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そこは極めて華やかな一室だった。ベネチアングラスのシャンデリアに座り心地の良さそうな大きなソファー、金彩を施された大理石のテーブルには真赤なバラが生けられた花瓶が置かれている。だが、それらのもの以上に華やかなのはこの部屋の主だろう。「―――報告は以上となります」蒼雪の生真面目な報告に、紅椿は柔らかな笑顔で頷いた。「ご苦労さま。今回は公安の案内だけでなく、ジプシーとの交渉も大変だったでしょう?」「いえ...
しっかり地球観光を堪能したヒマワリとダイアモンドダストは火星に戻る途中に報告書を送った。「これで後は所長とGHOSTのところに顔出しすれば仕事に戻れると思うんだけど」「たぶんね。『本来の仕事』に関しては問題ないはずだし」「…ああ、あの雑魚の件か。すっかり忘れてた」ヒマワリの一言にダイアモンドダストも苦笑いを浮かべる。「確かにね。何せ『オヤジさん』の件が大きすぎたから…あれも火星の方で大騒ぎになっているっ...
『オヤジさん』の騒動から3日後、ヒマワリ達はフクオカ地区にある太宰府天満宮の前に居た。「本当に素敵ね。こればかりは紅椿さんのオススメが無かったら絶対来なかったよね、ここには」うっとりと呟くヒマワリに、ダイアモンドダストも頷いた。「やっぱり地元の口コミは侮れないよね」最初は日本だけでなく、中国や韓国、フィリピンやインドネシアエリアの弾丸旅行を計画していたのだが、『日本のそれぞれのエリアにも見るべき場...
ヒマワリが目覚めたのは、アンドロイドのメンテナンス室のベッドの上だった。「意外と早く目覚めたね、ヒマワリ。流石に頑張りすぎてオーバーヒートを起こしていたよ」「あ、それくらいで済んでた?一部の回線ショートくらいは覚悟してたんだけど」「そんなヤワじゃないでしょ、君は」呆れたようにダイアモンドダストが肩をすくめると、後ろを振り向いた。「紅椿さん、ありがとうございます。アンドロイドのメンテナンス室まで貸し...
ダイアモンドダストの『処理能力』はヒマワリに合わせてカスタマイズされたものである。人間を傷つけずに情報を引き出すことができるヒマワリだが、そのままの情報では全く役に立たない。例えるならば『ページがばらばらになった分厚い書物』のようなものである。それを系統だった情報として整理し、まとめたものを然るべきサーバーに収める事をするのがダイアモンドダストの能力だ。これをするだけで情報は1/3~1/10に圧縮され、更...
オヤジさんからの情報を抜き出し初めて30分、段々と蒼雪の表情に疲労の色が出始めてきた。それに気がついたヒマワリは一旦情報の引き抜きを止める。「大丈夫?やっぱり少し情報の流量を控えようか?」「いや、まだ大丈夫だ。早くしないとオヤジさんの寿命が…」蒼雪はそのまま続けろと訴えるが、明らかに転送速度が落ちている。このペースだと蒼雪が故障してしまうだろう。「う~ん、ダイアの仕事が終わっていれば呼び出せるんだけ...
『オヤジさん』の脳内に残っている記録は、人間としてはかなり多かった。それもそうだろう、元は太陽系気象協会技師だった男である。その知識、経験だけでもアンドロイド顔負けだ。更に今までの人生の思い出もかなり多い。しかしその一部は今まさに消えようとしていた。「ん~、かなりヤバいかも。蒼雪、もう少しデータ送信のスピード上げてもいい?」今までの笑顔は消え去り、かなり深刻な表情でヒマワリが訴える。「ああ、この2...
『オヤジさん』が治療を受けているその部屋は、最先端の医療設備が整っていた。その設備を見回し、ヒマワリは驚きの声を上げる。「火星の大学病院レベルの設備なんてよく手に入れられたね。しかも医師や技師も一流じゃん。これを扱える人間も雇えるとか…紅椿さんの人脈、コワすぎなんだけど」「マフィアの資金源は色々あるさ。別に地球で稼がなくてもいいわけだし」「オレオレ詐欺とか?」蒼雪の言葉にヒマワリが探りを入れるが、...
先代の火星公安局長はイレイザーにとって『大恩人』である。そもそもイレイザーの特殊能力に一番最初に気がついた人物であり、激しいイレイザー争奪戦の中心的人物だ。「そうそう。前の局長猫好きだったもんね~。『みそじそう』の画像もあの人のストックだったし」懐かしそうにGHOSTが呟く。「前局長が『みそじろうがいない!あの子はどうした!年寄り猫なんだから目を離すなって言ってたのに!』って仕事の指示より熱く他所の部...
色々思うところはあるが、コンサートは無事終わった。あとは帰るだけだとイレイザーが立ち上がったその時である。エンペリアル席のドアがノックされ、サイレンスと大スターが連れ立って入ってきた。「イレイザー君、GHOSTさん、今日は僕のコンサートに来てくれて本当にありがとう」穏やかな微笑みと共に差し出された手に、イレイザーも思わず握手をしてしまう。このファンサに、つい『苦情』を忘れそうになってしまったが、ここで...
コンサートが始まってから1時間が経過した。ファンにとってはあっという間の1時間だが、イレイザーにとっては『この苦行がもう1時間も続く』という、嘆かわしい状況である。(勘弁してくれ…疲れを知らないアンドロイドのオタクはマジでタチが悪ぃ)コンサートの盛り上がりと共にGHOSTの声掛けもますますヒートアップしてきている。それと比例して長い髪の攻撃も激しくなっていて、それを避けるためにイレイザーは体を低くしていた...
「そもそもあの子は『歌手』だったんですよ。今ではVOCALOIDベースのアンドロイドだってそう簡単になれないのに、メジャーデビューも果たしたそれなりの歌手だったんです」「ですよね。僕も彼女の歌は何曲か聞いたことがあります。活動していた時はかなりの人気だったとか」「最低でも1曲はヒットチャートトップ10にランクインしている程度にはね」一瞬だけ誇らしげな笑みを浮かべたが、次の瞬間サクセサーは眉をしかめる。「彼女...
「大人しくA共和国で慈善活動をしていると思っていたら…まさか大スターと結婚するなんて思いませんでしたわ。私や私の部下のBBオペレーターについ最近までちょっかいを出していたんですよ、大スターは」イレイザーを前にサクセサーは呆れたような乾いた笑みを浮かべた。「確かに宇宙中の女性と浮名を流していましたよね?僕もてっきりあの方は結婚なんてしないと思っていました」地球管理センターメンバーの警備責任者だったイレイ...
大スターのオリンポス・ホールでのコンサート―――それは取得するのも極めて難しいプラチナチケットである。リアル席のチケットは即完売、配信チケットも億を超える枚数を売り上げるコンサートに本人直々の招待を受けたにも拘わらず、イレイザーはこの世の『地獄』を味わっていた。「…こいつさえ一緒じゃなけりゃ最高のコンサートなのに」振り回される髪の毛を避けながらイレイザーは恨めしげに嘆く。そんなイレイザーの隣で団扇を手...
御伽噺『すずめのお宿』では小さな葛籠にお宝が入っていたが、エンペリアル席にあるダンボールは大きくてもお宝が詰まっていた。ツアー全体を通してのグッズは勿論、このコンサート限定の特別グッズにサイン色紙、公式応援アイテムなどかなり多数の『お宝』が詰まっている。「おいGHOST、どうやらこの電子伝票に住所を書けばお宝グッズ全部自宅に運んでもらえるみたいだぜ」イレイザーは席に付いているタブレットを確認しながらGHO...
火星が、否、宇宙が誇るオリンポス・ホールのエンペリアル席―――それがダイアモンドチケットで用意された席だった。普段は各国首相や王室などの要人に用意される席であり、一般人が幾らお金を積んでもその席に座ることは許されない。その席に今、イレイザーは通された。「すっげぇ…これがエンペリアル席か。こんなにステージが近くなのに全体も見渡せるじゃん」エンペリアル席は外側から見るよりもステージが迫って見えるのに、ステ...
やはり直接関係者に関わっていたアンドロイドがチェックに参加すると効率が格段に違う―――最終チェック部分に突入したイレイザーはつくづくそう思った。『ヒキガエル』『水曜日の粗大ごみ』の他にも消しておかねばならない言葉を2人は次々と見つけ、指摘してくれたのだ。「A共和国の方言関係も全てチェックできました。これで99.999%の確率で全消去完了です」Deleteの声が空間に響く。後はサイレンスと大スターの再チェックを待つだ...
「確かにヒキガエルには全く似てませんでしたよ、あの大統領は」忌々しげにサイレンスはその理由を語りだす。「だけど『鷲』や『鷹』などの暗喩を使えばすぐに情報局にバレますでしょ?なのでできるだけバレにくいスラングを、短いスパンで交換して使ってましたの」「なるほど…ということは、『ヒキガエル』以外のスラングも使っていたのですか?」「ええ、『水曜日の粗大ごみ』とか…A共和国では公共機関の休日が水曜日と木曜日な...
『懲罰消去』作業は極めて地味である。どんなハイスペックのコンピューターでも、華やかな大スターでも、一つ一つのデータを精査、それが消去しなければならないものか丁寧に判定しなければならない。それ自体は今までと変わらないが、二人が来てから1つだけ変化したことがある。それは空間に響き渡る二人の歌声である。時にユニゾン、時に複雑なハーモニーを響かせながら、依頼された仕事をこなしてゆく。どうやら『歌うこと』で...
開いた空間のその先に『イレイザー』と『Delete』がいた。ただ2人は作業中のため一体化しており、ちょっと見ただけではどこにイレイザーがいるのか判断がつかなかった。「あ、GHOST?もうちょっとだけ待ってて、この作業だけすぐに終わらせちゃうから」不意に3人の上方から声が響いたと思ったその時、ふわりとイレイザーが下りてきた。どうやらこの空間は重力が弱めに設定されているらしい。「神威さん、そしてサイレンスさん、初...
GHOSTによって案内された場所は『何も装備していない人間』が近づけない場所だった。真空に近い状況の空間に『殺菌用』と称された無駄に強すぎる紫外線シャワー、神経を逆なでする重低音やその他数多くのトラップにより『人間の犯罪者』が侵入することはまず不可能だ。「この特別な空間で『彼ら』は国連から要請された仕事に従事しているのかい?」物珍しそうに周囲を見回しながら、大スターはGHOSTに尋ねる。「はい。何せ『懲罰と...