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その頃の私は育児をするのが心身ともに辛くて辛くて 仕方がなかった。 繰り返し思ったのが「盲腸になりたい」であった。 盲腸になって、手術のため入院すれば子供から 離れられる。育児から離れられる。それほど疲弊していた。 それと、これはデリケートな話題になってしまうが 希死念慮も強かった。子供が小さいうちは一体感が強く 自分も子供も一緒にと思い込んでいた 実は希死念慮は今に至るが、子供がある程度大きくなると 「道連れ」にしようという気持ちはなくなった。 子供が自分の一部のように思え、自分が死んだらこの子は 生きていけない。ならば一緒に と思い詰めていた。 うちはマンションだったのだが、泣きながら子供…
退院後は順調だったのかと言うと、全くもって そのようなことは全くない。 本当に辛く苦しく、落ち込む事の連続だった。 過眠・不眠、拒食・過食、疲労感、焦燥感、絶望感、自責の念。そして 希死念慮。 うつ病(私は長年うつ病と診断されていて、一度躁状態が出て初めて双極性 傷害と診断が変わった)の症状として希死念慮、死にたいと気持ちに 苛まれるのはの特徴の一つだ。 著名人のインタビューで「一度だけ死にたいと思った」という発言が見出しとなって クローズアップされているのを見ると、死にたい気持ちが表れるのはそんなに 稀有で、取り上げられることなのか訳ではないが意外に思ってしまう。 回数が多いのが良い訳ではな…
十勝保健師は、ボランティアで構成される有償家事援助グループを 紹介してくれた。 保健師図鑑2(十勝さん)保健師に動いてもらう方法 - そううつ色々図鑑ーメンヘラ歴1/4世紀ー 非常に助かったが、サービス利用後も山あり谷ありだった。 うつ病の母親に取って待ったなしで降りかかってくる家事と育児は 非常につらく、負担になる。 それらに苦しめられ 母子で死んでしまおうという気持ちが身をもって痛いほど経験した。 一緒に死にたい気持ちを押しとどめるのに懸命な時期もあった。 保健師図鑑3(金子さん)壊れたレコード - そううつ色々図鑑ーメンヘラ歴1/4世紀ー 子供を預けるという事 継子姫 - そううつ色々図…