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精神を病んだ人達が、健全な日常復帰を果たすまでのステップの充実を。
うつ病の寛解、仕事復帰を果たしてから13年。 以前の生き方を少しずつ改善し、ありがたいことに自分で人生をより良くできている、という感覚が得られています。 うつ病闘病は自分の人生の分岐点であり非常にインパクトが大きかった分、世の中の動向も気になり、未だ闘病中の方々のことを考えると、時々激しいジレンマに陥ります。 それは、うつ病など精神を病んだ人が、仕事や健全な日常復帰を果たす過程において上手く次のステップに進めず、足踏み状態を続けているうちに、また精神状態が悪化し抜け出られなくなってしまう、という状況を目の当たりにするからです。 うつ病を含め精神疾患を患う人は、往々にして真面目で
息子の学校不適応は続き、私は勧められた教育サービスセンターに通うことになりました。 教育サービスセンターは子供の発達障害の具合を見てくれたり、親の対応を教えてくれたりするところです。 「お子さんはAD
義母の介護は大変でした。 二人がかりでもおむつをはかせるのがやっとで、お風呂は私が介助します。 夜ご飯に用意したハンバーグを焼く前に食べようとしたりして、慌てることもありました。 そして、グループホー
息子が三歳になるころには、義母は完全にアルツハイマー型認知症になっていました。 主人には2人の妹さんがいましたが手分けして介護することになりました。 私たちの担当は土日です。 主人が仕事のない土日は義
私の病気は育児カウンセリングのおかげもあり、落ち着きました。 寛解期を迎えたので、またしても服薬をやめました。 すると、やる気が戻ってきて育児に専念することが出来るようになりました。 私は息子のために
今でも忘れられない幻想があります。 現実なのか妄想なのかわからない事があるのです。 統合失調症が落ち着いていた寛解期の夜の事でした。 こんにちは。統合失調症発症歴30年で障害で暮らしているemimam
母の妨害に遭いながらも、その後も順調に交際を重ねてついに結婚に至りました。 その結婚式にはかつての同僚の男性が見学に来ていたのです。 思えば招待状を配りに元の職場に行った時も、私の後をつけていたようで
私は解離性障害を患いながらも仕事を続けていました。 そんな中で営業先の人に合コンのセッティングを依頼されました。 私はこれも仕事の接待だと思って企画することにしました。 そこで、今の主人に出会うことに
幻聴や妄想を治してくれたのがリスパダールという薬でした。 太ったり引きこもりがちになるという欠点はあったものの、平穏な日常が戻ってきました。 私はリハビリもかねてお世話になった大学病院の図書館でパート
上の子6歳(年長)・下の子3歳の姉妹・夫CML1年・こぱんだ専業主婦の4人家族こぱんだです夫は慢性骨髄性白血病です。2年経過しました、今は3ヶ月ペース通院もすっかり板につきました1月の通院では私は付いていかず夫一人で向かう相変わらず、お腹の
私の義理の家族が海の向こうに住んでいます。もう10年近く会っていません。入院しているメンバーもいる。大病を患ったメンバーもいる。病気と付き合って頑張ってるメン…