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清明🍃とは万物が清らかで生き生きとした様子を表した「清浄明潔」
清明。東京多摩地区の出芽。あ!何もない東の国も出芽だったのかも。(笑) 清明。今年はお天気いまいちですが、本来👆この写真のような爽やかな色合いを楽しめる季節です。植物は花を咲かせた後(花粉と飛ばした後)に来る、新緑の季節。 今はまっている日本古代史。伝承では、古代出雲はもともと「出芽の国」(いずめ)で、この新緑の美しさのことを言っているそうだ。確かに、4月初旬の清明の頃の植物の状態が一番美しいと思う。このタイミングを自分たちのアイデンティティに持ってきた古の人々をリスペクトだ。 正史、偽書、口伝、伝承・・・いろんな物語がたくさんある古代日本史界隈。多くのソースで一致している語がある。その話を繋…
自然をたたえる日を祝日にするなんて素敵。 春分の日を制定した理由が素敵すぎて、朝からほっこりしている。「祝日法の制定時の記録 1では、この日は、昼夜の長さが等しく、「自然のあらゆる生命が若々しく盛り上がる時」であるため、異議なく採用されたとされています。」だそうだ。 元気な自然が杉檜花粉を爆飛びさせていて、個人的にはキツイ季節だけど、気持ちは晴れやかだ。 あいかわらず古代日本史をうろうろしている。ずっと「君の名は。」状態だったんだけど、ふんわりした輪郭は見えてきた。「ああ、そういうことか」と。 私の場合、古代史の素養がなさすぎて時間がかかったけれど、この「ああ、そういうことか」は、興味を持った…
日本の歴史で、一番の謎と言えば「邪馬台国やまたいこく」です。邪馬台国は、2~から3世紀に日本にあった国です。その頃、日本にはたくさんの国がありました。邪馬台国は、たくさんの国の中で一番有名な国です。ほとんどの日本人が、邪馬台国という国があったことを知っています。でも、邪馬台国がどこにあったのか、誰も知りません。邪馬台国があったのは、日本の「弥生やよい時代」です。弥生時代、人々は田んぼで米を作るよう...
「ヤマトタケルノミコト”の”戦い」ではなく”との”戦いです。 ↓の画像は房総半島の南西端の近く、千葉県館山市にある船越鉈切神社&海南刀切神社で撮影したものです。道路を隔てて近距離に位置している両神社は解説板にあるようにペアのような関係にあります。 その昔、神さまがこの地で人々を苦しめていた大蛇を退治するために鉈を研いだ石...その名も「鉈研ぎ石」! ↓はちょっと見づらいですが説明板です。 船越鉈切神社の方は本殿が海蝕洞穴の中に設置されており、この空間が「鉈切洞穴」として県指定の史跡となっています。 ↑の説明板にあるように縄文時代から人間の居住空間として使用されてきただけでなく、古墳時代には葬送…