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令和6年4月17日(水) 【旧 三月九日 大安】・清明 虹始見(にじはじめてあらわる)楽浪《さざなみ》の志賀の辛崎幸くあれど大宮人の舟待ちかねつ ~柿本人麻呂 『万葉集』 巻1-0030 雑歌さざ波寄せる志賀の唐崎は昔と変わらないけれど、大宮人が乗る船はいくら待ってもも
今日は休暇。午前中通院のため病院へ。掛かりつけの病院が職場近くとあって結局会社近くまで出かけるといった複雑な気分なんだけどまあしょうがない。単に来た道を引き返すのもなんだかな、と思ったので帰りはちょっと歩いてみることにした。 歩き始めた時点では小雨がぱらついていたが、しばらく歩くとすっかり晴れた。(iphone 14 pro) ランニングを始めてからは、週に何回か(0回の週も当然あるが)走って帰るという所謂帰宅ランをしていることもあって初めて通過する道ではないが、明るい時間帯、しかも午前中に通過することはほとんどなかったし、今日は歩きなのでスピードが違うので見る景色がまるで異なって感じた。まあ…
江戸川柳でたどる偉人伝(源平合戦時代①)俊寛・平忠盛・源義朝・常盤御前・平清盛・平忠度・平敦盛・斎藤実盛・源義仲・源三位頼政
「川柳」は「俳句」と違って、堅苦しくなく、肩の凝らないもので、ウィットや風刺に富んでいて面白いものです。今では、「サラリーマン川柳」や「シルバー川柳」など「〇〇川柳」というのが大はやりで、テレビ番組でも紹介されており、書籍も出ています。そこ
「辞世」の和歌や俳句などに見る死に直面した人の心の風景(その5)平安時代末期
団塊世代の私も73歳を過ぎると、同期入社した人や自分より若い人の訃報にたびたび接するようになりました。そのためもあってか、最近は人生の最期である「死」を身近に感じるようになりました。「あと何度桜を見ることができるのだろうか」などと感傷に耽っ
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