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あと2日足りないとか毎年言いながらも何とか今年も帳尻を合わすことができた。窮地を脱して腑抜けのようになっている。とはいえ30日までは業務は続くので片付けでもしながら年末まで腑抜けダメ人間を続ける。そうだ、年賀状を書こう。
さて、カニ太郎は長期入院となるのでミジェット入れ替えるべく横浜まで汽車で向かった。行きの新宿駅では湘南新宿ラインが事故のため大幅な遅延となり寒風吹きさらしのホームで30分ほど凍えながら待つ。さらに帰路では魔の山手トンネルが事故渋滞。事前に渋滞情報はチェックしていたけれど起きたばかりの事故は避けようがない。五反田手前から初台まで今度は1時間近くもトンネルの中に閉じ込められる。水温計はぐんぐん上がり、電ファンとヒーターで今度は暑くてのぼせ倒れる寸前であった。行き帰りで通常1時間半のところ倍以上の時間を費やしてしまった。年末は交通が読めない。昔からそうだけれど年末の電車は人身事故が多くなってよろしく…
ベトナムから帰ってきたボスからコーヒーのお土産をいただいた。ジャコウネコの糞コーヒーである。うんこコーヒーだけれど超高級品らしい。恐る恐る飲んでみたらフルーティーで実に美味であった。最初にこれを作って飲んだ人はなんと勇気のあることかと考えながら、年末の慌ただしさの中で優雅な一杯をゆっくりといただく時間もまあ佳きかな。
結構頑張ってスケジューリングしたつもりでもやっぱり年内が2日足りない。印刷屋さんも年末早じまいで年始はいつも1月5日からやってくれてたけれど今年は9日からということで、入稿は25日必着となる。これは動画の入稿も同じで、長編150分の一本は年明けに回したけれど60分ものを一人で必死に編集している。しかし25日に入稿できさえすればあとは左団扇でゆっくりと片付けと大掃除ができる。何とかそこをイメージしながら自分に鞭を入れる。年末のドタバタは毎年同じ繰り返しだけれど今回のトンネルの出口はまだちょっと見えない。
12月12日。カブの吹けが悪くエンストを繰り返しガス欠の症状が出たのでタンクをリザーブに切り替えた。ギリギリまで給油しなかったのはどこまでメインタンクで走れるかの実験をしていたからである。さて、燃料コックをリザーブに切り替えた途端にコック根本からドバドバと燃料が漏れ出てきた。いや困った、これではリザーブで走れない。幸い少し先にガソリンスタンドがあったのでメインタンクのままエンジンをかけボコボコ言いながらスタンドに辿り着いた。 新車みたいなカブだけれどゴム類は17年の経年劣化が出るのは致し方ない。パッキンだけ変えれば治るのは間違いないんだけれど燃料コックはバラせないのでASSYで取り寄せた。ホン…
何年か前にこのサイトで書かれていた「D76は存在意義の失われた現像液だ」という写真家の方のコラムについて、まあ確かに理解はできるけれど、当時からその意見はすべて飲み込めないと思った。アンセルアダムスの写真は美しいとは思うけれど銀塩モノクロ写真を撮る人が全員そこを目指しているわけではなく、ボク自身もファインプリントが最終着地点だとは考えていなかったからである。 あくまで個人の考え方だけれど、銀塩でデジタル写真を否定するような美しい写真を作ろうなどとは10年前から考えていない。その昔から写真は美しさだけが本質ではないはずである。写真は物質の二次元への完全再現が最終目的ではなく、そこにある事物を撮り…
ほぼ毎日通る商店街だけれど思い出せない。お店は勿論、建物もどんどん入れ替わる。ほんの二年前は、以前そこは何屋さんだったかすら思い出せない。朝日を浴びながらそこに立ち止まって目を瞑ってみたけれど出てこない。老化なのか都市の変貌速度が速すぎるのか、まあどちらもあるだろうけれど思い出せないのは気持ち悪いから一生懸命考えてみる。そんな都市を記録するのが写真なのだろうけれど、ボクは都市の記録のために撮っているわけじゃないと言い張ってみる。じゃあ何のために撮っているんだと聞かれれば自分を探しているという曖昧な返事くらいしか答えられない。
皆さんもご存じの通り、高等小学校卒業であります。皆さんは全国から集まった天下の秀才で、金融、財政の専門家ばかりだ。かく申す小生は素人ではありますが、トゲの多い門松をたくさんくぐってきており、いささか仕事のコツは知っているつもりであります。これから一緒に国家のために仕事をしていくことになりますが、お互いが信頼し合うことが大切だと思います。従って、今日ただ今から、大臣室の扉はいつでも開けておく。我と思わん者は、今年入省した若手諸君も遠慮なく大臣室に来てください。そして、何でも言ってほしい。上司の許可を取る必要はありません。できることはやる。できないことはやらない。しかし、すべての責任はこの田中角栄…
カニ太郎はなんとか箱根に辿り着き、帰路は暖かな日差しを受けながら気持ちよく箱根を下ってきたのだけれど、東京インターを降りた途端に今度はギアに異変が発生。三速だけ妙に唸り出した。その異音と振動は徐々に大きくなり、山手通りまで戻って来た頃にはまるで子猫を挟んじゃったかのように大きな音で鳴き出した。なるべく三速を使わずなんとか車庫に納めたものの、これはエンジン降ろしてとミッションを割る必要があるなと重修理を覚悟する。3速へのシフト自体はスムーズなのだけれど、負荷をかけた途端に鳴き出すのでおそらくサードギアの歯欠けだろうか。残念ながらまたしばらくミジェットと交代となる。
箱根にむかうべく東名高速の一番左車線を気持ちよく爆走していたカニ太郎ではありましたが、箱根の山を上り始めた頃から妙な違和感が右足に。 23時、乙女峠を超えたまではよかったのですが、目的地まであと10キロというところでアクセルワイヤーが切れました。これだけなら致命的な状況ではないので落ち着いて状況判断。ワイヤーはアクセルロッドのつなぎ目で切断しておりました。プリングの予備は持っているけれどワイヤーは持っていなかったのが無念。しかしスロットルワイヤーはキャブ側で20cmほど長めにセットしてあるのでキャブ側よりたぐり寄せてなんとかアクセルロッドに繋ぐべくひとり作戦会議を練ります。 さすがにこの太さの…
週末の箱根での仕事にカニ目で行くことになった。カブの箱根越えもありだけれど今回は撮影モデルとしてのカニ目の重要な役目もある。メイン機材は別隊に託して自分の荷物はカニ目に積み込む。果たしてオースチン・ヒーレー・スプライトに冬の二泊三日の荷物が積めるだろうか。 オースチンヒーレースプライトのトランク内部。トランクフードはないので座席の後ろに潜り込ませるように入れる。所謂洞窟探検である。SPEEDWELLのステッカーがカニ目によく似合うこのトランクの向こう側にはパソコンを入れたカバンを入れてある。このサイズのトランクを入れても上に15センチほど隙間ができるのでここへトノカバーを突っ込む。右の三脚の上…
長い行列がまったく前に進まない。コンビニのお昼時にレジが一人だけというのもどうなのか、レジを見ると大量購入の年賀はがきを抱えた店員が一生懸命数を数えている。あ、そうかそんな季節か、毎年年賀状でしか生存確認が取れない知人も居るし勿論自分の生存確認も含めて必ず出すようにしている。よし、年賀状を買いに行こう、ボクは手に持ったパンを棚に戻して店を出た。いつもは年賀状の事など考える余裕もないくらい追い込まれる12月だけれど、今年は早め早めにうまく業務を回すことができている。
横浜からの帰路。直流発電のカニ目で来たので陽があるうちに帰ろうと思っていたけれど、カブ談義でつい長居してしまいすっかり日が暮れてしまった。一桁気温の中で震えながら走る東名高速はサイドスクリーンを立てていてもさすがに寒い。申し訳程度しか効かないヒーターはブローバイガスを拾ってしまい臭くて使いたくない。走行中はミッションカバー部に手を当てて戦前車と同じように暖を取る。ミジェットも同じだけれどとにかく後ろから巻き込む風、後頭部と首筋が一番寒い。 横浜の工房では以前も借りたことがあるS氏のスーパーカブをあらためて試乗させてもらう。自分のカブと比べてみると同じ純正85ccエンジンでも4速化とスプロケのハ…
先月から「あまちゃん」を何回目かのリピート再生中。家に帰ると流しっぱなし。実に癒やされる。一昨夜はそんなあまちゃんのお母さんと仕事でご一緒したのだけれど、ボクだけは事務所に居てひたすらデスクに向かっていたという残念な繁忙期。
カブに慣れるために毎日乗っている。すっかり自転車の出番がなくなってしまった。ロングを走ってみたいけれど年明けまでは無理か。ペダルを替えたおかげでシフトダウンのコツを掴んだ。しかし3速しかない2速はローギアードすぎて出番が少ない。高校生の時に乗ってたモンキーZ50Jは遠心クラッチが嫌でたまらなかったけれど今になってみれば逆に面白く感じる。アイドリングがまだ低いのか時折エンスト発生、これが結構焦る。先日はどうにもスロットルが吹けなくなってこれはキャブバラさなきゃと涙目になっていたらチョーク戻し忘れだったというミジェットだとありえないミスで情けなくなる。高回転時はシートが高周波治療器級の振動で尻を刺…
例えばこういう写真。先週出した写真だけれど、何を撮ったのかわからないし電柱が真ん中で画面を割っているし空が広く入りすぎで傾いているし写真としては全くダメで何より意味がわからない。しかしこれが都市の正体なのです。誰もが必ず目にする風景なのです。そんな写真にならないような都市が好きだったりします。
昨日と今日で10℃以上違う気温差は身体に堪える。一昨日はTシャツ一枚で小田原の町を歩いていた。天守閣に上った頃は汗まみれだった。 ミジェットのトランクに機材満載で行く小田原の旅。この日の現場弁当は、東華軒のシュウマイ弁当と田むら銀カツ亭の豆腐カツ丼をいただく。勤労感謝。
写真は時間が経てば経つほど撮った瞬間と違う意味を帯びてくる。何気なく撮ったスナップが都市の歴史を読み取る記録となったりする。しかしこの方は地元の写真家なので当初から都市の記録目的であろうという写真が多い。スナップが都市の記録になるのか、記録だけれど巧いスナップなのか、どちらも正解なのだろうけれど、この日はたっぷりとノスタルジーに浸りゆったりと写真ることができた。 https://www.shibukei.com/headline/17953/ 1973年。50年前の道玄坂小路。渋谷アーカイブ写真展より。 この年代の渋谷の写真は数々の写真家が(スナップで)撮っているので初見ではないけれど、時折、…
地元の友人からの電話は1時間以上にも及んだ。途中ブランクはあるけれども中学生来の友人である。自営業のこと、主催のイベントのこと、女性のこと、兄弟のこと、子供のこと、友人知人のこと、色々な厄介事が一気にのしかかり潰れかけていた。時々言葉に詰まり涙ぐみ、話している内容が支離滅裂になりかかっているのは彼にとって危険信号である。ボクよりはるかに精神力の強い男だったけれど、とにかく色々ありすぎた。小説か映画にできるくらいの人生である。支離滅裂な内容をもうボケたのかと指摘し、お互い歳をとったからなと言って自虐ネタで無理に笑わせてみる。数少ない腹を割って話のできる友人のピンチに助け船を出してやれない距離が歯…
繁忙期に入った。業務が山積みになると現実逃避したくなるのはいつもの事、明日出来ることは明日に回そうということでこの日はカニ太郎をガンガン走らせてみた。絶好のオープン日和だけれど日が傾きはじめると途端に寒くなる。それでも晩秋の限りなく透明に近い空気が気持ちよい。 その昔、草レースなどをやっていた事もあってか、握りの細いウッドステアリングはあまり好まないけれど、カニ目のレスレストンのウッドステアリングの掌へのフィッティングが妙に気持ちよくて、帰宅後ミジェットもウッドに替えてみた。勿論レスレストンではなくてモトリタ。このステアリングは以前トライアンフTR4に付けていたもので25年ぶりの現役復帰となる…
若い頃はカブなんてクソだせえと思いつつも、幼い頃から当たり前のようにある、風景のようにそこにある不変なその姿が、突然ある時から機能美として見えてくるのである。20年ぶりくらいに友人に借りて乗ってみたらそれはもう軽くて楽しかった。大型バイクに乗っていた頃にSR400に乗ったら「軽っ!自転車みたいだ」って思ったし、中型スクーターに替えた時もすごく軽いと思った。さらに125スクーターに替えたときはもうそれは風に飛ばされそうなほど軽くて頼りないと感じたけれど、今やその125スクーターですら取り回しが重いと感じるのは体力が落ちたのか齢のせいだろうかなんだかちょっと悲しくなる。そんな非力人でも扱えるような…
以前から宇宙からの得体の知れない電波をキャッチして創作していると言っていたボスだけれど、それはゼロポイントフィールドからの波動をもらっている事だと言いだした。今話題のゼロポイントフィールドは俄には信じがたいけれども、色々と腑に落ちる部分はあったりする。ボクがよく体験している締切に追われてギリギリのところでこれしかないという良きアイデアが下りてくる、というのはゼロポイントフィールドからの波動なのだろうか。過去の自分の作品を観ながら、なんでオレはここでこのカットを入れたのだろうとか、なんでこういう編集をしたんだろうかとか、結果成功しているんだけれど、今やれと言われてもできないようなマジックを無意識…
現像薬品のD76がなくなり、さあ薬品をどうしようと考えていたところ、以前購入した自家調合品のMARIX D76が買ってあったのを思い出して溶解してみると烏龍茶級のまっ茶色の現像液となった。確か5月に買った薬品なので半年しか経っていない。まあコダックのD76も溶解して日数が経つとどんどん茶色化するのはわかっていたけれど、溶解した途端にまっ茶色になったのは少々驚いた。念のため販売元に問合せてみると外袋などまだ色々試行錯誤中との事。すぐに代替品を送ってくれると言うことで大変よく対応していただいた。自分で調合することを考えたら多少コストがかかっても安定供給してくれるのは有り難い。微妙な配合の自家調合で…
友人知人から過去何度も感染させられそうになった強力なライカウイルスには全く感染しなかったボクだけれど、カブ菌にはいとも簡単に感染した。そしてその感染力は凄まじく、ボクから感染した職場のボスもカブを探し出した。 スクーターを手放して新車みたいなキャブ最終の納屋物をゲット。鉄カブの中古相場は上がっているので入手価格は当時の新車価格を超えたかも。しかしスクーターの売値と先日のジャケット売値を加算すればなんとか賄えるか。 というわけでスーパーカブはじめました。
もうそれがあったことすら忘れていた。仕事場で作業着代わりに着ていた90年代に買ったデトロイトジャケット。先日入った古着屋で信じられない値段で吊されているのを見て腰を抜かした。早速仕事場で探してみると20年間クローゼットの中で熟成されたジャケットが出てきた。何度も捨てようと思ったけれど捨てなくてよかったよ、これは古着屋には持って行かずメルカリへ。もはや一体何がブレイクするのか想像も付かない。アウトドアブームだからだろうか、近年のファストファッションへのアンチテーゼだろうか、頑丈なワークウエアの需要が再燃しているようである。
渋谷芸術祭で渋谷駅前で一日だけ限定公開されたハチ公アート、西野達制作の部屋「ハチ公」をフラッと見に行ったらその見物行列は半端ない長さになっていておそらく2時間待ち級だった。これは無理だと思い、通りすがりに横目で見るだけにしたけれど、いつものハチ公前を通り抜けるだけでも相当大変で、それはもう何年か前のハロウインくらいの混雑になっていた。芸術もハチ公もここまでメジャーになってヒートすると何だか素直になれないような、妙な心理が働いてよろしくないなあとか考えながら友人の誕生日パーチーイベントに浜田山まで出掛ける。もちろん井の頭線の車内もハチ公一色になっていた。
25年ぶりに訪れたその場所にまだかどやは残っていた。津具村「かどや」は小学生の頃よく買い物に来た場所である。この後方100mに本家があった。このあたりまでが上津具、この先の集落を下津具と呼んでいた。
コロナの影響か、昨年近所の成城石井が閉店した。その後しばらく空き店舗だったけれど、最近白地に黄色の看板が目立つ店舗に代わっていた。ああ、またチョコザップかなと思ったけれど古着屋チェーン店だった。今さら古着屋かと思ったけれど覗くと大盛況なようで冷やかし半分で入ってみた。するとなんだか若い頃を思い出して楽しくなって気づけば30分も古着を漁っていた。そして帰りには良い色合いのマッキントッシュのキルティングコートを抱えて店を出てきた。
朝7時、気温8℃。超寒いし雨降るし、それでも飼い犬を散歩させるように走る。いつもの外苑でマーキング。今シーズン初のヒートテック股引を履いた。 相変わらず直流発電のダイナモでチャージ不足のバッテリーは一週間も放置するとセルの回りは弱々しく。今朝のコールドスタートはさすがにブースターの助けを借りた。
区内循環のハチ公バスに乗ってハチ公口に行き、そこからスクスクの紀ノ国屋へ。実家へのお土産はハチ公ソースを選び、支払いは地域電子マネーのハチペイで決済するというハチ公まみれの昨今。 忠犬ハチ公が昨日で生誕100年。区役所でもしきりに関連イベントの告知をおこなっていた。それはたいそう立派な秋田犬だったとは思うけれど、博士が亡くなってからは行き場がなくて渋谷駅を根城とする野良犬になっていたという話もあるけれど本当のところはわからない。おそらく人々が観念的に作り上げたハチ公物語だとは思うけれど、それはそれでいいのである。今日はハチが歩いたであろうルートで帰ってみることにする。