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皆さぁ〜ん、大河ドラマ「どうする家康」見てますかぁ〜本日よりブログ再開だねって第28話の感想ぉ〜!織田信長が宿泊していた本能寺が炎上!ついに家康が信長を攻めた…
甲賀市信楽町多羅尾の伊賀越えの道4日目は小川城から神山に向かい、桜峠を越えて伊賀に入り、柘植の徳永寺に寄りました。当寺で一泊した家康はその時のお礼に、田畑や山林を与え、葵紋の使用も許したといわれています。徳永寺葵の御紋入った瓦伊賀越えの新説ルート甲賀伊賀越え通過点の一か所とみている天台宗明王寺(甲南町磯尾)には徳川家康より四代の位牌があり、神君甲賀伊賀越えの新たなルートの拠点として近年注目を集めて...
滋賀県在住の歴女の友人が、伊賀越えの画像を送ってくれたので、「伊賀越え」についてまとめてみました。天正10年6月2日(1582年6月21日)未明、織田信長が明智光秀軍に殺害されるという本能寺の変が勃発。信長の同盟者であった徳川家康は、その時堺に投宿していましたが、茶屋四郎次郎から変の報を聞いて、明智軍の支配下にある京都に上り、松平氏にゆかりのある知恩院に駆け込んで「追腹」を切ると言い出しました。しかし本多忠...
浜松元城町東照宮 @静岡県浜松市 浜松城近くの出世神社 ドッグカフェが近くにあり、犬連れにはありがたい
静岡県浜松市の浜松元城町東照宮です。 浜松市中心部に鎮座する出世神社として名高い神社です。近くには浜松城や浜松城公園で「どうする家康」浜松大河ドラマ館が開催されていました。また、ドッグカフェがあり、ワンコ連れにはありがたい場所でした(^^♪ 御朱印は毎月、第2第4日曜日だけ頒布されているそうです。
以前、岡崎市の法蔵寺の夏目吉信(広次)の墓について書きましたが、愛知県額田郡幸田町六栗の明善寺にも吉信の墓があります。夏目氏三代の墓右から、夏目吉信、夏目吉久、夏目吉為の墓夏目氏は信濃国伊那郡夏目村の地頭職が起こりである。中先代の乱に敗れ、吉良荘に逃れ、六栗村の中屋敷台地に夏目屋敷城(六栗城)を構え、古くから松平氏(徳川氏)に仕える譜代衆であった。夏目吉信永正15年(1518年)、夏目吉久の長子として、...
六所神社の重文3棟。左から楼門、神供所、本殿・幣殿・拝殿。岡崎城のお膝元、東岡崎周辺。以前は長期出張でも訪れてた場所なんだけど。観光では、数年前に訪れた”運慶仏のある滝山寺(滝山東照宮)”のみ。今回、岡崎市美術博物館で開催されてる、NHK大河ドラマ特別展 『どうする家康』展(2023/7/1〜8/20) が来訪の目的なんだが。酷暑の中、欲張って、下記5箇所を巡った次第。始発のひかりは豊橋に停まるんで。東京 6:21発 → 豊橋 7:...
7/22(土)今年の大河ドラマは、松潤演じる「徳川家康」毎年、大河ドラマのゆかりの地へ旅行すると決めているので、いざ静岡へちょうどドラマは、1579年に起こった「築山事件」が先週。武田氏との内通を疑った織田信長の指示で、家康は嫡男である信康と、正室の築山殿を死に追いやる。浜松の佐鳴湖で有村架純ちゃん演じる築山殿が自害。ぐっとくるシーンでした。 夫テツ・・・・号泣(笑)そして今週はいよいよ本能寺の変岡田准一く...
【どうする家康】番外編・瀬名を偲ぶ、岡崎への旅(平山優先生のご案内付き✨)
瀬名ロスが高じて、ひとり大興奮の旅 NHK大河ドラマ「どうする家康」の第25回「はるかに遠い夢」で非業の自死を遂げた瀬名こと築山殿。前27回ブログの冒頭で明言した通り、瀬名ロスに現在どっぷり中だ。瀬名と言うべきか、有村架純を再登板させる方法まで勝手に妄想を重ねていた。 toyamona.hatenablog.com toyamona.hatenablog.com そんな私にぴったりの岡崎を巡るツアーが開催されると知り、ポンコツの体に鞭打って急遽参加してきた。申し込んだ時には残席僅か、危なかった。(平山優先生と行く激震の岡崎!家康公の人生の岐路めぐり|令和5年度岡崎おでかけツアーズコース紹介|特…
安土桃山時代、戦乱の世を駆け抜けた前田慶次を中心とした戦国の英雄たちの群像劇。天下人の豊臣秀吉や徳川家康はもちろん、真田幸村、伊達政宗から服部半蔵、風魔小太郎など多彩な人物が魅力的に描かれる。 主人公強すぎ問題 最近の ...
長篠の戦いで大活躍し、徳川・織田連合軍を圧勝に導いた英雄・鳥居強右衛門は、愛知県豊川市市田町の出身といわれています。そこで、強右衛門追っかけ第二弾として、鳥居強右衛門生誕の地を訪ねてみました。名鉄八幡駅から歩くこと25分。松永寺というお寺があります。この付近には元々細川氏の築いた市田城があり、後に牧野氏一族の居城となったそうです。松永寺境内の東側には「烈士鳥居勝商生誕地」の石碑が建っています。石碑の...
静岡県静岡市の静岡浅間神社です。 静岡市に鎮座する、荘厳な神社です。隣で「どうする家康」静岡大河ドラマ館が開催されていました。
どうする家康、ついに本能寺の変でした。 オープニングの燃える本能寺を見て、その次に繋がるであろう伊賀越えへの流れも分かってしまった気がして…。 信長とのお別れ。 織田兄妹 お市様 信長 自由の赤 女性の目 兎として天下をとる 今回のヒット 織田兄妹 堺にいた家康に会いにきたお市様。 お久しぶりの登場ですね。 しっかりと言うと変かも知れませんが、歳を召されていて相変わらず素敵でした。 時々しか出てこないからこそ、こういう変化をきちんと見せてもらえるのはありがたいです。 単純に俳優さんの力を見せられている気がして、とても楽しいところでもある。 さて、お市様との会話で久しぶりに柔らかい表情を見せた家…
建勲神社は、京都市北区の船岡山の中腹にある神社で、織田信長を主祭神とし、息子の織田信忠を配祀しています。正式名称は「たけいさおじんじゃ」通称「けんくんじんじゃ」と呼ばれています。天下を統一した織田信長の偉勲を称え、明治2年明治天皇が創建し、1910年(明治43)船岡山の山腹にあった社を山頂に遷祀しました。船岡山は平安京造営の際、玄武の山として北の基点、応仁の乱の際は西方の陣地となりました。10月19日の大祭...
「警部補ダイマジン」第2話、「この素晴らしき世界」第1話、「どうする家康」第28話 本能寺の変、「VIVANT」第2話、「転職の魔王様」第2話のあらすじと感想を書いています。
京都市バス、京都市営地下鉄「烏丸御池」下車、徒歩2分、現在「京都国際マンガミュージアム」(旧龍池小学校)となっている建物の裏側に、「此附近 二條殿址」の石碑が立っています。二条殿は、もとは南北朝時代の公卿・歌人・連歌師であった二条良基の邸宅で、押小路殿とも呼ばれました。邸内には龍躍池があり、洛中洛外図屏風にも描かれており、その景観の美しさから皇族や織田信長が好んだそうです。信長は天正5(1577)年に移り住...
初っ端の光秀サンが,いい感じぃ〜♪ 此の期に及んでビミョーに揺れてる神君が,よき。 で,表情の動きが前半とは見違えるようで・・・よく計算された演技ですな。うん。お市サン,そーゆーことはもっとずっと前に伝えとけ(笑) トーキチローの本領発揮&光秀サンの狂気がかった顔,脳汁出そうになったわ www 信長サンは最期まで白兎の仕業と思って・・・って,金柑頭が床几に座ってりゃそりゃガッカリだわな。同情します。ここで信長サンの「...
どうする家康 第28回「本能寺の変」 ~家康の堺遊覧と信長の横死~
時は天正10年(1582年)6月2日・・・・といえば、言わずと知れた「本能寺の変」ですね。天下統一を目前にした戦国の覇王、織田信長が、最も信頼していた家...
【どうする家康】第28話あらすじ・感想考察「本能寺の変」|最期まで家康の名を呼び続ける信長の想いに圧倒
この記事は2023年大河ドラマ【どうする家康】のあらすじ、感想、考察記事です。2023年7月23日放送第28話「本能寺の変」の内容となります。
何かせつなかった。信長にとって家康はただひとり心を許すと決めた友で。苛烈な愛と執着の対象で。ある意味で心の拠り所といえる存在だったのかもしれない。家康にとっても信長はまちがいなく特別な存在だったはず。良くも悪くも幼いころから強烈に関わりつづけたんだから。そんな二人の壮絶な絆にひょっこり割って入る明智光秀…なんというか無粋すぎて殴り倒したくなった。信長も討たれるなら家康と決めていたからこそ舞台を調えて待っていたのに、来たのが明智光秀ってガッカリだよ。ブチ切れてキンカン頭とか言ってたのには笑ったけど。どうする家康第28回本能寺の変
元々は清洲城下の現在地(旧北市場村)に總見寺がありました。現在の清洲の總見院は、慶長15年(1610)の清洲越しにより名古屋に移った總見寺址に再興した寺です。当寺には、織田信長の焼兜が寺宝として伝わっています。總見院の由緒によると、「織田信雄が父・信長を弔うために伊勢国桑名郡の安国寺を引き取り、忠嶽和尚を開山に迎え天正十一年(1583)に現在の地に「景陽山総見寺」を建立。しかし、慶長十五年(1610)「清須越し」によっ...
家康を辿る城旅「吉田城」!東三河の堅城を落とせ…家康、悲願の三河平定へ
こんにちは。夢中図書館へようこそ!館長のふゆきです。 全国の城や史跡をぶらり旅する「夢中図書館 いざ城ぶら!」。現在、家康を辿る城旅を展開中…。今日の夢中は、家康を辿る城旅「吉田城」!東三河の堅城を落
先週は、夏休みを取得して2泊で鹿児島旅行に行ってきました。旅行の前後含め、毎日いろいろな番組などが目白押し!ワールドドキドキビデオ、夜会、ラグビー、SHOWチャンネル、そしてジャにのちゃんねるの生配信まであったり。リアタイできず見逃したものを配信で観ていくのに
皆さぁ〜ん、大河ドラマ「どうする家康」見てますかぁ〜本能寺に迫る回だねってことで第27話の感想ぉ〜!ついに家康、家臣たちに心の内を話します。「信長を殺す、天下…
室町時代に創建された本能寺は当初、京都の高辻通りにありましたが、移転を重ねた末に、天文11年(1542)四条西洞院に第4次の伽藍が建立されました。しかし本能寺の変で焼失し、天正17年(1589)現在の場所に移されました。 本能寺の「能」の字は「䏻」という俗字になっているのは、本能寺が度重なって焼き討ちに遭っているため、「『ヒ』(火)が『去』る」という意味で字形を変えているといわれています。本堂信長公廟本能寺の変...
久能山東照宮(くのうさんとうしょうぐう) @静岡県静岡市 徳川家康が埋葬されてた金運・勝負運のパワースポット ペット同伴可能です
静岡県静岡市の久能山東照宮です。 1159段の石段を登った先に絶景と、パワースポットがひらけていました( ゚Д゚) 日光東照宮同様、犬連れ可能です。
【どうする家康】#27 サイコパスじゃない岡田信長、蓄積疲労で限界だった模様
瀬名ロスです NHK大河ドラマ「どうする家康」第27回「安土城の決闘」が7/16に放送された。タイトルは「決闘」だけれど、物理的に乱闘があった訳でもなく(7/22「土スタ」出演の岡田准一によると、脚本上は相撲を取る設定だったらしい)・・・狸の化けの皮が剥がれた子どもっぽい家康が、疲れ切った信長に「告白」された話だった。そこからの「国譲り」みたいな。 テンション低めですみませんね・・・瀬名ロスですよ、どっぷりと。 オープニングでは、主役の家康直後のヒロイン席「瀬名 有村架純」がぽっかり空いていて、これまで瀬名推しで見ていたこちらとしては大層悲しかった😢於愛の広瀬アリスの表記はもう少し後ろの方で、…
子どもたちにとっての最高の歴史の授業を作ろう」と制作されたのが、この「戦国英雄編」です。戦国時代の魅力的な武将たちのヒューマンドラマに焦点を当てて作られています。これまで約4千人以上の子どもたちが、教室やオンラインで「戦 ...
普段大河ドラマ見ないのに「どうする家康」は見ていて、気になったので行ってきました交通アクセス大曽根駅から、徒歩15分程度です遮るものがなく、非常に暑いので個人的にはバスをお勧めします!30分に一本程度と本数は少なめですが、徳川町バス停や森下
「どうした家康、らんまんの厚み、そして最高の教師」~最近のドラマに少し思う
テレビドラマ、見ないときは徹底的に見ないのに見るときは見る。 今シーズンはバラエティが減った分、ドラマが増えたようにも思うが、 玉石混交、NHKの振れ幅も大きく、何か落ち着いて見ることができない。 その中でテレビ朝日の「最高の教師」は、案外いいのかもしれない。という話(ネタバレ少々あります)。(写真:フォトAC) 【どうした家康】 どうでもいいと言えばどうでもいい話ですがNHK大河ドラマ「どうする家康」の登場人物がひどく薄っぺらでイライラしています。継続視聴をいつやめようかと迷っているのですが、私自身が徳川家康について知るところが少なく、例えば長篠の戦いと三方ヶ原の合戦と武田氏の滅亡がどういう…
天正10年(1582年)5月29日、織田信長は備中高松城包囲中の羽柴秀吉を救援するため、小姓を中心とする僅かのお供を連れて安土城を発ち、京都の本能寺に入ります。その頃、信長の嫡男・織田信忠は5月21日にすでに京都の妙覚寺に入っていました。妙覚寺の山門本堂京都に城を持たない信長は、かつては妙覚寺を寄宿先としていましたが、1580年以降はかつての宿所であった本能寺を寄宿先に戻し、代わりに信忠が妙覚寺を寄宿先として使用す...
南宗寺の塔頭・天慶院の門前に、山上宗二の一会塚があります。山上 宗二は、千利休の高弟であり、茶匠としては豊臣秀吉に仕えていましたが、天正12年(1584年)に暴言を吐き、秀吉の怒りを買い、浪人に。この時に前田利家に仕えるようになりますが天正14年(1586年)にも再び秀吉を怒らせて高野山へ逃れました。その後は小田原に下って北条氏に仕えました。天正18年(1590年)の秀吉の小田原攻めの際には、利休の計らいで秀吉との...
どうする家康 #15「姉川でどうする!」信長を裏切るか?試される家康(松本潤)
作品紹介国を失い、父を亡くし、母と離れ、孤独な少年・竹千代は、今川家の人質として、ひっそりと生涯を終えると思っていた。しかし…三河(みかわ)武士の熱意に動かされ、弱小国の主(あるじ)として生きる運命を受け入れ、織田信長、武田信玄という化け物
南宗寺は、大阪府堺市堺区にある臨済宗大徳寺派の寺院で、弘治3年(1557年)三好長慶が父元長の菩提を弔うために、大林宗套(だいりんそうとう)を迎え開山しました。本尊は釈迦三尊。茶人の武野紹鴎、千利休が修行をした寺院です。(画像提供:めりい)三好長慶の像(画像提供:めりい)天正2年(1574年)の松永久秀の兵火で焼け、慶長20年(1615年)の大坂夏の陣による焼失後、当時の住職であった沢庵宗彭よって現在の場所に移転して再興さ...
どうする家康感想雑記です。 さて、前回の感想雑記で「サクッと本能寺の変も描かれるのでは?」と想像していた私。 第27回では、本能寺の変前夜という部分までの描写でした。 お話の進展的には予想は外れましたが、内容的にはなんとな〜く予想通りって感じ。 人間、信長。 化けた兎 織田信長って、 本能寺の変 化けた兎 前回「化けた」と信長に言われていた家康。 信長を討つ計画を家臣たちに伝えます。 その上で、「誰の指図も受けない」とも。 何を考えているのかわからない存在になろうとしている家康を、家臣たちは支えようとしてくれていました。 一方の信長。 こちらはずっと何を考えているのかわからない存在として描かれ…
どうする家康 第28回「安土城の決闘」 ~家康の安土入りと光秀の饗応役~
甲州征伐の論功行賞で、織田信長は徳川家康に駿河一国が与えられました。そして、その帰路、信長は富士山見物をし、家康の居城である浜松城に立ち寄った話が前話で描...
堺は、戦国時代には環濠都市となり、自治的な都市運営が行われ、堺の有徳者(有力商人)で構成される会合衆が町を治めました。 1550年、宣教師フランシスコ=ザビエルが堺を訪れ、布教の許可を得るため、堺を拠点としました。戎公園は、ザビエルが天文19年(1550年)、堺に立ち寄った際に、手厚くもてなしたとされる豪商日比屋了慶の屋敷跡付近に開設されました。「聖フランシスコ・ザヴィエル芳躅」碑 (画像:Wikipediaより)当...
どうする家康信長と家康の2人の対峙シーン、すごかった…。信長が切ない。誰かに殺されるかもしれない。誰も信じられない。「俺のそばで俺を支えろ。」「本能寺で待っててやるさ。」家康は自分を殺すことはできないだろうって思ってたかも?それが明智光秀に殺されることにな
ジャニーズ主演 NHK大河ドラマ作品まとめ全62作品のうち、ジャニーズ事務所タレントの大河ドラマ主演作は、全部で5作。2004年、2005年は連続。滝沢秀明以外は、大河ドラマ初出演で主演。<大河ドラマ 関連記事>大河ドラマ歴代視聴率一覧&ランキング大河ドラマ 信長/秀吉/家康/光秀/三成 キャスト比較大河ドラマ 濃姫/お市/ねね/淀殿/築山殿 キャスト比較大河ドラマ「どうする家康(2023)」「徳川家康(1983)」キャスト比較【ジャニ...
私は基本、ほとんど民放を見ない。観ているのは、『華大さんと千鳥くん』『どうする家康』『らんまん』、そして、朝、目覚ましがわりに『めざましテレビ』のみ。だから、…
安土城南西麓の百々橋口から下街道を越え、南に数分行くと、セミナリオ史跡公園があります。この地の小字名「大臼」(だいうす)は、ラテン語で神を意味するデウス(Devs)の転訛と考えられ、セミナリオ跡は、織田信長の庇護を受けたイタリア人宣教師オルガンチノによって天正9年(1581年)に創建された目本最初のキリシタン神学校の跡とされています。現在は 安土城の外濠沿いに公園として整備されています。ここは、安土城天主から...
書に囲まれた御寝所で死ぬというのは,読書人としては・・・♪(違) 前回の繰り返しで,ポンコツ神君の虚無に捉われたとも見えるお顔がなんともよき。始まった時はどうかと思ったけど,主役の演技,どうしてどうして・・・ ・・・光秀サンの役回りを代行してたら,計算が狂ったというパターンでつか。と思ったら,光秀サンが余計なことを提案していて,逆鱗に触れちゃったのねえ。どこまでもヒールな描かれ方(苦笑)於愛チャンは,知らず...
【どうする家康】第27話あらすじ・感想考察「安土城の決闘」|家康、魂の叫び「弱い兎が、狼を食らうんじゃ!」
この記事は2023年大河ドラマ【どうする家康】のあらすじ、感想、考察記事です。2023年7月16日放送第27話「安土城の決闘」の内容となります。
信長と家康のシーンは緊張感がすごかった。宴では毒が入っているのかいないのか食べるのか食べないのか信長がどう出るのかなどいろいろハラハラしてたし、その後の二人きりで対峙したシーンもドキドキしてた。信長は腹の内を見せなくなった家康の腹の内が見たかったから挑発しまくってたのかな。そこでこらえきれなかったのが家康らしいのかもしれない。しかし、まさか信長がまだ白兎をあきらめていなかったとは。殺すか殺されるかという状況になってもなお、自分を支えろと…。結局どういうつもりだったんだろう。どうせ殺せやしないと高をくくっていたのか、殺せるかどうか試していたのか。その覚悟があるのなら家康に託そうとでも思ってた?どうする家康第27回安土城の決闘
どうも、たかちゃんさんの日記です。嵐の松本潤が主演のNHK大河ドラマ「どうする家康」最終回が放送されるまであと5か月となりましたね。こうなってくると気になるのは徳川家康の三男で江戸幕府2代将軍の徳川秀忠を演じる俳優がだれになるのかということ。徳川家康の孫
二の丸へと進んでいきます。二の丸址二の丸跡には、豊臣秀吉が建立した織田信長本廟があります。ここからは、立ち入り禁止。ズームで撮ります。織田信雄四代供養塔次は本丸に進みます。本丸跡本丸は、礎石などから、京都御所の清涼殿と似た構造であったことが判明しており、天皇の行幸を想定した建物と考えられています。 本丸跡 天主台を眼前に仰ぐこの場所は千畳敷と呼ばれ、安土城本丸御殿の跡と伝えられてきました。東西...
若き家康を苦しめた「三河一向一揆」!"三河三ヶ寺"本證寺・上宮寺・勝鬘寺をめぐる
こんにちは。夢中図書館へようこそ!館長のふゆきです。 全国の城や史跡をぶらり旅する「夢中図書館 いざ城ぶら!」。現在、家康を辿る城旅を展開中…。今日の夢中は、若き家康を苦しめた「三河一向一揆」!"三河