住所
-
出身
-
ハンドル名
しずかさん
ブログタイトル
大河ドラマに恋して
ブログURL
http://shizuka0329.blog98.fc2.com/
ブログ紹介文
今年は大河ドラマ「いだてん」の主人公・田畑政治の出身地の浜松の紹介、歴旅の記録をアップしていきます。
自由文
更新頻度(1年)

100回 / 1992日(平均0.4回/週)

ブログ村参加:2013/09/04

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しずかさんのブログ記事

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  • 鹿児島の旅(85)長沢鼎誕生地の碑

    鹿児島市上之園町に長沢鼎誕生地の碑があります。長澤 鼎(ながさわ かなえ、本名:磯永彦輔、1852年2月20日(嘉永5年2月1日) - 1934年(昭和9年)3月1日)慶応元年、13歳の時、薩摩鹿児島藩の留学生としてイギリスへ派遣され、2年後森有礼らとアメリカにわたり、ひとりカリフォルニア州サンタローザにとどまって葡萄園の経営に成功。「カリフォルニアのワイン王」「葡萄王」「バロン・ナガサワ」と呼ばれました。 昭和9年3月1日死...

  • 鹿児島の旅(84)不断光院

    不断光院(ふだんこういん)は、鹿児島市易居町にある浄土宗知恩院の末寺です。永禄5年(1562年)島津貴久が建立、京都不断光院の住持であった清誉を招いて開山。文政元年(1818年)、島津重豪が本寺を再興、本堂院房を建立しました。 江戸時代までは鹿児島市長田町の私立南風病院周辺にありました。薩英戦争の際、山斜面に寺院施設があったため、島津氏の本城と誤認されて英国艦隊の砲撃により罹災。 廃仏毀釈に遭いますが、明治...

  • 鹿児島の旅(83)桜島フェリー

    桜島フェリーは、鹿児島港と桜島港との間をわずか15分で結ぶ公営のフェリーで、24時間運航されています。 桜島の噴火災害に備えて、桜島の各所にはフェリーが着岸できる場所が設けられており、災害発生時に住民の避難に利用できるよう準備が整えられているそうです。船内には「やぶ金」と「薩摩揚げ」入りうどんで有名なうどん屋があり、短時間で食べきらなければならない悪条件ながら、多くの利用者から親しまれているのだとか。(...

  • 鹿児島の旅(82)かごしま水族館(いおワールド)

    鹿児島市本港新町にあるかごしま水族館は、九州最大級の水族館で、鹿児島の海の生きものを中心に約500種3万点を展示されています。正式名称は「かごしま水族館」、愛称は「いおワールド」時間の都合で、館内に入ることはできませんでしたが、海につながる屋外水路には水族館のイルカが出てきて、ジャンプなどのパフォーマンスを間近で見ることができました。 ここからも桜島を望むことができます。にほんブログ村 歴史ブログランキ...

  • 鹿児島の旅(81)ドルフィンポート

    鹿児島市のウォーターフロント、ドルフィンポートは、北埠頭にある飲食施設が並ぶ施設で、正面に鹿児島港、桜島を望み、種子屋久航路のフェリーなどが行き来する港町の風情を味わうことができます。2階建で南国のバンガローを思わせる建物には、特産品の直売店や飲食店を中心に約20店舗が入居しており、鹿児島グルメ堪能できます。私は、滞在中このあたりを何度となく散歩しました。とても景観の素晴らしいエリアです。にほんブロ...

  • 鹿児島の旅(80)田代安定誕生地の碑

    この田代安定さんも加治屋町の出身で、日本の熱帯植物研究の第一人者といわれるとともに、八重山諸島開発の先駆者です。田代安定誕生地の碑田代 安定(たしろ あんてい/ やすさだ、1857年9月21日(安政4年8月21日) - 1928年(昭和3年)3月15日)は、日本の植物学者、民族学者、冒険家。当時ほとんど情報がなかった八重山諸島などの南西諸島で動植物の調査や旧慣調査を行い、植物学や民俗学の発展に貢献したが、その業績については...

  • 鹿児島の旅(79)大石兵六夢物語の碑

    鹿児島中央高等学校の向かい側、加治屋町の毛利家があった場所に、「大石兵六夢物語の碑」が立っています。作者は西郷隆盛の生家から、200メートルほどしか離れていないところに住んでいた加治屋町の下級武士の毛利正直という人で、毛利の家は貧しく、俸禄や執筆の収入だけでは生活できず、傘張りなどもしながら暮らしていたといいます。「大石兵六夢物語」は多くの写本が作られ、薩摩では長年にわたって読み継がれてきたそうです...

  • 鹿児島の旅(78)四方学舎の跡

    甲東中学校の向かい側、安藤照誕生地の隣りに、四方学舎の跡があります。ここには、明治25年(1892年)から昭和44年(1969年)にかけて健児の舎として武芸に励み志魂の育成を行っていた四方学舎がありました。四方学舎からは、内閣総理大臣黒田清隆、彫刻家の安藤照など多くの逸材が育ちました。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参加し...

  • 鹿児島の旅(77)関勇助誕生之地の碑

    鹿児島城下の高麗町に、関勇助の誕生之地の碑があります。関勇助生没年不詳名は広国、南塘と号した。城下高麗町(現・高麗町)に生まれた。1851(嘉永4)年、島津斉彬が藩主となると、深く勇助の人柄と学問を愛し重く用いた。すなわち、常平法(飢饉の年のために備える法)の施行、城下士外城屯田兵の制度、藩内諸郷に郷校を設けて育英の事業を起こすなど、勇助の業績によるものが多かった。また、蝦夷地(北海道)開拓計画のため...

  • 鹿児島の旅(76)高島鞆之助の誕生地

    鹿児島市上之園町に、鳥羽伏見の戦い、戊辰戦争で戦功を立て、のちに陸軍大臣や枢密院顧問官を務め、また大阪の追手門学院を創設した高島鞆之助の誕生地があります。没年:大正5.1.11(1916)生年:弘化1.11.9(1844.12.18)明治大正期の陸軍軍人,政治家。薩摩(鹿児島)藩士高島嘉兵衛と貞子の4男。戊辰戦争に従軍したのち,明治7(1874)年大佐となり,西南戦争(1877)では少将,別働第1旅団長として八代で西郷軍の背後を衝いた。兵制調査の...

  • 鹿児島の旅(75) 黒田清隆誕生地

    西郷どんの大河ドラマ館の向かい側に見つけた黒田清隆の案内板。黒田清隆は、鹿児島城下に薩摩藩士・黒田清行の長男に生まれ、早くから西郷隆盛,大久保利通の知遇を得て,1865年(慶応1)坂本龍馬らとともに薩長連合に尽力。鳥羽伏見の戦いなど数々の戦争に参加、次いで北越征討軍参謀として長岡城の攻撃、庄内藩の処理にあたり、翌春の箱館戦争にも参謀として活躍しました。黒田 清隆(くろだ きよたか 天保11年10月16日(1840年1...

  • 鹿児島の旅(74)黒木為楨誕生地の碑

    鹿児島市内の史跡めぐり中に、駐車場と自販機の間に碑を見つけました。同じく加治屋町に生まれた黒木為楨の誕生地の碑です。黒木 為楨(くろき ためもと、天保15年3月16日〈1844年5月3日〉 - 1923年〈大正12年〉2月3日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。伯爵。通称は七左衛門。 薩摩藩士・帖佐為右衛門の三男として薩摩国鹿児島城下加治屋町猫之薬師小路(下加治屋町方限)に生まれる。のち、黒木万左衛門為善の養子とな...

  • 鹿児島の旅(73)吉井友実生誕の地

    鹿児島市加治屋町は、多くの偉人を輩出した町であることを以前書きましたが、西郷どんこと西郷隆盛の誕生地の近くに、吉井友実誕生之地の碑があります。吉井友実は、西郷隆盛や大久保利通とは幼少期からの親友で、精忠組(誠忠組)の中心人物の一人でした。吉井友実没年:明治24.4.22(1891)生年:文政11.2.26(1828.4.10)幕末の薩摩藩士,明治政府高官。通称は幸輔。鹿児島城下に藩士吉井友昌の長男として生まれる。早くから西郷隆盛...

  • 鹿児島の旅(72)千石天神社と伊勢殿屋敷跡

    天文館のアーケードの中に、千石天神社という小さな神社を見つけました。江戸時代には萩原天神という神社があったそうですが、火事で焼失し、昭和になってから再建されました。大東亜戦争による鹿児島の大空襲では、奇跡的に戦火を逃れました。東千石町天神おつきや通りの守り神として、また学業の神様として広く市民の崇敬を受けています。神社の入り口には、千石町の名前の由来となった伊勢殿(いせどん)の屋敷跡の石碑がありま...

  • 鹿児島の旅(71)赤﨑勇

    鹿児島の町を散策していて、鹿児島県文化センター(宝山ホール)の前に赤崎勇工学博士 2014ノーベル物理学賞受賞記念碑を見つけました。鹿児島県川辺郡知覧村(のちの知覧町)生まれの工学博士・赤﨑勇氏は、高品質な窒化物半導体単結晶の創製と青色発光ダイオードの発明で、2014年に天野浩氏、中村修二氏と共にノーベル物理学賞を受賞されました。赤﨑 勇(あかさき いさむ、1929年1月30日 - )は、日本の半導体工学者。学位は工...

  • 鹿児島の旅(70)寿庵

    鹿児島で滞在したホテルで紹介してもらった黒豚料理のお店を紹介します。鹿児島中央駅西口から徒歩2分の「寿庵」さん。木々に囲まれた古民家風の造りで、駅近くということを忘れてしまいそう。帰る日のお昼に行ったので、「黒豚塩しゃぶランチ 」を注文しました。・黒豚しゃぶしゃぶ肉・季節の野菜・塩ラーメン・じゃこ山椒ご飯・香物・デザート 寿庵の黒豚は、餌にこだわって育てた渡辺バークシャー牧場の黒豚肉を使用しているそ...

  • 鹿児島の旅(69)石燈籠

    鹿児島市電「いづろ電停」からすぐの金生町のいづろ通りの一角にたっている石燈籠は、南林寺(現・松原神社)の参道にたっていたものです。「いづろ」の名はこの石燈籠にはじまるそうで、「いづろ」を漢字で書くと「石灯篭」となり、それがが訛って「いづろ」となったとか。航路標識という説もあり。(「鹿児島市の史跡めぐりガイドブック」より)歴史を感じさせる古い石燈籠と、路面電車が見事に街に溶け込んでいます。いづろ通り...

  • 鹿児島の旅(68)安藤照生誕の地

    鹿児島市新屋敷通町の鹿児島市立病院の敷地内に安藤照誕生地の碑があります。安藤 照(あんどう てる、明治25年(1892年) - 昭和20年(1945年)5月25日)は、日本の彫刻家(彫塑)である。 1892年(明治25年)、鹿児島市新屋敷通町(現在、鹿児島市立病院敷地の一角に誕生碑がある)。明治40年(1907年)に旧制県立川辺中へ入学するが、まもなく旧制県立二中へ転校。二中を8年かけて卒業し、東京美術学校へ入学。美術学校時代に帝...

  • 鹿児島の旅(67) ウィリアム・ウィリスと高木兼寛の像

    鹿児島市山下町にあるウィリアム・ウィリスと高木兼寛の像です。江戸駐在の医師ウィリアム・ウィリスは、明治2(1869)年に薩摩藩に招聘され医学校長となり、赤倉病院を創設。イギリス式医学教育を行い、西日本における医学の中心を築きました。現在の東京慈恵会医科大学を創設した高木兼寛もここで学びました。ウィリアム・ウィリス(William Willis, 1837年5月1日- 1894年2月14日[1])は、幕末から明治維新にかけて日本での医療...

  • 鹿児島の旅(66)ザビエル公園

    カゴシマシティビュー「ザビエル公園前」下車すると、すぐにザビエル公園が見えてきます。1549年、イスパニアの宣教師フランシスコ・ザビエルは、キリスト教の布教のため来日し、最初に鹿児島・祇園之洲に上陸しました。約1年を鹿児島で過ごし、日本にキリスト教をはじめ、さまざまな異文化を伝えました。明治時代に日本最初の仏和辞典を作成したラゲ神父が、ザビエルの功績を讃えて建てたザビエル教会は第2次世界大戦で焼失しまし...

  • 鹿児島の旅(65)琉球館跡

    鹿児島市小川町の長田中学校に、琉球館跡の碑があります。慶長14(1609)年、島津家第18代家久は琉球に兵を出して、琉球を薩摩藩の支配下におきました。その後、毎年正月に琉球からやってくる使者の滞在する場所を琉球仮屋といっていましたが、天明3(1783)年からは琉球館とよぶようになり、琉球からのいろいろな産物を取りあつかい、藩に大きな利益をもたらしました。(「鹿児島市の史跡めぐりガイドブック」より)この地は、薩...

  • 鹿児島の旅(64)山本権兵衛・英輔誕生地

    鹿児島市加治屋町にある日本の海軍大臣や内閣総理大臣を務めた山本権兵衛と甥の山本英輔の誕生地です。山本権兵衛鹿児島城下加治屋町(現・鹿児島市加治屋町)に薩摩藩士で右筆及び槍術師範を務めていた山本五百助の六男に生まれました。14歳で父を失い、16歳で藩主島津忠義(しまづただよし)に従い京都守護に任じ、戊辰戦争に従軍。戊辰戦争後、1869年(明治2年)に当時の政府高官であった西郷隆盛の紹介で勝海舟の薫陶を受け、開...

  • 鹿児島の旅(62)平田靭負の屋敷跡

    昨年の鹿児島の旅の記事の続きです。薩摩藩の家老で、幕府から木曽三川の治水工事を命ぜられ、総奉行として大工事を完成させた平田靭負の屋敷は、現在、平田公園となっており、靭負の銅像が建てられています。平田靱負 ひらた-ゆきえ1704-1755 江戸時代中期の武士。宝永元年8月12日生まれ。薩摩(さつま)鹿児島藩家老。宝暦3年藩主島津重年(しげとし)が幕府から木曾川治水工事を命じられると,総奉行となる。苦難の末に工事を完成...

  • 鹿児島の旅(63)調所笑左衛門広郷邸跡

    平田靱負屋敷跡(平田公園)の北側には、薩摩藩の家老・調所笑左衛門広郷邸跡(鹿児島市平之町)があります。調所広郷(ずしょ ひろさと、安永5年2月5日(1776年3月24日) - 嘉永元年12月19日(1849年1月13日))江戸後期の薩摩(さつま)鹿児島藩士。通称笑左衛門(しょうざえもん)。使番,町奉行を経て1825年側用人,1833年家老となる。この間その手腕を認められ,藩主島津重豪(しげひで)より500万両の負債をかかえた藩財政の改革を...

  • 徳川家の鷹狩りと縁のある諏訪神社

    新宿区高田馬場にある諏訪神社は、 弘仁年間(810 - 824年)の創建と伝えられ、小野篁により大国主命・事代主命を祀ったのがはじまりとされています。当初、奥羽街道の一部松原街道に面していたので、松原神社と称されていましたが、江戸時代初期に、尾張の徳川家の祖である徳川義直により諏訪神社と改名されました。その後も源頼義父子や源頼朝、太田道灌等が再造したといいます。寛永年間(1624 - 44年)徳川家光が造営、 徳川家...

  • 水泳とオリンピックに生涯をささげた 田畑政治展

    浜松市立中央図書館(中区松城町)の2階展示コーナーで、田畑政治の企画展「水泳とオリンピックに生涯をささげた 田畑政治展」が開かれています。企画展では、図書館の所蔵資料や家族から提供を受けたアルバムなどとともに、田畑政治の生涯を13期に分けて紹介しています。現在の浜松城公園芝生広場にあった「元城プール」で1950年に「日米交歓水上大会」が開かれた際、米国選手に贈った大城貞夫作の版画や、大河ドラマ「いだてん...

  • 岩倉具視の旧邸を移築した玄国寺(2)

    山門の正面に本堂があり、この裏側に奥庭があります。鐘楼弁財天春には、しだれ桜が咲くのでしょうね。境内から少し離れた墓地に、田植地蔵と呼ばれる石の地蔵尊を祭る堂があります。田植え時期になると、この地蔵が旅僧の姿になって田植えを手伝ったところからこう呼ばれるようになりました。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参加して...

  • 岩倉具視の旧邸を移築した玄国寺(1)

    東京都新宿区高田馬場にある玄国寺は、慶長6年(1601)の創建で、近くにある諏訪神社の別当寺でした。山門を入ると右手に庫裡があります。この建物は明治の元勲岩倉具視の旧邸の一部を移築したもので、洋風建築ですが、和風に改造されています。元々は皇居・馬場先門にあった邸宅で、病で伏せていた岩倉を明治天皇が見舞ったという建物です。庫裡の南側に中庭があり、小池を中心に石組の庭園があります。内部は非公開ですが、本堂に...

  • 勝海舟・坂本龍馬師弟像と勝安房邸阯

    昨年末、赤坂に2016年に建てられたという「勝海舟・坂本龍馬師弟像」を見に行って来ました。勝海舟が明治5年(1872年)の49歳から満76歳で亡くなるまで住んでいた屋敷跡で、平成5年まで港区立氷川小学校として使われていましたが、その後「サン・サン赤坂」(港区立特別養護老人ホーム)と「赤坂こども中高生ひろば」になっています。この銅像の後ろに「勝安房邸阯」の碑が建っています。明治2年(1869年) 7月13日、勝は諱を安芳...

  • 浜松魅力発信館「The GATE HAMAMATSU」オープン(6)

    浜松魅力発信館では、外国人旅行客専用案内デスクも兼ね備え、浜松での観光の案内をはじめ、手荷物預かり(有料)やパソコンによるインターネット閲覧サービス、スマホなどの充電サービスも行っています。「ビーチ・マリンスポーツ」の展示コーナーでは、浜松・浜名湖地域で楽しめるビーチ・マリンスポーツを紹介。大型スクリーンをバックに浜松徳川武将隊の美人武将隊3人衆。レンタサイクルステーション「はままつペダル」街乗り...