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●春秋年法 古代天皇の在位期間を推定する方法として最初に私が注目したのは、長浜浩明氏が『古代日本「謎」の時代を解き明かす』で提唱した方法でした。 長浜氏の方法は、「古代の倭人たちがある時点まで、1年に2歳年をとる春秋年を使っていた」という仮説に基づいています。 この仮説をも...
JUGEMテーマ:歴史 埴輪と古墳について考えようと思います。歴史や古代史に関心のない人の中には「土偶」と「埴輪(ハニワ)」を混同している場合がみうけられます。 �土偶と埴輪 この2つは、まず登場する時代が異な
●一号墓 三雲南小路遺跡は、弥生中期後半(須玖Ⅱ式の時代)の方形周溝墓です。2つの甕棺が寄り添うように埋葬されていました。 一号墓は江戸時代に偶然発見されました。多数の副葬品を伴う甕棺墓でした。このときの出土品の大半が所在不明となっているのですが、福岡藩の国学者、青柳種信に...
トヨタマヒメを追いかけるときに必要なのは、彼女がいつごろ生きていた人かということ。おおまかでいいから、それを決めないと遺跡との関連がつけにくいです。 トヨタマヒメはホホデミの妻ですから、二人は同世代と考えて、以下ではホホデミについて年代推定します。 年代推定でまず思いついた...
●まとめ 山幸彦・海幸彦神話に関する対馬・糸島・薩摩の伝承から、九州内の式内社を調べてみましたが、3つの地域のほかに山幸彦・海幸彦神話に関する有力な伝承をもつ神社は式内社にはありませんでした。 対馬、糸島、薩摩の3つの地域の式内社の祭神や伝承は、阿曇(あずみ)族の拠点があっ...
弥生時代から古墳時代へと移りかわる頃、煮炊きに使った土器は平底から丸底へと形をかえます。これは、厚手の平底を薄手の丸底に作りかえることで火熱を効率よく伝えよ…
今回は、宮崎、鹿児島の式内社7社に関しての私の解釈、補足、感想です。まだ、調査不十分で、現地にも行っていないので、途中段階での考察になります。 鹿児島と宮崎は、記紀神話の日向三代と神武天皇にまつわる神社が多いところです。そのうち式内社になっているのは霧島神社、鹿児島神社、宮...
『式内社調査報告』、最後は宮崎・鹿児島です。 式内社は日向4社(4座)、大隅5社(5座)、薩摩2社(2座)で、1社1座です。このうち、天孫系・海神系に関連がありそうな7社について、『式内社調査報告』を要約します。 山幸彦・海幸彦神話で有名な鵜戸神宮、記紀神話で有名な高千穂神...
<吉野ケ里遺跡>の「その他の城郭建造物」を巡る-古代環濠集落を守備する”逆茂木”による柵
あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けして…
Ⅰ-10 山幸彦海幸彦に関連する式内社(6)福岡・大分 - 『式内社調査報告』(4)壱岐・福岡・大分に対する私の解釈、補足、感想の2回目です。 対象は、志登神社、志賀海神社、竈門神社、豊比咩神社、忍骨命神社、西寒田神社の6社です。 ●志登神社・潤地頭給遺跡 志登神社の比定社...
岡山平野のような沖積地〈ちゅうせきち〉に営まれた半地下式の竪穴住居〈たてあなじゅうきょ〉は、軟弱な地盤を掘り込んでいるためか粘土を1㎝ほどの厚さに貼って床を…
地面を掘り下げて床をつくった半地下式の竪穴住居において、火を焚いて屋内を明るく照らし暖かく温める炉(火処)は重要な施設であったに違いありません。 弥生時代前…
鳥取市の西端を流れる青谷川と日置川の河口には、かつて潟湖〈せきこ〉が広がっていました。弥生時代前期(約2400年前)から古墳時代前期(約1700年前)にかけ…
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