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大河ドラマに恋して
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今年は大河ドラマ「いだてん」の主人公・田畑政治の出身地の浜松の紹介、歴旅の記録をアップしていきます。
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366回 / 365日(平均7.0回/週)

ブログ村参加:2013/09/04

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しずかさんの新着記事

1件〜30件

  • 岩国の旅(27)岩国城の天守閣 その壱

    岩国城は、初代岩国領主吉川広家によって慶長13(1608)年に作られた山城で、標高約200メートルの城山に位置していました。築城当時の岩国城は、城山の尾根沿いに長さ180メートル、横に54〜108メートル、石垣の高さ5.4メートル、天守閣は桃山風の南蛮造りの三層四階で本丸の北隅に位置していました。この外に矢倉五棟、折り回し大門二門、埋門一門、井戸二堀がありました。しかし、築城後7年、元和元(1615)年6月、徳川幕府の一国...

  • 岩国の旅(26)岩国城跡旧天守台

    旧天守台は、発掘調査の結果、往時の姿がかなり残っていたため、復元保存されることになったそうです。修復・復元された旧天守台岩国城は、江戸時代には珍しく、山上に築かれた近世城郭である。この城郭は、毛利氏の一族、吉川広家(きっかわひろいえ)が慶長8年(1603)に着工、同13年に完成したが、元和元年(1615)一国一城令により破却された。 城郭の中心となる天守台は、古式穴太積み(こしきあのうづみ)と呼ば...

  • 岩国の旅(25)岩国城の空堀

    岩国城の北側に残る空堀岩国城は、江戸時代初期に築かれた石垣造りの近世城郭である。この時代に築城された城郭の多くは平城で、岩国城のように山頂に城郭を築き、防衛を主体とした空堀を築造したものは、全国的に見ても極めて珍しい。この空堀は、幅約19.6m、深さ約10mと、日本最大の箱堀構造で、明らかに敵の鉄砲による攻撃を意識して造られたものである。石垣は空堀の部分には築造されていない。にほんブログ村 歴史ブログラン...

  • 岩国の旅(24)大釣井

    ロープウェイ山上駅から岩国城へ向かって歩いて行きます。このような山道が続いています。道幅が狭く、歩きづらい(^^;林の方に落ちないかハラハラしましたよ。やっとこさ大手門に到着。二ノ丸広場天守閣に向かう途中で、「大釣井」という井戸を発見!そばに説明版がありました。その説明によると、この大井戸は、慶長13年(1609)築城と同時に造られたもので、非常時の武器弾薬等の収納をはかるとともに、敵に包囲されたり落城の危...

  • 岩国の旅(23)岩国城ロープウエー

    岩国城を目指して、岩国城ロープウエーに乗車しました。吉香公園前の山麓駅から、標高約200メートルの城山の尾根の山頂駅までを約3分で結びます。吉香公園、錦川と錦帯橋、旧城下町から、遠くは岩国錦帯橋空港、瀬戸内海の島々までの眺望が楽しめます。山頂駅前広場の中央には、時を告げるときだけ中の人形が動き、岩国にゆかりのある音楽が流れる「からくり時計」の塔があります。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加して...

  • 岩国の旅(22)吉香神社 褒忠社と三士忠誠の碑

    褒忠社吉香神社の末社で、初代岩国藩主吉川広家公が寺谷(紅葉谷)にある「竜門寺」の境内に「節臣廟」を建て、吉川家の死節の臣を祀り、回向所としていましたが、廃藩後に神社に改めたものです。三士忠誠の碑明治25(1892)年に旧岩国藩公と藩の有志により吉香神社内に建てられた、岩国三士(栗栖天山(くりすてんざん)・南部五竹(なんぶごちく)・東沢瀉(ひがしたくしゃ))の活躍を伝える碑です。天山は沢瀉と必死組(後に精義隊)...

  • 岩国の旅(21)吉香神社

    吉香神社は、江戸時代に岩国を治めた吉川氏の歴代の心霊を祀る神社です。現社殿は、享保18年(1728)に当横山地区の白山比咩神社内に造営され、明治18年(1885)に現在地に移築されたものです。鳥居、神門、拝殿及び幣殿、本殿が南から北に一直線に並んだ構成となっている 全国的にも数少ない祖霊を祀る神社建築で、岩国藩大工の技術の高さがうかがえます。平成16年に国の重要文化財に指定されています。本殿にほんブログ村 歴史ブ...

  • 岩国の旅(20)岩国寿司

    岩国の郷土料理といえば、岩国寿司が有名ですね。別名「殿様寿司」と呼ばれる岩国寿司は、岩国城の主吉川広家公が喜んで食したといわれる岩国を代表する郷土料理です。岩国名産のレンコンや瀬戸内の魚を使い、一度に4~5升を大きな木枠で何段にも積み重ね、大きな包丁で切り分けていきます。私は、錦帯橋たもとにある「ひらせい」さんで、岩国寿司が付いたセット御膳をいただきました。岩国名物であるれんこんを使った「れんこん...

  • 岩国の旅(19)岩国美術館

    岩国城ロープウエー山麓駅前にある岩国美術館。2004年に岩国歴史美術館から現名称となり、別称は柏原コレクションともいいます。奈良時代から江戸時代までの陶磁器・ガラス工芸品、書画、甲冑、刀剣、陣羽織、馬具など約6,000点を所蔵しています。また、武田信玄と上杉謙信の川中島の戦いが描かれた八曲半双の「川中島合戦図屏風」や「武田軍陣立図屏風」ほか、大名家の優美な調度品、森寛斎、横山大観などの絵師たちの絵画も約250...

  • 岩国の旅(18)日本一のソフトクリーム

    以前『ナニコレ珍百景』でも紹介されていた錦帯橋のすぐそばにある二つの有名なソフトクリーム店。その名も「小次郎」と「むさし」この二店舗が、スイーツでバトルを繰り広げています。日本一ソフトクリームの品ぞろえの豊富な「むさし」100種類のソフトクリームを提供するお店と聞いていましたが、私が行った時点で、140種となっていましたが、今も増え続けているようですΣ(・ω・ノ)ノ!スタンダードなバニラ、いちご、抹茶などの他に...

  • 岩国の旅(17)永興寺(ようこうじ)

    永興寺は、吉川家墓所に隣接する臨済宗の寺院です。永興寺は鎌倉時代末期の1309年(延慶2年)に大内弘幸によって創建されました。弘幸の子・弘世は、父の菩提を弔うために七堂伽藍を整備し、寺領も大きく広げていきましたが、関ヶ原合戦で毛利軍が敗れた後、慶長五5(1600)年に岩国に移ってきた吉川広家が、横山一帯に上屋敷を改営するのに、永興寺の居館の解体や境内用地を転用したため、一時は廃寺同様となってしまいます。しか...

  • 岩国の旅(16)佐々木小次郎像

    吉香公園にある佐々木小次郎像「祖先以来、岩国の住、姓は佐々木といい、名は小次郎と親からもらい、また 剣名を”巌流”とも呼ぶ人間は、かくいう私であるが・・・」吉川英治の小説「宮本武蔵」の一節です。「宮本武蔵」は、江戸時代から、講談などで長く語りつがれてきたものですが、吉川英治は、錦帯橋-柳の木ーつばめーつばめ返しー巌流ーと連想して、「佐々木小次郎が、錦帯橋畔で柳の枝が燕を打つのを見て「燕返し」の術を得...

  • 岩国の旅(15)白山比咩神社の境内社

    白山比咩神社の境内社です。御霊神社鎌倉権五郎命を祀っています。御霊神社本殿錦川水神社錦川水神社 御祭神 弥都波能売神(みづはのめのかみ)岩国市を貫流する錦川は古代より優れた水質と豊富な水量によって近代産業誘致の原動力となり一面天下の奇橋錦帯橋によって観光面に於いても岩国市今 日の繁栄をもたらしたものであるが近来世情一般に動もすれば此の偉大な水恩に対する感謝の念薄れつつ有るを愁へ岩国市観光協会会長坂井...

  • 岩国の旅(14)白山比咩神社

    白山比咩神社 (しらやまひめじんじゃ) は1559年の創建で、加賀国 (石川県) 白山神社の分霊を移し祭ったものと伝えられており、通称「白山神社」 (はくさんじんじゃ) といわれています。楼門白山比咩神社 この神社は白山比咩神(別命菊理媛の命)大己貴命(大国主命の別名)を祭っている。 創建年代は明らかでないが、伝えられるところによると、加賀国 (石川県白山神社)の分霊を移し祭ったものという。永興寺(ようこうじ)伝記...

  • 岩国の旅(13)洞泉寺の吉川家墓所

    洞泉寺(とうせんじ)の寺域内には、岩国藩主・吉川家の墓所があります。1450年に安芸国の国人であった吉川経信が、所領の新庄大朝に創建した盤目山洞仙寺が祖である。1600年の関ヶ原の戦いの後、毛利家の防長移封に従って、吉川家も安芸国から周防国に移り住むこととなり、洞泉寺も1603年に現在の地に移設され、その際に「洞泉」の字を当てたと伝えられています。 (Wikipediaより)吉川家墓所には、吉川家初代・広家(ひろいえ)か...

  • 岩国の旅(12)錦雲閣

    「錦雲閣」 (きんうんかく) は、明治18(1885)年に旧岩国藩主吉川家の居館跡が公園として開放された際、旧藩時代の矢倉に似せて造られた旧岩国藩主吉川家の歴代を祀る吉香神社内にある絵馬堂です。吉香公園の堀に面して立つその姿は大変風情があり、まるで一幅の日本画を見るようです。桁行6間梁行4間,身舎5間×3間の入母屋造,桟瓦葺,楼閣風建築で,吉香公園内に偉容を誇り、階下は土間敷で,外周は入口を除き腰を板壁として内側...

  • 岩国の旅(11)香川家長屋門

    同じく吉香公園にある香川家長屋門 香川家長屋門は岩国藩家老香川氏の表門で今から二百七十年余前香川正恒が建造したもので建築面積一二三、一四平方メートル江戸時代の武家門造の典型として城下町岩国をしのぶ好個の資料であります。 香川家は始め芸州(広島県)八木城主で吉川広家が岩国に移封され当時客分から家老に取り立てられた名門であり、かの歴史的に有名な陰徳大平記は正恒の父正矩苦心の作で正恒の弟景継が大成したも...

  • 岩国の旅(10)吉川史料館(昌明館)

    吉川史料館は、平成7(1995)年11月に開館した史料館で、吉川家に伝来した歴史資料、美術工芸品ほか、約7,000点が収蔵されています。昌明館付属屋及び門(岩国市指定 文化財)寛政5(1793)年に岩国7代領主吉川経倫(つねとも)の隠居所として建築された昌明館に付属する建物の一部です。史料館は、青江為次(あおえためつぐ)の太刀で国宝の「狐ヶ崎」をはじめ、吉川元春の兜、吉川広家の「なまづ形兜」など、国指定重要文化財の...

  • 岩国の旅(9)旧目加田(めかだ)家住宅

    吉香公園内にある岩国藩士の旧目加田家住宅です。旧目加田家住宅は、18世紀中頃と見られる中級武家屋敷の数少ない遺構として、国の重要文化財に指定されています。目加田家は、天正年間に吉川元春に召し抱えられ、その後、吉川家が岩国に移封された際に藩主広家に従い、この地に居を構えた家系です。屋根の筋葺きは二種類の瓦を交互にする二平葺きで、重ね合わせの桟を両側に持つ特殊な形の桟瓦は、両袖瓦(りょうそでがわら)別名...

  • 岩国の旅(8)吉川経家公忌魂碑

    吉川広嘉公像のすぐ近くにある吉川経家公忌魂碑秀吉が鳥取城攻めの際、経家は鳥取城の城督として抵抗するが、開城を余儀なくされ切腹することとなります。弔魂碑はこの英魂を弔うため、昭和14年に建立。礎石に鳥取城の石12個が使用。場所も江戸時代に、経家の子孫の石見吉川氏の屋敷のあったところです。(おいでませ山口へHPより)天下統一を目指す織田信長は、天正八年(1580)六月・羽柴秀吉をつかわして鳥取城攻めを開始した。...

  • 岩国の旅(7)吉川広嘉像

    錦帯橋創健の偉業を讃えて建てられた岩国藩三代藩主・吉川広嘉の像です。しかし、岩国藩では二代藩主から十一代藩主までの肖像画が残されておらず、この銅像は、初代藩主と子孫の方の肖像画と写真を合成して作られたものだそうです。(山口県観光連盟HPより)吉川 広嘉(きっかわ ひろよし)は、江戸時代前期の周防国岩国領の第3代領主。 元和7年(1621年)7月6日、第2代領主・吉川広正の長男として萩に生まれる。寛永元年(1624年)...

  • 岩国の旅(6)吉香公園

    錦帯橋を渡り終えたところにある吉香公園 (きっこうこうえん)は、かつての岩国藩主の居館跡で、明治になってから公園として一般公開されました。広大な園内には、吉香神社、中級武士の目加田家住宅、岩国藩家老香川家の長屋門、錦雲閣、岩国徴古館、吉川史料館、岩国城ロープウエー山麓駅などが点在しています。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログラン...

  • 岩国尾旅(5)巌流ゆかりの柳

    錦帯橋の袂に、巌流ゆかりの柳という木があります。巌流島の決闘で敗れた剣豪・佐々木小次郎は、吉川英治の小説「宮本武蔵」のなかで「祖先以来、岩国の住、姓は佐々木といい、名を小次郎と親からもらい、また 剣名を”巌流”とも呼ぶ人間は、かくいう私であるが・・・」と、周防岩國の出身とされています。小次郎はもともと「岩柳」と名乗り、後に「巌流」と改名しました。秘剣燕返しは、錦川の河畔で風に揺れる柳の枝を切り、水辺...

  • 岩国の旅(4)槍倒し松(やりこかしまつ)

    錦帯橋を岩国城方面に渡ると、橋の左手に、「槍倒し松」という立派な松の木があります。これは、「やりこかしまつ」といい、岩国藩士の負けず嫌いを表徴する松として有名なのだそう。この松は、岩国武士の負けず嫌いをまけず表徴する有名な槍倒し松です。昔諸国の大名が他藩の城下を通るときは行列の槍を倒すのが礼儀となっていたのですが、大藩が小藩の城下を通るときは、儀礼を守らず槍を立てたまま威風堂々と通ったものです。岩...

  • 岩国の旅(3)錦帯橋 その参

    錦帯橋を渡り終えた後、橋の下を眺めてみました。岩国市観光協会HPによると、巻きガネとカスガイを使った「木組みの技法」で造られています。反り橋の構造は精巧かつ独創的で、現代の橋梁工学からみても非の打ちどころがないと言われています。以下、Wikipediaの説明です。アーチ橋の構造は、左右の橋脚を起点に橋桁の1番桁から11番桁まで順次勾配をゆるめながら先に突き出るように重ねていき、9番桁鼻間に大棟木(おおむなぎ)、1...

  • 岩国の旅(2)錦帯橋 その弐

    錦帯橋は、川幅約200メートルの河川内に4つの橋脚を持つ5連の木造橋で、中央3連がアーチ橋、両端が桁橋構造を持つ反橋となっています。長さはアーチ橋が35.1メートル、桁橋は34.8メートル。 さあ、橋を渡ってみましょう。実際、歩いてみると、一歩一歩踏み出すごとに木のきしみを感じ、木造の橋であることを実感できます。渡橋は24時間可能ですが、往復入橋料が要ります。1966年以降、観光客から「入橋料」を徴収し、掛け替え・管...

  • 岩国の旅(1)錦帯橋 その壱

    数年前のことですが、大河ドラマ「花燃ゆ」が放映された年に、岩国を訪ねました。岩国を代表するものといえば、やはり錦帯橋が一番でしょうね。錦帯橋は国指定の名勝であり、日本を代表する木造橋です。延宝元(1673)年、岩国3代領主の吉川広嘉(きっかわひろよし)が現在の橋の原型となる木造橋を架けましたが、錦川の洪水によりすぐに流失しました。しかし、改良を加えて翌延宝2(1674)年に再建された橋は、昭和25(1950)年9...

  • 日坂宿を行く(14)事任八幡宮 その弐

    大杉神輿日本一の大笛(画像:有料パンフレットより)明治元年(1868年)鳥羽、伏見の戦いの後、新政府軍は東海道を東に進みました。これに合わせて、遠州地方では、石川依平らの国学の影響を受けた神主や国学者を中心に「遠州報国隊」が結成されました。掛川からも9人が参加し、当社の祀官であった朝比奈蔵之進藤原秀直もその中のひとりでした。その後、戦乱が落ち着いても祀官は幕府の刺客にねらわれて帰ることができず、誉田束稲...

  • 日坂宿を行く(14)事任八幡宮 その壱

    事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)は、静岡県掛川市八坂、旧東海道沿いの、日坂宿(にっさかしゅく)および小夜の中山の西の入口、宮村にある神社です。 式内社で遠江国一宮。一の鳥居太鼓橋創建時期は定かではないが、社伝では成務天皇の治世としている。古くは真知乃神(まちのかみ)、任事神社(ままのことじんじゃ)などと呼ばれ、『延喜式神名帳』には「己等乃麻知神社」と記載されている。 大同2年(807年)、坂上田村麻...

  • 日坂宿を行く(13)法讃寺

    三悟山真宗大谷派の法讃寺。 親鸞聖人の像旅籠が満員の場合は、宿泊を受けていたそうです。本堂鐘楼境内には、日坂の書家・成瀬大域の碑があるとのことですが、わかりませんでした。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参加しています。ご協力お願いしますm(__)m歴女日記 ブログランキングへ...

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