釈尊の般涅槃に対する弟子の感想①(拝啓 平田篤胤先生52)
江戸時代末期の国学者・平田篤胤(1776~1843)の『出定笑語』の内容は、一言で言えば仏教批判である。当然にその矛先は、仏教の開祖である釈尊(釈迦牟尼仏)へと向かうが、その向き方は遠慮が無いというか、批判ありきで見ているところもある。今回は篤胤が、釈尊の般涅槃に対して、弟子達がどのように考えたかを示しているため、どう評したかを見ておきたい。扨こヽにかの迦葉は五百の弟子どもと耆闍屈山といふ処に〈是は拘尸城をはなること五十由旬と云事で御国道にして四十里ほどある〉道を弘め居たる所が、何となくむなさはぎがいたす故、釈迦のことが気になりかの大勢の弟子どもと釈迦のおつたる拘尸城へといそぎ来る道に、一人の婆羅門法師が手に曼陀羅華と云花を持ち来るに行逢つて、そちはどちらからきたぞ、我師は何処にあると問ふた処が、それが答...釈尊の般涅槃に対する弟子の感想①(拝啓平田篤胤先生52)
2025/06/29 16:09