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江戸時代末期の国学者・平田篤胤(1776~1843)の『出定笑語』の内容は、一言で言えば仏教批判である。当然にその矛先は、仏教の開祖である釈尊(釈迦牟尼仏)へと向かうが、その向き方は遠慮が無いというか、批判ありきで見ているところもある。今回は釈尊の身体の色について描かれた内容に対する、篤胤の扱い方を見ておきたい。さて釈迦の身体が無量の金色大光明を放たと云事、それも随心の羅漢弟子といふにばかり左様に見へて、いまだ釈迦を深く信ぜぬ者は罪がふかいによつて、釈迦を場灰色やせ婆羅門と見たと云事が観仏三昧経と云に見へて有が、こりや合てんのゆかぬ事でござる。然にかやうの隔があるといふは、つらつら考ふるに、信ずる者は迷によりて金色大光明の体とみなす。信ぜぬものは迷はぬによりて有のままに灰色のやせ法師とみへるではないかと思...釈尊の身体の色について(拝啓平田篤胤先生49)