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SNSでの情報発信に危惧 SNSでの情報発信で言葉巧みな新米農家の米購入、少し考えて欲しい。 彼らの情報が全てではない。 むしろ恵まれた環境で、購入してから10年未満な農機具をおんぼろだと公言し、売却したら赤字解消するにも関わらず 赤字だと過大発信をしているケースに中山間地域で30年近い農機具を使っているベテラン農家を見ていると心が痛む。 また、新米米農家が、下手な刈り払い機の使い方やプラスチックのスコップでの屋根雪降ろしなど、 単なるパフォーマンスであり、本当に農業で生活出来ていないし理解していないのに 情報発信を先攻していることで米が完売していることに共感出来ない。 屋根雪降ろし(豪雪地帯は、かんじき、鉄製ママさんダンプ使用) 中山間地域の畔やのり面の草刈り・斜面を何度も往復して草刈り_大変 歩行式草刈り機 1回のみで完了する草刈り・楽ちん 一年目でよたよた歩き 中山間地域のお米が美味しい理由・水 中山間地域の米は、平野部に比べて美味しい。 なぜなら、慣行栽培でも新鮮な水や空気で作られるお米だから。 稲わら2株(お茶碗1杯)で、稲は、約100Lの水を消費していると言われている。 人の手をかけることも大事だが、恵まれた自然環境での栽培で育ったお米は、格別に美味しい。 なお、米づくりにおいて、田んぼで使う水は、新鮮な川上の水を使う。 そして、田んぼの中で農薬や肥料の混じった水が、下流の河川へと流れる。 こうした繰り返しが上流の田んぼから下流域の田んぼへと永遠と続き海へと流れる。 また、河川には、田んぼだけではなく、下水道に流れなかった汚水や、 工場で排水された処理水が、国が定めた基準値以下ではあるが、有害物質が流れる場合もある。 放射線育苗米とカドミウム 秋田県や兵庫県で、2025年より放射線育苗米で栽培がおこなわれるが、 その背景には、県内上流域に多くの鉱山があることからカドミウムを含んだ水が流れていることが起因される。 鉱山に含まれたカドミウムが下流域に流れ、当然田んぼにも流れる。 米は、お茶碗1杯の稲で100L使用されると言われるので、 カドミウムが体内で蓄積されるのを防ぐために放射線育苗米が栽培されるのであるらしい。
【農村体験】食料調達するために最短10年計画で行ってみよう!
【体験趣旨】 お金をかけなくても食べて生き抜く環境づくり。 日本の農家は、全産業の2%110万人、そのうち70%は、65歳以上の高齢者。 49歳以下は、11%しか存在しない。 このままでは、あと10年で本当に食べるものの調達が困難になってくる。 政府は、将来に備えてコウロギを推奨している。 あなたはコオロギ食べますか? それとも春夏秋冬、四季を感じる昔からある食材を食べる備えを始めていきますか? コオロギ食のイメージ図 【体験内容メニュー】 富山県の中山間地域は、昔ながらの露地栽培で小規模農業。 他県では、国の支援で大規模単一作物での農業に転換している。 故に小規模農業に適した圃場を持つのが富山県の弱点でもあり強み! NOMACHIでは、この富山県の中山間地域の弱点でもあり強みでもある小規模農業、 1家族でも可能な農業に限らず農村暮らしも含む田舎暮らしの体験を365日行っています。 冬場は、原木椎茸栽培と除雪の行い方が中心となります。 ◎原木椎茸摘み取り作業(女性、子供向け) ◎ほだ木の棚差し、棚降ろし(中学生以上向け) ◎ほだ木に菌打ち作業(子供から大人まで) ◎除雪作業(機械操作希望者) ◎セリの新芽やフキノトウの山菜摘み取り 原木椎茸摘み取り体験 原木たな差し作業 殖菌体験(きのこ菌)をかなづちで打ち込み 除雪作業 【日時、場所、持ち物等】 日付:365日受け入れ(FBのイベントの都合上15日前後で更新して公開しています。雪が積もると来春まで中断) 時間;個別に対応 集合場所:氷見市仏生寺脇之谷内集落センター付近 持ち物;作業服、長靴、軍手、飲み物 参加要件;小学生以上 応募人数;1日1~3名 参加費用 初回500円/年(備品購入費) 備品購入費_年1回は、NOMACHI・ひみ里山くらぶの農村体験初参加者。農村体験者備品購入費用。
幻しの原木椎茸とは? 富山県氷見市の里山にて 市場では7%しか流通されておらず もはや、幻しの原木椎茸であり、 そんな幻しの原木椎茸の摘み取り体験を行っています。 図-1 令和3年全国椎茸生産量 野外での原木椎茸摘み取り 多くの椎茸摘み取り体験や椎茸狩りは、野外で主に秋の短期間なんです。 またはビニールハウスでの体験も、 太平洋側の雪の少ない地域での摘み取り体験で 椎茸の成長も早く味も大味になりがちです。 NOMACHIの原木椎茸は、 雪の多い北陸のビニールハウスで 加温しすぎず、じっくりと成長させるため、 肉厚でプリプリなのが特徴です。 実は、灯油ボイラーで温めているので、薪と違って燃料費が必要で、 今の時代、灯油代もかなり高く、たくさん使えないのもあります。 そんな時代の流れで、富山県内でもかつては、100件近くあった原木椎茸栽培農家も この30年間で十数件にまで激減。 私の住む脇之谷内集落でも15軒ほどあった椎茸栽培農家が、今では師匠の1軒いか存在しない、 絶滅職種 になりつつある産業なんだよ。 雪の中のNOMACHIの原木椎茸ハウス ハウス内での摘み取りの様子 原木椎茸の発生 変わって当確を現わしてきたのが菌床栽培キノコ=菌床椎茸が世に出てきて ・軽い(やく2kg 原木は、15kg) ・直ぐ発生する(わずか3か月。原木は、2年) ・良く出る(原木椎茸の4倍の発生量) ・安い(菌床は、木くずと小麦の外皮で普段捨てられるものに菌を打ち込んで培地を作るので安価、購入費用は300円前後、 方や原木は、東北震災後、原木産地が激減し、原木購入600円+菌打ち+養生=2000円ほどの手間) こうした時代背景で原木椎茸は、どんどん菌床椎茸に変わっていきましたが、 個人農家は、大手の近代設備に負けて衰退していきました。 詳細は、 世間の9割が知らない原木椎茸と菌床椎茸違い 体験内容 参加者資格 ここ大事です。 通常の生産の間に、 農村に対して理解ある人々を募集しています。 しかし ・親や年配者の言うことが聞けないわがままな子供、
【体験趣旨】 今、食べ物が危機的状況。 主催者代表は、高齢化した地主。 ご自身ではすでに管理出来ない状況。 この山に入った最初の時は、藤蔓が木々を多い、生育がなされていない。 著者が手入れする前のくぬぎ林 藤蔓が生い茂ってクヌギの生育を阻害している 藤蔓の根っこ山中に藤蔓がはびこっている そこで、富山県で10軒も満たない原木椎茸農家と多くの都市住民のお手伝いによって弱った落葉木を伐採し、 椎茸やナメコの殖菌、伐採した切り株から新たな苗が息吹、藤蔓に疎外されないように藤蔓や雑草を伐採し、新たな森を再生して4年目になりました。 多くの消費者が知らない・スーパーで販売されているキノコは、菌床栽培で、 木くずと小麦の殻(産業廃棄物・除草剤混じり有)で固めて栽培に3か月ほどで生産出来る。 小麦の殻のトレッサビリティ(追跡調査)や含有農薬検査はされていない。 原木椎茸が市場で出回らない理由は、木が購入出来ない。 伐採する人が不在、山の手入れがなされていない、荒廃がひどい。 原木椎茸栽培が超重労働、菌床と原木椎茸の違いを知らない人が世の中の99%。 日本の国土の2/3は山林、林業従事者は、わずか1%。 道路から10mにあるクヌギ山の整備を見学、体験してみませんか?お子さんや大人のSDGsの学びにもなります。 ※原木椎茸と菌床椎茸の詳細はこちらのブログ 里山の手入れを自らがすることで山を豊かにし、育み、未来の担い手に繋ぐ。 昔ながらの里山保全を現代風にアレンジして関係人口中心に山の手入れを行っています。 子供でも入れる緩やかな氷見の里山で、荒廃した里山の回復、持続可能な里山づくりを行っています。 お手伝いは、多種多様。 女性も子供も初心者でも出来ることが多数あるので、是非爽やかな汗をかいて、山の手入れに触れてみませんか? ◎1時間、半日でも体験可能! ◎遠方の方には、その人の希望にあった宿もご案内 ◎遠方からの場合、高岡駅まで来訪して頂ければバスや乗り合い可能 【体験内容メニュー】 大規模で伐採して放置の林業ではなく、昔ながらの個人規模の里山の手入れの仕組みを学べる体験プログラム。 ◎刈り払い機での下草刈り(山仕事希望者)
5/17の北日本新聞 に、NOMACHIの筍水煮工場のお手伝いが、大きく取り上げられ、 新聞記事を読んだひみ里山くらぶのメンバーより多くの人からメッセージ頂きました。 この場を借りてありがとうございます。 記事が3段書きで掲載されるのは、第三者からみて社会的評価の証。 社会的評価として新聞掲載は、地域活動の指標となる。 活動の評価は、 ローカル面1段で写真無し(行政のつまらない取り組みや切り事で毎年変化の無く面白みの無い行事) ⇓ 1段写真あり(毎年ある子供行事など) ⇓ 2段(新規性あるがそれほど汎用性の無いもの) ⇓ 3段 ⇓ ローカル面から"社会面"へ 今回は 社会面 の3段記事!!! 取材から2日かけて記事内容を記者さんが、添削しながら3日目に掲載された。 今中山間地域で必要なのは、遊びじゃ無く本当の農村の支援。 本音を言えば、中山間地域に定住してくれる人材の確保。 しかし、中山間地域に住むには、これをしなければ10年以内に富山県内の中山間地域の半数は消滅する。 Nomachi(ノマチ)の農村体験 里山の危機!/筍水煮工場でのお仕事体験(1日ボランティアも歓迎) で4/17~5/16まで、毎日4~8名以上が助っ人で訪れ、述べ130名以上が参加しました。 《地域の声》 従業員の皆さんからは、 「力仕事を任せられて助かった」 「普段会えないような人と楽しかった」 「これだけの人数が入ってくれて仕事がはかどった」 などなどの声を聞けた。 都会の人々からしてみたら、こうした地域の声は新鮮だが、 多くの地域では、当たり前の声である。 《お祭り騒ぎの関係人口》 一方、多くの中山間地域では、このような活動がなされず、 収穫体験やら、音楽祭やら、今ではやらない手植えの田植えなど お祭り騒ぎのイベントがやたらに多い。 にも拘わらず、上記のようなお祭りを「関係人口」と称して 将来地域に関わる人口が増えると信じているが、おそらく関係人口には、つながらずに消滅してしまうだろう。 手植えでの田植え 翌日、地域住人が押し植えを行い、欠株を無くす 手間がかかっているが、参加者は知らない 《コメント》
facebook投稿でのタグ付け/情報発信・拡散 【中山間地域の実情】 高齢の農家さんは、作るのは上手でも売るのが苦手。 『良いもの作れば売れる』 そんな言葉で生産しても、 生産物が知られず苦しんだり、 廃業されている農家さんは星の数ほどいる。 仏生寺原木椎茸 かつて仏生寺椎茸では、15軒ほどの生産農家がいたが今では1軒 私自身は、そんな高齢の生産者の支援をするため facebookを使って記事を書き、書いた記事には有償広告を出し、 販路づくりを無償で行っている。 それが地域おこし協力隊であり、協力隊卒業しても 地域づくりに担う必要があると考えている。 県外へも中山間地域の農産物をもってPR活動 そうしなければ、 中山間地域は疲弊して、 益々少子高齢化に拍車がかかる。 富山県の中山間地域で あと10年を待たずに廃村する集落は 100以上あるだろう。 けど、誰もが 販路開拓を行わず傍観している。 【facebookタグ付けで情報拡散】 中山間地域が生き残るには、 そこで採れた産物が 買い叩かれる事無く売れること。 私のように農村体験イベント開催して 参加者が 『楽しかった』 と地域や特産品の情報拡散してくれることが大切。 速川活性化協議会の芋ほり体験 参加者が自らfacebookの投稿で @ アットマーク タグ付け 『 Nomachi(ノマチ) 』 や 『 稲垣信志 』 と投稿にタグ付けしてくれたら タグ付けされたページにも投稿が繁栄される。 そうすることで、 私自身が投稿を行わなくても 第三者によって最新情報が拡散される。 こうしたことを知らないで Facebookを活用されている人も多い。 また残念なことに facebookの利用で自分だけ楽しむ人は、 「タグ付け辞めてくれ」 と拒んでくる人も少なくない。 自分さえ良ければそれでよいのか? 他人に迷惑かけなければ、それで満足なのか? あと10年もしたら、 今の高齢な農家さんは、 生活の成り立たない農林業を息子や他人に譲渡は出来ない。 結果高齢の農家さんが作った 四季を感じられる路地で作られた 米も野菜も果物も食べられなくなり、 薬漬け、化学肥料まみれの合理化の農産物、 外国輸入の農産物が主流となるだろう。
2月17日の農村村体験 2/17(金)は、Nomachi(ノマチ) の農村体験に3名参加。 facebookのみの募集でも、おかげ様で1月から平日も含めて日々来訪、延べ60名以上の参加となっています。 はじめに殖菌の打ち込み作業を体験 話をしながら手を動かしておしゃべりに花が咲く 2時間ほどで100本の原木に殖菌を完了 次に原木椎茸摘み取り体験 傘の開いた椎茸を選んで摘み取り 摘み取った椎茸は、すべてお買い上げで全量お持ち帰り こんな大きな椎茸をとったぞーの記念ポーズ 本日は、氷見市の銘菓 カシュカシュボンボンのスポンジケーキ を差し入れで 皆で、細越の鳩麦茶で満喫 菅沢さんから、クヌギの木から、栗の木の話題になり 昔は、栗を蒸して、針で栗の皮に穴をあけて、糸を通して干したものをおやつとして食べた という、新たな氷見の昔のおやつの話を聞くことができた。 農村体験と議員と行政職員 2月17日は、富山県県議会議員として、初めて菅沢裕明さんが訪れてくれました。 菅沢さんの素晴らしいところは、氷見市一刎(ひとはね)という小さな集落育ちですが、 私が活動する氷見の各地域を定期的に廻られ、地域住民の方々と腰を据えてお話しをされていく。 なので私自身も 「あちこち、くまなく中山間地域に足を運んで、地域住民とコミュニケーションをとれている人だなー」 という感想でした。 私自身も過去には、2時間ほど対話もしたこともあります。 そして、菅沢さんと思いが同じなのは、 氷見市の産業のすばらしさは、小さな手仕事の一次や二次産業が家族経営でなされていること。 特に中山間地域の人々が兼業農家をしながら地域の環境整備や保全、景観維持をしていることに関しての菅沢さんは熱い思いがあり、共感出来る。 菅沢さん以外にも、これまで農村体験を行った議員さんは、穴倉氷見市議会議員と石崎魚津市議会議員の2名。 この二人は、平生からの活動においても中山間地域に携わっており地域の皆さんと接して共感が出来る。 かたや残念なのは行政職員の農村体験は、氷見市においては、部長クラス以上が3名のみ。 氷見市ではないが、南砺市や七尾市、小矢部市の若手市職員が1名ほど参加してくれた。
【田舎体験・農村体験】原木椎茸作業(無償学習・関係人口中上級者向)
氷見の里山で農村体験・関係人口づくりを365日実施中 氷見の里山で田舎体験・農村体験をしてみませんか? 移住定住や農業を生業とした転職で、失敗しないリアルな農村体験を365日行っています。 他団体やマスコミでは、楽しいことばかりを並べて、移住したあとに 「こんなはずじゃなかった」 「こんなこと聞いていない・想定外だ」 なんて移住者の悲劇を最近よく耳にします。 私自身も移住者であり、上記のような失敗移住者の愚痴をよく耳にしながら今もなんとか踏ん張っています。 地方創生は、西高東低。 西日本では、地方創生、地域活性化において先駆的な地域が多く 先駆的な地域では、初めから地域のネガティブなことや、マイナス面をオープンにして 移住希望者に納得してもらって移住が増えている地域もあります。 具体的には、「集落の教科書」という地域や集落での営みを書いたガイドブック。 北陸においても、七尾市高階地区 や 魚津市片貝地区 では、 集落の教科書が作成され、地域を見えるかしてきている。 しかし、東日本の影響が強い北陸での地方創生や移住斡旋は、 地域に住んでまもない地域おこし協力隊や、 2から3年周期で担当部署が変わる行政職員が担当になっていて、 地域のドロドロした実情をしらない若者が移住斡旋を行っているので、 本当の意味での移住の実態を語ろうとはしてきていません。 ゆえに、富山県でへき地に住む移住者で定住する率は極めて少なく、 地域おこし協力隊の定住率が6割だと自慢していますが、途中で退任した人は数に含まず、 地域おこし協力隊を退任後は、しがらみが少なく雪の心配や地域行事で週末拘束されない 街中に引っ越しをしている地域おこし協力隊OBも少なくないです。 NOMACHIでは、移住してから失敗や後悔をして欲しくないために 他では教えないリアルな田舎体験、農村体験を 完全予約制で365日受入れしています。 今回の農村体験メニュー NOMACHIの体験メニューは、参加者に合わせた体験メニューではありません。 日々、春夏秋冬メニューが異なります。 それは、地域で暮らす人々の生活の営みに合わせたメニューだからです。 今回紹介するのは、2023年2月1日に行われたメニューであり、 その前後に同じメニューかといったら異なります。
【田舎体験・農村体験】早春編/幕末歴史ガイド・山菜採り・椎茸狩り
氷見の里山で農村体験・関係人口づくりを365日実施中 氷見の里山で田舎体験を楽しみ、地域の人々と交流をしてみませんか? グリーンツーリズムとリトリートを掛け合わせたような里山を提供します。 他では味わえないワンクラス上のリアルな田舎体験、農村体験を 満喫して頂きたく少人数8名以下で蜜を避け 完全予約制で365日受入れしています。 田舎体験での注意事項! ワンランク上の里山体験・農村体験 リピート率も高く、年間700名ほど受け入れています。 ワンランク上と言っても、こう団体では、高級志向のワンランク上ではありません。 このサイトを見ている人の中では、あちこちで農村体験したことあるから 農家や農業を知っていると自負する人もいるでしょう。 たとえば、手植えでの田植えや鎌をもっての稲刈りやはさ掛け 野菜の収穫体験、収穫祭、などがありますが、 どれもお客様ファーストで日常の営みとは異なります。 本来の里山では、田植えは田植え機、稲刈りはコンバイン 野菜収穫は深夜だったり半日びっちりの農作業 そんな日常のリアルな体験出来るのがNOMACHIのワンランク上の農村体験です。 故に誰でも受け入れるのではなく、少人数参加型。 少人数で満喫していただくために、関係人口、移住定住に繋がる可能性の方を優先的に受けいていています。 今回の農村体験は有料のガイドプラン 2時間程度4000円(高校以下保護者同伴は無料) 里山くらぶサポーター2500円 伝説の剣豪ガイド えっ⁉こんな場所に驚き 山菜撮り 雪の中でも山菜 セリ・フキノトウ摘み取り 幻の原木椎茸狩り 伝説の剣豪ガイド 集合場所でもある脇之谷内集落センター。 ここには、斉藤弥九郎の銅像が建っている。 右側 斉藤弥九郎の銅像 齋藤弥九郎は、浅野総一郎、南弘と並ぶ氷見三大偉人。 仏生寺地域脇之谷内地で生まれた偉人。 江戸三大道場の一つ新道無念流練兵館を創設した偉人。 門下生には、幕末明治の日本を動かした 桂小五郎、高杉晋作、木戸孝光、伊藤博文などが在籍していた。 齋藤弥九郎自身も剣術が凄いだけではなく、 お台場砲台の建築に携わったり、 大塩平八郎の乱の内偵(スパイ)活動したりした。 明治維新後は、大阪造幣局で権允として務めた。