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雨降る日のとある山寺。花が咲く時期が早い今年ですが、こちらは5月連休末にまだ石楠花が咲いていました。花や葉っぱが雨に濡れてしっとりとした雰囲気でした。 山寺の山門の脇に咲く石楠花。苔むした木の脇にもしっとりと咲いている。 雨水が集まってサラサラ流れる小さな溝の脇にも。 境内の奥にある斜面には見事な花の宴。 もう、お分かりでしょうか。和歌山県高野山にある金剛三昧院。例年なら5月中旬に見ごろになる石楠...
ほぼ毎年高野山に来ていますが、今回(2019年8月)は初めて金剛三昧院に伺いました。 私たちが伺った時は空いていて、とてもゆっくりと過ごせたのでご紹介しますね。 こちらでは宿坊も...
多宝塔国宝の多宝塔は、北条政子が源頼朝の逝去に伴い創建した禅定院の規模を拡大し、金剛三昧院と改めた際、造営することになったものです。建立は貞応2(1223)年、高野山で現在残っている、もっとも古い建立物で、多宝塔としても、滋賀県大津市の石山寺に次いで二番目に古いものだそうです。本坊庫裏大広間の襖絵は、室町時代中期(1400年代)に活躍した小栗宗丹(おぐり・そうたん)によるもので、金地著色梅花雉子図(こんぢ...
高野山の金剛三昧院は、建暦元年(1211年)、北条政子の発願により、源頼朝の菩提を弔うために創建された寺で、始めは禅定院と称しており、落慶法会には、日本臨済宗の開祖である栄西も招かれ、開山第一世としました。承久元年(1219年)、源実朝の菩提を弔うために禅定院を改築し、金剛三昧院と改称し、以後将軍家の菩提寺として信仰されました。貞応2年(1223年)、北条政子が禅定如実として入道し、建立奉行を葛山景倫(願性)...
【番外編】大河ドラマ「鎌倉殿の13人」展でいただいたステキな高野山金剛三昧院【コラボ御朱印】
【番外編】 大河ドラマ「鎌倉殿の13人」 アリオ各店舗で順次開催されている 「鎌倉殿の13人」展。 大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の …
今回訪れたのはこちら金剛三昧院です。【所在】和歌山県伊都郡高野町高野山425【宗派】高野山真言宗【開基】北条政子(発願)【本尊】愛染明王【金剛三昧院】源頼朝の妻政子は頼朝亡き後、入道して二位禅定如実となり、先に建てた禅定院を金剛三昧院と改称し、行勇禅師を住持とした。筑前粥田庄などの荘園を寄進してここに学問をおこした。境内に勧学院を建て秋田城介泰盛などの尽力によって高野板の密教経疏を刊行して密教学を興...