メインカテゴリーを選択しなおす
#4181 鴨山の磐根し枕ける我をかも知らにと妹が待ちつつあるらむ
令和6年3月18日(月) 【旧 二月九日 仏滅】・啓蟄 菜虫化蝶(なむしちょうとなる)鴨山の磐根し枕《ま》ける我をかも知らにと妹が待ちつつあるらむ ~柿本人麻呂 『万葉集』 巻2-0223 挽歌鴨山の岩を枕にして死んでゆく私のことを知らずに、妻は私の帰りをずっと待っている
#4012 大君は神にしませば水鳥のすだく水沼を皇都となしつ
令和5年10月1日(日) 【旧 八月一七日 赤口】・秋分・蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)大君は神にしませば水鳥のすだく水沼《みぬま》を皇都《みやこ》となしつ ~作者未詳 『万葉集』 巻19-4261大君は神でいらっしゃるから水鳥が群れ集うような沼地を都としてしまわれま
#3927 昨日こそ君はありしか思はぬに浜松の上に雲にたなびく
令和5年7月8日(土) 【旧 五月二一日 先勝】・小暑・温風至(あつかぜいたる)昨日こそ君はありしか思はぬに浜松の上に雲にたなびく ~同 『万葉集』 巻3-0444 挽歌昨日はたしかに君はこの世にあったのに、思いもよらず今は浜辺の松の上に雲となってたなびいているのか。Phot
#3661 三輪山の山辺真麻木綿短か木綿かくのみ故に長くと思ひき
令和5年5月3日(水) 【旧 三月一四日 仏滅】・穀雨・牡丹華(ぼたんはなさく)三諸の神の神杉夢《いめ》のみに見えつつ共に寝《い》ねぬ夜ぞ多き ~高市皇子 『万葉集』 巻2-0156 挽歌三諸の神々しい神杉のようなあなたは、夢にこそ見えるのに、共寝せぬ夜の多かったことよ。
#3851 若子の這ひたもとほり朝夕に哭のみそわが泣く君無しにして
令和5年4月23日(日) 【旧 三月四日 赤口】・穀雨・葭始生(あしはじめてしょうず)若子《みどりご》の這ひたもとほり朝夕に哭《ね》のみそわが泣く君無しにして ~余明軍《よのみょうぐん》『万葉集』 巻3-0458 挽歌幼子が這い回るように私は朝夕声を上げて泣いているばかり
#3841 旅にても喪なく早来と我妹子が結びし紐はなれにけるかも
令和5年4月13日(木) 【旧 閏二月二三日 赤口】・清明・鴻雁北(こうがんかえる)旅にても喪なく早来と我妹子が結びし紐はなれにけるかも ~作者未詳(遣新羅使)『万葉集』 巻15-3717 旅に出ても、何事もなく早く帰ってねと妻が結んでくれた着物の紐もすっかりしおれてしま
#3786 百足らず八十隈坂に手向けせば過ぎにし人にけだし逢はむかも
令和5年2月17日(金) 【旧 一月二七日 先負】・立春・魚上氷(うおこおりをのぼる)百《もも》足らず八十隈坂《やそすみさか》に手向けせば過ぎにし人にけだし逢はむかも ~刑部垂麻呂 『万葉集』 巻3-0427 挽歌百には足りぬが八十はあろう隅坂の神に手向けをしたならば、
#3745 み車の運び静けし天足らすみいのちにして還り給ひぬ
令和5年1月7日(土) 【旧 一二月一六日 先負】・小寒・芹乃栄(せりすなわちさかう)み車の運び静けし天《あま》足らすみいのちにして還り給ひぬ ~上皇后美智子Photo:昭和天皇 武蔵野陵(東京都八王子市) ~トラベルjp 昭和天皇が十二指腸乳頭周囲腫瘍により宝算87歳で
令和4年9月29日(木) 【旧 九月四日 赤口】・秋分・蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)かたりあひて尽くしゝ人は先立ちぬ今より後の世をいかにせむ ~山県有朋(1838-1922) 1909(明治42)年 菅義偉前総理が安倍晋三元総理の国葬儀に臨んで、弔辞の中に引用した短歌は伊藤
令和4年5月13日(金) 【旧 四月一三日 仏滅】・立夏・蚯蚓出(みみずいづる)葉も刺もこゝろには似ぬ薊かな ~各務支考(1665-1731) 各務支考《かがみしこう》は美濃国に生まれた江戸時代前期の俳人。蕉門十哲の一人です。Photo:アザミ ~花言葉のシャルロー 薊《あざみ
令和4年5月12日(木) 【旧 四月一二日 先負】・立夏・蚯蚓出(みみずいづる)棺の釘打つ音いたきを人はいふ 泣きまどひゐて吾はきこえざりき ~五島美代子(1898-1978)『母の歌集』Photo:葬儀のデスクより 五島美代子は東京都出身の歌人。長女ひとみが東京大学に進学した