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新京極にある誓願寺は、清少納言、和泉式部、松の丸殿が帰依したことにより、女人往生の寺として名高いお寺です。飛鳥時代、天智天皇 6年(667)、天皇の勅願により奈良に創建されました。鎌倉時代に奈良から一条小川(現在の上京区元誓願寺通小川西入る)に移転し、天正19年(1591)、秀吉の命により現在の地に移転し、慶長2年(1597)、秀吉の側室・松の丸殿(京極竜子)の援助によって伽藍の再興が完了しました。清少納言も和泉...
読書記録:蜻蛉日記和泉式部日記生方たつゑの(わたしの古典シリーズ)(集英社文庫)文庫-1996/9/20生方たつゑ(著)兼家パパの側妻さんで、道綱(大河ドラマで上地雄輔)の母が書いた「蜻蛉日記」と、「和泉式部日記」を..
#4181 鴨山の磐根し枕ける我をかも知らにと妹が待ちつつあるらむ
令和6年3月18日(月) 【旧 二月九日 仏滅】・啓蟄 菜虫化蝶(なむしちょうとなる)鴨山の磐根し枕《ま》ける我をかも知らにと妹が待ちつつあるらむ ~柿本人麻呂 『万葉集』 巻2-0223 挽歌鴨山の岩を枕にして死んでゆく私のことを知らずに、妻は私の帰りをずっと待っている
読書記録:■和泉式部日記・訳|杉篁庵 https://sankouan.sub.jp/izumisikibunikki-yaku.htm個人サイトさんで公開されている、「和泉式部日記」の口語訳。原文と口語訳を、同画面で対訳しているページも用意されて..
#4130 竹の葉にあられ降るなりさらさらに独りは寝ぬべき心地こそせね
令和6年1月27日(土) 【旧 一二月一七日 仏滅】・大寒 水沢腹堅(さわみずこおりつめる)手枕の夢にふりこむ霰かな ~二葉亭四迷(1864-1909)Photo:霰が降った時の瓦 ~photoAC(あみん30さん) 二葉亭四迷の本名は長谷川辰之助。国語の授業では言文一致体の小説『浮雲』
「紫式部」という名を知らない人は少ないでしょう。紫式部といえば、いうまでもなく『源氏物語』の作者であり、平安時代を代表する女流作家ですが、じゃあ、紫式部...
#537 レビュー清少納言・紫式部はどんな女性⁉『平安ガールフレンズ』
紫式部、清少納言、和泉式部ってどんな人なのか、2024年大河ドラマ『光る君へ』に向けて読む『平安ガールフレンズ 酒井 順子』のレビュー清少納言、紫式部、和泉式…
#3739 下もゆる雪まの草のめづらしくわが思ふ人にあひみてしがな
令和5年1月1日(日) 【旧 一二月一〇日 先負】・冬至・雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)下もゆる雪まの草のめづらしくわが思ふ人にあひみてしがな ~和泉式部 『和泉式部集』 第1-0076雪の下に萌えている草の芽のように愛おしく私が思うあの方にお逢いしたい。Photo:スノ
#3692 とどめおきて誰をあはれと思ふらむ子は勝るらむ子は勝りけり
令和4年11月15日(火) 【旧 一〇月二二日 先勝】・立冬・地始凍(ちはじめてこおる)とどめおきて誰をあはれと思ふらむ子は勝るらむ子は勝りけり ~和泉式部 『後拾遺和歌集』 巻10-0568 哀傷歌みんなを置いてこの世を去って、娘は一体誰を哀れと思っているのか。親よりも子
能楽「東北とうぼく」から、歌舞の菩薩となった和泉式部いずみしきぶの霊を描きました。東北のあらすじです早春の頃、東国から都へ旅をしてきた僧の一行が、見事な梅の咲く東北院とうぼくいんに着きます。折から花ざかりの一本の梅の木を見て眺め入...