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2024年はカブ90のミラーを左右2本とも割ってしまった。右側はバイク置き場でカバーをしたまま突風に煽られて転倒。左側は単純な立ちごけ。そもそもカブのサイドスタンドは頼りなく(車体が軽いせいもあり)少しでも下り坂に停めようものならスルスルッと前に出て簡単に転倒する。かなり気をつけていたけれど年に一回くらいのついうっかりが出てしまった。当時の純正ミラーはすでに出ないので社外品の純正風ミラーを付けることにした。が、驚いたことにM8正ネジのはずが左だけ逆ネジになっていたのである。ネットで調べてみたら丁度このカブの年式から接触時に緩むように左が逆ネジになったらしい。旧式鉄カブ=正ネジという思い込みを覆…
新宿へ、久しぶりにスーツ屋に出掛けた。愚息の就活用。スーツ業界が作り出したリクルート用という名のスーツは就活だけで役目を終えるように出来ているらしい。それは生地と縫製を見れば素人のボクでも一目瞭然、安価なのがいかにもなので仕方なくランクアップして探す。乗り込む場所がそれなりの所なのでそれなりの格好をさせて送り出したい。人は見た目が9割である。9割りのうち10%でもカバーできればとの親心、出費は痛いけれど。というわけで帰りの昼飯は節約のためはなまるうどんで済ます。二人で千円也。
テレビを付けたらオザケンがNHKのごちゃごちゃしたオフィスで歌っていた。時々スマホのカメラにスイッチする。音もそのスマホの拾った音に変わる。すげえ聴きづらいけれど、なるほどカメラがスイッチしたらその場所の音で聞こえていいはずという小沢健二の理論は間違っていない。なかなか面白いことやってるなNHKも。
どうもフロントタイヤのエアーの減りが異常なC50zzカブ。パンクだなと思い三軒隣のタイヤ屋へ持ち込んだら「ああ今日はもうコンプレッサー止めちゃったよ、自分でやりなよ」と、軽くあしらわれた。自分でできるけれど面倒くさいから頼みに行ったのにとかブツブツ言いながらネットで部品を注文する。チャリンコのタイヤ・チューブ交換は数え切れないほどやっているけれど、チューブの噛み込みミスをよくやってしまうので正直苦手な作業である。まあ今回のチューブ交換は通勤途中の路上じゃないし、ちょっと慎重にやってみようとタイヤを室内に持ち込んで腰を据えてやってみる。 外してみたら重たいタフチューブが入ってた。タイヤは10年選…
ステージ撮りは広角はAFを使うけれど長玉は必ずマニュアルフォーカスで撮る。たとえ400ミリでもMF、ファインダーが命なので光学以外考えられなかったけれどようやく液晶にファインダーに慣れて来た気がする。それでも勿論相当外すのでかなりのシャッターを切る。Lightroomの処理がエライことになるけれど下手くそなので仕方ない。不思議なのは30分もセレクトをしていると必ず眠気が襲ってくる謎。意識朦朧としながら撮ったときの手応えを思い出している。
先週までは丁度いい水温だったけれど、今週の水温は現像適温を下回り少し湯を足す。いつの間にか現像適温の季節を過ぎて冬に向かっている。ここ最近は撮る方のペースに現像が追いついていない。
通勤途中、向こうからやってきた挙動不審な自転車が急に向きを変えてボクの横に並んだ。自転車はクラシカルにカスタムされたシングルバイクだった。黒いディッキーズのパンツの右足を膝下まで捲りあげているお洒落な三十そこそこの若者はボクのC50を繁々とみながら話しかけてきた。「カッコイイです。ボクもコレ探しているんです。これは何年式なんですか。」とゆった。カブの色もヘルメットもライダースもカッコイイと言ってもらってすっかり気分の良くなったボクはエンジンを切って対応することにした。そしてボクごときが生意気にも少しばかりカブの事を教えてあげた。カブもミジェットも爺様やおっさんには随分モテるけれど若者にナンパさ…
左寄りの人たちの過激な意見がタイムラインで流れてきたりする。あまり政治的な事を書くつもりはないけれど、ボクが育った環境や長く在籍したゼネコン体質からも根っこは保守にあるとだけ宣言しておこうかなと。まあ色々綻びもあったけれどアベノミクスは悪くなかったと思ったりしている。勿論左側の人の言うことも正論ではあると思うけれどあまりに過激なのもなんだかなあと、つい愚痴りたくなる選挙期間である。君たちがいくら頭が良くても国を引っ張っていけるリーダーシップ力があるのか、政治家はそこがずば抜けてないといけない。
仕事で使う資料を探していたら古いカーグラフィック誌が出てきた。1968年8月号で、ミニクーパーMK2のロードテスト記事が載っていた。ふと巻末に掲載されていた新車価格表を見るとトヨタ2000GTが新車販売されていた時代だった。価格が238万円というのはボクも記憶がある。さてこの238万円は当時どれくらいの位置にあるのだろうか、思い立ったらすぐやってみる、仕事そっちのけで国内外の新車価格をざっとまとめてみた。1968年8月の国内外新車価格(資料出典カーグラフィック誌) 当時の238万円というのは国産車では突出しておりビッグヒーレーと同価格だった。当時のヒーレーはすでに若干古めかしくなったとはいえ相…
なんでそんな景色ばかり撮っているんですかという問いに、それは貴方が旅行してわあきれいとかゆいながら思わずアイフォンで写真を撮るじゃない、それと同じ行為なんだよと答えてみた。
写真家は常に手を動かしていないとならないというその行為は一見作為的にも思えたけれど出来上がった作品は美しいと思うほどアートに昇華している。フリードランダーのように真似できそうだけれど絶対に真似のできないところに居るというのが彼の人気の秘訣かもしれない。常に写真表現を否定しながら突き進むその姿は憧れでもあり次は何を出してくれるのか楽しみな作家である。 OsamuKanemura_ori.studio_GateHackEden_2024 — CAVE-AYUMI GALLERY
たった10分の通勤だけれど長く乗っていたいと思わせる乗り物。スクーターに乗ってた頃はそんな事はまったく考えもしなかった。ただしあともう10分通勤が長かったら50ccのパワーに不満が出ていただろうけれど。随分涼しくなったので今日も遠回りして帰る。 週末は筑波サーキット。一日中外に居るのだけれど4月も10月も毎回服装が難しい。そろそろ衣替えが必要である。ボクの場合は、暑さ寒さも筑波まで、となる。そしてこの開催が終わると深い秋がやってくる、、、はずである。
映画「コットンテール」を観る。自分と息子にあてはめながら考えてみる絶望感。それでも藁に縋るように微かな希望を探しながら物語を追う。舞台となった英国の、せっかくの景色だけれど引き画はごくわずかという割り切り、ワイドレンズは使わず小津映画のような顔のアップが尺のほとんどを使う。これによりリリーさんの怪演力がいっそう際立つ。リリー・フランキーを観るための映画のよう。「その日、カレーライスができるまで」的な。
昼休み。灰色の空だけれど暑さはなくプレイも観戦も良い季節になったなと散歩の足を止めてスコアを見る。4-6の2点差で負けているS大学の5回オモテの攻撃、走者一塁という情報を一瞬で理解して見る打席、いきなりの良い当たりは軽くフェンスを超えていった。見事な同点2ランホームラン。散歩途中のほんの1分の間に良いものを見させてもらったとムネアツになりながら現場に戻る。
晩風俄に冷なり。リネンシャツだけでは肌寒く感じる日。先週までTシャツ短パンでエアコンを付けていたのがいきなり涼しくなり昨夜より羽毛布団で寝る。朝は慌てて仕舞い込んであった秋物の羽織を取り出す。今季もよろしくルイスレザーとブーツ類も虫干し準備。サンダルはもう仕舞ってもよさそうだろうか。 カブとミジェットにはやっと良い季節になりんした。
あまりの暑さで外したまますっかり忘れていたヒーターバルブ、先週から塗装を剥がしたり掃除したりと冬支度。ヒーターバルブOHキットもわざわざ英国から取り寄せてみた。 前々オーナーによって雑に刷毛塗りされた本体を一皮剥いて真鍮の地を出す。パーツ点数は少なく写真にあるだけのもの。このうちオーバーホールで取り替えるのはOリングのみ。すべて日本で揃いそうなものなのでわざわざ英国からキットを取り寄せるまでもなかった。 足りないガスケットはノートの切れ端で。made in Japan. ミジェット1500のヒーターラインは迷路のような配管なのでいつも繋ぐ際に迷ってしまう。一体どうしてこうなった、もっとシンプル…
ヨレヨレだったチェーンの張替えを。納車後に真っ先にやるべきだったけれど、ネジ頭が完全に潰されていたクランクケースのボルトを見て戦意喪失していた。というか他に優先すべき箇所がたくさんあって手がつけられないでいた。週末、やっと重い腰を上げてネジ外しビットなる道具でなんとか外す。そしてついでに禁断のスプロケ交換。ドライブスプロケを13Tから14Tへ僅かにハイギアード化。回転数が少し落ち着いていい具合だけれど3速の登り坂が少しだけ苦しくなった。カブ90と比べてしまうとそのトルクの無さにがっかりしちゃうけれど、このおもちゃ感もまた面白い。 ポジションランプはやはりイエローが良きかな。
昔からそうだ、他人に説明するより自分でやった方が早いという仕事のやり方をしてきた。センスや美意識は中々言語化できるものではないので後輩や外注への指示はボクの頭の中がうまく伝わらなかったりして苦労している。イメージを言葉で伝えるのは本当に難しい。ここ何年かは他者へのアウトプットするための言葉を考えるようになったけれど、所詮ボクレベルの脳みそではうまくいかず、いつも頭から煙を出しながら曖昧な表現で逃げてしまう。写真についても同じで常に言語化できるように考えているけれど、やっぱり同じように苦しみ、夜は魘されたりしている。
いつもの会合は二輪乗りも多い。皆ヴェテランばかりの会合なので若者に強烈に嫌われるナンシーおじさんやイクラちゃんは居ないけれど、「昔オレもコレ乗ってたよ」というノリスケさんは結構居たりする。かくいう自分も旧い英国車を見てついノリスケさんになっているけれど、こういう会合であればまあ許されるのかなと思ったりしながらもちょっとだけ自重してみる。
500年ぶりくらいに新橋で飲む。いつもの仲間の旧車乗りたちが七人。彼らをあらためて見ればみなサラリーマンで、社名を書けば就活生の背筋が伸びる一部上場企業のエライさんばかり。大手メーカーや放送、大手広告など、悲しいかなボクが一番下っ端の孫請け平社員だった。平日の夜なので皆、仕事帰りのビジネス服のままのという、いつもと違う格好だけれど、いつもの日曜日と同じ、くだらない話をして盛り上がる。みんな同世代なのでもうガツガツすることもなく仕事の話は皆無、退職後は何をしようかと第二の人生の話題で盛り上がるハナキンの夜。
ドラマ「虎に翼」の劇伴としてはじめてエレキギターが鳴った。時代は1960年代後半、不良少年がエレキを弾く時代だけれど、ドラマの流れではまだ戦後を引きずっている。この頃にボクが生まれた「団地のふたり」と同世代。終戦から何年経ってボクが生まれたかを数えてみると、この年数を2024年から引き算してもまだ平成、ついこの間のような年になる。あらためて日本は物凄い勢いで戦後復興したのだなあとつくづく思うし、今の若者から見ればボクも立派な戦後生まれの昭和おじさんである。まだまだ若い気で居たけれど、後ろを振り返って見ればずいぶん長く生きたものである。不良少年はこのあと、エレキをフォークギターに持ち替えて社会に…