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2020年 徘徊 4月4日 「四国路 春ですね!」 土曜日の朝、ゆかいな仲間のチビラ1号コユキ姫から電話です。 「あのさ、ジージとバーバ今日ヒマ?」 「うん、毎日ヒマ。」 「そしたらさ、今から一緒に
青春18きっぷの旅、香川県多度津から土讃線で高知へ移動しています。 tamikiti67.hatenablog.com 阿波池田駅 三好市役所 フレスポ阿波池田 阿波池田うだつの家・たばこ資料館 徳島県立池田高校 池田銀座 阿波池田駅 多度津を出て約一時間、阿波池田駅に到着しました。 阿波池田は平成の大合併以前は徳島県三好郡池田町、現在は三好市です。三好市の人口は約22,300人で、四国の中ではもっとも面積の大きい町。 余談ですが、私が住む愛知県の西三河にも三好町という町がありました。三好町が市に昇格するとき、徳島県の三好市が先だったので、ひらがなの「みよし市」となった経緯があります。 たくさ…
阿波池田、山間に沈む町。次にウダツを上げる日はいつか <トラキチ旅のエッセイ>第9話
阿波池田。夏。 揺れる陽炎の底に沈み込んだような静かな町を歩いた。 古い家並みの中、ふと1枚の表札が目に留まった。 「蔦 文也」とそこにあった。蔦監督である。 「山あいの町の子どもたちに海を見せてやりたい」 そう言って、県立池田高校野球部を甲子園へ14度導いた名監督の自宅が、そこに佇んでいた。 優勝3回、準優勝2回。 そうした成績よりも、甲子園球場を明るく沸かせたそのキャラクターがより印象深い人だった。 蔦監督は、すでに2001年に亡くなっている。 ご近所の人がたまたま植木いじりのため家から外に現れたのを呼び止め、「この家は蔦監督のお宅で間違いありませんか」と、尋ねると、 「そうです。蔦先生の…