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私のように会社を定年退職後に僧侶になって、第二の人生を仏道探究と社会貢献に費やしたいと考える人は少なくないかもしれません。 私としては、ぜひお勧めしたいという気持ちと、簡単にはお勧めできない、という気持ちが半々というのが正直なところです。 60歳を過ぎて僧侶になることは可能ですが(ただし、後述するようにそれなりにお金と時間がかかり、厳しい修行に耐える必要があります)、お寺の住職になることは過疎地以外では容易ではありません。 住職になるのが難しいのは、日本のお寺が世襲制で、お寺の跡取り娘と結婚して婿入りする場合を除き、在家出身者に門戸をほとんど開いていないからです。 近年、地方から都市部への人口…
慈悲喜捨(サマタ)の瞑想から観(ヴィパッサナー)瞑想に移行して如何に解脱するのか?
⇑前回の続きです。 今回は慈悲喜捨(サマタ)の瞑想から観(ヴィパッサナー)瞑想に移行して如何に解脱するのか?そのやり方、姿勢のご紹介です。 中部経典 第52アッタカ市人経 (At.t.hakanāgara-sutta) 片山一良訳 大蔵出版 第一期3 P57から引用) [ア...
前回の続きです。 南伝大蔵経 第18巻 増支部経典 二 四集 百二十六 第三 怖畏品 萩原雲来訳 p228から引用 百二十六 比丘衆よ此等の四の補特伽羅(人のこと)あり、世の中に存す、何をか四とす。 比丘衆よ、世に一類の補特伽羅あり、慈と俱行する心を以て一方に遍滿して住す、...
今回は慈悲喜捨の瞑想をする人の死後の行方につきまして該当経典からご紹介してみたいと思います。 南伝大蔵経 増支部経典 四集 第三 畏怖品 大蔵出版 p226から 百二十五 比丘衆よ、此等の四の補特伽羅(人のこと)あり、世の中に存す、何をか四とす。 比丘衆よ、世に一類の補特伽...
禅定に入った四種類の人間の、死後のそれぞれの行方はどうなる? 増支部経典から
仏弟子は心の安定である禅定をどう見て無上の無碍安穏に到達するのか?中部経典52 アッタカ市人経から - インド最初期仏教への誘い 仏弟子は心の安定である禅定をどう見て無上の無碍安穏に到達するのか?PART2 中部経典52 アッタカ市人経から - インド最初期仏教への誘い 今...
わたしは大乗の寺院で出家したものの、過去生において現代の初期仏教に近い修行過程にあることを知りました。相反すると言って良い教義を内包するわたしが、日々感じていることをまとめてみました。
仏弟子は心の安定である禅定をどう見て無上の無碍安穏に到達するのか?中部経典52 アッタカ市人経から
前回の続きです。 では今回は前回を受けて、仏弟子は心の安定である禅定をどう見て、無上の無碍安穏に到達するのか?について御紹介してみたいと思います。 (中部経典 第52アッタカ市人経 (At.t.hakanāgara-sutta) 片山一良訳 大蔵出版 第一期3 P53から引...
禅定を完成させた異生(他)の生まれと禅定を完成させた仏弟子の生まれとは、その後どう違ってくるのか?増支部経典から
前回の続きです。 今回は、禅定(初禅)を完成?させ、それに満足を得た人(異生、他の人)のその後の人生の行方と、禅定(初禅)を完成?させ、それに満足を得た仏弟子のその後の人生の行方との違いという経典の御紹介です。 南伝大蔵経 第18巻 増支部経典 二 四集 百二十三 第三 怖...
ゴータマ・ブッダが説く「わが教えにおいて禅定は真髄ではない。」アッサジ経 part③まとめ 相応部経典から 番外編[禅定について]
⇑ 前回の続きです。 今回は、「禅定を獲得できなかったことへの不行儀と後悔を釈尊へ告白する場面」のまとめになります。 アッサジ経 (Assaji-sutta) パーリ仏典 第三期5 相応部 蘊篇 蘊相応第九 長老の章 大蔵出版p436~ 受を知る(ゴータマ・ブッダ曰く) も...
ふらっと立ち寄った祐天寺で法話会に参加させて頂き、法然上人(ほうねんしょうにん)の教えに触れました。 ちなみに私は仏教には興味がありますが、どの宗派にも所属しておりません。 今からちょうど850年前、法然上人が浄土宗を開かれた時の苦労や深い教えに感動しました。 その単純で明快な教えによれば、「南無阿弥陀仏」とお念仏を唱えることで、私たちは安心感や救いを得られ、極楽浄土への生まれ変わりを約束されるとのこと。 私たちは皆、「凡夫(ぼんぷ)」であり、日々の生活で悩みや迷いに直面します。 「凡夫」とは、欲望や執着などの煩悩にとらわれて、生きている人のことだそうです。 しかし、「南無阿弥陀仏」を唱えるこ…
ゴータマ・ブッダが説く「わが教えにおいて禅定は真髄ではない。」アッサジ経 part② 相応部経典から 番外編[禅定について]
前回の続きです。 今回は、アッサジ比丘の語る「禅定を獲得できなかったことへの不行儀と後悔を釈尊へ告白する場面」になります。 アッサジ経 (Assaji-sutta) パーリ仏典 第三期5 相応部 蘊篇 蘊相応第九 長老の章 大蔵出版p431~ ーーーーーーーーーーーーー 「...
ゴータマ・ブッダが説く「わが教えにおいて禅定は真髄ではない。」アッサジ経 相応部経典から 番外編[禅定について]
⇑前回の続きです。 今回から八正道の中に、(禅定、正定は入っている、欲を離れるためには必要であるが、~前回の話)‘’禅定は仏教の真髄ではない‘’というお経をご紹介したいと思います。 アッサジ経 (Assaji-sutta) パーリ仏典 第三期5 相応部 蘊篇 蘊相応第九 長...
ゴータマ・ブッダが説く、欲を捨てるタイミング 中部経典14 小苦蘊経から PART② ゴータマ・ブッダ御自身の場合 番外編[禅定について]
前回の続きです。⇑ 今回はゴータマ・ブッダその人ご自身の正定、禅定体験の告白です。 中部経典 第114 小苦蘊経 (Cūladukkhakkhandha-sutta) 片山一良訳 大蔵出版 中部① p251~ マハーナーマよ、私も覚る以前(成道以前)、まだ正しい覚りを得て...
ゴータマ・ブッダが説く、欲を捨てるタイミング 中部経典14 小苦蘊経から PART1 番外編[禅定について]
⇩今まで感受(感覚)の楽味(長所)、危難(欠点)、出離の事、いわゆる心の集中の先にある、人間の持つ眼耳鼻舌身の感覚器官を超えた「禅定」、その楽味(長所)、危難(欠点)、出離について述べて来ました。 ゴータマ・ブッダが説く「感受(感覚)の楽味とは何か?」四聖諦を理解するために...
ゴータマ・ブッダが説く「感受(感覚)の出離とは何か?」四聖諦を理解するために。「苦Dukkhaドゥッカ」の意味とは?大苦蘊経 PART16[次第説法49 感受(感覚)の出離]
⇑前回の続きです。今回は感受(感覚)の出離nissaran.aについてです。 パーリ語仏典 中部経典第13 大苦蘊経(mahaa dukkha khanda sutta) 片山一良訳 大蔵出版 P248~から引用 感受の出離 つぎに、比丘たちよ、もろもろの感受の出離とは何か...
ゴータマ・ブッダが説く「感受(感覚)の危難(欠点)とは何か?」四聖諦を理解するために。「苦Dukkhaドゥッカ」の意味とは?大苦蘊経 PART15[次第説法48 感受(感覚)の危難(欠点)]
⇑前回の続きです。感受(感覚)の危難(欠点)について。 パーリ語仏典 中部経典第13 大苦蘊経(mahaa dukkha khanda sutta) 片山一良訳 大蔵出版 P247~から引用 感受の危難nissaran.a 「つぎに、比丘たちよ、もろもろの感受の危難とは何か...
ゴータマ・ブッダが説く「感受(感覚)の楽味とは何か?」四聖諦を理解するために。「苦Dukkhaドゥッカ」の意味とは?大苦蘊経 PART14[次第説法47 感受(感覚の楽味])の楽味]
前回の続きです。 パーリ語仏典 中部経典第13 大苦蘊経(mahaa dukkha khanda sutta) 片山一良訳 大蔵出版 P246~から引用 感受の楽味 「つぎに、比丘たちよ、もろもろの感受の楽味とは何か。 比丘たちよ、ここに、比丘は、もろもろの欲を確かに離れ、...
ゴータマ・ブッダが説く「色(物質、容姿)の出離とは何か?」四聖諦を理解するために。「苦Dukkhaドゥッカ」の意味とは?大苦蘊経 PART13[次第説法46 色(物質、容姿)の出離]
↑前回の続きです。 今までは色(物質、容姿)の危難、欠点について述べてきました。 今回からその対策、色(物質、容姿)の出離(解放)nissaranaを見ていきたいと思います.。 ⇩まず人間にとりまして、色(物質、容姿)の楽味、楽しみは良いとしまして、 ゴータマ・ブッダが説く...
ゴータマ・ブッダが説く「色(物質、容姿)の危難とは何か?②」四聖諦を理解するために。「苦Dukkhaドゥッカ」の意味とは?大苦蘊経 PART12[次第説法45 色(物質、容姿)の危難]
↑ 前回の続きです。 今回も、「色(物質、容姿)の危難②」についてです。 パーリ語仏典 中部経典第13 大苦蘊経(mahaa dukkha khanda sutta) 片山一良訳 大蔵出版 P24~から引用 「また、比丘たちよ、その同じ女性が死体で墓場に捨てられ、死後一日、...
ゴータマ・ブッダが説く「色(物質、容姿)の危難とは何か?①」四聖諦を理解するために。「苦Dukkhaドゥッカ」の意味とは?大苦蘊経 PART11[次第説法44 色(物質、容姿)の危難]
↑ 前回の続きです。 今回は、「色(物質、容姿)の危難」についてです。 パーリ語仏典 中部経典第13 大苦蘊経(mahaa dukkha khanda sutta) 片山一良訳 大蔵出版 P243~から引用 色の危難 「つぎに、比丘たちよ、もろもろの色の危難とは何か。ここに...
ゴータマ・ブッダが説く「色(物質、容姿)の楽味とは何か?」四聖諦を理解するために。「苦Dukkhaドゥッカ」の意味とは?大苦蘊経 PART10[次第説法43 色(物質、容姿)の楽味]
↑前回の続きです。 今までは↓ 一方に坐ったポッカラサーティ・バラモンに、世尊は、順々の話[次第説法]をされた。 すなわち、布施の話、戒の話、天の話、もろもろの欲望における危難、卑劣・汚れを、離欲における功徳を説明された。 世尊は、ポッカラサーティ・バラモンが従順な心になり...
「宗教は人間の妄想を商品化しているだけです。」と、その老師は言いました。あ、老子じゃなくて、老師、ね。その老師とは、テーラワーダ仏教を、日本に伝えた人。摩訶不思議を遠ざけ、大乗仏教の妄想を打ち砕き、ありのままに生きることを説く、本来の仏陀釈尊の教えは、お
ゴータマ・ブッダが説く「欲の出離、解放とは何か?」四聖諦を理解するために。「苦Dukkhaドゥッカ」の意味とは?大苦蘊経 PART9[次第説法42 欲の出離、解放]
前回の続きです。↓ 仏教で言う「苦 Dukkhaドゥッカ」とは何か?四聖諦を理解するために。大苦蘊経 PART1[次第説法33 欲の欠点、危難⑧ 離欲の利点、功徳⑥] - インド最初期仏教への誘い 「比丘たちよ、そのように語る異教の遊行者たちには、このように言うべきです。 ...
ブッダが説く布施と天界への道の一例[次第説法22 布施の話⑨ 天界の話①]
在世時のブッダ釈尊その人が一般在家に直接ご自分の教え(仏教)を説いた代表的な方法。次第説法2[次第説法 概要 その②] - インド最初期仏教への誘い ↑ 一方に坐ったポッカラサーティ・バラモンに、世尊は、順々の話[次第説法]をされた。すなわち、布施の話、戒の話、天の話、もろ...
まとめ 四聖諦を理解するために。「苦Dukkhaドゥッカ」の意味とは?大苦蘊経 PART8[次第説法41 欲の欠点、危難]
今までのまとめです。まず↓ 仏教で言うところの「人間が得る欲の楽味、楽しみ」とは何か?四聖諦を理解するために。「苦Dukkhaドゥッカの意味とは?」大苦蘊経 PART2[次第説法34 欲の楽味、楽しみ①] - インド最初期仏教への誘い ここで、ゴータマ・ブッダは、人間の欲の...
善行為を行うと天に行き、再び生まれ変わり、吉祥相を備えて、王かブッダに。[次第説法25 布施⑪ 天界の話④]
この続きです。釈尊の過去世において、 四摂事 (1) 布施 (2)愛語(親愛の語) (3)利行(利他行) (4) 同事 (協同による。物事において同事なること。それぞれの人に対して、自分と同じにすること) を行うことによって、その後どうなったか?の記述です。本当の話だったら...
ブッダが説く、慈しみの心の修練と天界への道[次第説法24 慈悲喜捨① 天界の話③]
↑ 一方に坐ったポッカラサーティ・バラモンに、世尊は、順々の話[次第説法]をされた。すなわち、布施の話、戒の話、天の話、もろもろの欲望における危難、卑劣・汚れを、離欲における功徳を説明された。 →苦・集・滅・道 [苦 ・苦の生起・苦の滅尽・苦の滅尽にいたる行道という四聖諦]...
ブッダ自ら説く、ご自分の過去世について。[次第説法23 布施の話⑩ 天界の話②]
続きです。 ゴータマ・ブッダ自ら、ご自分の過去性について語られています。 如是語経 原始仏典八 ブッダの詩 p215からの引用 長崎法潤 渡辺顕信 訳 講談社 二つの利得 たしかに次のことを世尊が説かれた、尊むべきお方が説かれた、と私は聞いている。 「比丘たち、功徳を恐れ...
なぜブッダにとって貨幣、五欲は不浄なのか?part②[次第説法21 布施⑧ 欲の欠点、危難②]
前回の補足です。 在世当時の釈尊は「いかなる理由でも自分は現金は受け取らない」という証言がある経典のご紹介 Part 2[次第説法19 布施⑥] - インド最初期仏教への誘い ↑釈尊曰く 「聚落主よ、金銀の浄なるものには五種の欲も亦淨なり。」 「村長さんよ、金銀貨幣が浄なら...
なぜブッダにとって貨幣、五欲は不浄なのか?[次第説法20 布施⑦ 欲の欠点①]
↑ この続きのまとめです。今回は 前回、釈尊がこのパーリ語経典の中でおっしゃられた 「聚落主よ、金銀の浄なるものには五種の欲も亦淨なり。」 「村長さんよ、金銀貨幣が浄ならば(清らかならば)、五種の欲(眼耳鼻舌身からの欲、刺激)もまた浄(清らか)ですよ。」 の意味の僕個人の感...
在世当時の釈尊は「いかなる理由でも自分は現金は受け取らない」という証言がある経典のご紹介 Part 2[次第説法19 布施⑥]
この続き、part 2です。 南伝大蔵経第16 巻上 相応部経典五 立花俊道訳 P29からの引用 「げにも聚落主よ、是の如く説く汝は余の所談を談ずるものにして非実を以て余を誹謗することなし。余の法に随順して法を説明し、誰なる随順説の同法者も非難さるべき地位に陥ることなし。 ...
在世当時の釈尊は「いかなる理由でも自分は現金は受け取らない」という証言がある経典のご紹介 Part 1[次第説法18 布施⑤]
↑この続きです。 当時の在家一般人がゴータマ・ブッダ、釈尊その人に、現ナマ、現金、金銀をお布施した場合、果たしてそれを受け取るのか?という経典のご紹介です。 古い翻訳ですみませんが、 南伝大蔵経第16 巻上 相応部経典五 立花俊道訳 P29からの引用 第十 ある時世尊...
修行者にお布施をするとは?シンガーラ経別名「六方礼経」[次第説法17 布施④]
この続きです。 では今度は修行者にお布施をすると修行者との係わりはその後どうなるのか?という記述があります。 (シンガーラ経 長部パーリ仏典5 片山一良訳 大蔵出版P384 〈六方礼経〉南方仏教基本聖典 P60から引用) 上方=沙門・バラモン 資産家の子よ、五の理由によって...
在家一般人のみを説法対象とした処世訓的なシンガーラ経(Singala-sutta) 別名「六方礼経」の概略[次第説法16 布施③]
この回でご紹介した在家一般人のみを説法対象とした処世訓的な、シンガーラ経 (Singala-sutta) 別名「六方礼経」の概略をご紹介したいと思います。 (シンガーラ経 長部パーリ仏典5 片山一良訳 大蔵出版P20〜 梗概 シンガーラ経 (Singala-sutta) 別...
「未来の苦」を作り出す元は現世の欲(kaama)。四聖諦を理解するために。「苦Dukkhaドゥッカ」の意味とは?大苦蘊経 PART7[次第説法40 欲の欠点、危難]
↑前回の続きです。 人間が生活をし、時に余暇を楽しむためには(=人間が持つ眼、耳、鼻、舌、身という感覚器官から喜びを得るためには)、煩わしいリスクを同時に受けなければならない、また来世へのリスクも同時に受けなければならないという事の考察が続きます。 パーリ語仏典 中部経典第...
https://cattaariariyasaccaani.muragon.com/entry/3.html 「アーナンダよ、他の者に法を説くことは容易でありません。 アーナンダよ、他の者に法を説こうとするならば、内に五法を確立して、他の者に法を説くべきです。 五とは何か?...
国家権力を持たない庶民、盗賊が欲のために犯罪を犯すと、時の国王に処刑される。四聖諦を理解するために。「苦Dukkhaドゥッカ」の意味とは?大苦蘊経 PART6[次第説法39 欲の欠点、危難]
↑ 前回の続きです。 人間が生活をし、時に余暇を楽しむためには(=人間が持つ眼、耳、鼻、舌、身という感覚器官から喜びを得るためには)、煩わしいリスクを同時に受けなければならないという事の考察が続きます。 パーリ語仏典 中部経典第13 大苦蘊経(mahaa dukkha kh...
↑で記載されています、 世尊は、順々の話[次第説法]をされた。 すなわち、布施の話、戒の話、天の話、もろもろの欲望における危難、卑劣・汚れを、離欲における功徳を、〜四聖諦を説き示された。 この次第説法の最後に四聖諦を説くための導入部分に当たる「布施」について今回ご紹介してみ...
↑ 前回の続きです。 人間が生活をし、時に余暇を楽しむために(=人間が持つ眼、耳、鼻、舌、身という感覚器官から喜びを得るために)は、煩わしいリスクを同時に受けなければならないという事の考察が続きます。 パーリ語仏典 中部経典第13 大苦蘊経(mahaa dukkha kha...
預流道果になった人の残っている苦(dukkha)はあとどれくらいあるのか?[次第説法13 四聖諦⑤]
↑この続きです。 一旦、四聖諦を現観して、洞察して、四聖諦を了解している人に、あと残っている苦はどれくらいなのか?というパーリ語経典のご紹介です。 相応部経典 第二 現観相応 P497 〜から引用 片山一良訳 大蔵出版 Ⅰ 爪先経 (Nakhasikhā-sutta) ...
「人間が得る欲の危難(障害、煩わしさ)とは何か?」『意見の違い』 四聖諦を理解するために。「苦Dukkhaドゥッカ」の意味とは?大苦蘊経 PART4[次第説法37 欲の欠点、危難]
人間が生活をし、時に余暇を楽しむために(=人間が持つ眼、耳、鼻、舌、身という感覚器官から喜びを得るために)は、煩わしいリスクを同時に受けなければならないという事の考察が続きます。 ↑ 前回の続きです。 パーリ語仏典 中部経典第13 大苦蘊経(mahaa dukkha kha...
預流道果になるとその後その人間はどうなるのか?ゴータマブッダが比丘に説く。[次第説法12 四聖諦④]
次第説法の最後の項目である四聖諦を正しい智慧で、在家一般人も出家修行僧も見るならば、その人間はその後、どうなるのか?をゴータマブッダその人が出家修行僧に説いたお経です。 (原始仏典八 如是語経 長崎法潤 渡辺顕信 訳 講談社 P217から引用) 二四 ヴェーブッラ山 たしか...
仏教で言う「人間が得る欲の危難(障害、煩わしさ)」とは何か?四聖諦を理解するために。「苦Dukkhaドゥッカ」の意味とは?大苦蘊経 PART3[次第説法36 欲の欠点、危難]
↑ 前回の続きです。 パーリ語仏典 中部経典第13 大苦蘊経(mahaa dukkha khanda sutta)片山一良訳 大蔵出版 P237から引用 欲(kaama)の危難 (障害、煩わしさ) 「つぎに、比丘たちよ、もろもろの欲の危難(障害、煩わしさ)とは何か? 比丘た...
四聖諦を理解する事とは、沙門バラモン中の沙門バラモンである。〜次第説法11[次第説法 四聖諦③]
前回の補足です。 前回「いくら他の仏教知識を学び、知っていても 四聖諦を知って本当に理解していないならば、それは意味が無い。」的な雲や雨の喩えだったと思うのですが、 では歴史上の人物であったとされるゴータマブッダは四聖諦の重要度を他の経典ではどう話されていたのでしょうか? ...
仏教で言う「人間が得る欲の楽味、楽しみ」とは何か?四聖諦を理解するために。「苦Dukkhaドゥッカの意味とは?」大苦蘊経 PART2[次第説法34 欲の楽味、楽しみ①]
↑この前回の続きです。 パーリ語仏典 中部経典第13 大苦蘊経(mahaa dukkha khanda sutta)片山一良訳 大蔵出版 P237から引用 欲の楽味 「比丘たちよ、もろもろの欲の楽味とは何か。比丘たちよ、つぎのような五種の欲妙があります。五とは何か。 眼によ...
ゴータマブッダの主張。初期仏教では何故最も四聖諦の理解が重要なのか?次第説法10[次第説法 四聖諦②]
前回の補足なりますが、如何に四聖諦の理解が最も大事か?と言うゴータマブッダの説法をご紹介します。 手元に古い訳文しかないので、すみませんがそれを引用致します。 (南伝大蔵経 増支部経典 第四集 第一雲品 P181から引用) 「比丘衆よ、此等は四の雲なり、何をか四とす。 ①鳴...
仏教で言う「苦 Dukkhaドゥッカ」とは何か?四聖諦を理解するために。大苦蘊経 PART1[次第説法33 欲の欠点、危難⑧ 離欲の利点、功徳⑥]
一方に坐ったポッカラサーティ・バラモンに、世尊は、順々の話[次第説法]をされた。 すなわち、布施の話、戒の話、天の話、もろもろの欲望における危難、卑劣・汚れを、離欲における功徳を説明された。 世尊は、ポッカラサーティ・バラモンが従順な心になり、柔和な心になり、 障りのない心...
【読書】『ブッダが説いたこと』で初期(原始)仏教について知ろう!
「初期仏教」の概説書 マインドフルネス、瞑想や禅、ヨガなどの心に関するエクササイズが注目されて久しいですが 人によってはそれらの元になった初期仏教(原始仏教)について興味を持った方もいるのではないでしょうか?
やはり、パーリ語経典の中には次第説法の詳しい記述はありませんでした。次第説法9[次第説法 概要⑨]
では次第説法についてもう少し調べてみますと、(パーリ語仏教辞典 パユットー著 野中耕一訳から引用。) 次第説法 (Anupubbi kathaa : progressive sermon graduated sermon subjects for gradualins...