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隕石落下まで後数時間。その時あなたはどうする?これは地球最後の日を迎えたある夫婦の物語である。「後数時間だな、、おれはお前と一緒にいられて楽しかったよ。ユリ、いい人生だった。」ユリは頷きながら「わたしも貴方と同じ気持ちだよ。いい人生だった。ただ、、」うんん、なんでもない。いい人生だった。「ただ?なんだい?何か不満でもあったかい?」「まあ、そりゃあ、おれは三流でユリには苦労をかけっぱなしだったけども...
※拳《こぶし》の手当てをしてもらったあと、孫権と対面した。孫権と、そのそばには孫策から後を託されたといって張り切っている張昭がいる。周瑜はそのとき、両者にどう言葉をかけたのか、よくおぼえていない。これから江東を守り抜くため、互いに力を合わせて弟君を盛り立てていきましょうということを張昭に言ったのだろう。張昭は満足した顔をしていたが、しかし孫権は突然の事態に頭が追い付いていないようで、まだうつろな顔をしていた。孫権とひさびさに顔を合わせて、周瑜はざんねんなことに、かれはあくまで伯符(孫策)の弟であって、伯符本人ではないなと思ってしまった。かつて初めて舒《じょ》にて孫策と会ったとき、そのはつらつとした明るさと、見る者を陶然とさせるほどの美しさを見て、周瑜は、この大地に、はじめて仲間を見つけたと思った。周瑜は育...赤壁に龍は踊る一章その15周瑜の思惑
「于吉《うきつ》とは……たしか世を騒がしている道士だったな」于吉仙人と呼ばれ、民から厚い支持を受けている道士の名が、于吉という。かれは瑯琊《ろうや》出身だが、江東に流れてきており、精舎をたてて符や聖水などをつかって、民の病気をなおしていた。その求心力は孫策も無視できないもので、常日頃からおもしろくなく思っていたという。黄蓋は苦々しく言う。「伯符さまが城門の楼のうえで会合をひらいていたとき、たまたまなのか、わざとなのか、于吉が門の下を通り過ぎたのです。人々はそれを見ると、伯符さまそっちのけで于吉を拝みだしました。さすがに宴会係がこれを止めようとしたのですが、それでも誰も言うことを聞かず……これを由々しきことだと思われた伯符さまは、于吉を捕えてしまわれたのです」「瑯琊の于吉は、太平道の祖ではないかという話も聞...赤壁に龍は踊る一章その14小覇王の想い出その3
そのときチハルはいろいろ考えては気を揉んでいた。この問題はこのときすでに考えて解決出来るような性質のものではなくなっていた。考えるだけ無駄である。それでも生真面目なチハルにはその問題を考えずにはいられなかった。考えは堂々巡りの末、振り出しに戻る。そんなぐるぐると巡っている思考を強制的に方向転換させようとして、チハルは散歩に出かけようと思い立った。解決の糸口を探るために頭からのアプローチではなく体か...
やがて、周瑜は孫策の遺体が仮埋葬された長江のほとりの街、丹徒《たんと》に到着した。春という季節もあり、すでに遺体が傷み始めていたということで、かれの死に顔を見ることはできなかった。白い喪服を着て、大きく哭礼《こくれい》をつづけている人々を見て、周瑜は呆然と立ち尽くした。つねにきびきびと動き回り、いかなるときでもおのれを見失わない周瑜にとって、孫策の死がほんとうのことなのだと実感することは、まだできなかった。孫策の妻の大喬が髪を振り乱して泣いている。母親もまた、立ち上がれないほどに取り乱し、侍女たちに支えられながら、子の名を何度も呼んで泣いていた。弟の孫権は、背中を丸めて座り込み、うつむいて声もたてない。泣いているのか、それすらもわからなかった。家臣たちもそれぞれ嘆き悲しんでいたが、そのうち黄蓋《こうがい》...赤壁に龍は踊る一章その13小覇王の想い出その2
※鄱陽湖《はようこ》のほとりに滞在する周瑜のもとに急使がやってきたのは、孔明が孫権の説得に成功してからすぐであった。周瑜としては、孫権が開戦を決めたことにおどろきはなかった。いまは亡き小覇王・孫策が血みどろの努力を重ねて得た土地。その苦労をしっている孫権が、よそ者たる曹操に無傷で明け渡すはずがないと確信していたのだ。柴桑《さいそう》に向かうため、身なりを整える。その出立の準備は、同行している妻の小喬がやってくれた。三十路に入ってもなお、人の目を奪うほどのみずみずしい美しさをそなえている小喬は、無言で周瑜のからだを飾り立てていく。それに周瑜も無言でこたえながら、そういえば、曹操は、わが妻と義姉を狙っているという下世話な噂があったなと思い出していた。曹操が好色な男だというのは江東の地にも聞こえていて、その魔の...赤壁に龍は踊る一章その12小覇王の想い出その1
「曹操は百万の兵を率いてやってきたのだぞ。それなのに、平然としておられるものか。第一、その曹操に敗れて江夏に逃げ込んだのは、どこのどいつだ」「それは決まっております、われらが劉豫洲は、斉の壮士・田横のごとく義を守る者。しかも漢王室の末裔であり、なおかつ優れた力量をもっておられる英才です。いまでこそ敗走した身ではありますが、やがて水が海へ流れていくように、天下もまたわが君のもとへ流れてくることでしょう。仮にこれがうまくかなかったときは、天命というもの。そうとわかっているのに、なにゆえ曹操ごときを恐れ、これに仕えられましょうか」「曹操ごとき、か。口では何とでもいえよう。それでは、劉豫洲は漢王室に殉じる覚悟というわけだな」「もちろん。孫将軍にはもはや関係のない話かもしれませぬが、われらはあくまで漢王室復興を目指...赤壁に龍は踊る一章その11響いた太鼓
落ち葉が降っていた。 春先なのに落ち葉が舞っている。この季節に映える青々とした葉がハラハラと散っている。 濃い群青色をした葉が螺旋を描いて地に降っていた。春先の淡く色付いた地面が落ち葉により青く染まる。ユウコは落ち葉を降らす老木を見上げた。遥かな年月の経過を感じさせる、 こぶをたたえた老木はささくれ立ち、乾燥し、その生命力が残りわずかなものであるということをその容姿から告げていた。 ...
※『見られているな』というのが趙雲の第一印象だ。孫権のいるという奥堂につづく長い廊下をいくあいだも、だれかに見られている気配を感じた。黄蓋はひとことも余計なことをしゃべらず、もくもくと孔明と趙雲を先導する。趙雲はあたりに目を光らせながら、異変が起こらないよう気を配っていた。それというのも、孫権が自分たちを捕縛しないという保証は、まだないからである。さきほどの家臣たちの様子からするに、降伏派のほうが弁の立つ連中がおおく、優勢のようだった。それに押されて、孫権が降伏にこころを傾け、劉備の使者としての自分たちを捕縛し、曹操に引き渡さないともかぎらない。それを避けるため、すでに魯粛に頼んで小舟を用意し、胡済をそこに待機させている。逃げる手はずは整えてある。だが、問題はこの城内から出られるか、であった。こちらを見張...赤壁に龍は踊る一章その10孫権との対面
ぽちゃん、ぽちゃん、、屋根を伝った雨が軒下の何かに当たる音が聞こえる。僕はその音を聞きながらうとうとしている。雨音の一定のリズムが心地いい。雨はさほど強くはなく、まばらな降りだったが、春の長雨というやつで長い時間降り続いていたので家で大人しくしているより他なかった。雨の日の部屋の中は様子が変わって不思議な感じがした。安っぽい部屋も何か重々しい気怠く重厚な雰囲気に包まれる。こんな日にはこの部屋にもR&...
物語「異界の記憶」の続きです。 ランキング参加中【公式】2024年開設ブログ ハルトが現実世界に戻ってからも、彼の心は異界の思い出で満たされていた。学校での日常は平穏そのものだが、彼の内面には冒険への渇望がくすぶっていた。そして、ある日、その渇望が再び彼を異界へと導いた。 井戸の光は前回よりも強く輝いており、ハルトは迷わずその中へと飛び込んだ。目を開けると、彼は異界の王が治める城の広間に立っていた。王はハルトを温かく迎え、彼に特別な任務を与えた。それは、異界の平和を脅かす闇の力を探り、その源を見つけ出すというものだった。 少女と共に、ハルトは新たな冒険に出た。彼らは森を抜け、山を越え、そして深…
続きです。 ランキング参加中【公式】2024年開設ブログ ハルトと少女は、異界の探索を続けていた。彼らは、空中に浮かぶ城から出発し、次なる目的地へと向かった。その場所は「時の谷」と呼ばれる、神秘的な場所だった。谷には、時が流れる速さが常に変わるという不思議な現象が起こるという。 二人が谷に到着すると、周囲の景色がゆっくりと動いているように見えた。花が開花し、たちまち枯れていく。昼が夜に変わり、またすぐに朝が来る。ハルトはこの不思議な光景に圧倒された。少女は笑いながら言った。「ここでは、一瞬が永遠にも感じられるの。だから、大切なことは、その瞬間を大切に生きることよ」。 ハルトはその言葉を心に刻み…
ランキング参加中【公式】2024年開設ブログ 静かな山間の村、霧深い夜。村の外れにある古い神社の境内では、不思議な光が点滅していた。村人たちはそれを「神の光」と呼び、誰も近づこうとはしなかった。しかし、好奇心旺盛な少年、ハルトはその光に魅了されていた。 ある夜、ハルトは勇気を出して神社へと足を踏み入れた。光は神社の本殿の裏にある古井戸から発していた。ハルトが井戸を覗き込むと、そこには別の世界が広がっていた。彼は手を伸ばし、光に触れた瞬間、体が浮き上がり、井戸の中へと吸い込まれていった。 目を覚ますと、ハルトは見知らぬ森の中にいた。木々は青白く光り、空は紫色に輝いていた。彼は立ち上がり、森を歩き…
ランキング参加中【公式】2024年開設ブログ ハルトが現実世界に戻ってきてから数日が経った。彼は異界の体験が夢ではなかったことを確信していた。学校での授業中も、彼の頭の中は異界のことでいっぱいだった。友人たちにその話をしても、誰も信じてくれない。しかし、ハルトにはもう一度あの世界へ行き、少女に会いたいという強い願望があった。 次の週末、ハルトは再び神社へと向かった。井戸の光は前回と変わらず、彼を待っているかのように輝いていた。深呼吸をして、ハルトは再び光に手を伸ばした。すると、彼の体は軽やかに浮かび上がり、異界へと運ばれた。 異界に着くと、少女が彼を待っていた。「戻ってきたんだね」と彼女は微笑…
時間は過ぎ去り、戻らないのだろう。 時刻は午前3時。 あたりは静寂に包まれている。 早い時間に目が覚めてしまった。 だが、もう一度寝ようという気にならず、コーヒーを淹れた。 コポコポと音を立ててコーヒーが落ちる。 その音を聞いていたら、すこし昔話をしたくなった。 あれはいつだったか。いつからだったのか。 10歳だったか、12歳だったか、正確には覚えては居ないが、随分...
すると、その隣にいた棒切れのような細長い顔の男が叫んだ。「率直にお尋ねする。曹操とは?」「漢室の賊臣なり」細長い顔の男は、小ばかにしたように鼻を鳴らした。「よくもまあ、いい切れるものよ。漢の命運は尽きているのは童子でもわかること。一方の曹丞相は天下の三分の二をすでに治め、良民もかれに付き従っておる。そんな曹丞相を賊呼ばわりするということは、名だたる帝王たちや武王も秦王も高祖も、みな賊となってしまおうぞ」おどけてみせる細長い顔の男の態度に、それまで穏やかな笑みを浮かべていた孔明は、急に顔をこわばらせると、これまでより声高に言った。「その無駄口を叩く口は閉ざされていたほうがよろしかろう。貴殿の言は父母も君主もない人間のことば。そもそも、曹操は漢室の碌を食みながら、邪悪な本質をあらわにし、天下の簒奪を試みている...赤壁に龍は踊る一章その9舌戦その2
急に空気がぴりっとしたのを受け、初老の男はこほん、と軽く咳をしてから言った。「わが名は張昭《ちょうしょう》、あざなを子布《しふ》という」「おお、ご高名はかねがね耳にしております」孔明は軽く礼を取る。張昭は慇懃に、うむ、と答えてから語りだした。「遠路はるばるいらした劉豫洲の使者に向けていうことばではないかもしれぬが、聞いてほしい。われらと同盟を組みたいと劉豫洲はおっしゃっているが、それはつまり、手を組んで曹操軍と戦おうということであろう?しかしその肝心の劉豫洲は、劉表の死後、荊州を取ることもできず、新野も追われ、みじめな逃亡を余儀なくされた。そも、荊州を取らなかったのは何ゆえか」「それは愚問ですな。わが君はもとの州牧である劉表どのとは同じ宗室ですぞ」「宗室か。つまり同族だからと言いたいのかね。ところで貴殿は...赤壁に龍は踊る一章その8舌戦その1
月明かりに照らされて酔っ払いが歩いている。 だいぶ飲んだらしく酔っ払いは千鳥足だ。 電柱や民家の壁を伝いながら、ひょこひょこ歩いていく。 鼻歌を歌ったり、信号機に挨拶をしたり、電柱にもたれかかったり、、何もかもが幸せそうだ。 ちょっとからかってみたくなった。 俺はワンカップ大関にお酢をいれてよっぱらいに近づいた。 ひょこひょこ歩いている酔っ払いに向かって、突然「危な...
※魯粛の先導で柴桑城内へ向かう。城のまえには、馬だの馬車だの鹿車だのがずらりと並んでいて、ありとあらゆる身分の家臣たちがこの城内につどっていることが知れた。主人を待つ従者や御者たちの顔もまた、弛緩しておらず緊張しているように見えるのは、おれが緊張しているせいかな、と趙雲は思う。孔明はあいかわらず涼しい顔だ。客館には、胡済が待機している。変事があった場合は、用意した小舟に移動し、二人を待つよう指示を出しておいた。さすがの胡済も、この指示にはぶうぶういうことはなく、おとなしくわかりましたと答えてくれた。やがて城内に入ると、がやがやと大広間を中心に声が聞こえてきた。どうやら雑談しているなどと言う穏やかなはなしではなく、喧々諤々《けんけんがくがく》の議論が交わされているようだった。見れば、それぞれ五十名ほどの正装...赤壁に龍は踊る一章その7舌戦はじまる
趙雲は周瑜と胡済が会った……あるいは再会した場合の「まずさ」について、素早く頭を回転させた。まず、胡済が刺客として江東に派遣されたことがある場合で、周瑜がそれを知ってる状態が、いちばんまずい。孔明が、かつて自分の命を狙った人物を連れてきたと思われてしまう。それでは喧嘩を売りますよと思っているのだと、勝手に受け止められてしまってもおかしくない。胡済だけが周瑜を知っていて、向こうが胡済を知らない、というのが一番穏便だ。胡済はおもしろくないだろうが、ここは我慢してもらうほかない。どちらかわからない以上、二人を対面させる機会はないほうがよさそうだ。「偉度と周公瑾を会わせるのはまずいな」趙雲が言うと、孔明もわが意を得たりという風に深くうなずいた。「周公瑾がまだ鄱陽湖《はようこ》にいるというのは幸いだ。明日、いきなり...赤壁に龍は踊る一章その6打ち合わせその2
※ともかくゆっくり休んでくれと魯粛は言い残し、夕暮れに客館から去っていった。あとのもてなしは、館の主人がしてくれて、三人はひさびさに温かい食事にありつけた。食事のあとは、明日へのかんたんな打ち合わせをし、それから解散となった。趙雲もあてがわれた部屋へもどる。どこからか、楽器こそ言い当てられないが、練習をしてるのだとおぼしき楽の音が聞こえてきた。客館のあるじに聞くと、近くで女楽(芸妓)が練習しているのだという。たびたび音を外すその音楽を聴きながら、そう言えば、周瑜という男は楽団が演奏しているとき、ちょっとでも誰かが音を外すと、その外した者のほうを振り返るのだったと、趙雲は思い出していた。周瑜はけっこう細かい男らしい。その話には、『江東の美周郎は音楽も解する、優雅で知的な貴公子』という意味合いが含まれているこ...赤壁に龍は踊る一章その5打ち合わせ
ほどなく、客館の主人が気を利かせて、茶とあんずの干したものを卓のうえにだしてくれた。みな、ありがたくそれを口にする。旅の疲れに茶の渋みと、あんずの甘味はほどよく沁みた。「ところで、孫将軍のところにはどなたが集まっておられるのです?噂の美周郎どのはすでにいらしているのですか?」あんずをぺろりと平らげた胡済の問いに、魯粛は、おや、というふうに答えた。「あんたは美周郎どのを知っているのかい、ご期待に沿えなくて申し訳ないが、公瑾どのはまだ鄱陽においでだ。水軍の調練で忙しいから、あとから柴桑にいらっしゃるだろう」「そうですか」「そう。それと、だ」魯粛は居住まいを正して、孔明をまっすぐ見た。「船の中でも打ち合わせで言った通り、孔明どのはざんねんながら歓迎されないだろう。いま、孫将軍のまわりでは降伏派が優勢なのだ」「な...赤壁に龍は踊る一章その4不審な胡済
「客館とやらは、まだ遠いのですか、くたびれてしまいました」ぼやきはじめたのは、胡済《こさい》、あざなを偉度《いど》である。趙雲がものめずらしさに、あたりをきょろきょろしているのに対し、胡済は十五という年に似合わず落ち着いていた。むしろお上《のぼ》りさんのようになっている趙雲に、「何が珍しいのやら、主騎なら軍師どのだけ見ていればよいものを」などと嫌みを言ってくるほどだ。あいかわらず、はりねずみのようなやつ、と趙雲はすこしむっとするも、相手が加冠しているとはいえ、まだまだ中身は子供であるから、本気で怒りはしない。「客館はもうすぐだよ。おれたちが帰って来たことは先に伝えてあるから、すぐに休めるようになっているはずだ」「段取りのよいことで」「まあな、そういうのは得意なのさ」魯粛は胡済の嫌みに近い言葉も気にせず、陽...赤壁に龍は踊る一章その3客館に到着
※柴桑《さいそう》への道中は、魯粛がのべつまくなしに江東の地の解説をしてくれることもあり、退屈するということはなかった。とくに趙雲は、これまで荊州から東南へ行ったことがなかったので、見るもの聞くもの、すべてがあたらしい。道中に目にするいかにも神仙がいそうな奇岩や、剣山をひっくりかえしたような山々は見ていて面白かった。刈り入れの終わった田圃《たんぼ》には落穂ひろいをしている女たちのほか、野鳥がにぎやかにさえずっていて、あぜには子供らが遊ぶ声がひびく。集落のまわりには冬支度をはじめている柴を背負った男たちの姿がある。かれらは遠くにいてその表情を見ることはできなかったが、おそらくだれもが穏やかな顔をしているだろう。まず思ったのは、江東は噂通り、豊かな土地だな、ということだった。未開の地と馬鹿にする中原の人間もい...赤壁に龍は踊る一章その2柴桑の街へ
どうやら俺は死んだらしい。 あ、やばいな。それが最後の記憶だった。 最後に聞いた音は車が谷底に激しくぶつかる音だった。 あ、やばいな。と頭によぎった次の瞬間に車は谷底にぶつかり、目の前が真っ暗になって意識が途切れた。 いま俺の目の前には神さまがいた。 神さまはふさふさの白髭を生やしてつるつるの頭、肌つやの良い顔をして微笑んでいる。 肉付きの良い体を白い着流しで覆って、俺をみて...
ながくつづいた長江を下る旅は終わった。脚の裏が大地についたとたん、趙雲の口から思わず安堵のため息が出た。船に揺られっぱなしの旅であった。夏口から船に乗った趙雲と孔明らは、長江をくだり、豫章郡《よしょうぐん》柴桑県《さいそうけん》へたどりついたのだ。そこに討虜《とうりょ》将軍・孫権が滞在しているからである。趙雲の船酔いは、この船旅があと三日続いていたらと思うと、さすがに勘弁してほしいと弱音を吐きたくなるものだった。曹操より先んじて動かねばならないという焦りもあるから船は急いでいて、それがまた揺れを加速させていたからだ。魯粛も孔明も、趙雲とおなじ北の人間だというのに、ケロッとしていて船酔いの気配すらなさそうである。かれらは暇さえあれば上陸後の打ち合わせをしていた。もうひとり、孔明が無理やり江夏からつれてきた少...赤壁に龍は踊る一章長江を流れ下りて
※すっかり勝ち戦の勢いに乗っている孫権の軍のなかで、甘寧ひとりが、喜びに乗り切れずにいた。黄祖の勢力が滅びることに、感傷的になっていたのではない。自分を孫呉に導いてくれた恩人である、蘇飛《そひ》のことが心配でならなかったのだ。前線に出ていなければよいがと心配する甘寧であるが、ふと、孫権のほうを見ると、側仕《そばづか》えのものが、うやうやしく、ふたつの空箱を差し出している。なんの箱かと首をひねっていると、こんな声が聞こえてきた。「われらの勝利は、ほぼ決まったも同然。あとは、この箱に、黄祖めと、蘇飛の首をおさめることができたなら、最高の勝利というべきでしょう」これを聞いて、甘寧は沈み込んだ。蘇飛を助けたいと思う。しかし孫権にとっては、黄祖は親の仇。そして、蘇飛は、その仇に与する男なのである。落ち込んでいる甘寧...番外編甘寧の物語その8
※甘寧はもともと黄祖の元にいたので、出陣の際にも、そう怯えることはなかった。恐れ入ったのは、周瑜の度胸のよさである。周瑜は黄祖に軍を向けるのも、これが最後だと、はっきりわかっているようであった。山越の民を平定したことが、その自信になっているのだろうかと、甘寧は考えた。すると、周瑜は、声をたてて、じつにさわやかに笑いながら、「それもたしかにあるが、もうひとつ、勝利はまちがいないと確信できることがある。興覇どのには、分からなかったかもしれぬが、山越の叛徒どもの勢いが、以前とくらべて落ちていたのだ。なぜだかわかるかね」と、たずねてきた。さあて、これは俺の答えられる問いだろうな、と思い、甘寧は頭を働かせた。「孫将軍のご威光に、とうとう心服した。それしかあるまい」答えると、周瑜はまた、愉快そうに笑った。笑うと、ひど...番外編甘寧の物語その7
甘寧は、はじめに送った孫権あての書状のなかに、おのれの思いのたけと、そして、これからの天下の趨勢《すうせい》がどうなるかの予測を、あますところなく綴っていた。その予測を読んで、呂蒙は、これは只者ではないと判断したのである。呂蒙は甘寧の見識の高さを買って、孫権へとりなす役目を買ってくれることになった。それだけではない。呂蒙から甘寧のことを聞いた周瑜が、甘寧につよい興味をおぼえて、同じく、推薦の役目を買ってくれることになったという。周瑜、字を公瑾。孫権の実兄孫策の義兄弟で、孫家を公私共に支えている傑物である。その人物が後ろについたことで、甘寧の孫家への仕官は、まちがいのないものとなった。甘寧は、呂蒙、つづいて周瑜と接見し、それから孫権に紹介された。とんとんとうまい具合にすべてが順調にすすみ、あっという間に江東...番外編甘寧の物語その6
狭い箱の中に閉じ込められている。 外に出ようと必死に中から扉を叩くが一向に開く気配はない。 無駄だと悟り、そのうちに叩くことをやめる。 長いこと箱の中で過ごしたので、そのうち外がどうなっていたのか忘れてしまった。 外の世界は季節が巡り春先になっているようだ。 随分昔に嗅いだ春の匂いが、箱の中にも入り込んで来る。 外は明るい陽光に照らされているのだろう、でも中はいつだって真っ暗...
※そんな甘寧を見かねた蘇飛《そひ》が、あるとき、こっそりと甘寧を自邸に呼び寄せた。月見をしようというのが表向きの理由であったが、ほんとうは、そうではない。蘇飛は、甘寧を身近に呼び寄せると、ささやいた。「興覇どの、あなたは、もうお若くないでしょう」なにを言い出したのだろうと思いながらも、甘寧はたしかにそうだ、と答えた。「人の寿命は、あっという間に尽きるもの。いまのこの世の中で、高い志を持ちながらも、運に恵まれず、埋もれたまま死んでいった者たちの、なんと多いことか。ときに、あなたは禰正平《でいせいへい》という人物をご存知か」その名を知らないものは、この夏口には存在しないのではないかというほどに、禰衡《でいこう》、字を正平《せいへい》は、有名人であった。もとは曹操に仕えていたのだが、言動が放埓にすぎたために嫌わ...番外編甘寧の物語その5
お疲れ様です!! いやぁ〜とうとうブログ記事がブレイバーンで埋まってしまって……(予想はしてました……) まぁ、それは想定内でしたので!!(OvO) 本日は、久しぶりに?! 自創作...
※しかし、夏口での三年間は、甘寧にとって、無駄な年月にはならなかった。黄祖は問題のある人物ではあった。だが、熟練のつわもので、戦上手であることには変わりがない。黄祖のあつかう水練になれた兵卒たちをあずけられ、将としてはたらくことになった甘寧は、そこで、はじめて、正規の軍隊における水軍の動かし方、というものを学んだ。それまで、故郷の臨江にて、海賊まがいのことをしたこともあった。しかし、本物の水軍は、やはりすべての規模がちがっていた。気心のしれた子分たちを動かすのと、兵卒たちに号令をかけるのとは、使う能力がちがう。甘寧は必死に兵法の勉強をし、将とはなんぞやと、おのれの頭で考えつづけた。そうこうしていくうち、やくざ者の雰囲気は薄れ、かれにはどっしりとした落ち着きが備わり始めた。当然のことながら、周囲の扱い方も変...番外編甘寧の物語その4
南陽は、蜀の地から見れば、ずいぶんと太陽の明るい土地であった。過ごしやすいこともあったが、劉表の治世がうまくいっていることもあり、甘寧がその才覚を見せる場面はおとずれなかった。州境でもめ事があっても、甘寧の出番はない。なぜこうも不遇なのか。甘寧は、しばらくもんもんと過ごした。子分たちは、『親分は主君に恵まれないお方だ』と、同情した。かれらにしても、田舎者あつかいされるのは我慢がならなかった。さらには、劉表が復興させようとしていた儒教中心の古めかしい気風に、肌があわなかったのである。そうしているあいだ、天下は動いた。偽帝は横死《おうし》し、その親戚である袁紹も、官渡の戦いにおいて曹操にまさかの敗北を喫した。遺された袁紹の息子たちは、曹操という強敵をまえに互いに食い合いをはじめる愚かさ。甘寧は、乱暴もので、短...番外編甘寧の物語その3
※希望に満ちた甘寧の、仕官への道は、しょっぱな挫けた。益州をおさめる劉璋のもとへ向かったはいいが、かれはおとなしい男で、武辺者の才覚をみきわめる目を持っていなかった。なんとか仕官はできたものの、それは低位の会計係の役目であった。がっかりしなかったといったら、嘘になる。それでも、基本的には真面目な性格だから、最初はおとなしく、けんめいに仕事をした。一緒についてきた子分たちは、『親分がこんなに静かに仕事に励むとは』とびっくりしていた。つまらなくも思ったが、一方で甘寧に面倒を見てもらえていたので、文句はなかった。かれらはそれぞれ食客として豪族の屋敷などに分散して暮らしながらも、なにかあれば甘寧のために集った。そんな生活は、しかし、何年も保たない。こつこつと会計係をつづけたあと、昇進の通達がやってきた。蜀郡の丞(...番外編甘寧の物語その2
メッセージはありません。通信を終了します。 黒いコンソールに白い文字でそう表示された。 事実だけを告げる冷徹なその言葉は、大きく期待を裏切るものだった。 僕はその言葉を1文字づつマウスでなぞって、現実を認識しようと努めた。 端末からは、バッハの無伴奏チェロ組曲第一番が流れている。 その大きく包み込む温もりを感じさせる旋律は、端末の持つ無機質さとあまりに対照的で、 隣...
甘寧《かんねい》は、字を興覇《こうは》といって、もともとは、益州のちょうど南東部に位置する、江水のほとりに栄えた巴郡臨江《りんこう》の人物である。北方を吹き荒れる暴虐の嵐に揉まれることのすくない土地に生まれ育ちながらも、甘寧の気性はたいへんに荒く、短気で、武を好む気質であった。ちょうど街道沿いに臨江があったこともあって、街はゆたかで、甘寧がのぞめば、たいがいのものは手に入った。ただし、手に入るものは、甘寧が汗水たらして稼いだ金で得たものではない。甘寧の手にするものは、たいがいが恐喝まがいの行為で得たものだった。さもなくば、甘寧とその一党の威勢をおそれた土地の権力者が、上納金のようにして、一党にあたえたものである。甘寧は、若いころから無頼のやからと徒党をくんで、臨江の周辺を我が物顔で闊歩《かっぽ》していた。...番外編甘寧の物語その1
沖合にある島を目指していた。大しけだった。海はうねりをあげて荒れ狂っている。 小舟は怒涛により何度も転覆の危機を迎えた。1つの怒涛を超えても息つく間もなく次の荒れ狂った大波が押し寄せてくる。小船は急流に飲み込まれる木の葉のように翻弄され続けた。 穂先を波に対して真っすぐに。大波を被りながらも、ただそれだけを愚直に延々と繰り返す。 大しけの日は監視が緩む。決行するにはこの日しかなかっ...
※漢水《かんすい》のわたしで、あれほどの恐怖を味わっていたのが嘘のように、船に乗ったひとびとは、穏やかな航路をたのしんでいた。曹操軍はまだ荊州の水軍を把握しきれていないようすで、追ってこない。趙雲は、なみだで腫れた顔を冷まして、真水で顔を洗い、それから劉備の元へ向かった。途中、なつかしい顔と再会した。夏に樊城《はんじょう》で別れた切りになっていた、胡済《こさい》である。地味な衣をまとっているが、その目もさめるような美貌は変わっていなかった。「生きていらしたのですね、よかったです」と、なかなか可愛らしいことをいうな、こいつも成長したなと思っていると、中身はまったく変わっておらず、つづけた。「あなたがたが心配だったようで、軍師は連日徹夜ですよ。倒れるんじゃないかとひやひやしていましたが、今日でそれもおしまい。...地這う龍五章その8東へ
40の手習いに自転車に乗り始めた。子供の頃以来の自転車は、なかなか真っ直ぐに進まず、あっちによれよれ、こっちによれよれしながらペダルを回していた。高校生の自転車に追い抜かれたり、電動自転車に追い抜かれたりしながら、それでも体にあたる風がすがすがしくてとてもいい気持ちだった。そんな気分最高のおれの行く手に長い登り坂が見えてきた。すっかり子供の気分に戻っていたおれは、この坂を登る決断をした。坂の始まり...
空に、大きなはやぶさが飛んでいた。くるくると輪をかきながら、飛んでいる。陳到が叫んだ。「明星《みょうじょう》だっ!」あるじの呼びかけに、はやぶさが、きぃぃぃ、と高らかに鳴いた。と、さきほどはあれほど目を凝らしてもまったく見えなかった船団が、東のほうから、靄を破って、凄まじい勢いでこちらへ近づいてくるのがわかった。「船だあっ!」「軍師たちが戻って来たぞ!」「やった、感謝するぞ、孔明、雲長!」感激のあまりか、劉備がめずらしく感極まった声を出す。それに呼応して、葦原に隠れていた民も、岸辺に飛び出して、船に向かって、おおい、おおいと手を振りはじめた。船がやって来たのが曹操軍にも見えたようである。突撃命令がくだるのを待つばかりだった曹操軍が、船からの攻撃を恐れたのか、動きを止めた。船はあっという間に帆に風をはらみつ...地這う龍五章その7歓喜と涙と
※長阪橋を燃やしたのがまずかったらしく、いったんは罠をおそれて退いた曹操軍は、すぐにまた追撃を再開してきた。橋を燃やすということは、むしろ罠などないのだと曹操が看破したためであろう。その点は、張飛を責められない。張飛は張飛で、せいいっぱい時間を稼いだのだ。相手が曹操でなければ、あるいは、もうすこし展開がちがったのかもしれないが。そんなことをかんがえても詮無《せんな》いなと、趙雲はふたたび馬上のひととなりながら、おもう。残っていた手勢は、しつこく曹操軍に追い散らされつづけているうちに、さらに減っていた。逃げに逃げて、いま、漢水のほとりに追い詰められている。ちょうど趙雲たちの北に、漢水《かんすい》は流れていた。夜明けとともに川面に靄が発生し、おかげで劉備たちは守られている格好だ。足元は、馬にとっては戦いづらい...地這う龍五章その6空を見上げて
そういえば、劉琦の愛妾を助けに行った胡済《こさい》の姿が、まだ見えない。気になって、孔明は涙ぐんでいる伊籍《いせき》にたずねる。「胡偉度《こいど》を見かけませんでしたか」「ああ、あれなら、桃姫《とうき》の監禁されている部屋に行ったようです」「戻ってくるのが遅すぎます、なにかあったのかもしれない。その部屋に案内していただけませぬか」孔明が言うと、それまで喜びの笑みを浮かべていた伊籍が、ふっと表情を暗くした。「いけませぬな、偉度は、桃姫を恨んでおりますゆえ」「恨む?なぜです」一瞬、桃姫を胡済も気に入っていて、なのに劉琦のものになってしまった、それで恨んでいる、という空想がよぎったが、つぎの伊籍のことばは、思いもかけないものだった。「偉度は桃姫さえいなければ、劉公子の名誉は汚されなかったはずだと言っておりました...地這う龍五章その5孔明の不安
早く目が覚めた。午前4時半。 遠くに新聞配達のバイクの音が静かに聞こえている。 僕と新聞配達員しか存在していないと思わせるような静かな時間帯。 すこし寒い感じがする。ハロゲンヒーターをつけようとしたが手が届かない。 パソコンに向かおうとしたけどめんどくさくてやっぱりやめた。 しばらくの間、ベッドから部屋を眺めている。 外はまだ暗い。カーテン越しに外の暗さが解る。 机があって...
※鄧幹《とうかん》の使者はすっかり怯え切って、まともに左右の足を前に出すことすらできなかった。それでも、なだめたり、脅したりしながら、江夏城の門の前に立たせる。「か、開門!宴より帰って来たぞ」緊張で声が裏返っている。まずいな、と隠れて様子を見ていた孔明はひやひやしたが、場慣れている関羽たちは涼しい顔である。「門さえ開いてしまえば、こちらのものだ」と、関羽は頼もしいことを言った。門の前には、鄧幹の使者と空っぽになった酒甕《さけがめ》の乗った荷車、舞姫や芸人たちがいる。だが、じつのところ酒甕は空っぽなどではなく、中に兵が潜んでいる。また、芸人に関しては、関羽が選りすぐった決死隊が化けた者に変わっていた。そのなかには、武者姿となった胡済《こさい》の姿もある。門が開いた。鄧幹の使者は、門に入るなり、「お、お助けえ...地這う龍五章その4江夏城へ突撃
ウル第三王朝の牛飼いの少年が丘の上で寝そべって小鳥を戯れているとき、牛たちは思い思いの場所で草を食んでいた。およそ2キロ先をエラムの大群が土煙をあげて馬を走らせる。 牛たちは騒ぎだし、少年の指先で戯れていた小鳥は辺りをキョロキョロと見まわすと飛んで行ってしまった。 少年が地面から聞こえる蹄の音で身を起こしたとき、エラムの兵士が放った槍が牛飼いの少年を貫いた。 少年は言葉も発せないまま高く掲げ...
※「あなたなら、すぐにわたしだと分かってくださると思っておりました」と、大胆におしろいを取りながら、胡済《こさい》は言った。おしろいを取っても、その地肌の抜けるような白さは相変わらず。山猫のような大きな目と、全体の顔の作りのおさなさと愛らしさとが相まって、胡済はやはり、美少女にしか見えない。だが、喉元を見れば、のどぼとけがあるので、きちんと少年だとわかる。舞姫に扮していたときは、うまく首に布を巻いて、誤魔化していたのである。幕舎の一つを借りますよと胡済はいい、しばらくそこで着替えてから、すぐに地味な衣になって戻って来た。「男か、ほんとうに?」まだ疑いのまなざしを向ける孫乾《そんけん》に、孔明はとりなすように言った。「この者の身元は保証しますよ。義陽の胡済です。あざなは偉度《いど》。わたしがあざなを授けまし...地這う龍五章その3江夏の事情
しばらくすると、野営にいつもより多めの篝火が焚かれ、鄧幹《とうかん》の使者がもってきた大量の酒甕《さけがめ》の蓋があけられた。酒の酔い香がぷうんとあたりに漂い、それと同時に気の利く芸人たちが、それぞれ楽し気な音楽を奏ではじめた。すると、舞姫たちはあどけない少女の顔を一変させ、蠱惑的な舞を披露しはじめる。篝火のした、長袖をひらひらと宙に舞わせて、音楽にぴたっと合わせて踊るさまは、幻想的ですらあった。それまで、関羽らとともに、ぶうぶう不平を言っていた者たちも、舞姫たちの見事な踊りに、見とれ始めている。鄧幹の使者に言い含められているのか、芸人たちはすかさず将兵たちの間に入って、杯に酒をついでまわりはじめた。孔明のところにも芸人がやって来た。一瞬、毒はないかなと疑ったが、鄧幹の使者の平然とした顔色を見て、大丈夫そ...地這う龍五章その2舞姫、踊る
特製サラダには生のラディッシュも添えた。 ラディッシュはつい今しがた庭の一角の菜園から採ってきたものだ。色とりどりの一皿にテーブルがいっきに華やいだ。町を訪れた客人たちが息を呑むのがわかった。 ラディッシュを摘んできた菜園は庭の東側にあり陽の光をより長く浴びた作物はよく育った。 土作りにはこだわりがあった。季節季節に有機肥料や石灰をまぶして土をよく混ぜる。リン、チッソ、カリウムがバ...
※江夏《こうか》にいる孔明は、陳到に託されたはやぶさの明星《みょうじょう》の面倒を見ていた。鄧幹《とうかん》とやらの使者のひとりに、ねずみの干したのはないかと尋ねたが、そんなものはない、干し肉でがまんしてくれ、と言われた。そこで、贅沢だなと思いつつ、明星に干し肉を与えることにした。明星は、こんどこそうまそうに肉をつついている。「いつになったらわが君のところへ戻れるのであろうか」ひとりごとをつぶやきつつ、江夏の河岸に目をやる。江夏の港では、船が波に揺られて浮いていた。船乗りの数もじゅうぶんなようだ。江夏太守である劉琦《りゅうき》さえ動かせれば、いつでも出発することができる。しかし、かれはいま、江夏城の奥底に隠され、なぜか名の知られていない土豪の鄧幹が江夏を仕切っている。事情をよく吟味してみれば、関羽が足止め...地這う龍五章その1宴を前に