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【障害者施設のボランティア】 「なんだか面倒臭いなあ。」頭の中で僕はつい愚痴をこぼしてしまった。 今日は障害者施設を訪問する日だ。 当番みたいなもの。ボランティアなのだ。 「家にいてサボってばかりもいられないさ。」、頭の中で僕はそう呟いた。セーターを着て仕度をする。 もうすっかり寒くなった。 この辺りは山がちの高地だから秋が来るのも早い。 朝、ボランティアのためにマイクロバスが家に迎えに来てくれる...
【有言電話】 家内が帰省した。母親の様子を見に行ったのだ。 私は買い物をしながら一人家に帰った。 真っ暗な玄関のドアを開けると、待ち構えていたように電話が鳴った。 受話器を取ると覚えのない女の声だ。 「あの。いつも窓から拝見しております。お一人なのですね? 今。」 「は? どちらさまで?」 誰だろう? 声には覚えがないがこちらのことを知っているようだ。 窓から見ている? 相手はそう言った。 い...
美大というところは男女関係が大らかなのかも知れない。 あっさりとしていて執着がない、あまり恋愛にこだわるところがない気がする。 男女の別れ、愁嘆場というのも僕は聞いたことがない。 くんずほぐれつしててまるで気分次第。誰と誰が付き合ってるのかよく分からないほどだ。 手を握って連れ立って歩いているのを見かけた男女が、別な日にはそれぞれ別々の相手と仲睦まじくしていたりする。それが美大のキャンパスでのよ...
とあるさびれたスナック。それもそのはず、蝋燭の灯りだけの店内は薄暗く、陰気な感じがするのか誰も寄り付かない。それでもマスターは、客を迎える準備をしながら、ふと、だれもいない店内の一点に向かい、「そういえば亜喜夫の姿が見えないわね」とつぶやく。ときおり蝋燭が「ジジッ」と音を立てて炎が揺らぎ、そのたびにマスターの陰影が揺らいだ。マスターは「誰かに語りかける」というでもなく、亜喜夫の話を始めた。 亜喜夫...
ようやくペーパー免許講習が終わった。三日間に及ぶペーパー講習にはずいぶんと疲弊させられたが、せっかくなのでどこか人を乗せて運転していきたいという気持ちにさせら…
夜明け前の湯の町のなんと淋しいことよ街は街灯に染められ 黒と青の間の中にある空があの山の淵に佇んでいるまだ日も開け切らぬ街を走る車はどこへ行くと言うのだろうこ…
老人ホームに行く車を待っていた祖母が「海に行きたいねえ」とつぶやく。「久しぶりに嘉苗ちゃんも帰ってきてくれたのにどこにも連れて行けなくてごめんねえ」痴呆により…
この頃、知り合いの結婚式に呼ばれることが増えた。「こんな形でご祝儀貧乏をギリギリ回避させて貰えるとは……」「いや、私としても安く上げられそうで助かるよ」今月3…
もうやだ家出たい。祖父が無賃乗車で捕まったのが事実だったと分かった時、全ての心情がその一言に集約された。今朝から突然行方不明になった祖父を探し回ってあっちこっ…
きょうは珍しく一人の時間が取れることになった。母親は友人と食事・祖父母は施設へ泊りで仕事も無しという大変身軽な日であるのだが、したいことが特に思いつかないとい…
"The tragedy of mankind (our) that we haven't seen yet"
街角の暗闇は、彼と彼女を非存在と存在に分けようとは想っていなかっただろう。薄い闇と薄い光が彼らの影を退屈そうに撫でるときでさえ、初夏の肌寒い夜気が彼らを哀しいばかりの過去から切り離そうとしているかのようだった。彼は夜露に濡れそぼった墓碑のようにそこにじっ
一人の負傷した兵士が故郷へ帰るために身支度をしながら、ふと、姿見に映った自分の姿を眺めた。左腕は肘の部分で、左脚は根元の部分から切断した。爆弾の破片が左眼を抉って、その焼け爛れた眼球が自分の頬に垂れ下がっていた感覚を今でも憶えている。「売れない小説家の男
夜間日照 —Nocturnal luminous intensity—
彼は初めて彼女を見て、想った。こいつは悪霊に愛されちまってるんだな。いや、それは死霊、いや、“死神”と呼ぶに相応しいもんだが、それをこいつは自分を最も愛して、自分の最も愛する母親のように愛されていることを確信して自分もそれを愛してるんだな。男は密売のウイ