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■『蓬左文庫』尾張徳川家の蔵書12万点を所蔵する書庫(愛知県名古屋市)
目次 1 尾張徳川家の蔵書12万点を所蔵する書庫 2 しっかりとした梁で囲まれた建築物 3 貴重な重要文化財の書物の数々 4 蓬左文庫でもひな祭りが開催されていました 5 閲覧室では研究などのために一部蔵書を拝見することができます 1 尾張徳川家の蔵書
■『徳川美術館』尾張徳川家の遺愛品を集める美術館(愛知県名古屋市)
目次 1 尾張徳川家の遺愛品を納める美術館 2 『尾張徳川家の雛まつり』を開催中 3 徳川家に伝わる『お雛様』と『雛道具』 4 国宝『源氏物語絵巻』の蔵書も 5 美術館の建物自体もまた芸術的文化財 1 尾張徳川家の遺愛品を納める美術館 (写真:徳川家の家
八事山興正寺御朱印 参拝日:令和5年(2023年)11月7日 中 門 五重塔と大仏 西山本堂 観音堂 納経所受付時間 アクセス 地下鉄名城線八事駅下車。1番出口徒歩3分。 東山門 境内案内図 中 門 かつては女人門と呼ばれ、修行の場である東山と西山の境に建ち女人禁制を守っていました。1954年(昭和29年)の頃、中門として五重塔前に移築されました。出典:八事山 興正寺ホームページ 五重塔と大仏 五重塔の前に大仏が。 1808年(文化5年)に建立され、興正寺の象徴ともいえます。屋根の流線がとても美しく、高さは26mあります。県内で現存する五重塔では最も古く、国の重要文化財に指定されています。塔そ…
(写真:尾張徳川家の菩提寺『建中寺』の石碑) 尾張徳川家の菩提寺『建中寺』 初代尾張藩主義直(家康の9番目の息子)の菩提を弔い尾張藩の心のよりどころとするため第二代尾張藩主徳川光友卿が慶安四年(1651)約5万坪の敷地に開山した『建中寺』本日は、ここ尾張徳川家
「松濤棹筆」の関係部分を抜粋して以下にこ紹介します。何が起きたのか、10月初め、寺社奉行や作事奉行が人夫40人とともにやってきて、大日如来像を脇にどけると、台座の大石を取り除き、地面を掘り始めた。1丈2尺(3.6m)ほど掘ったが、経石(経文を書いた小石)しか見
今回から、尾張徳川家の駿府御譲金についてリポートします。埋蔵金伝説の内容を振り返ります。元和元(1615)年の大阪夏の陣に勝利した徳川家康は、大阪城にあった豊臣家の金銀を手に入れ、「駿府御譲金」として、徳川御三家にそれぞれ30万両(時価150億円)ずつ分配したが
大日堂の開堂日である5日に興正寺を訪ねました。この日は寺の縁日ということもあって、境内のあちこちに食品や雑貨を売る屋台が繰り出され、大勢の参拝客でにぎわっていました。目指す大日堂は境内の東北に位置し、西山本堂の正面右のエスカレーターを上り、墓地を抜けた先
尾張徳川家の駿府御譲金のありかを探るに当たり、ここで埋蔵金伝説の内容を確認してみたいと思います。伝説では、大阪城にあった豊臣家の金銀を、徳川御三家に30万両ずつ分配したとありますが、ネットで調べると、徳川家康が亡くなった後の遺産分けで、総額200万両に上る金の
名古屋市東区の大曽根にある徳川美術館。徳川御三家筆頭の尾張徳川家に伝わる宝物を展示しています。 愛知県に26年住んでいますが初訪問です。 徳川美術館ではただいま特別展「名刀正宗と相模伝」が開催中です。 鎌倉時代の鎌倉は武士の町。 鎌倉では山城国や備前国から高名な刀鍛冶が呼び集められ、刀が盛んに作られるようになり、優れた作風から後に相州伝と呼ばれるようになりました。 正宗はその代表格です。 正宗(まさむね、生没年不詳)は、鎌倉時代末期から南北朝時代初期に相模国鎌倉で活動した刀工。五郎入道正宗、岡崎正宗、岡崎五郎入道とも称され、日本刀剣史上もっとも著名な刀工の一人。 「相州伝」と称される作風を確立…