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聖母の無原罪の御宿りとは何か?原罪とは何か?無原罪の御宿りは私たちにどのような意味があるのか?
聖霊降臨後第十六主日大阪でのミサ説教トマス小野田圭志神父2024年9月8日聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。愛する兄弟姉妹の皆様、今日はマリアさまのお誕生日の祝日でもありますから、マリアさまの誕生の神秘について、特にマリアさまが無原罪であるということについて黙想することを提案します。何故このことを提案するかというと、実はつい最近ある日本人の神父様の本を読んだときにこの神父様は「無原罪の御宿り」の神秘について疑問を提示していて、よくわかっておられなかったからです。ですから、ぜひ皆さんには「無原罪の御宿り」について深い理解をお願いしたいと思っています。そして、もしも何か質問を受けたという場合には、正しく答えることができるようになさってください。まず無原罪を語るために、原罪とはいったい何なのか、また無...聖母の無原罪の御宿りとは何か?原罪とは何か?無原罪の御宿りは私たちにどのような意味があるのか?
聖母のご遺体はどこにあるのか? 聖母被昇天にまつわるエピソード
勿論、「聖母の被昇天」とあるのですから、私たちカトリック信者は、聖母が霊肉共に天国に上げられたとは普通に想像がつくはずです。だけでなく、これは、ピオ12世によって教義宣言されていたと思います。が、亡くなってから復活して体ごと天に上げられたのか、亡くなる前に上げられたのか、など、なお議論の余地はありましょう。これは、そのような聖書の間隙を埋める言い伝えです。カトリック教会の暦には、聖母の祝日がたくさんあります。でも、そのなかでもとりわけ、最も喜ばしく、また、もっとも親しまれているのは、聖母被昇天の大祝日(8月15日)です。この日に記念されることは、主に二つあります。①聖母マリア様の実に清らかなご臨終②聖母の、天主におけるたぐいない御栄えです。聖母が、聖霊降臨の日(主の復活後、40日目に主は昇天された。そのさ...聖母のご遺体はどこにあるのか?聖母被昇天にまつわるエピソード
無原罪の聖母の騎士会の講話会:東京でのファイファー神父様の予定です
2024年ファイファー神父様のミッションの予定です。大阪では、2月10日、無原罪の聖母の騎士会の講話で、15名の方々が奉献を更新し、5名の方が新しく入会されました。ありがとうございます!東京での講話会の予定を次のように修正いたします。2月11日:東京【ファイファー神父、東京でのミサ】08:30読誦ミサ(小野田神父)10:00ロザリオ11:30歌ミサ(ファイファー神父)13:30講話[その1]14:30講話[その2]【ロザリオの祈りは個人的にお捧げ致しましょう】15:30無原罪の聖母の騎士会入会式2月12日:東京08:30読誦ミサ(小野田神父)10:00ロザリオ10:30歌ミサ(ファイファー神父)13:30講話[その3]14:30ドモルネ神父の東京での謝恩会MIJapanmissions2024withTi...無原罪の聖母の騎士会の講話会:東京でのファイファー神父様の予定です
愛する娘よ、これから私の話すことをよく聞きなさい。そしてあなたの長上に告げなさい。前にも伝えたように、もし人々が悔い改めないなら、御父は、全人類の上に大いなる罰を下そうとしておられます。そのとき御父は、大洪水より重い、今までにない罰を下されるに違いありません。火が天から下り、その災いによって、人類の多くの人々が死ぬでしょう。善い人も悪い人と共に、司祭も信者と共に死ぬでしょう。生き残った人々には、死んだ人々をうらやむほどの苦難があるでしょう。そのとき、私たちに残る武器はロザリオと御子の残された印だけです。毎日、ロザリオの祈りを唱えて下さい。ロザリオの祈りをもって、司教、司祭のために祈って下さい。悪魔の働きが教会の中にまで入り込み、カルジナルはカルジナルに、司教は司教に対立するでしょう。私を敬う司祭は、同僚か...秋田の聖母1973年10月13日
離教者とプロテスタントたちが、確信をもってカトリックの信経を宣言するとき、そして全てのユダヤ人たちが自発的に聖なる洗礼の秘跡を求めるとき、その時初めて、インマクラータ(無原罪の聖母マリア)は、その目的に達したことになる。聖マキシミリアノ・コルベ無原罪の聖母の目的聖マキシミリアノ・コルベ
マリアのありがたさーほめたたえよう 清いおとめ マリアを6-3
『ほめたたえよう清いおとめマリアを』聖エフレム原作、デルコル神父、江藤きみえ共訳・編◆6-3、マリアのしあわせ第3考察マリアのありがたさ④あなたは、さいわいです、おお、祝福された方よ。すべての女性は、感謝にみちて、あなたをみています。あなたによって、エヴァの呪いが、とかれたからです。世代から、世代にかけて、人々に、〔悪魔の〕へびが要求する罪の負債は、ことごとく、あなたによって、支払われたのです。あなたがお生みになったお方こそ、ありとあらゆる利益を、世にもたらした宝です。あなたによって、光がかがやきだしたのです。この光によって、やみと、やみの君〔である悪魔〕は、よわりはて、跡かたもなく、消えていきました。⑤あなたは、さいわいです、マリ了よ。おん子が、ふしぎな火のくるまに乗って、あらわれると、知恵ぶかいすべての天使...マリアのありがたさーほめたたえよう清いおとめマリアを6-3
救い主をもたらした乙女 ほめたたえよう 清いおとめ マリアを7
『ほめたたえよう清いおとめマリアを』聖エフレム原作、デルコル神父、江藤きみえ共訳・編◆7、救い主をもたらしたおとめ①典礼のことばをかりて、うたいましょう、「神のさいわいなおん母マリア、終生おとめ、主の神殿、聖霊の至聖所よ、あなただけが、よくわたしたちの主、イエズス・キリストのみ心にかなったお方であります。み民のために祈り、聖職者のためにとりなし、信心ぶかい女性のために取りついでください」。②「上は天に、下は地に、おお主よ、あなたの住まいは、おん父のふところに、永遠の昔から、マリアのひざの上に、ご降誕のときから」(第15篇のおりかえし)。第1考察一生涯のあいだずっとおとめである聖マリア聖エフレムの聖母をほめたたえる第15篇の賛歌は「火の車」ということばで、はじまっています。この「火の車」とは、予言者エゼキエルがみ...救い主をもたらした乙女ほめたたえよう清いおとめマリアを7
無原罪の御宿りとは、人類が原罪の呪いをはねのけて新しいエワが与えられたその瞬間を表わしている
2022年12月4日主日東京説教聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。愛する兄弟姉妹の皆様、まず今日お話する前に、心からの感謝の言葉を申しあげるのをお許しください。総長様の来日、そして視察のときに、聖歌隊の素晴らしい歌とそして侍者たちの素晴らしい奉仕、そして歓迎の皆様の温かい準備に、非常に総長様はそして事務局長も非常にお喜びになり、とてもよい滞在をすることができました。そして、総長様は私に皆さんへの挨拶の念を伝えてほしいとお願いをされました。言葉では表現できない非常に多くの感謝の念を持っているとのことです。特に日本のミッションについて特別の愛情と支援をすると約束してくださいました。日本からは特に聖なる日本の多くの日本人の司祭が出るようにと祈っていると、仰ってくださいました。ですから、どうぞ皆さんも、...無原罪の御宿りとは、人類が原罪の呪いをはねのけて新しいエワが与えられたその瞬間を表わしている
聖母の勝利は、絶対的で決定的で根本的で揺るぎのないものだった
2022年12月10日修道院での説教聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。愛する兄妹姉妹の皆様、12月8日木曜日には、正義の太陽であるイエズス・キリスト様がお生まれになる前に、暁の星であるマリア様が無原罪に御宿りこの地上に存在を始められたということを黙想しました。マリア様の無原罪の御宿りは、私たちにイエズス様の主の愛の力の大きさを教えてくれます。なぜかと言うと、マリア様の勝利は、絶対的で決定的で根本的で、揺るぎのないものだったからです。典礼では、「マリアよ、あなたは本当に、まったく本当に美しい!Totapulchraes,OMaria」と歌います。マリア様の罪の無さ汚れのない無原罪の御宿りはあまりにも美しかったので、天主でさえも罪の影さえもほんのちょっとした汚れでさえも見出すことができないほどの完全...聖母の勝利は、絶対的で決定的で根本的で揺るぎのないものだった
無原罪の御宿りの祝日は、私たちの霊的生活を向上させるために役立つ、五つのポイントを思い起こさせてくれます。
無原罪の御宿りについての説教2022年12月4日ドモルネ神父はじめに次の木曜日は、至聖なる童貞マリアの、無原罪の御宿りの祝日をお祝いします。何人かの聖人は、生まれる前に、原罪から清められました。預言者エレミア(エレミア1章5節)、洗者聖ヨハネ、そしておそらく聖ヨゼフがそうでした。このような生まれる前の清めは、偉大な聖人たちのためだけに定められた特別な恩寵です。しかし天主は、童貞聖マリアに対して、さらにそれ以上のことをなさいました。天主は、マリアを原罪から清められたのではなく、原罪から完全に保護なさったのです。マリアは、原罪の汚れなしに宿られたのです。これが、私たちが無原罪の御宿りの特権と呼ぶものです。マリアは、その存在の最初の瞬間から、完全に清らかなお方、聖なるお方、天主の御心にかなうお方だったです。今日...無原罪の御宿りの祝日は、私たちの霊的生活を向上させるために役立つ、五つのポイントを思い起こさせてくれます。
世のすべての母親の心を集めても、に比べれば氷山の一角にしかすぎないほど、聖マリア様の御心は深い愛を湛えておられます。聖ジャン・マリ・ヴィアンネ聖母の御心の大きさ聖ジャン・マリ・ヴィアンネ
聖アルフォンソ・リグオリ著『聖母マリアの栄光』より第5章「この涙の谷に泣き叫びてひたすら仰ぎ望みたてまつる」からの抜粋。副題「わたしたちが救われるためには、マリアのおんとりなしが必要である」より。既に述べたように、マリアのおんとりなしが、絶対に必要であるというのではない。なぜなら、イエズス・キリストの仲介だけが絶対的必要性をもっているからである。けれども、マリアのおんとりなしは、論理的に必要である。なぜなら、聖ベルナルドが述べた教会の考えによれば、「神は、マリアの御手を経ない書を、一つでも、私たちに与えることをお望みにならないからである」しかも、聖ベルナルドよりずっと以前に、聖イルデフォンソは、聖母マリアに、次のように申し上げて、これを断言しているのである。「ああ、マリアよ。主は、人間に与えようと決意した...『聖母マリアの栄光』聖アルフォンソ・リグオリ著
神の摂理の隠れたご計画 教皇レオ13世 使徒憲章『ウビ・プリームム』
神の摂理の隠れたご計画によって、私は聖ペトロの最高の使徒座に挙げられるやいなや、日々、この世を苦しめているますます多くの悪を見て、私は自分の使徒職の責務として、教会とカトリック信仰の完全性を擁護するには、また救いの計画について養成し、研究するには、どのような方法が最善かを考えた。この考えにおいて、私の精神は自然と力強い神の童貞母に上がった。聖母は人類の贖いの協力者であり、カトリック信者の難しい試練の時には主要な最高の避難所であったからである。カトリック信者らが聖母から受けた輝くばかりの善は、聖母に信頼して正しかったということを証明している。これらの善の中で、とりわけ、聖母ご自身が「ロザリオの祈り」という名前の下にカトリック信者たちにお与えになり、また聖ドミニコの労苦によって広げられた非常に効果的な祈りの形...神の摂理の隠れたご計画教皇レオ13世使徒憲章『ウビ・プリームム』
聖母の被昇天の大祝日 Assumptio B. Mariae V.
聖母の被昇天の大祝日AssumptioB.MariaeV.大祝日8月15日聖会の一年間には聖母の祝日が決して少なくない。が、中でも我等にとり最も喜ばしく、また最も懐かしいのは聖母被昇天の大祝日であろう。この日記念されることは主として二つある。聖マリアの実に清らかな御臨終と、その天主における比類ない御光栄がそれである。聖母があのペンテコステの日に、御弟子方と一座して御聖体とその賜物とをお受けになったことは使徒行録にある。しかしその後の後動静については一向聖書に記されておらぬ。これはそれからの聖マリアの御生活が個人としてのそれであって、直接われら人類の救霊に関係がなかった為であろうが、伝説にはその後晩年の話もいろいろと残っている。それによれば聖母は聖霊降臨後間もなく、小アジアのエフェゾ市に退き、十字架上におけ...聖母の被昇天の大祝日AssumptioB.MariaeV.
「秋田の聖母像に関する司教書簡」新潟司教 伊藤庄治郎 1984年4月22日
◆秋田の聖母新潟司教伊藤庄治郎「秋田の聖母像に関する司教書簡」1984年4月22日一御復活祭に当たり、教区の皆さんにご挨拶をお送りいたします。私は一九六二年、ヨハネ二十三世教皇によって新潟司教の任命を受けてから二十二年間、教区長の職をつとめて参りましたが、教会法の定める定年制により教区長職を退くことになりました。在任中はいろいろと皆さんにご迷惑をかけたことがあったと思いますが、皆さんの寛大なご協力によって今日まで聖務をつづけることができたことを感謝しています。さて、私は、去るにあたり、一つ気がかりなことがあります。それは秋田市添川湯沢台一の聖体奉仕会(在俗会認可申請中)の聖母像に関する一連の不思議な出来事についてであります。すでに雑誌、書籍、テレビ等を通じてご存知と思います。一九七六年に第一回の調査委員会...「秋田の聖母像に関する司教書簡」新潟司教伊藤庄治郎1984年4月22日
Ⅸ現代日本人の罪理解ここからは原罪論の補足として、日本人の罪意識、罪理解を考えてみる。小笠原優師は『信仰の神秘』のなかでこう問う。よくわれわれは、「聖書がいう罪とは何のことかよくわからない」という言葉を聞く。どういうことか。日本人は「罪深い」とか「罪づくりな事をする」など、罪という言葉をよく使う。ありふれた言葉だ。これは、法律に背いているという意味でcrime(悪事)のことかもしれないし、「人様に迷惑をかけた」という意味でのshame(恥)のことかもしれない。その意味する範囲は広そうだ。なぜか。現代の日本人の罪理解には様々な歴史的要素が混入しているからだろう。土俗宗教、神道、仏教、儒教などの影響を挙げられそうだ。1神道的要素①罪とは規範や秩序を乱す行為のことをいう(天つ罪・国つ罪)(1)近親相姦・獣姦・呪...現代日本人の罪理解(1)ー原罪論7(学び合いの会)
マリアは恩恵の仲介者か ー 聖母マリア(4)(学びあいの会)
Ⅲ中世西欧中世は停滞した暗黒の時代だったという、昔の日本の教科書によく見られた見方は現在ではほぼ消えたといえよう。中世は独自のダイナミズムを持つ豊かな時代だったという理解が支配的になってきているという。西欧中世をいつからいつまでと考えるかは諸説あるのだろうが、西ローマ帝国の滅亡(478)からアメリカ大陸の発見/到着(1492)までと考えてみる(1)。つまりざっと1000年間となる。中世をさらに初期(5~10世紀)・中期(11~15世紀)・後期と分けることも多いようだ。マリア崇敬で言えば東方教会では8世紀に頂点を迎え、西欧中世は13世紀を頂点とみてよいだろう。マリア論は修道院神学から大学神学へと中心が変化し、その姿も変貌していく。1修道院神学のマリア西方教会における神学は修道院でなされていた(2)。修道院神学は典...マリアは恩恵の仲介者かー聖母マリア(4)(学びあいの会)