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#花と野菜のブログ記事
  • 2022/12/06 13:24

    畑――冬眠

    そら豆を植えた。中国特産の絹が西方に運ばれた道=シルクロードを通って、ヨーロッパから中国にそら豆が伝来した。絹を作るカイコ(蚕)の繭(まゆ)に実が似ていることから中国名は蚕豆。この蚕豆が日本に伝わり、実が上向き、空に向かって付くことから空豆。ちょっとした料亭では、「空」を空っぽ・空しいと読むのを嫌って天豆と呼んでいる。どうせ食べるなら天豆を食べたい。そこで我が家では空豆とは言わず天豆と言っている。天豆の横のワラは防寒・霜除け。春先にワラの上にぱらっと肥料を蒔いて土寄せ。ワラも土で埋めて畑の肥料にする。それまでは、畑仕事は休職。冬眠に入る。畑――冬眠

  • 2022/11/20 08:44

    畑――捨て苗

    お隣の畑に水菜が植えてある。その片隅に水菜が捨て苗されている。二宮尊徳にならって、「みな根を張ってるようやから、捨て苗をもろてかまへんか?」「ああ、持ってって!全部持ってって!」「そないようさんいらんわ。十本ほどでええねん」と言って一つかみ取ると30本ほどあった。水菜は多少枯れていようが、水をやるとすぐに根が付く。それもそのはず、肥料なしで、水だけで育つので「水菜」という名がついているのだ。京都の九条あたりで栽培されていたので「京菜」という別名もある。葉が細いので虫もつきにくい。とにかく手のかからない野菜である。日本で栽培されている野菜の種は150種ほど。その多くが外来種。日本原産の野菜で、確実なのはフキ・ミツバ・ウド・ワサビ・アシタバ・セリ・・・。そして、このミズナも数少ない日本原産の野菜。英語名も「M...畑――捨て苗

  • 2022/11/19 11:20

    畑――もったいない

    4・5月同様に、10月・11月は忙しい。夏野菜を撤去して、耕うん・畝立て、冬野菜を植える。秋野菜を収穫・撤去して、春野菜を植える。春夏秋冬がこの二ケ月に重なる。イチゴ、タマネギはすでに定植し終えて、今日はエンドウ、スナップ、絹さやを定植。スイカと並んで最も連作障害が起こりやすく、四、五年は同じ場所で栽培できないやっかいな野菜。毎年、植え場所に苦労する。そこで今年はめったに植えたことがない北の端っこの畝に。南にへこんだカーブになっているので北風で倒れる可能性が高い印象。まあその時はその時と、杭を立ててネットを張る。ネットを張るのはもっと後でもよいのだが、寒くてチメたい時にやるのは苦痛。どうせ張るのだから暖かいうちに。まいど毎度のグータラ農法。それに、「権兵衛が種蒔きゃ烏がほじくる」でカラス除けにもなる。ネッ...畑――もったいない

  • 2022/11/18 13:24

    畑――自然回帰

    10月の下旬に玉ネギを定植。それから三週間ほど経っているので、薄い人糞尿を施す。ニ月の中旬頃にもう一度下肥(しもごえ)をやる。これは明治40年に書かれた『家事農芸談』にある施肥方法。今はもちろん、化成肥料をパラパラと蒔く。ところが、この化成肥料が倍近く値上がりしてたまげている。思わず下肥にしようか・・・と思うが、水洗なのでそうはいかない。たまったものではないので、昔よくやっていた稲ワラ堆肥を作ることにした。バインダーで稲を刈った田んぼからワラを集めてきて、鶏糞と糠とボカシ堆肥をサンドイッチして積み重ねる。雨にあたるとシナッとなるので踏み固めて、ワラを追加して1メートルほどの高さにする予定。二、三ケ月して湯気が上がっていれば発酵している証拠。肥料の値上がりはとんだとばっちりだが、堆肥作りは思わぬ自然回帰。畑――自然回帰

  • 2022/10/25 13:22

    畑――じゃまくさい

    夏野菜を片づけた今の畑が最も秋らしい畑。ニンニクの奥は九月に植えた菜っ葉たち。必殺七種混合栽培。菊名・小松菜・しろ菜・野沢菜・青梗菜・葱・レタス。特に意図はない。あちこち耕すのがじゃまくさかっただけ。キャベツ・玉レタス・白菜・リーフレタスが大きくなってきた。キク科のレタスのおかげか、虫がついていない。人雨降ればもう一まわり大きくなって玉になってくれるはず。今が農薬散布のチャンスだが、じゃまくさい。落花生105袋はめでたく完売!早々に耕してイチゴとタマネギを植える準備。イチゴを早く植えたいが、水やりがじゃまくさいので雨待ち。サツマイモがあったのだが、ヌートリアがきれいに食べてくれた。当初は頭にきたが、今となっては掘る手間がはぶけた。残りは八つ頭。正月のおせちの縁起物。八は末広がり。頭は頭(トッブ)に立つ。そ...畑――じゃまくさい

  • 2022/10/03 09:26

    畑――ネギ

    スーパーで買ってきた青ネギ(葉葱)の根を切り取ってプランターに植えておくと、みるみる葉っぱが伸びてくる。そのイメージがあるのか、ネギの種を植えてニ、三か月ほどで大きくなると思われがちだ。ところがどっこい半年かかる。白ネギ(根深葱)にいたっては一年。葉を食べる野菜としては栽培期間が長いので、露地植えの白ネギの農薬散布の平均は8~12回にもなる。ドエッと驚くが、ご安心を。関西でよく食べられる青ネギは、ビニールハウスの中で防虫ネットをかぶせた水耕栽培なので農薬は0~1回。家庭菜園では植える量が少ないし、良いところを選んで食べるので心配ない。9月中旬に蒔いたネギはまだ8センチほど。あと一か月ほど育苗して10月下旬頃に畑に定植する。食べることが出来るのは3月以降になる。ネギの根の付け根の少し膨らんだ部分が茎(鱗茎)...畑――ネギ

  • 2022/09/28 11:30

    畑――命の落花生

    ピーナッツが好きで、酒のアテには欠かせない。だから、個人的には「命のピーナッツ」とよんでいる。それほど好きならば自分で作ろうと、栽培しだして15年ほどになる。一度に全てを収穫するのではなく、何度かに分けて収穫する。落花生の塩ゆでを食べるためである。塩ゆで落花生は収穫二日以内の新鮮なものでないと極端に味が落ちる。だから、スーパーに並べられることはない。そこで、その日採った一部はアテの塩ゆでにして、残りは乾燥させて後日にピーナッツにしている。これも農家の特権である。今年は近くの畑仲間にもらった「おおまさり」という塩ゆで専用の落花生と、今までの「ジャンボ落花生」を半分ずつ栽培。葉が少し黄色くなってきたので「おおまさり」から収穫開始。いくらピーナッツ好きでも、そんなに多くは食べられないので、昨日から近くの道の駅に...畑――命の落花生

  • 2022/09/27 10:43

    畑――しろ菜

    彼岸の中日の23日に植えた「大阪しろ菜」がいち早く芽を出した。右の菜の花はまだ発芽していない野菜の中で「大阪」の冠名がつくのはこの「大阪しろ菜」だけである。江戸時代から大阪北区の天満界隈で盛んに作られていたので「天満菜」ともいう。アクやクセがなく柔らかいので誰でも食べることができる。暑さにも強いので、野菜の少ない夏場には「しろ菜とアゲのたいたん」が毎日出されたという。ところが、徐々に市場に並ばなくなる。「しろ菜」を漢字で書くと「白菜」で、球にならない非結球白菜の一種だ。昭和の初期に結球した「白菜」が市場に出回りだすと、「しろ菜」の人気が一度に下がった。さらに戦後は、小松菜に押されて、とうとう市場から姿を消してしまう。再び姿を現すのは、2005年に「大阪市なにわの伝統野菜」に認定されてからである。大阪の冠名...畑――しろ菜

  • 2022/09/27 10:42

    畑――意外な白菜

    一つ前に書いた天満菜(大阪しろ菜)を絶滅危惧種に追いやった白菜だが、意外なことに、日本にやってきたのはキャベツ(=明治元年渡来)よりも後である。明治8年(1875)名古屋で開かれた国際博覧会に中国の「山東白菜」が出品された。これを愛知県がもらい受けて栽培されるようになる。白菜といえば鍋物に欠かせないのだが、意外なことに鍋物として食べられていない。例によって御浸し、和え物、漬物が主だった。この山東白菜は今でいう「山東菜」で、完全に結球しない半結球白菜だった。鍋にするには柔らかすぎるし、ボリュームもなかった。この山東白菜の球をより大きくしようと、愛知県が改良を始めるがうまくいかない。白菜と同種のアブラナ科の植物が日本には多くある。まれに大きく結球しても、咲いた花が他のアブラナ科の植物と交配してしまうために、ま...畑――意外な白菜

  • 2022/09/24 11:00

    畑――楽

    ペットは買っていない。旅行やグルメにも縁がない。だから、ブログを書くネタに苦労する。楽ではない。まあ、趣味・道楽といえば百姓仕事か。百姓にとって彼岸がくると楽しくなる。彼岸花が一斉に咲き、地温が20度前後に落ち着いてきたことを教えてくれる。たいがいの種を蒔いても芽が出る。真東にある二上山の真ん中から陽が昇り、真上を通って極楽があるという西方浄土に沈む。それを体感したかったのだが、あいにくの雨。そこで、MP3の聞けるラジオで演歌の音楽をかけながら、家のガレージで種まき。墓花用の撫子と桔梗。野菜は法蓮草と大阪しろ菜に野沢菜。畑に直接まいても良いが、水やりや間引きがじゃまくさい。セルに植えて、本葉が出そろった頃に畑に定植する。この方が楽である。ここで、ふと考えた。「楽」という漢字に〈身体的負担が少ない〉いう意味...畑――楽

  • inkrich
  • 2022/09/22 10:19

    畑――はぼたん

    「はぼたん」だが「葉牡丹」ではない。漢字では「甘藍」と書く。「葉牡丹」は江戸時代にオランダから長崎に持ち込まれた。花の少ない冬に牡丹の花のように葉を広げるので葉牡丹と名づけられた。今や正月には欠かせない園芸植物になっている。一方、「甘藍」は明治元年にアメリカから日本に持ち込まれた。野菜の少ない冬でも藍(あい=青=緑)を保って甘味があるので甘藍と名づけられた。今や一年を通して最もよく食べられている野菜である。この甘藍が葉牡丹と同じ品種であることを知った学者は、「甘藍」を「はぼたん」と訓読みした。すると、園芸植物と食用野菜の二つの「はぼたん」が存在することになる。そこで、二つの違いを明確にするために、野菜の甘藍を「玉菜(たまな)」「牡丹菜」と呼ぶようになる。『ちしゃのぬた』にも書いたが、戦前の日本人は野菜を生...畑――はぼたん

  • 2022/09/14 16:22

    畑――無農薬

    自分で作って食べる野菜くらいは化学肥料を使わないで無農薬のものを食べたい。そう思って家庭菜園を始める人は多い。かくいう私もその一人だった。就職して間もない二十代前半の頃に、親戚の300㌃ほどの土地を借りて菜園を造った。1970年代から奈良県桜井市で無農薬、無肥料、不耕の「自然農=自然栽培」を起こした川口由一という人のニュースを見たのがきっかけだった。さすがに不耕というのは無理があったので、家のトラクターを使ったが、農薬と肥料は買ったことがなかった。それでもなんとか野菜が育ったのは、始めて畑にした土地には永年蓄えられた地力があるからだ。借りた土地の1/3には広葉樹が植えられていたので、落ち葉で堆肥を作ることができた。農薬を使わずにすんだのは、企業団地の真ん中にある、工場に囲まれた「ぽつんと一軒家」的な畑で虫...畑――無農薬

  • 2022/09/08 12:44

    畑――花も実もある

    難儀な台風11号のために雨続き。ようやく昨日は降雨なし。今日は午後から雨模様なので、朝の6時に畑へ。土は多少湿っていたが、今日やるしかないと意を決して、耕うんと畝立て。久々の鍬使い。土が重い。一筋立てては休憩しながら2時間ほどで完了。黒のビニールでマルチングをして完成。これで来週にはニンニクを植えることが出来る。幸いに曇り空で汗をかくほどではない。よっしゃ、やったろ!畑の中央に設けた通路の草抜き。売り物用の落花生。畝間(うねま)どころか通路にもはびこっていて、ここは草抜き不可能。カラス除けの糸の張り直しをとて、草抜き再開。ナスの畝までたどり着く。8月の上旬に剪定して秋ナス用にしたのだが、まだ大きな実がついている。まだまだ夏か・・・と思いつつ草抜き。ようやく終点のニラの畝に到着。いつの間にやら花が満開。近寄...畑――花も実もある

  • 2022/09/04 09:39

    畑で一番美しい花

    戦国時代にカンボジヤで採れたある野菜がポルトガル船によって日本にもたらされた。その時、中国の南京を経由して来たことから南瓜という名もついた。というわけで、カボチャを収穫して来た。もう少し付け根の茎がコルクのようになった方が良いのだが、この暑さで葉茎が枯れ始めてきた。そこで致し方なく収穫。といっても、すぐには食べない。一か月ほど家の中で寝かせて追熟させる。採ったばかりのカボチャは澱粉(デンプン)のままで甘くない。追熟させることで水分がとぶとともに、デンプンが糖分(=甘さ)に変わって美味しくなる。スーパーで売っているカボチャは心配ないが、道の駅や産直市場で売っているものには、切り口がみずみずしいものがある。「新鮮だ」と思うが、追熟されていないので美味しくない。茎がカリカリに乾燥してへその緒のようになっているの...畑で一番美しい花

  • 2022/09/04 09:39

    畑――波静か

    畑では、方向を表す左と右は使わない。「おい、鍬はどこにある?」「南のあぜ道に置いてあるよ!」自分から見て右側は、相手にすれば左側になる。そこで、互いに共通の「東西南北」を使う。東西南北は「絶対方位」。左右は自分を中心にした「自己中心方位」だといえる。その癖がついているので、人に道を聞かれて「そこの角を東へ・・・」とつい言ってしまう。道をたずねている人は東西南北も分からっていないので、道案内は自己中心方位の左・右を使うのがよい。カーナビは自働的に自己中心方位にしてくれる。自分の進む方向=前を上にしてくれる。だから、次の角を左右のどちらに曲がればよいのか分かりやすくなる。物事を左右前後だけでとらえていると、自分の進む方向しか考えない自己中心的な人間になってしまう。どこかの国の大統領がよい例だ。逆に、万国、誰に...畑――波静か

  • 2022/09/04 09:38

    畑の花①

    今、畑で一番多く咲いているのは無花果。「それってイチジクの実やないかい!」と叱られそうだが、この実がイチジクの花のつぼみ。もうニ、三日おいておくと、パカッと割れて、中から花が出てくる。我々が食べている実の中心の白い部分が花。見慣れない花だが、綿(ワタ)。綿花である。これが丸い実(コットンボール)になって、秋になると、パカッと割れて、白いワタが出てくる。綿の中に黒い種がいっぱいついている。その種を取ると布団のワタになる。あるいは糸にして機(はた)で織ると木綿(もめん)の生地になる。「河内木綿」の名が残るように、河内地方は綿の産地だった。綿を植えて育てる人〈農民〉、綿を加工する人〈職人〉、綿を売る人〈商人〉、綿を買う人。これだけで経済がなりたっていた。経済とは、お金が回るだけではなく、人も回らなければならない...畑の花①

  • 2022/09/04 09:38

    畑の花②

    写真で構成できるブログは余計な説明をしなくてすむので便利だし、お盆の暇つぶしにはちょうどいい・・・と思いながら撮ったのがコレ。オクラの花。ワタの花とよく似ている。それもそのはず、どちらもアオイ科に属している。アオイといえば、「ひかえ、ひかえ!これが目にはいらぬか」の徳川家の三つ葉葵の家紋。オクラやワタの葉とはかなり違う。フタバアオイという草の葉をデザインしたものだ。畑の中でフタバアオイとよく似た葉はコレ。サツマイモ・・・。そう思って近くに寄って見ると・・・。根元が掘り起こされているではないか!二株・・・三株・・・四株!やりやがったー。ヌートリアの仕業。せっしょーな!お盆に殺生するなよ!畑の花②

  • 2022/09/04 09:35

    畑の盆踊り

    高くそぴゆる通天閣やネオンまたたく道頓堀 こ掛けた願いも御堂筋仲のよいよい中之島西に安治川天保山遥か東にそびゆるは生駒信貴山二上山その連峰の吹きおろし河内平野の遠近に紅提灯の灯がゆれりゃ河内音頭の三味太鼓おじいちゃんやらおばあちゃん男前やら別姉さん差す手引く手も色模様浪花名物盆踊り河内音頭で踊りましょうヨイトコササノヨイヤサッサ雀百まで踊ろじゃないか三十四十は巣立ちの雛よ花の盛りは五六十くよくよしゃんすなお身に毒気から病が出るわいな河内音頭で浮き浮きしゃんせまめで達者で皆さんよこころ楽しく踊りましょうヨイトコササノヨイヤサッサ※音頭は初音家賢次師匠畑の盆踊り

  • 2022/09/04 09:35

    畑――人人

    夜中に家に帰ると、外で誰やらかが呼ぶ声がかすかにする。なにかあったのかと恐る恐る外に出たが誰もいない。耳をすましてみるとかすかな声で「おーい、おーい」という声。声はどうやら庭の方からしている。行ってみると誰もいない。しかし、確かに声はする。鬼門にあたる所が草むらになっていて、声はそこからする。しかし、人影はない。地面・・・土の中から「おーい、おーい」。怖いもの見たさで10センチほど掘ってみると・・・。人・・・。人の形をした人参だった。中国の昔話である。中国、韓国で作られる薬用人参の根は人形をしている。『李時珍』には「人参其の根の人の形の如きは神の有るなり」とある。そこから人参は万病に霊験あらたかなものとして栽培された。『兼葭堂雑録』という本に、延享四年(1748)六月にシャム人(タイ人)が日本に持ってきた...畑――人人

  • 2022/09/04 09:35

    畑――ちしゃのぬた

    こんな上方落語がある。病気になった父親のために息子が医者を呼びに行く。医者を連れ家に帰る途中、医者が疲れたというので道端に腰をおろし一休みしていると、急に辺りが暗くなった。医者「このあたりでウワバミ(大蛇)が出ると言う噂を聞いたことがある」息子「ではここはその腹の中ですか?このままでは腹の中で溶けてしまいますがな」医者「うろたえるでない、下剤を調合しよう」腹の中で下剤をバラまく。ウワバミは苦しみ、やがて二人を尻の穴から外へドバ~。臭いを気にしつつ家に着き、苦しむ父親を医者が診察すると、父親は萵苣(チシャ)を生で食べたと言う。医者「これは食中毒じゃ。チシャに当たったようやなあ。夏のチシャは身体に悪い」薬を調合しようと思ったところで、薬箱をうわばみの腹の中に忘れてきたことに気がついた。返してもらうよりしょうが...畑――ちしゃのぬた

  • 2022/09/04 09:34

    畑――レタス

    今、あたりまえのようにレタスを植えて食べている。ところが、ちしゃ=レタスの記事を書いていて、ふと思った。わしが、レタス、いや、生野菜=サラダを初めて食べたのは、いつあったんかいなあ?そう考えると、意外と新しいのではないかと思った。江戸時代までは「掻きちしゃ=チマサンチュ」を「ぬた=酢味噌あえ」あるいは「おひたし」にして食べていた。明治以降から太平洋戦争が終わるまで、様々な西洋レタスが入ってくるが、高級洋食店でしか食べられていない。一般家庭では野菜を生で食べることはなかった。食べるとすればキャベツの千切りくらいだった。肥料に人の糞尿(人肥)を使っていたからである。大正・昭和の小説家である長与善郎が、戦後十年ちかく経ったときに、当時の農民の不満として「天秤棒でカツグ二桶の人肥は一と握りの金肥に及ばざるが如し」...畑――レタス