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「はっきりと、まあ」車列の先頭から徐々に停止の波が打ち寄せる、車がひとつ前の車両の数十センチ後方へ速度を落とす。「だけど、大勢の中から選別するのって、いけないことかな。思うにさあ、最初の好みもそれ以外も含めた括りから選ぶのと変わりがないように感じる」 「ええ、ですから、はじめにすべての人に、ということを述べたのです」 「僕の頭が悪いって、遠まわしに言ってる?」 「いいえ。一度促したのだと、事実を伝えたまで。悲観的な側へ鈴木さんは極度に物事を捉える傾向があります、それはやめたほうがいいです」 鈴木はか細いため息を鼻から息を少量だけ放つ。「いつもながらに、種田の指摘には感服するよ」 「褒め言葉とし…
また、頼ってしまった。種田は顔をしかめる。まったく、情けない。一般市民を頼る警察に信頼などを置けるものか。仕方ないと言い訳を立てたのは、しかし私自身だ。種田は、フロントガラスの向こうで煙草を吸う鈴木を見つめる。彼は雨よけに張り出した庇の裏側を覗く、鳥の巣が見えた。ツバメの巣のようだ。 鈴木が車に戻る。 「手紙に隠された暗号とやらは見つけられた?」エンジンをかけて鈴木がきいた。お尻に入れた財布を取り出す動作で、助手席側に顔が迫る。が、すぐに弾かれたように交わる近距離の視線は、互いの射程圏内を確認させることで、危険を察知、鈴木はぱっと、定位置に腰を落ち着けた。胸元に財布を入れ換える。 海道に合流し…
「じっくり腰をすえて応対する無駄の解消と訪問回数の減少が見込めるのは、願ってもない、手放しでは喜べないにしても、とても理に適った前向きな選択と私は今さっき考え付きました。互いの限られた一日の有効的な利用のため、この提案を受け入れてくることを大いに心から願っています。ええ、そうですね、そろそろ時間が気になるのでしょう、約一分で、それでは事件の説明に移りましょう。ああ、ただし、いっておきますが、あくまでこれは予測であり、不確かな要素がたぶんに含まれた想像であることを、お忘れなく。はい、急いでますか、ええ、私もあなたたちとのおしゃべりで大幅な作業の遅れが発生してます。明らかに喫茶店の店員の業務を逸脱…
こちらも折れそうな首がぐるっと回る。肩が凝っていたようだ。 「やっと、建設的な発言が登場したようで。安心しましたよ。いつも私は不釣合いなほどに譲歩しなくてはならない提案を受け入れていたのですからね」 「もったいぶってないで、さっさと話したら、いかがかしら」種田は美弥都の口調を真似た。しかし、美弥都の表情は冷静そのものだった。水音が途切れた。彼女はエプロンで手を拭き、水分を取り除く。次に取り掛かった作業は、水切り籠に並んだ今さっきのお客の手元、口元に運ばれたコーヒーカップである。釉薬の青、斑な黒が彼女の手の中で踊る。 「読んでいただけたのであれば、話は早い。なにか事件解決のヒント、手がかりがあれ…
∀Gundam以降、平成以降のGundam作品群人気は停滞しつつあったが、平成15年、西暦2003年に初代Gundamの物語の流れを踏襲しつつ、新機軸のGundam物語が作成された。 V Gundam以降の副題は『機動戦士』をそのまま使わず、そえぞれ『機動』の言葉を一部に使ったものだったが、再び『機動戦士』が使われ、その題名は 『機動戦士 Gundam SEED』とその続編の『SEED Destiny』 続編の『SEED Destiny』も『Z Gundam』の主人公と味方になるかもしれなかった少女の物語の流れを踏襲していたのだが・・・、SEEDの主人公が、S Destinyの主人公にとって代…
「お聞きしたいことがあります」 送られた視線。しかし、声は発せず手元に視線を下げた。話は聞いてるし、返答の必要はない、だから無言を貫く、と種田は解釈をする。 思いっきり瞼をつぶって、鈴木は煙草を灰皿に置く。先端の灰は形を保って葉っぱだった数秒前を名残惜しんでいるみたいに思える。 「実はですね」 「前置きは結構」美弥都はよく通る声で遮った。びくっと鈴木の首が固まる。「お話になった方は私と同様にとてもあなた方の訪問に辟易といいましょうか、迷惑と感じてる。ただ、私との明確な相違点は、その方はとても真摯に向き合ってくれいますね。わたしから言わせると、余計なことを言い過ぎている」 「僕には、その……、物…
「つまり、新部長は真相に近づく兆候を感じ取りたかったと言いたいのか?」熊田がきいた。 「はい、憶測ですが。真相が明るみに出そうなら、何かしらの対処を施す構えだった」 「施設の崩壊を言っているのか?」 「最終的に私たちが真相を掴み、暴露する事態まで捜査が及べば、私たちもろとも建物ごと壊しかねない勢いだった……」 「飛躍しすぎだ」熊田はタバコを吸いきって、すぐにまたもう一本に火をつける。「聞きたいのはそのことか?」 「はい」種田は多少げんなりした様子で喫煙室に背中を向けた。二本目のタバコがお気に召さなかったのだろう。 思うに、斉藤彩子という新部長の信任は的確なタイミングだった。もちろん、四月という…
「これで僕に手出しできませんよ、相田さん。いつも暇なときに首を絞めるのは、正直僕はうんざりしてたんです」鈴木ははっきり、日ごろの鬱憤を弱った相田に告げたが、相田は痛みの対処に精一杯で、まったく反応を示さない。鈴木は、反論を期待して、用意していた言葉を返そう、そういった態度が消火されずに終わって、少々肩透かしを食らった形。対して、仕方なく今日のところは許してやるかと半ば強引に、怒りの態度を崩さない相田は腕を組み、そっぽを向いた。しかし、それでも相田は顔の痛みに集中し、鞄から取り出した熱を冷ますシートを貼り付けて、ぐっと痛みに耐えた。それを冷めた目で種田が見つめる。これが平凡な日常、部署内の光景で…
「疲れてるみたいだな、徹夜か?」 「それが昨日、家のPCが壊れてしまって。作業に没頭して、時計を見たら、外は明るいし、もう朝の四時になると空が明るくなるんですねぇ」対面の席に座って鈴木は栄養ドリンクを飲み干す。最近では、通常の清涼飲料水と同等のパッケージでかなり飲みやすく改良されているようだが、熊田はまったく手を付けずにいた。一時的な効果の後に、どっと落ち窪んだ顔でエネルギーが切れたように佇む部下たちを何度も目撃し、体力の少ない者には不向きだと感じたかだら。予測するにエネルギー消費と栄養の消化を同時に行っているのだろう。通常は消化にその力を使って、活力を得るのであるが、ドリンクは液体であり即効…
地上 四月二日 週に一度の休暇明けに、気を引き締めるどころか、まったく昨日となんら代わりのない朝を迎えて熊田はO署に出勤をした。見上げた空は晴れ間がしか見当たらなく、通勤ではその晴れ間がまぶしいぐらいに思えた日差しの強さにやっと春の到来を桜の開花よりも身にしみて実感することができたのは何よりもうれしい、といった感慨耽る年齢ではない。もう数十年で土や畑に身を粉にして作業に没頭するとはどうして思えない。その楽しさを、押し付けてはならないのに、なぜだかこれまでの生活態度が間違っていて、現在の状態が正しいんですと、彼よりも上の世代はいわんばかりだからだ。彼らも五十前後ほどの年齢では同様の意見を言ってい…
メールの件名を私は重視する。ここでわからないような内容は後にまわすと決めていた。短い文面であらかじめ情報を取り入れて、それから吸収する。大まかな枠組みを作り、肉付けが本文だ、という考え。 特殊な依頼への対応策に、海外からの発注に対する見直し、施設管理のメンテナンスのスケジューリングの打ち合わせと、融資の申し出、事業拡張の話などなどにまぎれて、私はある一行に視線のスクロールを止めた。 手紙という単語の見出し。 あるところに社長がいました。社長はいつものように会社に出勤、ペットボトルの水をエレベーターを降りた廊下で鞄から取り出して、自室に入りました。席に着くなり、水を二口飲みます。とてもおいしそう…
私の会社においてミスは全面的に他の社員が補う。翌日に納期を延ばして、新たな作品を提供する仕組みを構築していた。よって、クライアントに二日の猶予をいただく。しかし、社員には一日の期限を設けた仕事を行う取り決め。発生したミスは、全面的に、撤回どころか、そのミスを上回る仕事をクライアントに提示する方式を取る。すると、ミスの発生という事実は残ったままであっても、クライアントの目的は売れる商品のデザイン、目を引くデザイン、商品にあったデザインは達成してしまえる。失敗を引きずることではなくてより良い仕事の提供が要求なのだ、と大方のクライアントは納得と満足で私のコンセプトを受け入れてくれる。ただ、なかには反…
地上→六F 真島マリは会社の取締役会に出席、忌憚のない意見を求めたにも関わらず、飛び出した意見はあまつさえ、押し留めた現状維持を匂わせる発言に終始、まるでこの場所が永久不滅、永続可能な浅はかで稚拙な論争とも言い難い、他人の意見をなめるような発言であった。彼らも過去はデザイナーという肩書きで生きてきた人種が、権力と地位とそれなりの資金を得ると、誰もが変わってしまうのか……。残念でならない、というよりも人はそういった能力に傾き易い性質なのだろうと、私は解釈を改めた。安定した地位も多分に影響してる。いっそのこと、気持ちを引き締めなおすために、一社員に格下げを考えるべきだろう、落とし穴に落とすときに、…
久しぶりに想像もつかないほど気分が高揚している私は、ディーラーに急いだ。そして、車を不完全な状態で自宅に運ぶように無理を願い出た。乗らないことを約束し、他の安価な町乗りの車をその代わりに一台契約。買い換える手続きをその場で踏み、点検中の車は私のガレージに運ぶように要求を通した。その足で書店に向かい、車関係の書籍を買い求める。自分は何も知らない、どういった原理で動いているのかも。またそれが現在と数年前、あるいはさらに遡った時代の車との比較、変わった部分、テクノロジーの進化などをまずは叩き込むべき、脳内の知識欲が高まりを見せる。久しぶりに追いつけない感覚、仕事以外で味わえるのか、私はなんて身近なア…
正面の海岸線まで歩く。風が冷たい。海を見ながらの生活はやはり慣れてしまうと海のありがたみは薄れるのだ。発見である。発見は新しいのか?なんともなしに景色を眺めるというのは、情報を取り入れることを拒んだ私にとっては仕事に専念するための不必要な老廃物を洗いざらい取り去ってくれてるように思う。傲慢だ、そういった私への評価にまったく取り合ってこなかったが、いつの間にか澱のように溜まってしまうと、取り出すにも一苦労で、無理やりこれまでは快活さや高揚で引き付けていたが、それももう私には通用しなくなって、だから、こうして自然に中から排出されるまで待つことを選択したのだった。偶然に見つけた仕様である。単に最初は…
主だった形、原型、輪郭すら、薄ぼんやり、おぼろげで亡羊としてる。眠い目を擦っているからだろう、まだまどろんだ意識から醒めてない証拠だ。起きなくては。自室。区切られた空間。私だけの場所、仕事場。隔絶の居城、一室。異質、居室。言葉にはそれぞれに響きに似た意味があるように思う。こうして並べて、口に出した私の稚拙な知識だけでも、意味合いはまったく異なるというもの。もしかすると、ペンも人によってはその意味合いが異なるのかもしれない。思い過ごしか、それとも考えすぎか。いつも考えてばかりだ。囚われる?つまりは、形状など普遍的なものは形を変えるべきではないのかも。だって、特殊な形に惹かれるのは、ペンを持ってい…
思うに、高級志向に傾いたペンは使いやすさと見た目の落ち着きが暗黙の了解に近い頻度で姿を垣間見せる。 私は考える。見られているのだから、他者の視点から見た形状や視点と使用者との違いがほしい。 角度と光の当たる距離で色の感度と光沢の変化をつけられないだろうか、手元では落ち着き、離れて目を引く。 決まりだな、あっさり即決。サンドイッチを一気に口に押し込んだ。コーヒーも味わってなどいられない。さっさと流し込んで、トレーを下げた。行動は迅速に、思いついたらこれまでの私を置き去りに食堂で食べる私を意識からことごとく消し去ってしまえ。 エレベーターを待つ。 後はフォルム。ペンという形はこだわりと独創性。その…
ペンというものは紙に書くことが前提であるが、その居場所は限定されないように思うのだ。ペンケースを持ち歩く学生や鞄を持った人ならば、しまって、使いたいときに取り出す。しかし、手帳だけを持ち歩くことも会議の場では良く見かけていた。まったく無意味な会議でも、それは絶対に手にもたれて、あるいは手帳に挟んで、さらには手帳にペンを保持するホールド機能もついていたりと、外装なしに単独で存在したがる。男はスーツの裏ポケットにもペンはつき物か……。そうだと考えれば、手帳に吸着するような機構が望ましい。また、限定された厚さに挟める機能も必須。取り外し可能が好ましい。不必要ならば通常のタイプを、手帳に取り付けたいの…
だが、開いてみて、拍子抜け。個人宛の案件しか今日はないらしい。たまにこういったことが起きる。それだけ、社員が集まったのだ。デザイン会社で数百人規模の人員を抱えて、個人個人が一件の仕事を受け持つ企業は、前代未聞だろう。新聞に取り上げたられたときも、インスタントなデザインと評されていたが、仕事とは作り出すことに意味があるのだ。待ち受けていては横並びでおこぼれを今か今か、と待っていたところで対価は発生しない。 案件を読み込む。ボールペンのデザインが本日の案件。かなりの難易度、要望には、高級志向をイメージしたもう一本持ちたがるようなハイクラスの一品、とある。 要するに、普段使いに加えて、資金的に余裕の…
地上→四F 三代目。買い換えたばかりの新車を修理に送り出し、代車を運転した出勤に、武本タケルは嫌気がさす。国産車に買い換えようか、と彼は悩んでいた。ただ、国産の車に乗りたくはない。散々迷うが、もう少しだけ車の帰還を待つことに結論は落ち着いた。 仕事場には日に二度、車を走らせる決まりだった。早朝と夕方。二回に分けて朝を作るという気分で一日に二件の仕事をこなしている。通常、デザインの仕事は一日、一件の処理であるが、武本の場合は能力の高さと彼個人に名指しで寄せられる仕事、二つの案件の処理が会社側から求められ、しかも仕事をこともなげに、軽くあしらうようにこなしてしまっていた。彼が車に惜しげもなく資金を…
あまり一度に大量に食べ過ぎないことを肝に銘じて、仕事中は小食を心がけている。お腹がすいていたけれど、ハンバーグ定食をじっくり時間をかけて、私は食べた。 夕方の五時を回って、フロアに戻り、仕事のチェック。息つく間もない仕事振りは乱雑なミスが多かったが、全体的な仕事量は八割を超えていた。細部を整えて、再度見返すためにさらに時間を空ける。時間を空けるのは、誰に言われるでもなく、私が思いついた仕事への取り組み方である。旦那に娘のお迎えを押し付けて、家に帰るのが深夜を越える原因のほとんどが最終チェックに捧げた、無駄と思える時間。 今日は定時に帰れる。私は再び、席を立って。外出した。時間を有効に使わなくて…
「ごめん。だよな。じゃあ、この埋め合わせはするから、リクエストを考えておいて」旦那の声はやけにはしゃいでる。 「いいことでもあった?」 「まあ、おいおい話すよ」 「わかった。じゃあ、私が代わりに行くから」 「うん、頼むよ」 「ご飯はどうする?」 「わからない。食べられるかどうか、帰っても時間は遅いだろうし、買って帰るか、ラーメンでも食べるよ」 「体に悪いよ。私が言えた台詞じゃないけど」私は仕事と娘に感けて、家事は娘に特化した仕様が精一杯だった。旦那の栄養状態や体調管理、今日の表情をまったく把握していないのだ。かろうじて子どもにだけは、私の体力を削って振り分けている。 「作っていたら、食べるでし…
ニュースで耳にした情報によると、朝食にご飯を食べる家庭をパン食の家庭が上回ったそうなのだ。つまりは、パンを朝に食べる人にとっての器に需要が見込める、ということに私は感度を上げて捉えた。ここからはノンストップ。周りが目に入らない、いいや、余裕がないのだ。考えるのに必死で。楽しいとさえ思った。時間が過ぎるもの気にならない。あっという間。体は疲れているだろうけど、ううん、それよりも、爽快が十分勝ち得ている。 平面的なサイズを模索する。プレートが候補に挙がった。しかし、平たい皿は持ち運び、運搬で割れてしまう危険性が高いと判断。大きさを数種類に分けるか。だけど、あまり皿の厚みは持たせたくはないのだ、重た…
意匠デザイン、新しい食器の形を提案、既存の枠に囚われない、独創性豊かな、一品を。 陶磁器、伝統工芸品の器を作る会社の依頼である。器かぁ。しかし、なじみの薄いものは反対にアイディアが浮かぶのだ。なまじ知識を持っていたり、身近なものであったりすると、染み付いた感覚に囚われて、アイディアの捻出に時間を要してしまうのだった。皆はどうやって仕事に取り組んでいるのか、同僚には聞けなかった。だって、誰一人休憩時間におしゃべりに花を咲かせている社員は誰一人としていないのだから。少しぐらいは大胆に。休憩なのだから、私はいくつか理由を挙げることで、休憩を楽しもう、時間を有意義に使っているのだから正当化を主張、しか…
地上→五F 五階のフロアに足を踏み入れるまで陰鬱、まるでこれから拷問を受けにわざわざ、出向くみたいに思えた。社ヤエは息を吐き出しそうなほど、肺にたっぷりと息を吸い込んでから、フロアに突入しても、デスクに突くや否や、背中を叩かれた拍子に息を吐き出し、よどんでる空気を早々に取り込んだ。生活のためとはいえ、毎日のノルマが重くつらい。この仕事が好きで始めたのに、最初はそれはよかった。だって、私には才能があるって決め込んでいたのだから、猥雑な環境でさえ、私はよりその力を伸ばせて見せると、躍進を誓った輝かしい昨日は、もう思い出せないほど、遠い昔。気分良く、毎日つけていた一日一ページの日記は、記憶を書くこと…
最終チェック、私は細部を確認、見落としはないか、短時間の改善の余地はないか、長期ならあっさり捨て去る、残り時間との格闘。短時間の出力に心血を注ぐ。完成だ。 息を忘れていた。立ち上がったら眩暈が襲う。時刻は午後の七時を過ぎた時間帯、周りのデスクを見渡すと半分以上が帰宅していた。残っているのは、若手が多い。私は冷えた水を飲みに給湯室を訪れて、気分をリフレッシュさせた、仕事のためではなく、帰りの自転車の活力にエンジンをかけるため。 席に戻って、明日のスケジュールの確認。ここであてがわれた曲とやっと別れ。窓に近づいて雨の様子を眺めた、降ってはいないが、路面は濡れたままだ。帰り支度、バッグから緑のレイン…
嘘だ、できるはずがない、真っ向から否定する意見に私は応えた。できないのは、取り組んでいないからいえることで、取り組んでから、まずは発言権を得られる。あなたの土俵では最高位かもしれないが、私が足を踏み入れた領域ではあなたはまだ、いいえ、一切の言葉を発する権利を剥奪されているのです。まずは自分を殺し、他者を見つめ、改善に取り組み、またそれすらも、無に返して、やっと境地、スタートラインにたどり着けると。 笑ってやってもよかったのだ、冗談だと。けれど、蔑ろに見ないように振舞った自分を見つけるだけの力量は残っていたようで、会合の参加者は一様に思いつめた表情で、一人が帰ると続々と席を立って、最後に残された…
何もせずにぶらぶら、屋外に出た。雨上がりで路面がてらてらと濡れて、渇くほどの温度上昇は見込めない時間帯である。強風の海辺。砂の侵入をもろともしない私は、砂丘を降りて海岸を臨んだ。歩く。犬を連れた男性が、歩いている。あとは、海と灰で埋め尽くされた空。うねうねと生き物のように姿を変えている。 座るでもなく、また走るでもなく、歩くでもなく、立ち止まり、振り返り、また歩く。取りとめもないことも考えそうになれば、遮断して思考を嫌う。面白いことを思い出しそうになっても取り合わないで、ただ、私は時間と共にいることを海の傍で思い知るのだ。遠くの水平線に船を確認した。あちらからは私は見えていないが、私からは見え…
後輩が去って、また作業に取り掛かる。デザインの起点をどこに据えるか。読者層の多い年代はどの年頃だろうか、私はクライアントに情報を求める。電話口の音声ははきはきと、受け答えのレスポンスが早い。しかし、しゃべりすぎるという難点も数分の会話で感じ取った私は、要点だけを聞き終えると、電話を切った。言葉を履き違えている、どこでそういった仕組みが出来上がったのか、不思議でならない。 読者層は十代が最も多く、ついで二十代と三十代。それ以上はほとんど読まれてない。つまりは、十代には知れ渡った作者であるのか。私は考える。手を伸ばさないように振舞った層を取り込めば売り上げは格段に伸びる。上の年代も十代の時期を過ぎ…
大まかな書籍の内容、あらすじが書いているが、果たしてそれで本とリンクさせた表紙が最上と言い切れるのだろうか。むしろ、内容に反したデザインでも価値は十分に見出せる。それはつまり、手に取ったお客が判断することだ。もちろん、作家が生み出した作品ではあるし、手に取って姿の想像までが商品の作り手の仕事だろうが、もしかするとお客に委ねてもいいのではと私は思いついた。 飲食は仕事中は水だけで済ませる。持参した水筒をデスクに置く。中身が見えないように残りの量を把握するように、極力補給を控えるように心がけてる私だ。他の社員はコーヒーや甘い、もうコーヒーとは呼べない飲み物や炭酸飲料にお茶、さらに軽食の類までをデス…
まったく独裁者以外の形容詞が見つからないほどの人物が、社長。顔も見たことはない、外部にさらされたことはなかったように私は思う。手渡された曲を確かめつつ、私はデスクに腰を下ろした。肩にかけたバッグを下ろすためフライングで取り付けたイヤフォンを耳から外す。 私の業務は商品の全般のデザインだ。あまりにも取扱商品の幅が広く、多種多様な商品郡が過去の履歴として展示できないほどと考えてもらえれば、想像は容易いだろうか。私は曲を流す。フロアは間仕切りが一切ない、開放的な空間をコンセプトに設計、これも社員の誰かの作品だそうだ。建築は工業製品というよりも芸術に近く、会社に独立の部門が形成されている。いつの間にや…
運良く、会社に程近い、近いといっても直線距離で二キロほどの場所で、そこへは一年前に移転したのだそうだ。以前は都心のビルを借りていたのであるが、賃料の安さと不便な立地でも患者の来院が見込める判断を病院の舵取り役は判断したのだろう。 T字路の角、国道に面した激しく車が通り過ぎる。お世辞にも静かな環境ではない場所に広大な敷地をふんだんに利用、駐車場も埋まるどころか、スーパーのそれと同様に満車にならないまでも、安心して停められる環境作りに徹した様子が覗えた。 私は伊達眼鏡をかけている。眼鏡を外した途端にあれこれといわれたので、自己防衛というやつだ。 口をあけた歩行者と同様のレーンに自転車を止める。会社…
地上→三F 四月一日 選択の一日が始まりの鐘を鳴らす。裏打ちされた自然への乖離、回顧などはいつも私は吐き気をもよおしてしまう。雄弁に語る姿を鏡にあるいは映像で見返すことは決してしないのだろう。信じているのだ。どうでもいいけれど、拡声器の音量は伝えるばかりではなく、その裏に隠した仮面の作用をも見せ付けてしまっている、と誰か教えてあげてほしい。 私は、自転車を軽快に漕いで仕事場に向かう。春がすっかり定着し始めたものの、雪はすっかり近辺を離れたものの、南風が運ぶ、冷たい風は十二月だ。これから冬の準備に身を縮める覚悟にはない、それは暖かさへの安心感からか、気温にまして寒さが身にしみる。手袋はかろうじて…
館山リルカと小川安佐にランチのメニューを任せてみようと思う。思いつきとは少しニュアンスが違う。前々から温めていた計画をそろそろ着手、始めようか、という時期に彼女たちの気概と技能とレシピ専攻眼が肉付きを帯びたのである。 いち早く、本日も店を一番に潜る。汚れた外壁は綺麗にせずに現状に留めた。ホワイトニングの整った歯を見せられても、内装や料理とのバランスが崩れては、逆効果になりかねない。もっとも不必要な修復は断るつもりであったので、話が持ち上がった際に店主は即座に断りを入れた。店の再開を優先すべきである、不動産会社の桂木にはそのように厳しい対応をとった。要因を持ち込んだのは彼のミスが元となるので、同…
十一月の中旬にピザ釜が目立つ洋食店の耐震性は法律の基準を満たしたばかりに、早々と再度の移転が店主を含む従業員たちにのしかかりるも、平穏といえる古びた外観の飲食店の反響に押しも押され、移転前の客数を越えてしまった。新装開店をわずか一ヶ月弱で離脱してしまった宇木林が監修した新装ビル一階の飲食店、ワンハーフポイントの後続では、料理教室が現在では開講されている。ほんのたまに、という約束で店主は休憩時間の数十分を料理の講師役を頼まれていたが、未だに足を運んだ試しはなかった。 風の噂、お客の会話、お客が置き忘れる新聞、街中の大画面等が事件の続報が自然と耳に、するりと店主の遮断を潜り抜けて、届いた。 ブルー…
「降りてこないのよ、情報が。こればっかりは上も口が堅くて」 「要するに」 「ええ、そういうことよ」 沈黙。 「歌って」 「僕がですか?」 「歌は嫌い?音痴だったりして」 「嫌いでもないですし、音痴でもない。音楽の成績はこれでもよかった」 「まだ授業で一斉に歌わせてるのかしら、おかしいと思って昔は言い出せなかったな」 「リズムの取り方や音程の調節を習った試しありませんでした。大きな声で元気よく歌えば、評価に値した。つまり、教師の要求にどれだけ答えたかの指標に素質や備わった資質が成績の判定」 「あなたは歌わされて嫌になったのね」 「まあ、そんなところです」 転換。 「またしばらく接触を控えますので…
観客、演奏家が神隠しに遭った小さな地下のライブハウス。場所は各自が想像して欲しい、中心街のどこかである。 彼女は琥珀の液体を無骨で厚いグラスに注ぐ、二杯目。数センチほどが一杯の基準、待ち人が顔を出す三十分弱の時間をかけてグラスを空に、カラカラと一杯目は陽気に笑い声を立てたのに、見るも無残に氷の角は丸々取れてしまった。ほどよい酔いが回る。私の頭はやっと常人の回転に落ち着く。 対面。 「やけに寂れた場所を選びましたね」足音が聞こえたが、グラスをものめずらしそうに見つめ、呼びかけを待った。 「前の店を少し離れてみようと思って、いつも同じ場所だと怪しまれるわ。座ったら?」 男に同じ液体を差し出す。 「…
「……はああんと、うーんなるべく柔軟性の固まりだって思い込んでいた私でも、しっくりきませんね」小川はもだえる。「つまり、噂を嫌い、新製品の売り上げを守るために社長、林さんでしたか、その人は事実を警察に打ち明けることを拒んだ。そればかりじゃないですよ、停電も青い光だって仕組まれた罠の一端だった……。刑事さんたちも知らせたんですか、店長の推理?」 「すべてを話す必要はないよ。その社長だって、口を噤んだ」店主は肩を竦める。「僕だって真実を隠したい」 従業員に解散を命じた。 あんぱんの加糖がもたらす生命維持や生体機能の若干の回復はかりそめであって、すぐに化けの皮が剥れるのだから、早急に体力の回復、それ…
「なぜ、上空で操縦桿を握るパイロットが階下の明かり、それもブルーの明かりを見て、新製品の端末だと明確に言い当てることができたのだろうか。商品の発売前にディスプレイが光を放つ、青く光るというプロモーションは一切公開を控えていたんだ。驚かせるために発表の場で機能を紹介したかったんだろうね。つまりだ、飛行船が空に飛び立ち、ブルー・ウィステリアの上空付近で停電が起きた時刻に漂う場合、地上とは隔絶され、色の情報は絶対に知ることはできないんだ。パイロットが口にした青の言葉は、彼が事前に新製品の内容を知っていたことになり、しかも、事件当日に腕輪の使用を許されていたのは、日本支社社長の林という人物だった。彼が…
「これを読んで店長はあの刑事さんたちに助言をしなかったんですか?」店主の回想が終わると、堰を切った小川が溜め込み思いついた考えをぶつけた。女性に関する内容に感化されたのかもしれない。しかし、店主は彼女の勢いを向いいれる態度と正反対に、疲労に似た気だるさを全面に押し出して応えた。 「僕は犯人を知っている、とは一言も言っていないよ。事件について意見を聞かれたので、感じたことを喋った」 「ですけど、犯人の検討はついますって顔でしたよ。どこの辺りで気がついたんですか?追加の事実からですか?できれば私に思考のプロセスを教えてください」 「光だよ」店主は三人を視界に収めるため数度首を振った、極めて指向性の…
「お互い、様か」一言がぎこちなく読点をを求めた。 稗田は声に黄色を混ぜた、ぐっと踏ん張って、力を溜めて、解き放った。「ねえ、明日さ、会社で私の話し相手になってくれる?」 「二十年前、似たようなお願いをされた」 「誘ったのは、だって私だもん」 「変わらない」 「進歩が足りないんだね、私」かすかな笑い声。 「いや、あなたとの関係が変わらない」 「言ってくれるわね、トースト冷めるよ」 「コーヒーはとっくに飲み干した。お代わりは?それに食べたという嘘は私の皿に注ぐ視線で悟れる」 「いつか、隠し事は知られてしまうのかあ、この歳になって一つ学んだ、歳を重ねるもの案外、うん、悪くない。すいませーん」 「はい…
ようこそ、当スナックへお越しくださいました。 私はマスターの、「素姓乱雑(そせいらんぞう)」です。 前回までお話しした 「かいこ」 は、”「いや、事故が起きるまでをつぶさに知るものはいたがや」 「誰なんです、その人は」 翔梧は勢い込んで聞いた。「人と言うよりも一頭と言った方がいいだろう」 今ここにあるはずもない村人が手渡したという箱の中の、蚕がよみがえり蠢(うごめ)いた気がした。“ という内容までで...
「私に、いいたいことがあるでしょう?」稗田が尋ねた、改まった声。 「先週も聞いた質問だ」 「心境は、だって、移り変わる。相場が決まってるんだから」 「甘ったるい喋りも心境の変化がもたらしたあなたであるから、私のここまでの印象」 「抜け目がない、それは嫌悪の対象だって、わかっているくせに。もっと後輩をいたわるべき」 「話が飛んだ」 「回答をはぐらかしたのは、そっち」 「……私には生命が宿った、一時的に。その時期はたぶんあなたの付き合う時期と重なっていた。驚かないでくれる、最後まで言わせて。誰のためでもなかった、私のためだ、生命を一つ、いいえ一人殺したの。はい、殺人ね。痛みと心労は日を追って回復に…
「私のセリフ」 「言われ続けるといつか真実を帯びる、その実験」 「変なことを試してるわね、いいなあ、私とは大違い」稗田は言葉を垂らした。真下に食いついて欲しいのだろうか、それかこちらの存在に気がついたのか、あたりに散らばった彼女たちの気配が切り替わる、周囲を探る周波数で今度は跳ね返る対象物を捕まえ始めた。想像である。気配の探りあいは刑事にとっては、侍と軍人と殺し屋に次いで実生活で適度な間隔で身に降りかかる体験なのだ。よって、目に見えない意識をしばらく消した。アンテナの感度を落す、一階全体の音声を拾うことになる、しばらくはかすかに聞こえる音声による報告。 「……私が別れた理由を教えてあげようか?…
水曜日。午後二時三十六分。S駅北口コンコース内。喫茶店ルバーブ、一階、水槽前。気温十二度、うす曇、肌寒い、昨日は雨、乾燥した店内は暖房の稼働が要因。運良く、彼女たち隣に席を確保した。 「ごめん、休みの日に呼び出しちゃって」低音で多少のかさつく声が稗田真紀子。 「深夜便で近隣諸国に旅出る気力とリフレッシュの意味は未だに見出せていないもの、私用は午前中で済ませた」そっけない口調のもう一人が、真下眞子。二人は通信機器販売会社・レッドリール、駅前通り支店の社員である。 「ご注文は、いかがいたしましょう?」これはビンと弾いた弦楽器の低音みたいなウエイター。 「コーヒーとハムサンドのセットを」 「お客様、…
「あるいは、警察がね」店主は言い添える。 「ええっ、警察もグルう?」大げさに小川が声を出す。 「結局、店長の推理は屋上で殺害が敢行されて死体が発生し、従業員が外界と遮断、その後警察が駆けつけ、夜明けまで搬出を待った」顎に手を乗せた国見が女流棋士のごとく盤面を見据える。 「あの刑事さんたちもそれぐらいは予測していたんじゃないんですかね?」小川は言う。床を見つめる国見と店主を交互に見やった。「なのに、店長に捜査の行く末を聞きに訪れた。手詰まりだったにしても、捜査権が制限されたにしても、店長の推理を聞いたにしても、もらされた内容は実に一般的、というか、内容を紐解いて綺麗に並べ直しただけのことですよね…
「与えられた情報を手がかりにした、犯行場所の特定は僕には不可能だ、超能力者でもない限り、イメージで情報を呼び出す技能は持ち合わせてない、よって犯行はどこかで行われたと、ここからはじめる。死体はそれほど出血が多くなかった、死体を持ち運ぶには好都合だね、ただしだ、マスコミの目を気にしていたという事件後の証言を忘れるわけにはいかない。料理の盛り付けは配膳係りのバランスで崩れてしまうかもしれないんだ、見つかる危険を冒してまで、死体を当然ならが死体とはわからないよう包み込み、屋上に持ち上げた、これは非現実的だ。テーブルに運び目の前で、料理と対面を果たす創作・先鋭的な料理も存在はするけれど、死体を数人がか…
「従業員と警察が現場の工作に動いた、料理の工程ではどういう場面ですか?」小川が尋ねた。 「強引に食材の味を引き出す化学調味料を使用することと、出来上がりの料理に不ぞろいな彩を添えること」 「は、はああぁ」 「ひれ伏したみたい……感心なら、ほほうだろうが」 「下ろす下ろさないのくだりはどうやって説明を?」国見がいう。彼女のあんぱんは消息が不明だった。確か、電卓の横に置いてあったと思う。 「それも警察と従業員のやり取りに含まれるかな。尖った味を出来合いの調味料で覆い隠した、元の味がわからないほどの量をね」 「ちょっと苦しいですね」小川がいう。 「そうかな?そもそも死体は作られたという前提で話してい…
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