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【本】夏目漱石『門』~なされなかった贖罪と、温き地獄。情愛の果ての薄暗い日常~
1、作品の概要 『門』は、夏目漱石の長編小説。 1911年に春陽堂より刊行された。 1910年に104回にわたり、朝日新聞にて連載されていた。 『三四郎』『それから』に次ぐ前期三部作の3作目の作品。 1973年に『わが愛』というタイトルで、1993年に『門-それから』というタイトルで、それぞれドラマ化された。 路ならぬ恋の末に結婚した夫婦の、薄暗い日常を描いた。 2、あらすじ 宗助は大学時代の親友・安井から妻・御米を奪い、周囲から後ろ指をさされながら結婚をしたという暗い過去を持っていた。 夫婦には子供がなく、流産、死産を繰り返していた。 安井を裏切った罪の意識から、世間から隠れるようにひっそり…
【本】太宰治『ヴィヨンの妻』~人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ~
1、作品の概要 『ヴィヨンの妻』は太宰治の短編小説。 1947年8月5日に刊行された。 新潮文庫版の短編小説集『ヴィヨンの妻』は8編の短編が収録され、1950年12月22日に刊行された。 親友交歓、トカトントン、父、母、ヴィヨンの妻、おさん、家庭の幸福、桜桃の後期の短編小説が収録されている。 200ページ。 『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』で2009年に映画化された。 松たか子、浅野忠信主演。 2、あらすじ ①親友交歓 津軽の生家に疎開していた「私」はかつての親友を名乗る男の訪問を受ける。 酒を酌み交わす2人だったが、「親友」は酔いながら荒れた行動をし始め・・・。 ②トカトントン 26歳の青…
1、作品の概要 『その先の道に消える』は、中村文則の長編小説。 2018年10月30日に、朝日新聞出版より刊行された。 246ページ。 「小説トリッパー」2015年夏季号~2018年秋季号に連載された。 2021年8月6日に文庫版が刊行された。 緊縛、神道をテーマに2人の刑事の視点から、事件の謎を追うミステリー作品。 2、あらすじ アパートの一室で殺された吉川という緊縛師の男。 重要参考人として名前があがったのは、刑事の富樫が惹かれていた女性・桐田麻衣子だった。 自らの立場を利用して、麻衣子の疑惑を逸らそうと偽装工作をする富樫。 吉川の部屋の契約者になっていた伊藤亜美が捜査線上に出てくるが、事…
【本】中村文則『私の消滅』~この記事を読めば、あなたはこれまでの人生の全てを失うかもしれない~
1、作品の概要 『私の消滅』は、中村文則の長編小説。 2016年6月に刊行された。 2019年7月に文庫化されている。 『文學界』2016年6月号に掲載された。 第26回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。 単行本で166ページ。 ある精神科医の倒錯した人生と、復讐を描いた。 装丁の絵は、塩田千春『Trauma/日常』が使われている。 2、あらすじ コテージの一室で謎めいた手記を読む一人の男。 「このページをめくれば、あなたはこれまでの人生の全てを失うかもしれない」そう書かれた手記は、これから彼がなり替わろうとしている小塚亮大の半生を記したものだった。 母親の再婚による儀家族との軋轢、妹へ…
1、作品の概要 『愛の渇き』は三島由紀夫4作目の長編小説。 1950年に新潮社より刊行された。 書き下ろし。 文庫版で231ページ。 1967年に浅丘ルリ子主演で映画化された。 叔母から聞いた婚家の農園の話を下敷きに書かれた。 夫をなくした悦子が、舅に身を任せながらも、若い園丁の三郎に激しく恋焦がれていく。 2、あらすじ 愛人を作りほとんど家に寄り付かなかった夫・良輔に苦しめられていた悦子。 彼が病気で亡くなった後、舅の弥吉の農園兼別荘に身を寄せることになり、身体を許すことになる。 屋敷には長男・謙輔夫婦、三男・祐輔の妻・浅子と2人の子供、園丁の三郎、女中の美代が住んでいた。 奇妙な関係性の中…
【本】太宰治『走れメロス』~『女生徒』『富嶽百景』らの名作が収録された中期幕開けのの名作群~
1、作品の概要 『走れメロス』が太宰治の短編小説集。 1954年に刊行された。 表題作の『走れメロス』他、『ダス・ゲマイネ』『女生徒』『富嶽百景』など9作品が収録された。 文庫本で275ページ。 2、あらすじ ①ダス・ゲマイネ 友人たちから佐野次郎と呼ばれる大学生の青年は、娼婦に恋をしていた。 甘酒屋で出会った奇特な青年・馬場とつるむようになり、2人は雑誌『海賊』の創刊をもくろむ。 馬場の親類の画家・佐竹六郎、新人作家・太宰治を巻き込み計画を練るが・・・。 ②満願 伊豆の三島に滞在していた折に、仲良くなったまち医者。 肺を患っていた小学生の先生の若奥様は、ある時うれしそうにパラソルを回しながら…
【本】三島由紀夫『金閣寺』~幼少期から繰り返された美との断絶、そして滅びによる同化~
1、作品の概要 『金閣寺』は三島由紀夫の長編小説。 1956年に刊行された。 三島由紀夫の代表作で、世界的にも評価が高い作品。 新潮1956年1月~10月号に連載された。 文庫本で257ページ。 第8回読売文学賞を受賞。 2020年時点で361万部を記録している。 1950年に実際にあった「金閣寺放火事件」をモデルに描かれた作品。 2、あらすじ 京都の北の地、僧侶の息子として生まれた「私」は、父親から繰り返し金閣寺の美しさを聞かされて育った。 身体も弱く、生まれつき吃音があった「私」は極度の引っ込み思案の持ち主として成長し、ほのかに想いを寄せていた有為子にも相手にされなかった。 病弱だった父の…
1、作品の概要 『きりぎりす』は、太宰治の短編小説。 表題作『きりぎりす』ほか『燈籠』『千代女』など全14編を集めて新潮文庫が短編小説集として刊行した。 昭和12年~17年にわたって書かれた作品群で、太宰治の中期の作品にあたる。 のちに『斜陽』『ヴィヨンの妻』『女生徒』などの傑作を生み出す著者が得意とする女性の告白体を『燈籠』で初めて用いた。 2、あらすじ ①燈籠 下駄屋の一人娘・さき子は、恋焦がれた男性のために盗みを働く。 警察に捕まり、取り調べの際に彼女が放った言葉は驚くべきものだった。 ②姥捨 嘉七とかず枝の夫婦は、彼女の不貞が原因で心中を企てる。 東京を離れて縁のある水上の温泉宿に辿り…
1、作品の概要 『教団X』は中村文則の長編小説。 2014年12月に刊行された。 中村文則にとって15冊目に刊行された作品。 単行本で567ページ。 第一部が『すばる』2012年5月~6月号に、第二部が2013年8月~9月号に連載された。 謎の教団「X」をめぐり、翻弄される人々の運命を描いた。 2、あらすじ 〇第一部 楢崎は、彼の目の前から姿を消した女性・立花涼子を探してとある宗教施設に足を踏み入れる。 内面に歪みを抱えていた楢崎だったが、おおよそ教祖とは言い難い松尾の気さくな人柄や懐の深さ、屋敷に出入りしている人たちの温かさに惹かれていく。 しかし、彼は松尾に詐欺を働いた謎の宗教団体「教団X…
1、作品の概要 『枯木灘』は、中上健次の長編小説。 芥川賞を受賞した『岬』の続編として刊行され、『地の果て 至上の時』を含めて3部作として構成された。 第31回毎日出版文化賞、第28回藝術選奨新人賞を受賞。 『文藝』に1976年10月号~1977年3月号に掲載された。 文庫版で371ページ。 番外編『覇王の7日』、著者あとがき『風景の貌』を収録。 紀伊を舞台に、土地と血脈の呪縛に翻弄される人々の運命を描いた。 2、あらすじ 秋幸は、母・フサと血の繋がらない父親の竹原繁蔵と暮らしていた。 26歳になり、体も大きく逞しくなった秋幸は土方の現場監督としてがむしゃらに働き一目置かれるようになっていた。…
ちょっとした着眼点の違いで、小説はもっと面白くなる。本書は「蹴りたい背中」「ゴールデンスランバー」など、現代の純文学やミステリー、古典などを題材に、作品をより深く楽しく味わうコツを、人気小説家が分かりやすく解説。小説を読 ...
1、作品の概要 『われもまた天に』は、2020年9月25日に刊行された古井由吉の短編小説集。 2020年2月18日に他界した古井由吉の遺作となった。 『雛の春』『われもまた天に』『雨上がりの出立』『遺稿』(未完)の4編の短編小説からなる。 単行本で139ページ。 『新潮』2019年7月号~2020年5月号に掲載された。 2、あらすじ ①雛の春 立春の2月4日。 入院先の病院で聞く夜の車の音、人の話し声。 記憶は巡り、2人の娘のために飾った雛人形を思い、雪の夜に女とすれ違ったことを思う。 ②われもまた天に 寒々しい春が凶年を予感させ、寒々しい5月。 漢文から、生れる前は天の内に在って五行の運行の…
第86話 花残 act.30 side story「陽はまた昇る」
その現実に温もりは英二24歳4月第86話花残act.30sidestory「陽はまた昇る」雪の道、眼の底が染められる。光の色だ。「…まぶしいな、」細めた視界こぼれる声、ただ雪灯りだけじゃない。左掌そっと右小指ふれる、今抱えこむ現実に呼ばれた。「ああ宮田、そこを右折したすぐだ。停まってくれんか、」ウィンカー出してハンドルゆるくきる。がりり雪削らす振動、停まった登山用品店にドア開いた。「いらっしゃいませ、って後藤さんか、」半白の髪ゆれて初老の笑顔ふりかえる。常連なのだろう、そんなトーンに上司が笑った。「おう、肘用のサポーターあるかい?」「あるよ、後藤さんケガしたか?」訊かれる言葉に息が詰まる。けれど山ヤの先輩はからり笑った。「用心のためだよ。俺も齢だからな、肘に負担かけちゃマズイからなあ?」かばわれた?つい見...第86話花残act.30sidestory「陽はまた昇る」
【本】李龍徳『報われない人間は永遠に報われない』~共依存の果てに辿り着いた荒野~
1、作品の概要 『報われない人間は永遠に報われない』は、李龍徳の中編小説。 2016年6月に刊行された。 単行本で146ページ。 『文藝』2016年春季号に掲載された。 第38回野間文芸新人賞候補作。 シニカルで自意識過剰の若い男と、自分に自信が持てず悲観的な考えを持って生きる30代の女性の関わりを描いた。 2、あらすじ コールセンターで働く20代前半の近藤は、同僚との賭けの対象として上司の諸見映子を飲みに誘うことに成功する。 彼女の強い自己卑下と母親への被害者意識など、偏った考え方に興味を抱いた近藤は、彼女と付き合いだし職場内で噂の的になるようになる。 職場内のトラブルで退職した映子は、近藤…
【本】中村文則感想まとめ!!全作品ざっくりレビューとブログで感想を書いたものを紹介!!
☆大好きな作家・中村文則について☆ 以前、書いた記事のリライトですが、僕の大好きな作家・中村文則についての紹介と、感想のまとめを書いてみたいと思います!! 中村文則は1977年9月2日生まれで現在46歳。 ちなみに僕と同い年です。 愛知県東海市出身で、2002年に『銃』でデビューし第34回新潮新人賞を受賞しています。 2004年、2作目の『遮光』で野間文芸新人賞を受賞。 2005年には、3作目の『土の中の子供』で第133回芥川賞を受賞しています。 こうしてみると若いころから活躍している天才作家という感じがしますが、作風が暗いものが多いのでどことなく地味な印象が。 でも、そこがまた好きだったりも…
【本】中村文則『列』~相対的にしか幸福を感じられない不幸と呪い~
1、作品の概要 『列』は中村文則の中編小説。 2023年10月5日に刊行された。 群像2023年9月号に掲載された。 152ページ。 列に並ぶことを通して、相対的にしか感じられない現代社会における幸福を描いた。 2、あらすじ 「私」は気付いた時から列に並んでいて、なぜ列に並んでいて、自分が何者なのかの記憶をなくしていた。 他者より一歩でも先に進みたい、この列から離れて逸脱したくない。 様々なトラブルに見舞われながら列に並び続けることに固執する「私」だったが・・・。 猿の生態を研究している大学の非常勤講師の草間は、大学院生の石井と一緒に猿の群れを観測し続けていた。 非常勤講師という不安定で低収入…
1、作品の概要 『劇場』は又吉直樹の長編小説。 『新潮』2017年4月号に掲載されて、同年5月に単行本が刊行された。 単行本で207ページ。 表紙の装丁には、大竹伸朗『路上Ⅰ』が使われている。 2020年7月に映画化された。 監督が行定勲監督、主演は山崎賢人、松岡茉優。 東京で演劇にのめり込む永田と、彼を支える沙希の物語。 2、あらすじ 演劇に魅せられた永田は高校の友人・野原とともに上京して劇団「おろか」を結成。 劇団は上手くいかず、酷評される毎日の永田だったが、偶然路上で出会った沙希と付き合いだし彼女の家に転がり込むようになる。 夢を一心に追い続け演劇の脚本を書き続ける永田だったが、次第に自…
【本】三島由紀夫『美徳のよろめき』~倫理や道徳を超えて快楽に溺れていく~
1、作品の概要 『美徳のよろめき』は三島由紀夫の長編小説。 『群像』1957年4月号~6月号に連載されて、同年に刊行された。 大衆向けに書かれたとも言われたこの小説のタイトル「よろめき」は、当時の流行語となった。 当時のベストセラーとなり、映画化もされた。 育ちが良い無垢な人妻である節子の婚外恋愛の顛末を描いた。 2、あらすじ 上流階級に育ち、富裕層で優しい夫・倉越一郎と結婚し、男児も1人いた節子。 恵まれた境遇で何不自由なく暮らしていた節子はやがて暇を持て余して、結婚前にかつてぎこちない接吻を交わした男友達の土屋と逢瀬を繰り返すようになる。 初めはただの火遊びのつもりであったが、世間知らずで…
1、作品の概要 中村文則の3作目の長編。 作者自ら「最もマニアックな長編」と言っている初期の傑作のひとつだと思います。 悪意の手記 (新潮文庫) 作者: 中村文則 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 2013/01/28 メディア: 文庫 この商品を含むブログ (14件) を見る 2、あらすじ 15の時、TRPという死に至る大病を患った主人公の「私」が、死への恐怖と青い服を着た奇怪な少年との邂逅から 自らの運命を呪い、周囲を憎悪するようになっていった。 奇跡的に回復して高校に復学した「私」だったが、たまたま公園で会った親友のKを池に突き落として殺してしまう。 罪の意識から自死を試みる「私」だ…
野に、君がため、2月16日誕生花フキノトウ蕗の薹如月十六日、蕗薹―genius足もと光る、ほら夜が明ける。見はるかす漆黒が青くなる、登山靴の足もと銀色またたく。こんな頂まで来てしまった、厳冬の朝風つい笑った。「なあ?俺たち星を見たかったダケよな、」「うん、そうだよ?」ほら君の声が笑う。漆黒しずむ雪嶺は横顔が見えない、けれど瞳ふたつ明るむ。きっと大きな目元ほころんで柔らかい、それが見えるほど同じ時を歩いたから。「こういう星を見たいから、啓太も僕も大学に入ってここに来たよ。でしょ?」低めのテノール朗らかに響く、暁闇の風なびいて明るむ。この声もっと高かった、けれど、言ってること同じだ?「おう、あれから13年だな、」応えて懐かしい、幼い夜と星の約束。ただ星を見たかった、そのために受験も越えて、時を生きて今ここにい...如月十六日、蕗薹―genius
第86話 花残 act.26 side story「陽はまた昇る」
失ってもなお、涯は英二24歳4月第86話花残act.26sidestory「陽はまた昇る」「長野の警察病院では、どう言われました?」穏やかなテノール、けれど耳朶ふかく叩かれるあまり穏やかな状態じゃないな?予想と英二は口ひらいた。「手には異常がないと言われました、でも吉村先生は違うご見解なのですね?」雪ひそやかな山里の診療所、けれど「神の手」と評される医師。その慧眼は穏やかに英二を見た。「左腕をこちらへ伸ばしてくれるかな、」言われるまま左腕を伸ばして、白衣の掌が受けとめてくれる。ふれられた小指やはり感覚が鈍い。「楽にしてくださいね、」言いながら左腕そっと台に置いてくれる。ふれる素肌ひんやり冷たい、暖房あたたかな診療所の外気がはかられる。「指の変形はないね、ちょっと肘の内側を叩くよ?」穏やかな声が告げて、左肘...第86話花残act.26sidestory「陽はまた昇る」
第86話 建巳 act.38 another,side story「陽はまた昇る」
Thataftermanywanderingskenshi―周太24歳4月第86話建巳act.38another,sidestory「陽はまた昇る」憧れで、恩人で、大好きな友だち。そんなふうに祖母を想ってくれるひと。そうして今、淹れてくれた茶の香ふわり清々しくて周太は微笑んだ。「ありがとうございます…祖母のことそんなふう仰ってくれて、嬉しいです、」うれしい、こんなにも。だって自分は祖母を知らない、ずっと昔、生まれる遥か前に亡くなったから。それでも今こうして向きあうテーブル、研究室の窓辺に学者は朗らかに笑った。「こっちこそよ、斗貴子さんのお孫さんだなんて。しかも私の講義を受けてくれるんでしょう?どうしよう、嬉しい、」メゾソプラノ朗らかな目もと、皺やわらかに滴が光る。ほら?こんなふう悼んでくれる、僕の家族のこ...第86話建巳act.38another,sidestory「陽はまた昇る」
1、作品の概要 太宰治、晩年の名作。 1947年、刊行。 当時のベストセラーとなった。 得意とする女性の告白体で書かれている作品で、没落していく貴族を表して「斜陽族」という言葉を生み出し、社会現象となった。 自身のファンであった太田静子の日記を参考に書いたとされている。 太宰はこの女性と関係を持ち、後に女の子が生まれ、自身の名前を一字入れて治子と名付ける。 先日、公開した蜷川実花監督の映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』にも太田静子との出会いから、斜陽の執筆、私生児をめぐる泥沼のやり取りまでが描かれています。 hiro0706chang.hatenablog.com 2、あらすじ 父を亡くし…
【本】三島 由紀夫『仮面の告白』~倒錯した性と自意識の解体~
1、作品の概要 1949年に刊行された、三島由紀夫2作目の長編にして代表作。 同性愛を扱った自伝的小説で、その倒錯した世界感が当時の話題となった。 一人称の告白体で描かれている。 「私」の少年時代から23歳までの話で、全4章からなる。 前半は、倒錯した性の目覚めと憧れの同級生・近江との学校生活を描き、後半は友人・草野の妹・園子との恋愛と、失恋を描き女性を愛せない苦悩を描いた。 2、あらすじ 病弱な「私」は母から引き離されて、祖母から徹底した管理のもと育てられた。 歪んだ愛情を注がれながら育った私は、汚穢屋や、兵士の汗の匂いに魅せられて、絵本の中の殺される王子を愛した。 「私」はそれらが持つ悲劇…
1、作品の概要 小川洋子、8作目の中編。 1994年10月に刊行された。 表題の『薬指の標本』と『六角形の小部屋』の2編の中編が収録されている。 『薬指の標本』は2005年にフランスで映画化された。 2、あらすじ 『薬指の標本』 工場でサイダーを作る仕事をしていた「わたし」は、左手の薬指の先を機械に挟まれて失ってしまい、標本室で働くようになった。そこは様々な品物が持ち込まれて瓶詰めの標本にされる不思議な場所だった。 「わたし」は標本室の主の弟子丸氏に靴をプレゼントをされて、恋人のような奇妙な関係になっていくが・・・。 『六角形の小部屋』 スポーツクラブで偶然出会ったミドリさんのあとを追いかけて…
【本】川端康成『眠れる美女』~眠れる美女達の身体を通して浮かび立つ夢幻と破滅。魔界への誘い~
1、作品の概要 1961年に刊行された後期の中編作品。 第16回毎日出版文化賞を受賞。 日本で2度、海外で3度映画化された。 「男でなくなった」老人限定で、薬で深く眠らされた娘と添い寝できる秘密の家の物語。 川端康成のフェティシズムや、耽美、夢想などが感じられる。 2、あらすじ 木賀老人から、「男でなくなった老人」に限定薬で深く眠らされた全裸の若い女性と1夜添い寝をできる秘密の家を紹介される江口。 他の老人たちと違って男としての機能を失っていない江口だったが、「眠れる美女」と過ごす一夜に魅了されて足繁く通いつめるようになる。 5夜で6人の美女の匂いや、肌触り、体の美しさを愛でるうちにかなしさや…
彼らは完成されるすみやかに、そして処罰される日は近い彼らの足として、よろめく彼女に時機を得ん、そして贖い(報い)、復讐(報復)は、わたしである申命記32章35節【閲覧注意】この作品には暴力的、残虐的、性的な描写が多く含まれています。Monday,October30,1989Didn'tsleepatall.Suckedhimfiveorsixtimes,masturbatedtentofifteentimes,crotchfuckedsixorseventimes.1989年10月30日(月)一睡もできなかった。5、6回しゃぶり、10〜15回マスターベイション、6、7回股間ファック(crotchfucked)した。彼女はぐっすりと眠っている。午前2時まで、とにかく僕は彼女を犯しつづける。キスや、乳首を吸っ...愛と悪第百章後編
すべての未来、すべての過去、すべての今を今、上演させる主、ヱホバ。1989年10月29日(土)午前9時42分今日は何度か目が醒めて、僕は自分が幼い頃に性的虐待を誰かから受けていたんじゃないかと、また憶いだそうとしていた。でもやはり憶いだせなかった。今日、夢と現のなかでサタンから福音を受けた。僕は今日、必ず女の子を与えられる!とても可愛い子で、僕は彼女に一目惚れしてしまうんだ。僕は必ず、今日と、そして明日、僕の最大限の力をこの世界に対して使うことができるだろう。僕はその力を、僕の魂と引き換えにサタンから与えられたんだ。そうであるからには、僕は弱気になるわけには行かない。必ず、成功させると約束する!僕はもう少ししたら狩りに出掛ける。僕の可愛いちいさな餌食が僕を待って、輝いている!僕は僕が何をすべきで、僕に何が...愛と悪第百章中編
それはちょっと昔の振り返りのこと。 特殊(※1)な技法を習いに家内が絵画教室に行っていたことがある。 美大では教わらない技法だというので通うことにしたのだ。 教室といっても、それは市民サークルみたいなものではあったが。 家内は楽しく通っていたが辞めてしまった。 私が邪魔をしたようなものだ。 同好会のようだ、なんて私は嫌味を言った。 思い出しても腹の辺りがゾワッとする。 嫌な風のようなものが体を吹き抜...
すべてのレイプと拷問の後に殺された少年と少女たち、ヱホバ。彼は此の、暗い荒野に挟まれた道を車で運転しながら、"彼女(Girl)"について、彼女に語り始める。助手席で眠っている彼女は、まだ、眠りつづけている。僕はあの日、午後3時過ぎに、初めて通った抜け道の途中で、彼女を見つけた。彼女は、薄暗いガレージのなかにいて、何かをせっせと鞄に詰め込んでいた。(それはあとで雑誌だとわかる。)9歳か、10歳くらいだと思った。僕は車を路上に止め、狭い道路を挟んだ真向いの家の前から彼女を眺めていた。彼女は仕事を終えたようで、鞄を重たそうに抱えると振り返り、僕と目が合った。その瞬間、彼女は耳まで真っ赤になって、僕に"観られてはいけないものを観られてしまった!"という気まずそうな顔で咄嗟に顔を伏せた。僕はそれを観て、なんとなく勘...愛と悪第百章前編
滅びの海に生まれた、光と闇の牡牛、エホバ。白い海の向こうには、紅い砂漠がつづいていて、人々は朽ち果て、そこにただ独り、遺る人を想うこともなかった。地には血の雨が、三年と六ヶ月降りつづけていた。深い谷の洞窟でエリヤは目覚めた。枯れつづけていた川に、水の音を聴いた。その日から、決まって黒い渡り烏(ワタリガラス)がパンと肉を彼のもとへ運んできたが、それはどちらも人の肉(死体)であった。エリヤは、渡り烏に言った。「わたしは最早、人の肉を食べたくはない。これまでは眠りのなかにいて、それがわたしの肉であると想っていたが、わたしは今目覚めたのであり、それをもう必要とはしなくなったからである。だから何かほかの食べ物を運んで来るように。」渡り烏は一声ちいさく鳴くと、何も言わずに空に飛んで行った。エリヤは目の前に棄てられた、人の肉...愛と悪第八十六章
『わたしは以前、数ヵ月間だけ、シスルという生き物を飼っていたことがある。』 教室の窓から、肌寒い春の風がシスルの真っ直ぐな少し伸びた前髪を揺らし、ミルク先生は静かに目を瞑る。シスルは今日も、大好きなミルク先生に自作の詩を放課後に読み聴かせている。最後まで読み終わると、シスルはミルク先生の目をじっと見つめて静かに立っている。そして彼は彼女に向かって言った。「先生、終わったよ。」すると彼女は目を開けて唸った。「う~ん、今日の詩も難解だ。でもシスルという名前が出てきたのは初めてだね。」ミルク先生はそう少しいつものように困った顔で薄く笑って言った。十四歳の彼は、この時四十四歳の彼女に向かってこう答えた…
白い海の向こうには、紅い砂漠がつづいていて、人々は朽ち果て、そこにただ独り、遺る人を想うこともなかった。 地には血の雨が、三年と六ヶ月降りつづけていた。 深い谷の洞窟でエリヤは目覚めた。 枯れつづけていた川に、水の音を聴いた。 その日から、決まって黒い渡り烏(ワタリガラス)がパンと肉を彼のもとへ運んできたが、それはどちらも人の肉(死体)であった。 エリヤは、渡り烏に言った。 「わたしは最早、人の肉を食べたくはない。これまでは眠りのなかにいて、それがわたしの肉であると想っていたが、わたしは今目覚めたのであり、それをもう必要とはしなくなったからである。だから何かほかの食べ物を運んで来るように。」 …
又昔、一人の老いた僧侶が旅の途中、真夜中に峠を過ぎようとしたときであった。それまで何の煩わしき音一つしなかったのに、此処へ来て妙な、不安な音を聴いた。それは水音と、何者かが嘆き悲しんでいるかのような幽かな音だった。僧はじっとして少しの間、その音に耳を澄ませていたが、音が止んだと想う瞬間、音のする山の奥へと入って行った。するとそこに、小さな池が、黒い水面を湛えていた。僧はその池に静かに近寄り、その水面を覗き込もうとしたその時であった。後ろから、不穏な幽気が、僧を引き寄せんとした。僧が振り返ると、何人もの亡者が、頭を垂れながら列を成して進み、一人ずつ黙々と池の中へと入ってゆき、見えなくなった。僧は…
天の父ヤーウェは、最初の人として、リリス(Lilith)という名の女を創造した。 リリスが地上で目覚めると側に一人の天使が座っていて、彼は彼女に向かって言った。 「愛しい我が娘、リリスよ。わたしはあなたを育てる為に天から降りて来て此処に来た。あなたはまだ幼く、多くの教えを必要とする者だからである。あなたはわたしのことを母と呼んでも良いし、父と呼んでも良いが、あなたの真の父の名はヤーウェであることを忘れないでください。わたしの名は、あなたが最初にわたしを呼んだ名にしよう。さあ好きなように、わたしを呼びなさい。」 幼い少女リリスは、あどけない微笑みを浮かべながら彼の美しい目を見つめて言った。 「ナ…
一人の負傷した兵士が故郷へ帰るために身支度をしながら、ふと、姿見に映った自分の姿を眺めた。左腕は肘の部分で、左脚は根元の部分から切断した。爆弾の破片が左眼を抉って、その焼け爛れた眼球が自分の頬に垂れ下がっていた感覚を今でも憶えている。「売れない小説家の男
"The tragedy of mankind (our) that we haven't seen yet"
街角の暗闇は、彼と彼女を非存在と存在に分けようとは想っていなかっただろう。薄い闇と薄い光が彼らの影を退屈そうに撫でるときでさえ、初夏の肌寒い夜気が彼らを哀しいばかりの過去から切り離そうとしているかのようだった。彼は夜露に濡れそぼった墓碑のようにそこにじっ
夜間日照 —Nocturnal luminous intensity—
彼は初めて彼女を見て、想った。こいつは悪霊に愛されちまってるんだな。いや、それは死霊、いや、“死神”と呼ぶに相応しいもんだが、それをこいつは自分を最も愛して、自分の最も愛する母親のように愛されていることを確信して自分もそれを愛してるんだな。男は密売のウイ