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まだ見てますww<過去大河ドラマを2話以上見たことがないまひろと三郎がいろいろと引っ張りすぎず、早々とお互いの身分と事情を対面で話し合えたのに安心しました。次回予告で三郎さんが、兼家を利用し始める感じ..
今日は日曜日 一日、ゆっくり骨休めをしたり 好きな本を読んだり 気になっていた部屋の片づけやら、掃除やら あれこれやって、夕方近くになったら お待ちかねのテレビタイム 御大層なことを言っていて 趣味はテレビか、という声も聞こえてきそうだが 私は「テレビだから低俗」 「マン...
京都の一条戻橋から東へ50mほど行ったところに、聚楽城 加藤清正邸の案内板があります。当地は平安京の左京北辺二坊五町にあたり、「蜻蛉日記」の著者・藤原道綱母が住まいした平安時代の一条邸跡とされています。藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは)平安中期の歌人。父は正四位下藤原倫寧(ともやす)、母は『尊卑分脈(そんぴぶんみゃく)』などに刑部大輔(ぎょうぶのだいぶ)源認(みとむ)の女(むすめ)とするが、通説は主殿頭(との...
【光る君へ】#4 二重のショックに負けず五節舞をやり切ったまひろ。次回が待てない
まひろはまだ子どもだよね NHK大河ドラマ「光る君へ」第4回「五節の舞姫」が1/28に放送された。さっそくあらすじを公式サイトから引用する。 (4)五節の舞姫 初回放送日: 2024年1月28日 互いに身分を偽ってきたまひろ(吉高由里子)と道長(柄本佑)だったが、まひろはついに素性を明かす。道長も真実を語ろうとするが…その頃、円融天皇(坂東巳之助)の譲位を知った詮子(吉田羊)は挨拶のために謁見するが、思いもよらぬ嫌疑をかけられる。ある日、まひろは倫子(黒木華)からの依頼で、即位した花山天皇(本郷奏多)の前で五節の舞を披露する舞姫に選ばれる。そこでまひろは驚愕(がく)の真実を知ることに…((4)…
大河ドラマ「光る君へ」に登場する「散楽」とは?大衆芸能的なもののルーツ。
2024年NHK大河ドラマは「源氏物語」の作者である紫式部が主人公でそのパトロンでもあった藤原道長とのラブストーリーも含む「光る君へ」(主演・吉高由里子 作・大石 静)です。2020年の「麒麟がくる」、2021年の「青天を衝け」、2022年
清涼殿跡の向かい側に、平安宮内裏弘徽殿跡の碑があります。弘徽殿(こきでん)とは、平安御所の後宮の七殿五舎のうちの一つであり、弘徽殿を賜った后妃の称としても使われます。清涼殿北側に位置する七間四面の建物で後宮で最も格の高い殿舎であった。皇后・中宮・女御などが居住した。天徳4年(960年)の火災で焼失し、河内国司によって再建された。しかし正暦5年(994年)と長保元年(999年)にも焼失している[1]。再建後、弘徽...
承香殿跡から30mほど西に行くと、平安宮内裏清涼殿跡の案内板があります。平安京の内裏のうち,天皇の日常の居所。南東に紫宸殿,南に校書 (きょうしょ) 殿,東に仁寿殿 (じじゅうでん) がある。東面して建てられ,天皇の日中の御座所である昼御座 (ひのおまし) や寝所の夜御殿 (よるのおとど) ,朝餉 (あさがれい) の間などがある。天皇は清涼殿で,四方拝,小朝拝,叙位,除目 (じもく) などの公事を行なった。(コトバンクより)...
また新しい大河が始まりましたね。なんだかこの平安と言う時代は、男の人にはあまり人気がないみたい?よく言われますよね。「平安」を描くと視聴率が悪くなるって。でもね、むしろ女性は血の雨が降るのが日常に感じてしまう戦国時代よりも、こっちの時代の方が面白く感じる人も多いのではないかと思うのですが、どうなのかしら。1000年以上のベストセラーを残した女性の物語、ワクワクするじゃないですか。だけど私、初回から凄く切なくなってしまいました。この可愛らしいまひろという女の子と三郎と言う男の子は、普通の物語だったら、普通に恋の物語を紡いでいけると思うのです。でもこの二人は違う・・・・・・。歴史が「NO」と言っているからです。切なくて胸が痛いと思っていたらNHKのHPに救いの言葉がありました。この二人は生涯にわたっての、特別...光る君へ第一回「約束の月」
画像は記事には関係がなく、冬枯れの公園の木々。謎の男は、盗賊(だろうか?)であり散楽の人でもあったわけだけれど、どうも最初から道長の正体を知っていたように感じました。だからいつも「弟よ、弟。どうすれば・・・」の所で彼に迫って来ていたのだと思います。彼がその弟だと知っていたから。最後に彼に近づいたのは、彼がここにいると、まひろに伝えるためで、あの時助けてくれたことに対しての、ある意味恩返しだったのではないかと感じました。姉のために真剣に三郎を探す弟君が可愛い。いや、もしかしたら「謎の男」って、道長のことかしら。確かに彼は、今の段階ではどこの誰かもわからない、まひろにとって一番の謎の男ですものね。連れてこられた男たち・・・・・まるで警察の首実検みたいでしたね。しかし私はやっぱり切ない。まひろが弟の太郎に三郎は...光る君へ第三回「謎の男」
あの五節の舞、美しかったですね。特に上からのカメラワークの時、花と言うか蝶と言うか、見応えがありましたね。だけど途中で三郎を見つけ、そして道兼を舞台から見つけてしまいます。思わず動揺して舞が滅茶苦茶になってしまったらどうしようなどと、意味もなくドキドキしてしまいました。そうはなりませんでしたが、三郎の本当の正体を知って倒れこんでしまうまひろ。ああ、次回はどうなるのか、待ち遠しい。(ッテ、言うか、三郎、起きてなさいよ。見逃してもったいない。)なんだかラストですべて持ってかれたような気がして、他の所はまあいいかという気分なのですが、それではあんまりと思うので、少々書き足します。インパクトの強かった順に言うと、やはり詮子のシーンでしょうか。入内したばかりの時のように、彼女はずっと帝と仲睦まじく生きていきたかった...光る君へ第四回「五節の舞姫」
上京区田中町の新出水通沿いに平安宮内裏承香殿跡があります。承香殿(じょうきょうでん/しょうきょうでん)とは、平安御所の後宮の七殿五舎のうちの一つ。七殿の中では弘徽殿についで格式の高い殿舎とされ、女御などが居住し、また醍醐天皇の時代に古今集が編纂された。内裏の南辺に位置し、仁寿殿の北、清涼殿の北東。中央を馬道が通り、身舎を東西に二分していた。承香殿を賜っていたのが知られるのは、以下の后妃である。村上...
平安宮内裏承明門跡をさらに東に進むと、山中油店の敷地内に平安宮一本御書所跡の碑と平安宮内裏跡の案内板があります。一本御書所とは、 平安時代、世上に流布している書籍を、別に一本を書写して所蔵しておく役所のことで、禁中侍従所の南にありました。※以前撮影した時より、駒札がかなり劣化して読みにくくなっていますので、過去の画像を掲載します。平安宮一本御書所跡平安時代、この附近は天皇の住まいである内裏の東側に当...
一言で言って、面白いです(^^;)。時代背景も登場人物も詳しくない時代なので、いったいどうなるかと思って見ていました。が、4回目を終了して、素直に面白いです。 やはり、時代背景や登場人物をよく知らないだけに、先入観なしでドラマを楽しめています(^^;)。主役のまひろや藤原道長...
大河『光る君へ』“左利き”吉高由里子、筆のシーンに苦労 紫式部役「丁寧に右手で書く練習をして…」(オリコン)#Yahooニュースhttps://news.ya…
藤原の郷の中心部には、「陰陽師」のセットで登場した政庁があります。政庁(せいちょう)正殿を中心に左右対称の建物を配置。政治や重要な儀式が執り行われていました。その脇には「義経」の京の町で登場する通りがあります。政庁を出て、少し山の方に上ると義経持仏堂や安宅関があります。義経持仏堂藤原氏初代の藤原清衡の居住館を再現した経清館(つねきよのやかた)にも経清のろう人形があります。経清館山を降りて伽羅御所(...
えさし藤原の郷は岩手県奥州市江刺にある平安時代を題材とするテーマパークで、1993年(平成5年)7月4日、開園、同年に放送されたNHK大河ドラマ第32作・『炎立つ(ほむらたつ)』の撮影の為に作られた大規模オープンセットで、撮影終了後も存続できるような歴史公園として整備されました。NHK大河ドラマのロケ地として知られ、奥州藤原氏の歴史を顕彰しながら、古代から中世にかけての東北の歴史文化を体感できます。私は大河ドラ...
やっぱトメは兼家パパなのね。さすが謀略の人。 ・・・生涯に関する記録が殆どないのをいいことに,五節の舞姫をやらせるとわっ?! 筑紫の五節ならぬ越前の五節でつか?(笑) ホントに五節の舞姫やってたら,↑の謎な女人のエピソード,少しは書かれてたんじゃないかと思いますが(苦笑) 裳着でさえ衣裳の多さを嫌がってたのに,まひろサン,乙です。ってか,当時の舞なんて廃絶してんのに,よくでっち上げられましたな。復興し...
なんだかバタバタしていて、久しぶりの更新になってしまいました。仕事も忙しく、その合間に走ったり、楽器の練習したりの毎日でした。 今年の大河、珍しい時代が舞台に…
大河ドラマ「光る君へ」が始まりましたね。 去年の秋頃から、このドラマにあわせて紫式部に関連する本が発売されていて、 出版社も本屋さんも気合入ってるな~、ドラマ楽しみ~と思っていました。 ドラマ見るならある程度知っておきたいなと思い、予習のた
萵苣さんちのブロク記事を拝見して、うちのアンモナイトさんを出してみたり。産地とか鑑定書とかまったく資料も記憶も残ってないんですけど、そこそこ著名な百貨店で購入したものなので、まあ偽物ってことはないと思..
智恵光院下立売を北に行った東側のデイサービスセンターの敷地内に「平安宮内酒殿跡」の案内板があります。平安宮は平安時代に政治や儀式などが行われた所で、東西378丈(約1128m)、南北460丈(約1373m)の広大な地域に宮殿や役所が建ち並び、中央部には大極殿(現千本丸太町付近)が、北東部には天皇の居住した内裏がありました。現在地点は内裏の東側にあたります。1996年5月、この場所で平安宮跡初の井戸...
【光る君へ】#3 「謎の男」は「まんぷく」塩軍団の彼!「どう家」に続いて大河出演おめでとう~
まひろと父・為時との緊張関係は続く 2024年NHK大河ドラマ「光る君へ」第3回「謎の男」が1/21に放送された。毎回、と言ってもまだ3回だけど、テーマ音楽を聞くたびに素晴らしくてため息が出る。 かのショパンの名手・反田恭平さんが弾くピアノの、ヒラヒラと舞ってホロホロと崩れ落ちていくような表現が軽やかに凄すぎるし、朝川朋之さんのハープの波状攻撃にも息を飲む。そして、後半の感情を揺さぶる力強さ。何回も聴きたい。 音楽担当の冬野ユミさんって朝ドラ「スカーレット」の人か・・・「スカーレット」も面白かった。深いチェロ(たぶん)の音が思い出される。大河ドラマのテーマ曲でハズレって本当に無い。選ばれた作曲…
平安京の内裏跡(11)平安宮内裏東限と建春門跡~聚楽第南外濠跡
新出水通の松林寺の山門の前に平安宮内裏東限と建春門跡の案内板と聚楽第南外濠跡の碑があります。松林寺開基清印が重病の母の回復を祈願すると薬師如来が現われ、婦人病や安産に効験あらたかな秘薬の処方を伝授されたという話に由来する。戦前、寺で薬が売られた。寺は聚楽第の外堀跡と推定される。(京都観光Naviより)松林寺境内の西域は、『源氏物語』の舞台ともなった内裏の東限に当たり、内裏にある四つの門のうち東側の外郭築...
綾綺殿跡から北に浄福寺通を進んで新出水通に向かい、右折すると、平安宮内裏昭陽舎跡があります。昭陽舎(しょうようしゃ)とは、平安御所の後宮の七殿五舎のうちの一つ。女御などが居住した。また、円融天皇が東宮時代に居住したとの記録が残り(『日本紀略』)、その後東宮敦良親王(のちの後朱雀天皇)の頃東宮御所として定着した。庭に梨が植えられていたところから、梨壺(なしつぼ)ともいう。内裏の北東に位置し、南北二棟...
宜陽殿跡からさらに北上すると、平安宮内裏綾綺殿跡の碑があります。綾綺殿は、南北9間、東西2間からなり、内宴や妓女の舞などが行われました。平安宮内裏(だいり)の殿舎の名。仁寿(じじゅう)殿の東、温明(うんめい)殿の西にある。檜皮葺(ひわだぶ)きで、南北九間、東西二間の母屋(もや)の四面に庇(ひさし)がある西向きの建物。天皇・院の一時的な居所となることがあった。正月の内宴(ないえん)のときには仁寿殿との間の西庭に舞台...
放送当日に熱発で見られなかったんで,NHKプラスで後追いでつ。 能ある鷹は爪を隠す道長クン。・・・思い出してニヤケるなよぉ(笑) まひろサン,その似顔絵ではわからない・・・(爆笑) この姉弟,いいコンビやな。 宿直所の描写がなかなか秀逸。雨夜の品定めのパロですかな。 実資サンがやっぱ面白い。最後の「あ,そう」が微妙に意味深で。そして,次男の操り方が上手いお父様(笑) 最終的な利害だけは一致してる円融天皇とお父様と...
承明門跡から浄福寺通を少し上ると、右手に平安宮内裏宜陽殿跡の碑があります。宜陽殿(ぎようでん)は、納殿(おさめどの)とも言われ、累代の重宝を納めたところです。 宜陽殿(ぎようでん)とは、平安京の内裏における殿舎のひとつ。内裏の南東にあり、紫宸殿の東南、綾綺殿の南、日華門を挟んで春興殿の北に位置する。南庭西側の校書殿とは東西に相対する。母屋は天皇累代の御物・宝物を保管しておく納殿として用いられた。西庇に...
昨年の大河ドラマ『どうする家康』は、 つまらなかったけど、 今年の『光る君へ』は、かなり好きだ。 3回放送されたけど、3回とも面白かっ たので、期待が持てる! はんにゃの金田さんが、藤原斉信役で出 演されているけど、平安の衣装がすごく 似合ってる。 違和感のない平安顔(^o^)
上京区田中町下立売通浄福寺西に平安宮内裏紫宸殿跡の案内板があります。 内裏の正殿で公的な行事の場、中央の御帳台に天皇が出御して国家の重要な儀式が執り行われた。 御帳台の背面、北庇との間仕切りには賢聖障子(中国古代の名臣32名の肖像画)があった。 母屋は東西9間、南北3間で四方に庇があって周囲を簀子(すのこ)がめぐり、正面中央部の階段の左右には桜と橘が植えてあった。北の仁寿殿を北殿・後殿と呼ぶのに対して、...
平安宮内裏承明門跡から下立売通をさら西へ進むと、銭湯の向かい側に平安宮内裏内郭回廊跡の石碑があります。平安宮 内裏内郭回廊跡桓武天皇延暦13年(794)に遷都された平安京の中心をなす宮殿の一画は現在の千本丸太町一帯の地に置かれていた。そのうち天皇の住居であった内裏は、大極殿のあった千本丸太町東北方のこの地域に東西57丈(約173m)、南北72丈(約218m)の広さで造られていた。この内裏は厳重な築地回廊で囲まれて...
虐げられ令嬢、知識チートな陰キャに嫁入りする。 他大河ドラマ感想
読書記録:■虐げられ令嬢、知識チートな陰キャに嫁入りする。 https://ncode.syosetu.com/n6220ie/母が死に、父が新たな母親と義理の姉を家に入れてから、男爵令嬢マリーは虐げられ始めた。そうして数年。ろくな食..
読書記録:■マイ・ディア|ヤングエースUP https://web-ace.jp/youngaceup/contents/1000258/突然の事故で失われた家族。その人格をAIで再現したロボットと会話し、残された家族が思うこととは——オンラインコ..
【光る君へ】#1&2 滑り出し上々、京の町を走る(!)紫式部(まひろ)と道長のドラマを見守っていきたい
元日から発熱、コロナでした 2024年のNHK大河ドラマ「光る君へ」が今月からスタートしている。以前、題材が発表された時に、喜びに満ちあふれたブログを書いていたのだけれど、元日からの発熱でまさかのコロナ。何とかパソコン前に座れるようになってみれば、2回目も既に終わって3回目も放送目前だ。完全に乗り遅れた。 ところで、以前書いたブログでは、私は完全に勘違いをしていた。「光る君へ」では、「源氏物語」そのものがもっとがっつり描かれるのかと思って、光源氏には誰が良いとか、紫の上は誰だとか、妄想を膨らませて「源氏物語」内で勝手にキャスティングしたりしていた。 toyamona.hatenablog.co…
京都市上京区下立売通浄福寺に、平安宮内裏承明門跡の石碑があります。承明門は、平安宮内裏の内郭の南の正門に当たります。平安宮内裏の内郭の南の正門。《三代実録》《貞観儀式》などでは閤門(こうもん)としている。5間3戸の門とされ,平安宮のなかでももっとも重要な門の一つで近衛府が守ることになっていた。門籍がおかれ,門籍に登録されたものだけが門内に入ることを得た。また門には石階があり,門の内側には溝が東西に流...
千本丸太町交差点の南西には、平安宮跡の案内板があり、朝堂院、豊楽院の説明が書かれています。ここから千本通を東に向かい、浄福寺通に入ると、二条城北小学校前に、 平安宮内裏南限と建礼門跡の碑があります。 内裏外郭に設けられた正門で、規模は正面五間あって、内裏外郭門としては最大である。衛門府が警護し、門を入ると内裏内郭の正門である承明門があり、これを入ると南庭を隔てて紫宸殿に至る。 門前で白馬節会を行った...
豊楽院(ぶらくいん)は、平安京大内裏(平安宮)の院の1つで、朝廷の饗宴に用いられた施設で中京区聚楽廻西町には「史跡平安宮豊楽殿跡」の碑が建てられています。豊楽(ぶらく)とは和訓「とよのあかり」であり宴会を意味する。豊楽院はその名の通り、饗宴施設として平安京遷都直後、大内裏の正庁である朝堂院の西側に隣接して造営された。四方を築地で囲まれ、南に正門である豊楽門を構えていた。新嘗祭、大嘗祭の宴のほか、正...
平安宮造酒司(みきのつかさ)は、朝廷が使用する酒や酢を醸造していた役所で、大内裏の中にありました。京都市指定史跡 平安宮造酒司跡 平安時代、国家政治の中枢である平安宮にあった造酒司は、ミキノツカサ・ゾウシュシあるいはサケノツカサとも呼ばれる宮内省所属の官司で、天皇や中宮などに出す供御及び朝廷の諸節会・神事に用いられる酒・醴<あまざけ>・酢などを醸造していました。 造酒司のあった場所は、『宮城図』(...
平安京創生館の展示の紹介を続けます。国宝「洛中洛外図屏風(上杉本)」陶板壁画レプリカ 国宝「洛中洛外図屏風(上杉本)」は、狩野永徳が描き、織田信長から上杉謙信に贈られたと伝えられています。応仁・文明の乱や戦火に見舞われた京都の町が、戦乱より100年を経て復興した様子が描かれています。 一隻は鴨川と東山方面を西側から俯瞰し、御所を左端に描き、東山の名所と祇園会の山鉾が主題になっています。一隻は北山・西山...
大河ドラマ 光る君へ。2話まとめてみました〜🥰良い。とても良い吉高由里子ちゃん。2008年のあしたの喜多善男で、小日向文世さんとやってたドラマから好きで、小栗…
京都市平安京創生館は、京都市中京区にある博物館施設で、京都市生涯学習総合センター(京都アスニー)1階にあります。平安京の概要コーナーでは、平安京遷都、条坊制、大内裏などの復元図と解説パネルを設置、平安京に関連した事柄や平安京年表のパネルもなどが展示されています。平安京再現コーナーでは、平安京復元模型、豊楽殿復元模型、法勝寺復元模型、鳥羽離宮復元模型が展示されています。平安京遷都784年(延暦3)桓武天...
前回,ラストの衝撃にツッコむのを忘れてたんですが・・・道兼クン,あんたお家に死穢&血穢を持ち込んでんじゃーん?!!! おとーさま,当分出仕できなくなったんじゃないのッ?! で,三郎クンへの虐待折檻を,後々の「七日関白」に繋げたりしたりするのかなぁ? あ,だから「せっかん」政治ってゆーのか,そうかそうか(違) でわ,第2回・・・本役の登場ですな。 アヴァン宣孝サン,結局あんたが婿になるんでしょーーー?(笑)...
平安京の北部中央には、天皇が身を置き、まつりごとが行なわれる施設群となる宮城(大内裏)の平安宮が建造されました。大内裏には天皇の御所として内裏、即位礼など国家行事を挙行する八省院(「朝堂院」、朝堂院の正殿が「大極殿」)、大規模な饗宴が行われた豊楽院、神事を行う中和院や仏事に関わる真言院、その他二官八省の政庁、衛府などが並び立ちました。紫式部の時代、都の中心である平安宮は、千本丸太町にあったとされて...
NHKオンデマンドの会員になって2週間が経過 この1月から始まる大河ドラマ「ひかる君へ」を観るために入会 せっかくなので、 まずは2020年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を視聴 全48回を2週間かけて見終えた 1日平均2時間半視聴したことに
住吉大社は、大阪市住吉区住吉にある神社で、海の神である住吉三神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)と息長足姫命(神功皇后)を祀り、下関の住吉神社、博多の住吉神社とともに日本三大住吉とされています。奈良時代、海の神として、遣唐使の派遣の際には、海上の無事を祈りました。平安時代からは和歌の神として朝廷・貴族からの信仰を集め、「源氏物語」にも度々登場しています。Wikipediaによると、「住吉大社は別の神格として...
にはあまり興味がなく、これまで見たことはほぼないに等しいのですが。レコーダーをチェックしていたら録画されていたので、衣装とか風俗描写がどんな感じなのかな〜と、ちょっと再生してみたのですよ。結果、一話目..
多度大社をお参りした後、桑名名物の蛤を使った「蛤三昧」のコース料理をいただきました。蛤の霜降り刺身、天ぷら、フライ、お寿司、すまし汁など文字通り蛤三昧のお料理でした。蛤にこんな料理法があるとはビックリ!プリップリで美味しかった~~こんなに一度に蛤も食べたのは初めてでした。人生で初で最後でしょうね(^0^;)駅前にあったこのお店、残念がら閉店してしまったようです(;_;帰る頃には、すっかり日が暮れ、桑名駅東口...
多度大社の境内を進んで行きます。白馬舎古くから伝わる白馬伝説に因んだ白馬が納められています。こちらは本物の馬ではありません。馬は非常に歯の丈夫な動物と言うことで、これにあやかった『歯ぎしり除けの豆』が頒布されていいす。招魂社 西南の役以降の国内外の出征、戦歿された桑名郡市・員弁郡市・四日市市・三重郡・岐阜県下出身の御英霊を奉斎。美御前社於葺門(おぶきもん)この門を境にして本殿の神域に入ります。末社...
桑名市多度町に鎮座する多度大社。社伝では、雄略天皇の御代の創建と伝わっています。1571年(元亀2年)、織田信長の長島一向一揆平定の際、命を受けた大垣城主氏家卜全により、多度大社の本宮並びに摂末社、神宝、古記録、多度大社の神宮寺であった宝雲寺の七十余りに及ぶである堂塔伽藍が焼失、その後1605年(慶長10年)に桑名藩主・本多忠勝により再建されました。御例祭は、一般的には多度祭と称され、おり上げ馬神事や流鏑馬...
第六十七候 1/5〜 1/9 芹乃栄 せりすなわちさかう 芹が盛んに生える時期 小寒や鍋いっぱいの筑前煮 いや〜引き込まれました さすが大河ドラマですね 『光の君へ』第1回「約束の月」を NHKオンデマンドで観ました 平安貴族の雅な世界が描かれるのかと思いきや しょっぱなから権力闘争(今後も続く)が繰り広げられ ラスト寸前には(これは創作ですが)、まひろ(紫式部)の母が道兼(道長の次兄)に殺されるというショッキングな出来事が起こります 意外と重たいやないかい 権力闘争といい、これなら大河ファンも惹かれる幕開けだったのではないでしょうか 第2回が待ち遠しい 感謝
「桑名の旅」編が途中でしたので、続きを再開します。桑名の街を自転車で走っていたら、「薩摩義士墓所」という文字が見えたので、立ち寄ってみました。宝暦3年(1753)、幕府より薩摩藩は揖斐・長良・木曽三大河川工事を命ぜられました。宝暦5年に工事は完成しましたが、多くの犠牲者と巨額の経費がかさんだことの責任感から、工事総奉行平田靭負(ひらたゆきえ)は自刃しました。これら義士の墓所は岐阜・三重県下14ヶ寺に埋葬され...