今回の鹿児島宮崎旅行は、1月2日に予約した時点で、天気については、完全に運任せでした。4月にした理由は、線状降水帯を避けるため。天気は運任せとは言うものの、青島に行くときだけは、晴天がいいなあ、とは思っていました。そこで、天使にお願いしたのです。可能であれ
定年まで数年を残して介護離職したのち、父を自宅で看取り、その二年後に母も天国へ。風の時代の上昇気流に乗りながら、日々の暮らしでの気づきと心象風景を綴っています。
今回の鹿児島宮崎旅行は、1月2日に予約した時点で、天気については、完全に運任せでした。4月にした理由は、線状降水帯を避けるため。天気は運任せとは言うものの、青島に行くときだけは、晴天がいいなあ、とは思っていました。そこで、天使にお願いしたのです。可能であれ
ホテルで少し仮眠をとったのち、街へと繰り出すも、夕暮れが近づいていました。人生が暮れていくように、一日も、暮れていきます。夕暮れ時は、内省に、拍車がかかります。こうして自由に、一人旅ができることの幸せを、噛み締めながら、孤独を楽しめる人こそが、本当の意味
いやあ、今回の体調不良は、長かったです。でも、5月3日は、つつがなく三人会ができました。予定通り、IさんやAさんと、しっかり話ができたのは良かったです。普段はネットもパソコンでしか見ない僕は、スマホって外出した時にしか使いません。そのせいか、2016年に買っ
鹿児島滞在中から、着信履歴はあるものの、電話が鳴らないという現象が、続いていました。仕事をしているわけではないので、困ったことにはならないのですが、履歴の相手は図書館。リクエストしていた新刊が、入ったという連絡でしょう。律儀にも、一日に4回ほど、かけてきて
当初予定していた鹿児島旅行では、指宿方面を周るつもりでした。砂風呂で有名ですよね。その後、霧島神宮が近いことを知り、そちらにいざなわれるように。いつもはビジネスホテルに泊まる僕が、珍しく温泉宿に泊まることになったのも、こっちへ来いと、龍馬さんが引っ張って
鹿児島宮崎旅行から帰ってきて、体調を崩してから、結局10日ほど寝込んだことになります。少し体重も落ち、体力も落ちているため、昨日は久しぶりに外出。5月3日の3人会までに、体調を整えねばなりませんからね。久しぶりに小金井公園に行ってきました。西所沢経由の、西武球
これは個人差があることかとは思いますが、65歳を過ぎてから、いろいろなところで、体力の限界を感じます。一度体調を崩すと、戻るのに時間がかかるのも、50代のころに比べたら顕著。これに対応するには、知恵を使うしかありません。旅行後の体調不良が長引いていますが
僕が投資をしていたころ、あるいは今も塩漬け銘柄を持っているから、端くれかもしれませんが、日経平均6万円など、予想の上の上。2万円に達した時に、喜んだのは覚えていますが、3万円などはずいぶん先の話か、そんな未来は来ないかもねと思っていたら、4万円を超え、5
旅行から帰って来てから、18日19日20日21日と、4日間を寝込んだ僕は、やっと昨日の昼近くになって外出。返却期限を過ぎてしまった図書館が、いくつかあり、その中の一つの図書館に行ったあと、はま寿司へ。通常は9皿か10皿食べるのですが、病み上がりのため、6皿しか食
旅行に行く前に、冷蔵庫をほぼ、からの状態にしてあったので、帰宅した翌日、買い物に行きました。 微熱は、旅行4日目の朝から、続いていたのですが、気が張っていたためか、少しだるい程度でした。帰宅した翌日は、買い物ができるくらいの、元気はあったのです。買い物はし
世界で最も影響力のある100人に、高市総理が選ばれましたが、影響力のほとんどないこのブログは、更新頻度が開いても、お気楽なもの。ということで、前記事から、かなり間が開きましたが、鹿児島と宮崎に行ってきました。40代のころに、福岡、佐賀、長崎を回った旅以来の、
若いころは、誰かと一緒に行く旅行というのも、それなりに楽しかったのですが、 今はもう一人旅一択ですね。その心は、まさに、今日のタイトルの如し。他者との旅行は、一泊が限度でしょうね。それも相手は、AさんやIさんのように、深い話を長時間話せる人でないと厳しいかな
以前よりも外食する数が減ったのは、物価高騰による当然の成り行きですが、誕生月であった3月は、久しぶりにステーキ宮へ。今回は行田店でランチ。もはや持ち株も、塩漬け銘柄のみとなった僕が、現金支出なしに食べられる貴重な店です。誕生月にはパフェも無料に。ブロンコビ
旅行に限らず、支払いの9割近くは、クレカの一回払いで、残りが現金払いの僕は、何とかペイというのは、一切やっていません。では、大阪旅行の集計をします。残っているレシートは、わずかに3枚。帰宅後、パソコンの画面で、クレジットの支払い項目を確認。日付と使用した店
60代も後半になって、初めて大阪に行った僕が、最初に感じた違いは、エスカレーターでの立ち位置。東京をはじめ、一都6県どこに行っても、エスカレーターでは、左側に立ちます。ところが大阪では、皆、右側に立っていました。なんばでも、梅田でも、エスカレーターでは皆
31年前に発生した、地下鉄サリン事件では、多くの人が亡くなり、同時に、カルト宗教の怖ろしさを、世に知らしめました。当時オウム真理教と、よく比較されていたのが、幸福の科学でした。田原総一朗の番組で、オウム信者と幸福の科学信者とが、討論したこともあったほどで
ブログパトロールをしていると、飼っている犬や猫のことを、記事にしている人が多くいます。猫はどの種類も好きですが、犬だと、シーズーが、いちばん好きかな。あるいはまた、国内外を問わず、旅行のことを書いている人もいます。 あるいはまた、日々の仕事に追われ、生活の
大阪滞在四日目の朝、三泊した部屋に感謝して、ホテルを出ると、堂島川に沿って歩きました。ビル街のリバーサイドを歩く気持ちよさ。ときおり陽も差してきて、さほど冷たくない朝の風が心地よく、京阪中之島線に沿って歩く感じ。高層ビルだけでなく、歴史を感じさせる建物も
天下茶屋商店街の先を歩いていくと、阪堺線の北天下茶屋駅に。 駅直結のお店も、そそられます。都電荒川線にも、確か駅のホームに直結する店が、あったように記憶しています。雨の中、地下鉄の堺筋線の駅に戻ると、何やら不穏な気配が。運転見合わせとのこと。阪急京都線の
大阪滞在中の4日間のうち、初日以外は雨に降られました。滞在しているホテルの近くに、野良猫の餌やり場があって、ボランティアなのか、ちょっと浮浪者風の男の人が、猫の世話をしているのを見ました。猫も、雨に濡れるのは嫌でしょうから、ひょっとしたらこれは、猫が逃げ込
恵美須町駅で、堺筋線に乗り、天神橋筋六丁目で谷町線に乗り換えて、千林大宮へ。ここにあるのが、千林商店街です。この商店街に、ヘアーサロンイワサキがあるので、行ってみましたが、待っている人が6人ほどいて、髪切りを断念。 タイムサービスを狙って、690円でやって
サラリーマンの通勤時間帯にホテルを出た僕は、阿波座から中央線に乗って大阪港へ。阿波座の隣駅九条にも、商店街があるのですが、商店街巡りは少し中断して、大阪港に向かったわけはお天気。天気の良い時に、行っておきたいところがあったのです。大阪港で降りる観光客の多
千日前線の今里駅で降りた僕は、東成しんみちロードへ。6つの商店街がつながっていて、いきなり天神橋筋商店街に行くよりも、こうしたところから始めるのが僕らしい、と。今日はまだ空が晴れていますが、雨の日でも、アーケードのある商店街はありがたい、と。 ここで一度ア
脂肪肝のため、去年の12月ごろから、食生活の改善をしています。また、内省と読書など、興味のあることへの傾倒から、運動不足になりがちな点も反省し、生活時間の隙間に、軽いエクササイズなどもしています。そんな今の僕の生活で、食生活が乱れるとしたら、それは旅行中
オリンピックが終わりましたが、日本勢の活躍は素直に喜びつつも、千葉百音選手の寂しそうな表情が気になり、癒しの光を送りました。テレビを見ていても、ブログを読んでいても、この人今ちょっと辛そうだなと思った時は、瞬時に癒しの光を送ります。ほんの数秒、思いを向け
今日はちょっと、暗い話になりますが、ご容赦ください。暗い話が苦手な方は、ここで、読むのをやめてください。政治や国際情勢に疎い僕ですが、この1カ月ほど、中国の情勢が気になり、複数のユーチューバーの動画を見ています。その中の一人、柯 隆(か・りゅう)さんの、「
先日、まーちゃんのお店から出てきた人が、もう飲めませんよと言いながらも、上司らしき人に連れられて別の飲み屋へ。サラリーマンは大変だと思いながらも、僕はと言えば、組織に縛られない、今の年金生活の自由さを、改めて再確認。そうなんですよ、サラリーマンて、意外に
ショコラさんのブログでは、高校時代の仲間と月に一度ほどの頻度で、小旅行やランチを楽しんでいる記事を見るのですが、人生を楽しんでいるなあと、思いつつも、男だと、とてもこうはいきません。まず、会っても、話が弾まない、と。そして結果として、同じ話を繰り返しなが
筑後川水系のダム貯水量の低下から、減圧給水が福岡県内7市町で実施されているのを、テレビで見たのですが、このまま雨が降らないと、関東地方でも同じようなことになるかも。いろいろなものが、極端に表れ始めている昨今、豪雪と渇水も、その一例。関東地方は、山のほうを除
八高線沿線で生まれ育った僕にとって、最初に知った大都会が、八王子でした。父が世界救世教の信者だったため、何かというと八王子にある布教所に、幼いころから連れていかれました。で、父に手を引かれて幼い僕が、歩いて通ったその布教所は、駅からはかなり遠く、元横山町
中国では、習近平の独裁色がさらに強くなり、「紅二代(革命元老の子弟)」も、分離へと向かっています。 2022年から2025年までの4年間は、古い地球と新しい地球が、分離していく移行期であることは、風の時代の話をしてきた僕が、かつて何度か触れたこと。中国、ロ
新大阪駅で新幹線を降りて、地下鉄御堂筋線に乗って、さあ大阪の街歩きをと思い、最初に降りる駅が、北花田駅という人は、少ないのではないでしょうか。えー、そんなところに、なんか面白いところでもあるのー?と、思うでしょ。あるんですよ。ちょっと、行ってきまーす、とい
これは変な話であり、人気のない話だと思うのですが、10人に一人くらいの人には、とても役立つかもしれません。僕は宗教遍歴が多く、宗教ジプシーのように、一部の人からは思われていたりします。他人からは、節操がないように見えても、本人の中では、一貫して求めるもの
昨年12月から、内省への思いが、夜の静寂のように広がり、内面を見つめる時間が長くなり、冬至を超えて、それに拍車がかかり、気づけば冷蔵庫が空っぽに。今年最初の記事をアップした6日の朝、空腹を覚えた僕は、冷蔵庫にあるもので朝食を食べ、午後になって地元の神社へ
2025年の12月は、ほぼ家にこもりきりで内省し、前半は古代中国史の研究、後半はレヴィ・ストロースの構造主義について考察。そして同時に、5年間の振り返りもしました。僕が使っているのは5年日記で、2021年から2025年までの、日々の出来事と気づきを記した
今年一年を振り返ると、物価の値上げが大きかったな、と。熊も、エサがないと里に出てくるように、人間も、物価上昇に追われるようにして、安いスーパーを転々としたりとか。低所得者ほどインフレの影響が大きいのは、食料品などの生活必需品ほど、原価率が高いから。原価率
キングダムという漫画を、知っている人は多いと思いますが、中華を初めて統一した始皇帝の話です。主役はその下で働く、大将軍を目指す青年ですが、英雄豪傑があまた現れ、戦場を血に染めたのち、やっと統一された帝国も、始皇帝一代で費える、と。息子の一人が、形ばかりの
35歳までフリーターだった僕が、仕事を得て、都内で遊んでいた時に、いちばん泊まった宿が、グリーンプラザ新宿でした。小さいながら露天風呂もあり、サウナや大浴場のあった、カプセルホテルでした。そのグリーンプラザ新宿が閉店して、もう10年近くになるのかと思い、
川上未映子さんの小説、黄色い家の中で、 主人公の伊藤花が、自分で稼いだ金だけが自分の金で、自分を守ってくれるのは誰かの金ではない。自分で稼いだ自分の金だけなのだ。と、内面でつぶやく場面があります。黄色は、僕も好きな色で、黄色の風景や、黄色の車、黄色の料理な
先週は、急に寒くなった日もあり、体調を崩している人も、多いかもしれません。僕も、このところの気温の変化で、微妙な影響を受けていますが、このような時こそ、内省の機会。ここ数年の恒例行事として、AさんとIさんと僕の3人会が、年3回のペースで、時期も、冬春夏に行
66歳になる今日まで、大きな病気もなく過ごせたのですから、基本的には、健康な部類に入るのかもしれませんが、時折、体調不良に見舞われます。それは主に、心臓のあたりが、苦しくなるのが多いです。実は、11月14日の県民の日にも、そのような症状に見舞われました。以
ブログで生活費を公開している人の中に、retire2kさんや、mushoku2006さんが、いますが、retire2kさんは、家賃4万円を含んで8万円台の暮らしだし、mushoku2006さんは、家賃4万円を含んで7万円台の暮らし。つまり、家賃を除く生活費は、それぞれ、4万円台と3万円台。こ
激混みを予想して、入間航空祭には行かなかった僕は、川越の一番街(蔵造りの町並み)が、試験的に歩行者天国にするというので、そちらのほうへ。大正浪漫夢通りは、もともと歩行者優先のところ。一番街はというと、車を締め出していました。時の鐘の前も、人が多い、と。で
無理な節約などはしなくても、なんとか暮らせている僕なのですが、先日、Iさん宅に招かれて、いろいろ話をする中で、今後の年金受給についても、話をする機会がありました。それは、今繰り下げ需給をしている厚生年金部分を、来年からはもらうというもの。つまり、来年からは
自分には、根を張れる場所がどこにもない、と、思っていました。 仕事のことです。周りを見渡すと、公務員になったり、安定した会社員生活を送っていたりと、特に何の問題もなさそうにして、生きている人ばかりでした。自分だけが、どこの会社に入っても、長続きがしない、と
曇り空が多い秋のこのごろ、少しでも晴れ間があると、外に出たくなります。今日行く予定だったのですが、昨日の昼頃に、木漏れ日があったので、マリーゴールドの丘へ。夢見橋を通って、坂を上ります。盛りは少し過ぎたとはいえ、まだ、充分に美しい。これ、人間の女性にも、
朝の4時ごろ目が覚めると、ブラインド越しに月の光が。きれいな三日月でした。さて、今日の話は、いささか深刻な内容。9月に久しぶりに東京に行った時、最初に降りた駅が東新宿。いくつか前の記事で書いた、一水会展に行く前に、かつて働いていた地を、歩きたくなったのです
昨日は、隣の市に住むAさんと、よさこいへ。薄曇りの中スタートしたのですが、会場巡りは、Aさんにお任せし、僕は導かれるままに見て回る、と。Aさんにおごってもらったたこ焼き。外でたこ焼きを食べるのは何年ぶりかな。大きな会館内でも、いろいろなイベントを、やって
長年の学校教育で、比較の弊害にさらされた結果、実に多くの人が、些細な比較の中で生きています。その結果、優越感と劣等感を忙しく行き来する、他者、もしくは外界に、振り回される人生となります。時間と空間を広げて俯瞰すれば、そんな比較は、害でしかないことがわかる
今の労働者の多くは、ハムスターの輪っかのような生活を、強いられていると思うのは、僕だけではないでしょう。足をどんなに速く動かしても、決して前には進めない、と。つまり、稼いでも稼いでも、賃上げ以上に物価が上がっている、と。それと、あまりにも、給料から、引か
20日の土曜日に、東京都美術館に行ってきました。今、ゴッホ展をやっていますが、そちらではなく、一水会展のほう。昨年知り合った女性画家のIさんから、今年も招待券をいただき、鑑賞させていただきました。日本全国の画家さんたちの作品が、20の室内に展示されています。
前記事で、田舎の親がなくなり、帰る故郷もなく、都会をさすらううちに、シニア世代になっていく人たちの、話をしたのですが、実家に帰って、親と暮らすようになる人たちの中にも、介護や親の世話といった問題が、浮上してくる場合もあります。妻も兄弟もいない単身者の場合
田舎の両親がなくなり、兄夫婦だけが残れば、もう故郷はない、と、彼は言いました。 彼、とは、僕が介護離職するまで、働いていたホテルに勤務していた後輩です。僕はバックヤード、彼はフロント業務だったのですが、地方出身者が、大学なり専門学校なりを出て、そのまま、都
台風も熊も、突然出現するようになった日本で、「楽しい日本」を作り上げていきましょう、との石破総理の言葉を思い出し、日本に来て、楽しいと思っている外国人旅行者は、多いのかもしれませんが、当の日本国民は、日々の暮らしを、どう思っているのでしょうか。60も半ば
猛暑とインフレが、家計を圧迫する8月も、1010品目の飲食料品が、値上げされました。物価上昇が止まらない昨今、値段が据え置かれたと思ったら、中身が減っていることも。 いわゆるステルス値上げですね。物価上昇に、年金額の見直しが追いついていかない以上、工夫が必
映画「国宝」が、大人気らしいのですが、吉田修一の作家的体力は、人間の闇を、見つめることができる力に、根差しているのかもしれません。「あそこに安売りの靴屋の看板があるやろ? あそこを右に曲がってまっすぐ田んぼの中を進んだところが高校やったと。それでこの道を
昨日は、AさんとIさんが、我が家に来てくれて、恒例の3人会を実施。13時から話し始めて、22時過ぎまで、話し込んだのですが、今回も、話題は、多岐にわたりました。その中で、日航機墜落事故の話も出て、Aさんからは、プラザ合意のことも、聞くことができました。今
今から40年前の8月、未曽有の航空機事故がありました。当時僕は、統一教会の洗脳下にあり、お前たちが責任を果たさないから、サタンが、エバ国家である日本を、打ったのだと言われました。 新聞もテレビも見られない集団生活で、上役であるアベルから、そのように言われ
8月は、二度、原爆を落とされた月。原爆投下直前、アメリカ軍の従軍チャプレンであった、ウィリアム・ダウニー大尉が、テニアン基地で、原爆を搭載したB29「エノラ・ゲイ」の、乗組員たちに向けて捧げた祈りは、以下のもの。全能の父なる神よ、あなたを愛する者の祈りをお聞
昨日は、隣町の鳩山町で39.1度。これで、何日、体温以上の気温が続くのかと思ったら、今日は40度予想。熊谷市が暑いと言われていますが、北関東の地方都市、たとえば、桐生市、伊勢崎市、前橋市、館林市、などのほうが、内陸度が深い分、暑いのではないかと。北関東で
7月に行った沖縄旅行でかかったお金を、公開したいと思います。羽田から那覇空港までの往復航空券と、ホテル3泊がセットになった料金が、30600円でした。かなりリーズナブルな価格だと思います。最初にその理由を説明すると、予約したのが二か月前という点と、ホテル
連日、体温を超す気温の日々が続いています。スマホで、自分の住む町の気温を見るのですが、午後2時を過ぎたころには、37度か38度になるのがデフォルト化。犬よりは暑さに強いとされる猫も、だいぶ、ばてている様子。あ、野良猫の話ですけどね。沖縄旅行でも、いろいろな
前記事で太宰府市や北見市の、暑さについて言及しましたが、日本の夏で一番涼しいのは、今や沖縄かもしれません。アメリカンビレッジの海辺で、スマホの現在地温度を見たとき、30度でした。海風が吹いていて、いつまでもそこにいられる気温でした。ちょうど僕が沖縄にいた、
弱さの自覚こそが強みになると思っている僕は、孔子よりも老子のほうに、親和性を感じていました。孔子の教えは立派ですが、それゆえにこそ、為政者に利用されやすい、と。老子は、そのあたりが老獪で、孫武や司馬懿などにも通じる用心深さも、魅力です。和光同塵や大器晩成
人生には、流れのようなものがあって、こればかりは、如何ともし難い。僕は、中国の、春秋戦国時代に興味があるのですが、人間の才覚と運命、努力の到達範囲と不条理、親ガチャ、国ガチャ、時代ガチャなどの、各種ガチャ等々、その混沌を思えば思うほど、人為的浅知恵のむな
今日一日、機嫌よく生きようと、不機嫌に生きようと、時間は確実に、過ぎていきます。どうせ過ぎていく時間なら、僕は、死ぬ最後の瞬間まで、毎日を、ずっと上機嫌で生きることに、決めています。さて、沖縄旅行の二日目は、宿を出ておもろまち駅へ。旭橋で降りて、バスター
僕は、自分の年金額を、写真付きで公開しています。そして、平均よりも、はるかに少ない年金で、幸せに暮らしています。先日、友人のAさんと、電話で話す機会があり、少ない年金で旅行しているのは、何か裏があるのではないかと、疑う人もいるのでは、とのアドバイスをいた
7月になった早々、鳩山町で、38.1度を記録。確か7月1日の、全国最高気温だったのではないかと思います。暑いので有名な、岐阜県多治見市もびっくりの気温でしたけど、鳩山町が38.1度の時は、隣接する僕の住む町も同じ暑さということ。で、7月7日から10日まで、暑い埼玉県から
飛行機に乗るのは7年ぶりでしたが、なんかいろいろ変わっていましたね。まず、二次元コードで、搭乗できるようになっていることを、知りませんでした。だからなんか、少し、不安でしたね。でも、慣れてみると確かに楽。今回は、松江市の同じホテルに3泊し、羽田と出雲空港の
今、大阪で万博が開催されていますが、彼が日本文化に出会ったのも、ニューオーリンズの万博でした。小泉八雲こと、ラフカディオハーンは、ギリシャ生まれ。その後、アイルランド、イギリス、フランス、アメリカ、さらに、カリブ海の島へ。 「古事記」の英訳を読んで、日本行
僕の生活は、メリハリがはっきりしていて、お金を使うところには使う、そして基本は、質素で素朴な生活。お金を使うところは旅行と外食、それ以外は、ほとんどレジャー費がかかりません。だから、少ない年金でも、何とかなっているのかな、と。ということで、少し遅くなりま
境港を歩いているときに、思ったこと。それは、スローペースで生きていく、ということ。強い日差しに、ややぐったりしながらも、街歩きを終え、米子経由で松江に帰り、早めの夕食後、宍道湖に行くと、すでに日は沈んだ後でしたが、夕焼けは見ることができました。その翌日は
同じ日に、日本神道の霊域から、妖怪界隈へ行くこととなった僕は、風の時代の風通しのよさを感じていました。出雲大社に行った日に、妖怪神社にも行った、と。でも、これこそが、風の時代。この地上世界だけでなく、霊界も、実は、風通しがよくなっています。水木夫妻の銅像
出雲大社にも、ずっと以前から行きたかったように、一畑電車にも、ずっと以前から乗りたいと思っていました。電車に揺られながら、宍道湖を眺めたいなあと、思っていたのです。ホテルを6時前に出て、始発の一畑電車に乗ると、さすがに乗客は少ない。通勤の高校生がいるくら
6月16日に、羽田から出雲空港に行き、17日の早朝に、出雲大社に参拝に行きました。長い参道を歩きながら、心をのびやかに広げていきます。出雲大社は、ずっと行きたいと思っていた場所。うさぎ君たちも、勉強をしたり、信仰心があって、素晴らしいねえ。まだ朝の時間だ
これはある程度個人差のあることではありますが、自分のペースで生きられるか否かが、ストレスに大いに関係するのではないか、と。僕などはまさにそれで、会社員生活がつらかったのは、他者のペースに合わせねばならなかったから。営業目標にせよ、納期にせよ、生産の効率化
函館には大宮から新幹線で行ったのですが、行きは4時間弱かかりました。これは、盛岡から先が、各駅のようになったため。帰りの新幹線は3時間半くらい。新函館北斗を出ると、新青森、盛岡、仙台、大宮と、これは速かったですね。二泊三日だったので、同じホテルに連泊。では
会津藩の要請により発足した新選組の、主な任務は、京都における反幕府勢力の取り締まりでした。その新撰組最後の地が、函館にあります。路面電車の終点、函館どっく前駅のすぐそば。今は、公園になっています。土方歳三は、新政府軍に囲まれた弁天岬台場に、救援に行く途中
おもしろきこともなきよをおもしろく、と、句の冒頭を言い残して死んでいった高杉晋作ですが、四面楚歌の状況で、ただ一人立ち上がり、伊藤博文のみが賛同し、情勢を見て後から加わった山形有朋らの押しもあり、不利な状況をひっくり返してからの快進撃は、一瞬の花火を見て
若いころに転職を繰り返していた僕にとって、仕事はどこも長く続くものではなく、それでも生きていくために働いていた職場で、当時は週休二日の会社も少なく、だとしたら、土曜日だけが楽しみで、特に仕事を終えた土曜日は、唯一のウキウキする時間だったことも。それが今は
ドラマ、「しあわせは食べて寝て待て」の影響を受けて、函館に行った時も、坂の途中にあるカフェで、薬膳ランチをいただきました。もやし入りつくねのキノコあんかけ、厚揚げと春雨のオイスターソース炒め、レンコンとピーマンのなめ茸和え、はんぺんのマグロたたき軍艦、切
失われた30年が、ぼやぼやしていると35年になろうかという状況下、5月21日、22日、23日の三日間、函館に行ってきました。幕末に活躍した人物で、僕が尊敬しているのは、吉田松陰、小松帯刀、渋沢栄一で、感銘を受けるのは、その影響力の大きさ。この三人は別格で
年をとればとるほど、住むところの快適さが、日々の暮らしに与える影響は、大きいと思っています。住環境、もしくは、職場も含めた自分のいる環境が、快適であるほど、相対的に幸福度は上がっていく、と。世間の評価ではなく、自分にとっての快適さ、ですけどね。前記事で、
人生に意味はあるかと問われれば、あるとも言えるしないとも言える、と。若い頃の僕は、人生の長さを思ってうんざりし、途方にくれたものです。それと言うのも、すぐに会社を辞めるため、家にいて、ぼーっとしている時間が長く、とりとめのないことを考えていたから。この先
お金がいくらあっても、仕事のノルマや、その他もろもろに追い回されていたら、心に余裕はありません。年金の実入りは少なくても、有り余る自由時間を好きに使えれば、自分次第でいくらでも、日々の生活を天国にできます。今日のタイトルを書きこんだときに、時代は今、とい
また仕事を辞めたのかと、親からも友人たちからも言われ続けた僕は、そんなことでは将来大変なことになるぞ、とも言われたものです。遠い将来の不安よりも、今生きている時間こそが苦しくて、職を転々とした二十代でしたが、今は人並みに年金などをもらい、つつがなく生きて
人生のほんとう、ならぬ、年金のほんとうを、公開します。この4月から、国民健康保険料と介護保険料が、少ない年金から、天引きされることになりました。僕はあまり、他人と比較することはないのですが、年金受給の世間相場は知っているつもり。このところの物価上昇もあり、
安くなってしまった日本に、押し寄せる外国人が行くのは、人気の観光名所。僕は、人が大勢いるところでは、人酔いしてしまうので、人混みは大の苦手。その点、埼玉県は、人気度ランキングで最下位近くにあるので、オーバーツーリズムで悩まされることも、ほぼほぼありません
友人たちの早すぎる死について、何度か書いていますが、セネカの「人生の短さについて」も、改めて、読み直したくなった今日この頃。 僕もこの3月で66になり、来し方を想うとき、人生の短さを、痛切に感じます。3月25日の夕刻に体調不良を感じ、26日27日と熱が出て、28日には
普段から静かに暮らしているのですが、先月からの体調不良で、今は、さらに静かに暮らしています。そんな中、お誘いいただいていたMさんの個展に、昨日、やっと行くことができました。さりとて、まだ体調が戻っていない身の上。画廊喫茶の開店後、すぐにお邪魔し、速やかに
西成ゴローの四億円で、登場人物の所持金、預貯金額、買入金、などが、画面に表示され、数字が、その人間の経済状況や、生き様を示すというのがありましたが、事程左様にお金の持つ意味は大きい、と、で、僕も今回初めて、旅行でいくら使ったのかの数字を、追いかけてみるこ
ラブ・ストーリーは突然に、という歌がありましたが、今回の僕の場合は、体調不良は突然に、という感じ。さいたま新都心に用があって、行ったのが25日。で、その日の夕方から体調が悪くなり、26日、27日と、家から一歩も出ないまま過ごし、今日、やっと外に出て買い物に。昨
夏目漱石の最後の小説「明暗」で、主人公の津田の叔父が、津田の父親を評して言った言葉が、緩慢なる人生の旅行者、でした。津田の叔父は東京から出たことはなく、一方の津田の父親は、広島に三年、長崎に二年というふうに、方々を移り歩かねばならぬ官吏生活。官吏生活の最
30年前の地下鉄サリン事件のことを、思い出していた僕は、5年前に横浜まで、上祐史浩氏に会いに行き、話をしたことを思い出しました。そのことについては、過去記事でも書いているので繰り返しませんが、また改めて、カルト宗教のことは、書いていきたいと思います。で、今日
ちょっとした勘違いではやぶさに乗り損ねた僕は、車窓を眺めながらすぐに気持ちを切り替えました。まだ昼を少し過ぎたばかりだし、今日と明日の予定を差し替えることにしました。明日行く予定の角館に、今日行ってしまおうと思った次第。盛岡駅で、少し立ち止まって山を眺め
乗り降り自由のキュンパスで、次に降りたのは福島駅。多くの駅がそうであるように、線路の両サイドが、同じように栄えているところはあまりありません。で、福島駅でも、栄えているほうの出口から街歩きを、と。 朝早く起きて歩き回ると、一日が長く使えます。この地ゆかりの
キュンパスを使って東北方面への旅を計画していたのですが、新幹線の連結誤作動問題で、発券していた指定席券が使えませんでした。この2枚の指定席は、幻となりました。旅行に限らず、人生には不安定要素があるのは織り込み済みなので、サクッと予定を変更。最寄り駅の始発に
新幹線の連結部分のトラブルにより、かなり影響を受けた昨日ですが、来週東北方面に行く僕にとっても、無関係ではありません。便利になった世の中ではありますが、同時に、脆さや危うさもある、と。それでも、世の中は、確実に、良いほうに向かっているのを強く感じます。以
シニア世代も二極化が進み、金融資産がたっぷりあって、優雅に平日ゴルフなどを楽しむ人たちもいれば、昨今の物価上昇で、節約も限界を迎え、刀折れ矢尽き尾羽打ち枯らして、貧困窶れから病気になる人もいるらしい、と。久しぶりに、つげ義春のねじ式を読んで、改めて傑作だ
先週の土曜日に、Jリーグの開幕戦を見たのですが、王者ヴィッセル神戸に対し、浦和レッズはよく戦ったな、と。スタジアムは満員に見えましたが、浦和レッズファンの多くは埼玉県民でしょうから、あの試合を見に神戸まで行ったのでしょう。日帰りで帰ってくるとしても、往復の
今回の鹿児島宮崎旅行は、1月2日に予約した時点で、天気については、完全に運任せでした。4月にした理由は、線状降水帯を避けるため。天気は運任せとは言うものの、青島に行くときだけは、晴天がいいなあ、とは思っていました。そこで、天使にお願いしたのです。可能であれ
ホテルで少し仮眠をとったのち、街へと繰り出すも、夕暮れが近づいていました。人生が暮れていくように、一日も、暮れていきます。夕暮れ時は、内省に、拍車がかかります。こうして自由に、一人旅ができることの幸せを、噛み締めながら、孤独を楽しめる人こそが、本当の意味
いやあ、今回の体調不良は、長かったです。でも、5月3日は、つつがなく三人会ができました。予定通り、IさんやAさんと、しっかり話ができたのは良かったです。普段はネットもパソコンでしか見ない僕は、スマホって外出した時にしか使いません。そのせいか、2016年に買っ
鹿児島滞在中から、着信履歴はあるものの、電話が鳴らないという現象が、続いていました。仕事をしているわけではないので、困ったことにはならないのですが、履歴の相手は図書館。リクエストしていた新刊が、入ったという連絡でしょう。律儀にも、一日に4回ほど、かけてきて
当初予定していた鹿児島旅行では、指宿方面を周るつもりでした。砂風呂で有名ですよね。その後、霧島神宮が近いことを知り、そちらにいざなわれるように。いつもはビジネスホテルに泊まる僕が、珍しく温泉宿に泊まることになったのも、こっちへ来いと、龍馬さんが引っ張って
鹿児島宮崎旅行から帰ってきて、体調を崩してから、結局10日ほど寝込んだことになります。少し体重も落ち、体力も落ちているため、昨日は久しぶりに外出。5月3日の3人会までに、体調を整えねばなりませんからね。久しぶりに小金井公園に行ってきました。西所沢経由の、西武球
これは個人差があることかとは思いますが、65歳を過ぎてから、いろいろなところで、体力の限界を感じます。一度体調を崩すと、戻るのに時間がかかるのも、50代のころに比べたら顕著。これに対応するには、知恵を使うしかありません。旅行後の体調不良が長引いていますが
僕が投資をしていたころ、あるいは今も塩漬け銘柄を持っているから、端くれかもしれませんが、日経平均6万円など、予想の上の上。2万円に達した時に、喜んだのは覚えていますが、3万円などはずいぶん先の話か、そんな未来は来ないかもねと思っていたら、4万円を超え、5
旅行から帰って来てから、18日19日20日21日と、4日間を寝込んだ僕は、やっと昨日の昼近くになって外出。返却期限を過ぎてしまった図書館が、いくつかあり、その中の一つの図書館に行ったあと、はま寿司へ。通常は9皿か10皿食べるのですが、病み上がりのため、6皿しか食
旅行に行く前に、冷蔵庫をほぼ、からの状態にしてあったので、帰宅した翌日、買い物に行きました。 微熱は、旅行4日目の朝から、続いていたのですが、気が張っていたためか、少しだるい程度でした。帰宅した翌日は、買い物ができるくらいの、元気はあったのです。買い物はし
世界で最も影響力のある100人に、高市総理が選ばれましたが、影響力のほとんどないこのブログは、更新頻度が開いても、お気楽なもの。ということで、前記事から、かなり間が開きましたが、鹿児島と宮崎に行ってきました。40代のころに、福岡、佐賀、長崎を回った旅以来の、
若いころは、誰かと一緒に行く旅行というのも、それなりに楽しかったのですが、 今はもう一人旅一択ですね。その心は、まさに、今日のタイトルの如し。他者との旅行は、一泊が限度でしょうね。それも相手は、AさんやIさんのように、深い話を長時間話せる人でないと厳しいかな
以前よりも外食する数が減ったのは、物価高騰による当然の成り行きですが、誕生月であった3月は、久しぶりにステーキ宮へ。今回は行田店でランチ。もはや持ち株も、塩漬け銘柄のみとなった僕が、現金支出なしに食べられる貴重な店です。誕生月にはパフェも無料に。ブロンコビ
旅行に限らず、支払いの9割近くは、クレカの一回払いで、残りが現金払いの僕は、何とかペイというのは、一切やっていません。では、大阪旅行の集計をします。残っているレシートは、わずかに3枚。帰宅後、パソコンの画面で、クレジットの支払い項目を確認。日付と使用した店
60代も後半になって、初めて大阪に行った僕が、最初に感じた違いは、エスカレーターでの立ち位置。東京をはじめ、一都6県どこに行っても、エスカレーターでは、左側に立ちます。ところが大阪では、皆、右側に立っていました。なんばでも、梅田でも、エスカレーターでは皆
31年前に発生した、地下鉄サリン事件では、多くの人が亡くなり、同時に、カルト宗教の怖ろしさを、世に知らしめました。当時オウム真理教と、よく比較されていたのが、幸福の科学でした。田原総一朗の番組で、オウム信者と幸福の科学信者とが、討論したこともあったほどで
ブログパトロールをしていると、飼っている犬や猫のことを、記事にしている人が多くいます。猫はどの種類も好きですが、犬だと、シーズーが、いちばん好きかな。あるいはまた、国内外を問わず、旅行のことを書いている人もいます。 あるいはまた、日々の仕事に追われ、生活の
大阪滞在四日目の朝、三泊した部屋に感謝して、ホテルを出ると、堂島川に沿って歩きました。ビル街のリバーサイドを歩く気持ちよさ。ときおり陽も差してきて、さほど冷たくない朝の風が心地よく、京阪中之島線に沿って歩く感じ。高層ビルだけでなく、歴史を感じさせる建物も
天下茶屋商店街の先を歩いていくと、阪堺線の北天下茶屋駅に。 駅直結のお店も、そそられます。都電荒川線にも、確か駅のホームに直結する店が、あったように記憶しています。雨の中、地下鉄の堺筋線の駅に戻ると、何やら不穏な気配が。運転見合わせとのこと。阪急京都線の
大阪滞在中の4日間のうち、初日以外は雨に降られました。滞在しているホテルの近くに、野良猫の餌やり場があって、ボランティアなのか、ちょっと浮浪者風の男の人が、猫の世話をしているのを見ました。猫も、雨に濡れるのは嫌でしょうから、ひょっとしたらこれは、猫が逃げ込
人生に意味はあるかと問われれば、あるとも言えるしないとも言える、と。若い頃の僕は、人生の長さを思ってうんざりし、途方にくれたものです。それと言うのも、すぐに会社を辞めるため、家にいて、ぼーっとしている時間が長く、とりとめのないことを考えていたから。この先
お金がいくらあっても、仕事のノルマや、その他もろもろに追い回されていたら、心に余裕はありません。年金の実入りは少なくても、有り余る自由時間を好きに使えれば、自分次第でいくらでも、日々の生活を天国にできます。今日のタイトルを書きこんだときに、時代は今、とい
また仕事を辞めたのかと、親からも友人たちからも言われ続けた僕は、そんなことでは将来大変なことになるぞ、とも言われたものです。遠い将来の不安よりも、今生きている時間こそが苦しくて、職を転々とした二十代でしたが、今は人並みに年金などをもらい、つつがなく生きて
人生のほんとう、ならぬ、年金のほんとうを、公開します。この4月から、国民健康保険料と介護保険料が、少ない年金から、天引きされることになりました。僕はあまり、他人と比較することはないのですが、年金受給の世間相場は知っているつもり。このところの物価上昇もあり、
安くなってしまった日本に、押し寄せる外国人が行くのは、人気の観光名所。僕は、人が大勢いるところでは、人酔いしてしまうので、人混みは大の苦手。その点、埼玉県は、人気度ランキングで最下位近くにあるので、オーバーツーリズムで悩まされることも、ほぼほぼありません
友人たちの早すぎる死について、何度か書いていますが、セネカの「人生の短さについて」も、改めて、読み直したくなった今日この頃。 僕もこの3月で66になり、来し方を想うとき、人生の短さを、痛切に感じます。3月25日の夕刻に体調不良を感じ、26日27日と熱が出て、28日には
普段から静かに暮らしているのですが、先月からの体調不良で、今は、さらに静かに暮らしています。そんな中、お誘いいただいていたMさんの個展に、昨日、やっと行くことができました。さりとて、まだ体調が戻っていない身の上。画廊喫茶の開店後、すぐにお邪魔し、速やかに
西成ゴローの四億円で、登場人物の所持金、預貯金額、買入金、などが、画面に表示され、数字が、その人間の経済状況や、生き様を示すというのがありましたが、事程左様にお金の持つ意味は大きい、と、で、僕も今回初めて、旅行でいくら使ったのかの数字を、追いかけてみるこ
ラブ・ストーリーは突然に、という歌がありましたが、今回の僕の場合は、体調不良は突然に、という感じ。さいたま新都心に用があって、行ったのが25日。で、その日の夕方から体調が悪くなり、26日、27日と、家から一歩も出ないまま過ごし、今日、やっと外に出て買い物に。昨
夏目漱石の最後の小説「明暗」で、主人公の津田の叔父が、津田の父親を評して言った言葉が、緩慢なる人生の旅行者、でした。津田の叔父は東京から出たことはなく、一方の津田の父親は、広島に三年、長崎に二年というふうに、方々を移り歩かねばならぬ官吏生活。官吏生活の最
30年前の地下鉄サリン事件のことを、思い出していた僕は、5年前に横浜まで、上祐史浩氏に会いに行き、話をしたことを思い出しました。そのことについては、過去記事でも書いているので繰り返しませんが、また改めて、カルト宗教のことは、書いていきたいと思います。で、今日
ちょっとした勘違いではやぶさに乗り損ねた僕は、車窓を眺めながらすぐに気持ちを切り替えました。まだ昼を少し過ぎたばかりだし、今日と明日の予定を差し替えることにしました。明日行く予定の角館に、今日行ってしまおうと思った次第。盛岡駅で、少し立ち止まって山を眺め
乗り降り自由のキュンパスで、次に降りたのは福島駅。多くの駅がそうであるように、線路の両サイドが、同じように栄えているところはあまりありません。で、福島駅でも、栄えているほうの出口から街歩きを、と。 朝早く起きて歩き回ると、一日が長く使えます。この地ゆかりの
キュンパスを使って東北方面への旅を計画していたのですが、新幹線の連結誤作動問題で、発券していた指定席券が使えませんでした。この2枚の指定席は、幻となりました。旅行に限らず、人生には不安定要素があるのは織り込み済みなので、サクッと予定を変更。最寄り駅の始発に
新幹線の連結部分のトラブルにより、かなり影響を受けた昨日ですが、来週東北方面に行く僕にとっても、無関係ではありません。便利になった世の中ではありますが、同時に、脆さや危うさもある、と。それでも、世の中は、確実に、良いほうに向かっているのを強く感じます。以
シニア世代も二極化が進み、金融資産がたっぷりあって、優雅に平日ゴルフなどを楽しむ人たちもいれば、昨今の物価上昇で、節約も限界を迎え、刀折れ矢尽き尾羽打ち枯らして、貧困窶れから病気になる人もいるらしい、と。久しぶりに、つげ義春のねじ式を読んで、改めて傑作だ
先週の土曜日に、Jリーグの開幕戦を見たのですが、王者ヴィッセル神戸に対し、浦和レッズはよく戦ったな、と。スタジアムは満員に見えましたが、浦和レッズファンの多くは埼玉県民でしょうから、あの試合を見に神戸まで行ったのでしょう。日帰りで帰ってくるとしても、往復の
マックのジャンクフードで空腹を満たし、一円でも安いものを求めて、アマゾンや楽天のセール期間中に買い物をするという、そんなチープな生き方がデフォルトになりつつある人が、増えているように思うのは、僕だけではありますまい。アマゾンやマックなどの大企業が、大衆を
「楽しい日本」を標榜する石破総理が、初めて良い仕事をしたと思ったのは、大阪高裁の判決について、上告しない方針を明らかにしたこと。「赤木さんのお気持ちそしてご遺族の気持ち考えたときにこの判決は真摯に受け止めるべきだとこのように考えて、上告しないということを
この世的な娯楽は、比較の心を増大させますが、そこに安らぎはありません。それに対し、内に向かう喜びは、比較や優劣のない絶対的な境地。向かうべきは内面であり、外側の事象は、その反映に過ぎません。諸々の事象は過ぎ去るものである、怠ることなく精進しなさい、と、仏