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長興山 妙本寺(→神奈川県鎌倉市大町1丁目)は、1203(建仁3)年9月2日の比企能員(ひきよしかず)の乱で滅亡した比企一族の屋敷跡に比企能本(ひきよしもと)が開基し、日蓮が開山した日蓮宗の霊蹟本山寺院です。創建は鎌倉時代中期の1260(文応元)年と伝わります。比企能本(ひきよしもと)は比企能員の乱の前年に生まれた比企能員(ひきよしかず)の末子で、『吾妻鏡』には、比企能員の妻妾と能員の2歳(→数え年)の男子は助命され、和田義盛に...
大谷山 吉祥院 法泉寺(→神奈川県川崎市多摩区菅北浦5丁目)は、この地を治めていた鎌倉時代前期の御家人稲毛三郎重成(→小山田有重の子、北条時政の娘婿、畠山重忠の従兄弟)が、1195(建久6)年7月7日に亡くなった妻の秋楽院妙林大姉のために建立した重成山極楽寺を起源とする天台宗寺院です。1197(建久8)年には源頼朝・北条政子夫妻が参詣して供養料を寄進し、両者の死後、その法要が行われたと記されます。1229(寛喜元)年7月13日には...
武士の都・鎌倉・・・源頼朝によって、日本初の武家政権がこの地に誕生しました。ところが、頼朝の直系は、実朝暗殺によって三代で途絶えることになります。この時、頼朝の妻・政子と二代執権・北条義時兄弟は、次の将軍に皇族の皇子を望みました。しかし、朝廷はこれを受け