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すでに当ブログで紹介済みですが、昨日12月11日の紀行で紹介されたところをまとめてみました。福岡市博多区にある聖福寺は、建久6年(1195年)源頼朝を開基とし、栄西が南宋より帰国後に、宋の人が建立した博多の百堂の跡に創建しました。室町時代末期に兵火を受け、永禄11年(1568年)耳峰が再興。天正15年(1587年)には領主小早川隆景が寺領300石を寄進、仏殿、総門などの諸堂宇を修営。文禄4年(1595年)に豊臣秀吉より200石、...
名超寺の横には、後鳥羽神社があります。明治11年に明治天皇が大津に行幸された際、鳥羽上の里人達が名超寺に祀っていた後鳥羽上皇の木像を大津の行在所に持って行き、明治天皇にお見せしたことを機に、名超寺の客殿を現在地に移築して、木像を祀る神殿とし、「後鳥羽神社」という名にしたそうです。ゆえに、神社の社殿らしくないことがわかります。明治十一年、明治天皇御巡行の時、名超還寂、里人宮崎清平等は名超寺に奉祀されて...
滋賀県長浜市の南部一帯から近江町にかけては、建久10年(1199)と承久2年(1220)の2度にわたって、後鳥羽上皇がひそかに訪れたという伝承が残されています。後鳥羽上皇の2度の潜幸は、名越町にある名超寺にいた旧知の僧禅行を訪ねたものであったとされ、この間、近くの寺社に参詣したり、下坂鍛冶に作刀を命じたとも言われています。(長浜市教育センターHPより)本堂名超寺で現存するお堂の一つとして、観成院があります。観成院...