プロフィールPROFILE

団塊シニアさんのプロフィール

住所
太白区
出身
盛岡市

趣味は音楽、読書です。老後の生き方、夫婦のあり方、年金、介護などについてブログを通して自分なりの視点で伝えたいと思っています。

ブログタイトル
団塊シニアのひとりごと
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/ta31875
ブログ紹介文
1948年生まれの団塊世代です、定年後の生き方について日々思うことを伝えたいと思っています。
更新頻度(1年)

352回 / 360日(平均6.8回/週)

ブログ村参加:2016/11/05

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ハンドル名
団塊シニアさん
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団塊シニアさんの新着記事

1件〜30件

  • 孤独を前向きにとらえて生きたい

    私たちは一人で生まれ一人で死んでいく存在、死ぬときは一人、そう考えると孤独は人間がみんな背負ってる当たり前の状況である、孤独でない人間などこの世に一人もいない。 孤独でつらいという人はもしかしたら、その人のなかに孤独であってはならないという思い込みがある、どちらかというと孤独はマイナスのイメージがあるのかもしれない、だから孤独にむきあおうとしない、いつも誰かと群れずにいられない、頻繁にメールや電話で誰かと繋がることで安心感を得る。 しかし私たちは映画を観るのも本を読むのも食べることも一人である、一人であることが不幸なのではなく一人であることに耐えられないことが不幸のような気がする。 一人でいる時空が最も心が安らぐことだってあるはず、だから一人としての充実をきちんとみつめないと何も始まらないし誰かといなければ幸せ...孤独を前向きにとらえて生きたい

  • 働いてこそ幸福という世論

    人生100年時代の到来ということで高齢者の働き方に注目が集まってる、政府は近く70歳まで働ける機会を確約するよう企業に求めるという、少子高齢化が進むなか社会の支え手を増やすうえで勤労意欲の高い高齢者が切り札になると考えたらしい。 しかし高齢でも自分にあった仕事をすんなりり見つけられる人がどれだけいるかは疑問である、それにともないメディアでも幾つになっても働き生涯現役だという人々を取り上げている、社会との接点、健康、生きがいを失わないためにも働くことに価値があるというメッセージである。  しかし、もう働きたくない、ゆっくりのんびりしたい、闘病してて働きたくても働けない、親の介護という人も少なからずいるはずである、もし経済的に許されるなら定年後に無理して働くことなく、限られた条件のなかで楽しみや幸福を感じる生活を見...働いてこそ幸福という世論

  • 「これでいいのだ」という生き方

    ある雑誌の「元気がでる哲学」の中で毎日が楽しい「タモリの生き方入門」が掲載されていた、その中でタイトルの「これでいいのだ」という生き方、意味をずっと探すから世界が重苦しくなる、これでいいのだと前向きに肯定的に受け入れようという内容だった。 やったことはすぐ忘れることが大事、どんなに落ち込んでも、こんなつまらないことにこだわっていたのかと考えればすぐに立ち直って打たれ強くなる、さらに友だちにも言及しており、友だちなんかいなくたっていいじゃないですか、人間関係はほどよい距離感が大切、べったりだと貸し借りができ期待どうりにならないと失望したりするものだと持論を展開してる。 不測の事態が起きたらその時に考えればいい、それに実際にそうならないかもしれない、悪い状況になってもその時ベストを尽くせばいいはず、くよくよしない、...「これでいいのだ」という生き方

  • 自分を救うことができるのは自分!?

    仕事や家庭がうまくいって幸せそうに見える人、悩みや愚痴など無縁に見える人、そういう人がいるかもしれない、でも生きてる限り、悩みや苦しみから全く無縁の人なんているはずがない。 実際まったく傷つかない人生なんてありえない、誰でも多かれ少なかれ落ち込んで傷ついた経験はあるはず、ただ落ち込んだ時は自分で自分を奮い立たせるしかない、待っていてもなにも変わらない、現状を変えるのは自分しかない。 どんな素晴らしい人からアドバイスをもらっても、それで人生が変わりはしない、人生を変えるのは誰かではなく自分、自分を救うことができるのはやはり自分しかいないと思うことがある。自分を救うことができるのは自分!?

  • 他人を理解することで大切なこと

    他人を理解することは難しい、感情の一致、意見の一致を見るというのではなく、どちらかというとこの人はこんな風に感じるのか、こんな考え方をするのかなど違いを確認する場合が多い。 例えば以前は理解したと思っていてもお互い環境が違い疎遠になったときなど、変化してることがある、いわゆる置かれた立場によって物の考え方に変化が生まれるのかもしれない。 学生時代の仲間、職場の同僚、趣味の仲間、地域の仲間、それぞれの付き合いのなかで他人を理解するというのはその違いを認めながら分かろうとする姿勢こそ大切だと思っている。他人を理解することで大切なこと

  • マンネリ感と体調について考える

    毎日同じことの繰り返し、変化がない、退屈だ、楽しくない、日常生活でよくあることで、いわゆるマンネリに陥る現象である、しかしこんな心境になるときは不思議と自分のなかに、なにも問題がないときである。 もし体調が悪く痛みを感じ病院に行く状態であれば、それどころではない、痛みを早くとってもらいたい、好きなものを食べたい、 優先順位は治すことである、そして治っときの喜びは大きいものである、だからマンネリを感じる時は体調がよいときもしくは問題を抱えてないときともいえる。 マンネリを脱皮するにはふだんと違うことをしたほうがいいと言われるが、マンネリの状態は習慣として型にはまった安定した行動を日々とってるともいえる、だからマンネリ感をマイナスでなくプラスに捉えるように心がけている。マンネリ感と体調について考える

  • 定年後の生きがいにこだわることはない

    定年退職した人のなかには今日はゴルフ、明日は地域活動、明後日は友人との飲み会と予定を入れないと安心できない人がいる、現役時代と同じで忙しくしてることが価値がある、そして多忙であることこそ生きがいだと思っている。 しかしせっかく手に入れたのんびりした自由な時間、そんなにスケジュールを埋め尽くさなくてもと思う、時には一人で行動する自由気ままさに目を向けてもいいのでは、ひとりだったら急に予定を変更しても誰にも迷惑をかけないし苦情だって出ない。 そもそも生きがいなんて自分が幸福感や充実感を感じるもので散歩でも何でもいいわけだ、何も新しい生き方に挑戦するのが生きがいなんて思い込む必要はない、100人いれば100通りの生きがいがあるもの、人それぞれ違うもの、だから定年後は生きがいにこだわることはないと思っている。定年後の生きがいにこだわることはない

  • 誰もが多くの顔を持って生きている

    誰もが多くの顔を持っている、友人と会う時の顔、職場での顔、家庭での顔、それぞれ違うものである、利害関係が絡めばさらに誰もが違った顔を見せる、それは自分の存在を認めてもらいたい、注目して欲しい、さまざまな思惑が働く、時には心にもない言動でそれぞれの場所で不愉快な妥協をしたり、なにかを犠牲にしたりしながら生きる術を身につけていくのが大人の社会である。 世間では、あの人はうらおもてのない人と賞賛するがうらおもてのない人間なんているはずがない、人間関係の距離感が近くなればなるほど気がつくことがあるものだ、やさしい人にも残酷な一面があり、上品な人にも世俗的な顔が隠れてたりと心に闇を少なからず抱えてるのが人間である、弱さ、狡さ、愚かさ、怖さ等多面性を抱えて生きている、人間の本質とはそういうものである、それだけ人間関係はむつ...誰もが多くの顔を持って生きている

  • 孤独は人生を豊かにする

    孤独になるのが怖いからと苦手だなあと思っている人と時間を過ごしたり義理やしがらみにとらわれて仕方なく誰かと行動するよりも、ひとりで行動するほうが心地よい、そんな選択もある。 本来人は誰かと一緒にいてもある意味、孤独である、どんな時でもどんなところでも孤独感がついてまわる、群れることがポジティヴ、ひとりでいることがネガティヴという声を気にすることはない、それよりも自分がひとりで自分の声を聞く時間をもてないと自分が何をしたいのか、どう行動したいのか見えてこない、いわゆる孤独を通してエネルギーを充電することが大切である。 人と一緒にいることが豊かな時間であるようにひとりの時空も豊かで味わい深い、孤独はとても豊かな時間をもたらしてくれるし、人生を豊かにするものと私は思っている。孤独は人生を豊かにする

  • 本当の優しさとは

    人は心に問題を抱えて苦しいとき、悩んだりしてるとき、他人に対して優しい気持ちにはなれないもの、逆に心が満たされていると優しくなれるもの、それはきっと気持ちに余裕があるからかもしれない。 優しさは人を癒すし優しさは相手に安心感を与えることは確かである、ちょっとした優しい励ましや情愛の言葉で勇気づけられ心が救われることだってある、しかし人はそれぞれ違う、優しさの捉え方が違う場合がある、だから同じ行為がすべての人にとって優しいというわけではない、それでも優しさは生きていくうえで大切なことである。 私が思う本当の優しさとは自分が辛く苦しいときであっても人に対し思いやりの心を持ち真摯に向き合うことだと思っている、難しいけれどそんな気持ちを忘れないで生きていきたい。本当の優しさとは

  • 就労しない高齢者も幸せに

    65歳で会社を辞めた男性「就労しない高齢者も幸せに」という記事が新聞に掲載されていた、65歳で会社を辞め、時々仕事をしない寂しさを感じる、でも持病を抱える奥様の介護に専念することにした、収入減はやむを得ないが奥様の介護ができる幸せを感じながら少しでも長く一緒の時間過ごしたいと思うという心温まる内容であった。 現在65歳以上の人口は3,600万人で総人口の28.4%、実際60才を過ぎても多くの人が働いている、65歳~69歳で44%、70才~74歳で27.2%と確実に増えている、内閣府が60代で現在働いている人に「あなたは何歳ごろまで収入を伴う仕事をしたいですか?」というアンケートを実施したところ約8割の人が65歳を過ぎても働きたい意欲を持ってるという回答結果が出ている。 その一方で働きたくても働く場所がない、本人...就労しない高齢者も幸せに

  • 男らしさ女らしさに思うこと

    あの人は男らしい、あの人は女らしいと会話のなかで使われる言葉であるが、実際どういう判断でいうのかというと見た目かもしれない、野性的な人を男らしい、上品でおしとやかな人を女らしい、いずれも見た目である。 男は能動的、女は受動的、男は論理的、女は感情的と一般的にいわれているが、男らしさ女らしさの定義やイメージはあいまいであてにならないものである。 例えば男らしいというと凛々しい、さっそうとしている、いさぎよいといっても現実には女々しい男もいる、女らしいというとやさしくて思いやりがあるといっても正直これもあてにならない。 要は男だろうが女だろうが一人の人間としてどうなのかということだろう、見た目でなく内面的な問題、たとえば人に対する心づかいや相手が寂しいか悲しいのか他人の心を想像することができるか、本当の優しこそ生き...男らしさ女らしさに思うこと

  • ある意味孤独ある意味孤独ではない

    定年退職して8年半、かつての人間関係も希薄になり、いわゆる孤独な日々が多くなった、かといって現役時代のように社会と関わりがあっても孤独感がなかったわけでもない。 人間関係は楽しいだけではない、気苦労も多いものだ、そう考えると気の合う友人はひとりでもいれば十分、私にとってひとりの時間こそ日常、人と会うのが非日常、ひとりの時間を充実させてたまに人に会うぐらいが新鮮で、なんとなくしっくりくると自分自身思ってる。 村上春樹氏のエッセイ「雑文集」のなかにこんなフレーズがある「電車にのったとき、まわりの乗客をごく自然に見渡すようになった、そして、ここにいるこの人たちみんなにそれぞれ深い人生があるのだと考える、そうだぼくらはある意味では孤独であるけれどある意味では孤独ではないのだ」 誰といても孤独はそれぞれの内側に存在するも...ある意味孤独ある意味孤独ではない

  • 定年後の生き方を考える

    定年は誰にとっても初めての経験、私自身60歳で定年、3年間雇用延長で63歳で退職、それから8年半が経った、現役時代の忙しい日々、一転して退職後の暇な日々、不思議なもので人間どちらにも慣れるものでうまく順応できるものだと痛感してる。 定年退職すると所属先がなく誰からも注目されない状況が続くのも予想どうりであった、だから社会とのつながりをもったほうがいい、そのためにも仕事を続けなさい、もしくはボランティア活動、地域社会に溶けこむことが賢明、趣味の仲間を増やしなさいと退職当初読んだ定年本に書かれてるものはほとんどステレオタイプの内容であった。  定年後をどう過ごすかは人それぞれでこれが正しいとかこうあるべきというものはない、何かをしなければならないと考えると苦痛になるもの、本を読んだり、音楽を聴いたり、食事を作ったり...定年後の生き方を考える

  • 金持ちはますます金持ちの世の中

    最近大手の銀行で金融資産数十億円規模の超富裕層の顧客を対象としてサービスを強化するという記事が新聞に掲載された、超富裕層というのは金融資産(預貯金、株式、債券、投資信託、一時払い生命保険・年金保険等)が5億円以上ある層のことだと言われてる。  一体これだけの大金持ちがこの日本にどれだけいるのだろうか?調べてみると国内で7万3千世帯もあり7兆5千億円の金融資産を保有している、全体で5千4百万世帯もあるから、ほんの一握りの超富裕層かもしれないが驚きの数字である。  一方で日本の相対貧困率(税金や社会保険料などを除いた可処分所得が年間122万円に満たない世帯の割合)が16%、854万世帯もいる現実、月10万円で暮らす人が国内で2千万人およそ6人に1人もいると言われてる。さらに生活保護受給者が162万世帯、そのうち半数...金持ちはますます金持ちの世の中

  • 私が思う誠実で信頼される人

    時間を守る、嘘をつかない、誰に対しても公平、仕事に対して真面目である、下心がない、見返りを期待しない、他人の気持ちを考えて行動する等が一般的に言われてる誠実な人である、このように列挙してみると、こういう人は身近にいないこともない、ただどんな局面でも継続してこのような言動を維持するのは難しいことかもしれない。  もう一つ加えるなら、その人がそこにいるだけで不思議な安心感のある人、なぜかほっとさせてくれる人、そして多くは語らないけれどその人の何気ない一言が心に響き勇気づけてくれる人、相手を思いやり、悲しんでる人の気持ちに共感してくれる人、これは長い年月をかけてお互いの信頼関係があってこそ成り立つものかもしれない、そして誠実さや努力や友情といったいったものこそ信頼に足る人間の資質であることは間違いない。私が思う誠実で信頼される人

  • 年金世代夫婦「夫婦だなあ」と思うのはどんな時?

    年金世代夫婦を対象にした雑誌のアンケートで「夫婦だなあ」と思うのはどんな時?の回答を見ると成程と思うものが多い。 ■わたしのことを心配してくれるとき(妻62歳)■子供、孫の話題になったとき(夫78歳)■娘の言動に対して感じ方が夫と同じ(妻65歳)■一緒に旅行しているとき(妻70歳)■冠婚葬祭があったとき(夫62歳)■一緒にいて気にならない(夫68歳) やはり長い結婚生活、夫がリタイヤして夫婦が共有する時間が多くなる、当然夫婦の役割を分かち合う必要が出てくる、そこにはお互い、支え合いそして精神的なつながりが求められると思う。年金世代夫婦「夫婦だなあ」と思うのはどんな時?

  • よく生きてよく死にたい

    婦人公論の特集「よく生きてよく死にたい」に寄稿した作家の内田春菊さんの記事に注目した、大腸がんになり気がついたことがあったという、今まではお酒の勢いであまり関わりたくない相手とも盛り上がり、相手もこちらが合わせてることに気づかず仲良しと思わせてしまう、また自分の葬式に来た人たちに、いい人だったと思われたい気持ちが強かった、しかし大病することでこの「いい人願望」をやめることを決意したと言う内容であった。 今の世の中は学校や職場でも気の合わない人と一緒の時間や空間を過ごす機会が多い、また5年前に気の合った人が今も気が合うとは限らない、人との関係は流動的である、ましてや苦手と思える人や自分にとってストレスになる人には関わらないか距離を置くのが一番である。 人間誰でも人には良く思われたいもの、しかし無理をして自分の心が...よく生きてよく死にたい

  • 健康でありさえすれば

    健康というものは人間の活動のすべての源である、特に高齢になると健康が生活のすべてを支配するといっても過言ではない、なにしろ当たり前のことが当たり前にできなくなるからだ。 体力は衰え病気になると自信を失い、気持ちは内へ内へと向かっていく、実際病気や痛みを抱え込むと人生の色合いががらっと変わってくる、家族に病人がいることで生活が一変することだってある、普段は当たり前のことに感謝しないのに当たり前のことを失うと激しい怒りと悲しみを実感するものである。 健康でありさえすれば齢をとること自体特に難しいことではないかもしれない、もちろんお金や生きがい、人との交流も大切、それでも健康はとても大切な大きなテーマであることは間違いない。健康でありさえすれば

  • 齢を重ねると過去を見る自分の目に変化が生まれる

    高齢者になると人生の重要な出来事の63%が1年経過しただけでほかの出来事に入れ替わるということが、ある雑誌に書かれていた、確かに齢をとると今までこうだと思っていたことが少し違って見えることがある。 これまでものすごくいやだったものが別にどうでもいいと思ったり、過去に素晴らしいと思っていたものが結構色褪せてたりと思うことがある、63%の数字の根拠はわからないが、齢を重ねると過去を見る自分の目に変化が生まれたのかもしれない。 自分の過去の思い出、家族の団欒、学生時代の友人、社会に出てからの職場での思い出等今振り返ると当時とは違って見えるものである、1年経過すると重要な出来事に変化が生まれるということになんとなく納得できるような気がする。齢を重ねると過去を見る自分の目に変化が生まれる

  • 定年後は人それぞれの価値観で生きればいい

    楠木新氏の「定年後」は20万部のベストセラーである、サラリーマン出身である楠木氏の価値観に共感を覚えた人も多いし、またそれだけ定年後の生活に関心を持ってる人が多いことも事実でである。 「人や社会とのつながりがなければ仮にお金があって健康だったとしても充実した老後とはいえない」楠木氏の持論でもあるこの言葉に共感した人も多いと思う、しかし、すべての人が老後の生活が保障されてるわけではないだけに、まずは最低限のお金と健康があれば生きがいにこだわらないという高齢者もいるはずである。 人の価値観は千差万別、一概に良い定年後、悪い定年後とはいえない、現役時代と違って他人の目を気にすることはない、だから定年後はそれぞれの価値観で生きればいいと思っている。定年後は人それぞれの価値観で生きればいい

  • 定年後変わりゆく街の風景とともに

    街はどんどん知らない顔になる、ビルができテナントが変わり、あったものがなくなり、新しいものが現れる、以前あったその風景を思い出すと一瞬心のなかに灯りがともる、その灯りがどうしようもなく懐かしい時がある。 そんな変わりゆく街の風景を見たくて時々街中に出て刺激の風に吹かれるのが好きだ、コーヒーショップや本屋でそしてCDショップで時間を過ごす。 雑踏のなかで耳にする人々のさりげない会話、そこには人間や社会の濃やかな景色がみえてくる、この街で生きていると実感できるひと時である、定年退職後8年半、そんなひと時を大切にしたい。                                                                       定年後変わりゆく街の風景とともに

  • 言葉のうらみは恐ろしい

    人間関係というのは言葉を通しての関係であり人間関係をむすびつけるための工夫である、反面言葉のうらみは恐ろしい、昔言われた言葉に傷ついて、ずっと続くと思えた友情が一瞬でこわれることもある。 人間は自分の言ったことを覚えてないが、言われたことは覚えているものだ、例えば私の妻が母に言われて不快に思った一言を30年以上たっても忘れていなかったこと、嫁姑の難しを痛感した、それだけ人の口から発せられた言葉はそれほどの力があるものだ。 言葉のうらみは恐ろしい、逆に人を救う言葉だってある、だからこそ自分が使う言葉の重みをいつも心の隅で自覚することこそ大切なのかもしれない。言葉のうらみは恐ろしい

  • いい生き方とは

    いい生き方とは素晴らしい仕事や業績を残すこと、社会的な名声、経済力を得て周囲の人から愛され尊敬されること、よき妻、子供に恵まれて幸せな家庭を築くこと、人のために尽くすこと、知識や教養を身につけ自分を磨くこと、挙げていけばキリがない。  しかし、私にとっていい生き方とは「いま」に集中する、「いま」をいかに楽しむか、「いま」が一番と思えること、ちょとした希望がある、愉しみがある、夢中になれるものがある、そして当たり前のことに感謝する気持ちを持つことだと思っている。  「ごちそう」が当たりまえになればごちそうの喜びも失われる、だからこそ感謝する気持ちは大切である、当たり前のことにいかに支えられているか、癒されて勇気づけられているか、今一度当たり前のことに感謝し、自分の心に正直に自分を信じて「いま」に集中し生きることこ...いい生き方とは

  • 年金生活15万円で暮らせる!?

    あるマネー雑誌で月15万円の年金生活という記事が掲載されていた、67歳の夫66歳の妻と二人暮らし、夫の厚生年金13万円妻の国民年金5万円合計18万円の年金収入で現在働いてない、1ヵ月の支出を見ると確かに15万円を切ってる。  一般的に夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦だけの無職世帯の平均支出は月約27万円、衣食住や光熱費のほか税金、社会保険料、医療費や交際費なども含む、一方収入は公的年金を中心に計22万円弱、約5万円を貯金を取り崩す等で補ってる。 今回の月15万円の支出の事例をよく見ると支出のなかでウエイトとして高い社会保険料(市県民税、固定資産税、国保、介護保険)が欠落している、それと支出のなかで食費が4万円、光熱費が1万円とかなり節約されてる、又持ち家で住宅ローンは完済してる、自動車は所有してないことも影響し...年金生活15万円で暮らせる!?

  • 平凡な人生もいいもんだ

    行動するということは現状を変えるということ、行動しなければなにも変わらない、確かにじっとしていればすべては平穏で多少居心地が悪くても安心して生きていける、多くの人はこんな感じで生きている。 だから行動する、現状を変える、ちょっとした冒険をしようとする、しかし下手をすると人生がつぶれてしまう、家族のことも考える、今こそやるべきだ、行動すべきだ、と思っても予期される危険があまりにも大きいことがある。 だからもう一歩というところで、せっかくの決心を行動に移せない、私も長い人生のなかでそういう局面があった、もし行動に移していればと思うこともあるが、行動しなかった自分、行動できなかった自分、それこそ平凡な人間の人生なのかもしれない、それでも最近では平凡な人生もいいもんだと思えるようになったことは間違いない。平凡な人生もいいもんだ

  • 定年後の静かな世界

    定年退職して8年半、人と会うことも激減、行動範囲も大幅に縮小し時間だけが過ぎていく毎日、一日一日にメリハリはないものの世間の波風から離れ自然に穏やかになったのを痛感してる毎日である。 物欲もあまり関係なく人にも執着しない、かつての人間関係もお互いが面倒だと思ったりして連絡が途絶えると自然に関係は消滅してしまうのが現実、とっくに人間関係のピークは過ぎたのかもしれない、だからどこかで偶然会ったり奇跡的に再会しないかぎり復活することはない。  ただ私自身定年後のこんな静かな世界を求めていたのかもしれない、何をしてもいい自由、何もしなくてもいい自由、至福な時間というわけでもないが、私にとっては気分が落ち着く心地のいい定年後の静かな世界である。定年後の静かな世界

  • 悩みがあるのが生きてる証し

    悩みというものがこの人生から消えてなくなってくれたら、どんなにいいだろう、そう思っている人が大半であるはず、仕事、病気、恋愛、結婚、子育て、家族、自分自身の生き方、挙げればキリがない。 ひとつの悩みが消えて荷が少し軽くなったと思ったとたん、さらに重い荷物が肩にのしかかってくることがある、順風満帆の人生などないと痛感する、疲労困媒し、厭世的になり、このまま消えてしまいたいと思う瞬間が、長い人生のなかで誰にでもあるような気がする。 そんなとき、悩みのない人生も楽な人生もない、人間生きることが仕事、悩みがあるのが生きてる証し、いいことだってあるさ、つらいこともそんなに続くものではない、そう思うようにしてる。悩みがあるのが生きてる証し

  • 運転免許証はいつ返納すべきか?

    NPO法人高齢者安全運転支援研究会理事長の岩城和紀元氏の「運転免許証、いつ返納すべきか?」という雑誌の記事に注目した、現在運転免許保持者数は8230万人、70歳以上が1130万人、13.7%を占めている、そのうち危険と感じ、もしくは家族のすすめもあって自主返納した人は37.6万人に上っている。  又昨年度に発生した車やバイクの死亡事故を見ると75歳以上が460件、75歳未満が3000件である、このデータをどう見るか、ただ岩城氏がいうように最近の高齢者の交通事故をマスコミがすぐに認知機能に原因があるかのような報道しがちなのは違和感を覚える。  大切なのは具体的にどこが危険なのか、見るポイントしてはブレーキを踏むタイミングが遅くないか、ブレーキを踏む場面でアクセルを踏むようであれば要注意、ブレーキ力がひとつのポイン...運転免許証はいつ返納すべきか?

  • きょうだいともめないために

    昔どんなに仲がよかったきょうだいでも違う人生を歩むうちに物の見方や考え方も違ってくる、実際一緒に暮らしているときは、あまり意識しないけど離れているときょうだいでも何もしらなかったことに気づくことがあるものだ。 きょうだいでも離れていると疎遠になる、それでも親の老いとともに介護や相続といった問題が生じてくる、さらに収入や金銭感覚の差などお金がややこしくして人生後半に待ち受けるきょうだいへの宿題のような気がする。 かつては同じ家族であったきょうだいも今はそれぞれ別の家族がいる、人生を共にする運命共同体はきょうだいではなく配偶者や子供である、寂しいけれどそれが現実かもしれない、だからこそ時間が許す限りコミュニケーションを取るべきだと思っている。きょうだいともめないために

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