くで数人の子供たちに棒で叩かれ甲羅に怪我をしていたところを助け、段ボールに入れ混みあう通勤電車で我が家に連れ帰った、毎年半年ほど冬眠し、ベランダが好きで愛犬と仲良く散歩していた、本当に家族の一員だったが「亀は万年生きる」ことはなかった。 助けた亀は竜宮城には連れて行ってくれなかったが、家族全員を癒してくれる存在だった、いつかまた会えたら、そこはきっと平和なきれいな所だろう、45年間ありがとうと感謝の言葉で結んでる、ほっこりする素敵なエピソードであった。74歳シニア女性「助けた亀の恩返し45年」
65歳主婦の投稿記事に注目した、現在70歳の夫と二人暮らし、女性はスポーツジムに行くと仲間やインストラクターと話すが外出しなければ話し相手は夫だけ、夫が仕事で不在だと日中、誰とも話さない、だから自分で積極的に話す機会を作りたいという内容だった。 最近病院では医師が患者に「今日何人と話しましたか?」と問いかけるという、それは老人性のうつ病や認知症を懸念してかと思うが、やはり歳を重ねるにつれ話す相手が少なるのは仕方がないかもしれない。 高齢の夫婦の日常は投稿者のようにそんなものかもしれない、私自身普段会話するのは妻だけがほとんどである、この女性のように積極的に話す機会を求めるのも一つだし、現状を受け入れ一人になったときに孤独に耐える覚悟も必要だと思っている。65歳主婦の投稿記事「今日何人と話しましたか?」
先日新聞の投稿記事66歳女性の「父と弁当持参の通院」に注目した、88歳の父親が病気治療のため市立病院に通院、3ヵ月に1回送迎し、一緒に昼食を食べるエピソードが書かれていた。 毎回午前中検査を正午ごろに終えると午後の診察までの時間、病院の駐車場に止めた車の中で持参した弁当を食べる、父の好物の鶏のから揚げ、卵焼き、きんぴらごぼうに柿、一口食べるたびに「うまいなあ、最高だな」と言ってくれ満足感が伝わってくる。 うまいという言葉は父との距離を縮めてくれる、この1年弁当持参の病院通いは父と接する貴重な時間で年老いていく父を守っていきたい、そんな娘さんの優しい気持ちと親子で弁当を食べてる光景が目に浮かび、なぜか朝からほっこりする気持ちになった。66歳女性の投稿記事にほっこり
0500 起床 気分快 曇 嫌な夢を見たからと言って悪い意味があるわけではない、という話。
血圧値 117/75/67 酸素飽和度 98% 体温 36.2℃ 体重 67.8キロ 投稿記事から。 生徒に「嫌な夢を見た」と話すと「それはラッキーだね!」と言われた! 理由を聞いてみると。 「良い夢は、もうすぐ現実でも起こるよって合図で、悪い夢は、現実でそれが起こらないように、夢の中で終わるようにできてる。だから安心。」 そうなのか。 この生徒さんは、深いなあ。 夢には今自分が抱えているものに気づかせてくれる働きがある、ということかな。 嫌な夢を見たからと言って悪い意味があるわけではない。夢の中で不安が自己開示されたくらいにとらえていいのかも。 今抱えている不安は必要ない、という自己救済の効…
朝日新聞の朝刊に「ひととき」という女性投稿欄があります。暮らしのなかで感じたことを投稿するコーナーです。私は43年前から当欄の愛読者なのですが、読み始めるきっかけになったのが1979年5月5日に掲載された「こどもの日」というタイトルの投稿でした。投稿者は中年女性のAさんで、初めての子を授かって間もない頃を振り返る内容です。Aさん宅の隣にも同じ年頃の乳児がいて、両家の庭には、互いに競い合うようにオムツが干されました。 ところが突然、お隣の赤ちゃんが亡くなってしまいます。それを知ったAさんは、お隣を気遣ってオムツ干しを見えない場所に移しました。これまでは、いちばん陽の当たる南側に干していたに違いありませんが、東や西、或いは北に移したのでしょう。乾きが遅く、不便だったはずです。私は、お隣の悲しみに寄り添うAさんの優しさに胸を打たれました。そのうちお隣はどこかへ引っ越し、Aさんも別の家に移り住んだが、このことは「こどもの日」になると思い出すというのです。5月5日は、わが子の成長を祝う日だけれど、祝えない人にとっては辛い日でしょうね。投稿から、こどもの健康に感謝しつつ、赤ちゃんを失ったお母さんを