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#創作大賞2026 #エッセイ部門 名古屋と聞いて思い出すのは、お城や広い道ではなく、観覧車がついているビルだった。 思い出というのは、断片的な一枚の写真が引き出すものなのかもしれない。 まだ小学生だったころの正月。 どこかへ出かけることもなく、家族が揃っていた日。 うちの前に車が止まる音がした。 ドアが開き、閉まる音がして、ドアチャイムが鳴った。 母が出るとすぐに、 「あらぁ」 と大きな声を上げた。 そんな母の相手を奥さんに任せて、ごつい人が入ってきた。 「おおどうした」 “横さん”だった。 横さんと父は同じグループ企業で会社は違うが、働いていたことがあった。 父は電気技術師
電車のドアに貼られた 演劇のポスターの絵の中に どの役になれるか 目を閉じる 出会った人達を巻き込んで エピソードを重ねながら 進む芝居 毎日送られる台本 ラストシーンは 描かれていない 照明で乾いた傷 だれのせいでついたのか 手で隠して 演じる 頬を流れて 床を濡らす雫たち 足もとが濡れている 滑りそうな危うさ 揺れた身体 支えるように 右手がつかんだのは つり革 地下を抜けた電車 雨が窓を叩いている 窓を流れる水滴 映るのは 歪んで疲れた現実 作り笑顔で 嘘をつく 駅を出ると 暗転した中で 濡れた地面 靴が擦れる音 いつ幕は降りるのか 知らない
眠りを妨げていた雨。 知らないうちに寝入ると、窓から薄日が差していた。 スマホで時間を確認して、ひとつ大きく息を吐き、身体を起こす。 外へ出ると、陽射しは強いものの、涼し気な風が顔に当たる。 道に水たまりができていた。 自動販売機にコーヒーを買いに行く。 アスファルトが重ねられた道。 朝日に時折光ってキレイに見える水たまりは、近づくと単なる泥の塊だ。 ただ、水たまりがあるから、濡れずに進んでいける。 道の凸凹に躓いて、転んで泣いて、母を探した。 父とキャッチボールでワンバウンドした球が、道の角にぶつかり、顔に当たって涙がこぼれた。 頑張ったからといって結果が出るとは限らないことを知
歩いていても感じない 風が吹いているようだ コンビニの袋が 風の行方を教えるように 宙を舞っている 上がる 下がる 左右へ揺れる コンビニの袋は まるで風の道があるように 道に張り出した木を 避けて舞う やがて 風を失ったかのように ゆらゆらと力を失い 道の真ん中へ落ちた 自転車が横をすり抜ける 風に押され 道の端へ揺れていく 車がゆっくりと進んでくる コンビニの袋は 道の端に落ち着いた 震えたように揺れている もう舞い上がらないのだろうか 道の端で カサっと音が鳴った
道は覚えている 最初の角を左に曲がる 小学校の通学路 真っすぐ進み 丸い角をまた左へ曲がる 道沿いに建っている 新しい家が並んでいる そこに以前何があったかを思い出せない ただ表札の文字に見覚えがある 道は覚えている なのに変わった風景が 変わる前を覚えていない 丸い角を曲がる場所に 階段の屋根が破れた 古いアパートが変わらずある 古ぼけたアパートは変わっているはずなのに くたびれたTシャツは 住んでいる人は違うのに 前から干されていた気がする チャイムが聞こえた その音だけは変わらず 子供たちの声が聞こえる 校庭を囲む壁の 削れた場所を覚えている その記憶
#創作大賞2026 #エッセイ部門 待ち合わせはしても、場所が必要なくなった。 「ハチ公のしっぽの方」 待ち合わせ場所の決め方は細かかった。 携帯がない時代。 友人は全員、腕時計をしていた。 時計を見て慌てて着替える。 一度、家を出てしまえば、連絡は取れない。 電車は定刻通りに走り、焦っても早くついてはくれない。 遊びならいい。 仕事のときは、元気な家族に病気やケガをしてもらうしかなかった。 相手はニヤリと笑いながら、すぐに仕事の話へ移った。 初めましてから始まる待ち合わせ場所。 目印となるものを手に持っていた。 会えたらホッとして、とりあえず近場の喫茶店へと向かう。 対面の
#創作大賞2026 #エッセイ部門 映画館が逃げ場所であった。 そして待つ場所だった。 白いカバーのかかった指定席。 そのすぐ横の一般席が、僕の指定席だ。 ゆったりと座れる座席。 眠ることなく読めない字幕。 それでも5歳の僕は座席の心地よさと暗闇の中にあるスクリーンという別世界を楽しんだ。 東横線の渋谷駅のホームから見える場所に4館の映画館が入ったビルがあった。 屋上に銀色に光る帽子のようなプラネタリウムの突起物が目立つ建物。 ここが僕の遊び場であり、逃げ場所だった。 幼いころ、父は職場に僕を連れて行った。 仕事場にずっと子供を置いておくわけには行かない。 父は頃合いを見計
#創作大賞2026 #エッセイ部門 悔いのない人生などないという。 それならば、何もしない悔いよりも打ち込んだ杭。 打ち込んだ杭が心に残すのは、傷ではなく必死にあがいている姿をピン止めしたスナップ写真であるはずだ。 「どこかにチャンスが転がってないですかね…」 小劇団の芝居を見た帰り道、彼はつぶやいた。 舞台の熱を冷ます、冬の夜の東京タワーは輝きながら天を刺していた。 立つ舞台が見つからない、ささくれた声に聞こえた。 この言葉を言った彼は、とある劇団の研究生だった。 年下だが、同じ職場で通う仲間でもあった。 国立大学を中退し、親の反対を押し切り、役者を目指し東京へやってきた若者
今日は本来であれば、夜空のほうで月と木星の接近が見られたことでした。今日は雨でしたね。春雨でした。桜が満開に近づいている地域では、上弦の月と木星と桜の共演が見…
今日は午前中は曇りでしたが、午後から降り出しました。春雨です。明日まで降り続くようで、明日は走れなさそうですね。今週計画通りに行かないと、月間150は厳しそう…
実験授業の準備室 テーブルの上には缶ピース 紫煙天井に向かってゆらゆらと 背中がおいしいというように 夏はランニングシャツ 渡り廊下でなびいた白衣だけ 授業の挨拶はなし チャイムが鳴るとさっさと出ていった 迷惑にならないいたずらで 正座させられていた僕たちを 笑いながら通り過ぎた 言葉の上げ足を取ると 褒めてくれて 笑いを膨らませた 説教中に トイレへ行きたいと手が上がる 笑って もう終わりだと背中を向けた どんなに小さくても 嘘やごまかしは だれでも平手が飛んだ グレてた同級生のリーゼント 毎朝掴んで怒鳴っていた 愛車を大事に乗っていた 愛妻弁当を自慢する おかずをこぼ
昨日は床屋に行ったら、敷地内に梅の花を見かけました。ここに梅があったのか、と思いました。今月末から桜も咲き始めますね。桜もありますが、梅もいろいろな色があって…
近くのバス停から、4つ目の停留所を過ぎると、桜並木がしばらく続く。 かつて川だったといううねった道は、春になると華やかさを増す。 バスが停留所に留まる。 まだ続く桜並木の歩道には、ゆっくりと見あげながら、歩く老人夫婦の姿がある。 穏やかな笑顔で、会話をしている風でもなく、バスの進行と逆に歩いていった。 バスに乗り込んだ人も、席に座ると、華やかな桜に目を向ける。 伸びる枝は、アーチ状に広がり、雑踏の中の花見よりよほど美しいものだ。 席に座った女性が、抱いている幼子に外を見せる。 わかっているのだろうか、笑顔を見せている。 ただこのバス路線を使いなれている人は、外に目を向けない。 た
いつもあの人にキスする。するとあの人からキスされる。それは嬉しい瞬間。でも、あの人が嘘をつき、それを告白して懺悔してきた。それは、怒りと悲しみの瞬間。いろんな事があった。相変わらず、再会できずにいる。
今日は3月9日ですね。レミオロメンの歌にもあります。卒業式のシーズンですね。先週高校で、明日は中学校が多いのでしょうか。卒業式はあまり得意ではないところがあり…
今日はマラソンの練習試合を行いました。記録は5キロで、24分43でした。今日は風の影響を受けました。2,3,5キロの5分かかっているところは、向かい風でした。…
昨日3月5日は二十四節気の「啓蟄」でしたね。今年も虫の目覚める季節になってきました。また昨日は一粒万倍日、天赦日、寅の日、大安の大開運日だったものですね。すご…
今 どんな姿に見えているのだろう 恐怖に 目を閉じ 沈黙し 祈る 見る先は霞 聞く声は洞窟の中 いる場所がわからなくなる 手の温もりだけはかすかに ただどれだけさすってもらっても 冷えていくばかり 身体に感じる秒針の音が なぜゆっくりと感じられるのだろう 最期に流す涙の意味がわかる 頬に感じる意味のなさを皺に残し 眠った。 「スワローズ観察日記R別館」&「紘野涼のフリーハンド」の紹介
今日は3月の満月、ワームムーンでしたね。さらに、皆既月食でもありました。また、ひな祭りでもありました。ただ今日は一日中、雨の日でした。春雨でしたね。明日の朝く…
今日、2月27日頃までが七十二候の「霞始靆 かすみはじめてたなびく」でしたね。今日はその感じがあるような曇り空でした。春霞の季節になってきました。今日は夜空の…
今日は朝から雨で、雨の一日でした。一日中の雨の日は、久しぶりですね。今年に入って初めてではないでしょうか。雪の日はありましたが。静かな感じがもう春雨の感じがし…
今日は関東地方で、春一番が吹いたことが報じられました。今日は気温が高いくらいでしたね。平年並みであって欲しいと願いますが、季節は確実に進んでいると思います。今…
今日はブログの日ですね。自分がブログを始めた理由は心の整理整頓でしょうか。今年で15年目になりますが、最初はここまで続くとは思いませんでした笑。ブログの日の詩…
昨日は2月3日節分でした。今日は2月4日立春です。暦の上では春ですね。毎年、1,2,3月はあっという間に過ぎてしまう感じがあります。1秒、1秒の時を大切にした…
本棚から足に何かが落ちた。 鈍い痛みを与えたのは、 カギだった。 朝顔が枯れた。 つぶやきながら背中を向けている。 だれへの言葉でもないのは、 僕がまだ起きていないと思っているから。 シーソーは傾いたまま。 あやすように、 ただ抱きしめる。 肩の震えが止まるまでずっと。 降りたシーソーは同じ傾き。 カギが合うドアはもうない。 なにをすべきかわからずに、 受け取ったときのまま、 光らない銀色は黙っていた。 だれのものでもない朝顔は、 だれかの手で捨てられた。 「スワローズ観察日記R別館」&「紘野涼のフリーハンド」の紹介
ペン立てに、青い万年筆がある。 書いた文字のインクも青だった。 書斎などない家で、 安物だがいつも同じところにあった。 道具箱がある。 小さなのこぎりで、 不細工な図工で作った棚を、 ばらして削り、組み立てて、 ニスを塗り、 ちゃんとした本棚を作った。 日記帳がそこにある。 万年筆で書かれた自分だけの声。 不揃いな大きさなのは、 手に取ったものを買っただけ。 壊れた座椅子を捨てた。 腰の痛さを和らげるために、 そこに座って、 テレビを見ていた。 夜中に階下から聞こえた咳。 聞いているだけで、 発作が起きているかどうかわかった。 水彩で描いた竹の絵。 額に入れて、 そのまま静か
カイロがあたたかい。 ただそれはひとときのもの。 冷めれば、今に引き戻される。 声をかける。 聞こえた相手の顔を見て、 ホッとする。 一時しのぎと同じ温度。 遠くから懐中電灯で照らされる。 だれかわからない。 それでも涙で滲む光。 聞こえるよりも、 そばにいるよりも、 示す。 歩いて近づける。 足もとはまだ暗い。 ただその行き先には。 遠くで励ます声は遠くても、 光の環は見える。 「スワローズ観察日記R別館」&「紘野涼のフリーハンド」の紹介
どれだけ抗っても、 時計は止まらない。 願っても祈っても 針は表情ひとつ変えない。 音だけが過去へ落ちていく。 父はそっと目を閉じた。 まるで映画を見終えたかのように、 一筋の涙が頬を静かに伝った。 動かない表情は、 何も語らず、 追いかけた背中が。 振り向くことはない。 わたしだけに、時計は進む。 選べない未来。 「スワローズ観察日記R別館」&「紘野涼のフリーハンド」の紹介
正月になると、普段墓参りにもいかないような人でも、神社へ初詣に出かける。 それも、大勢の人たちが集まる、混みあった神社だ。 本殿が見えないどころか、御賽銭を投げなければ届かないほどの大群衆。 祈ったとしても、神様はひとりひとりの願い事を叶えるほど暇じゃない。 手を伸ばされても、握り返すほどの手はない。 願いは聞こえても混ざって、たとえ神様でもノイズだらけでは聞き取れない。 参拝客も叶うとは思っている人はほとんどいないはずだ。 盛り上がっている場所へ行き、おみくじを引き、お守りを授かるというイベントだ。 実際私もお参りにはいく。 理由は、行かないと気持ちが悪いというのが正直なところだ
「スワローズ観察日記R別館」&「紘野涼のフリーハンド」の紹介
スワローズ観察日記R|紹介文 『スワローズ観察日記R』は、東京ヤクルトスワローズの試合を題材にしながら、 勝敗やデータの先にある現場の空気、選手やベンチの振る舞い、組織としての歪みや温度を記録する観察型コラムです。 プレーの巧拙や結果だけを追うのではなく、 「声が出ているか」「気遣いがあるか」「教育が機能しているか」といった 技術よりも手前にあるものに焦点を当てて書いています。 記者でもOBでもない、一人の観戦者としての距離感を保ちながら、 神宮球場のスタンドから見えるものを、感情に流されず言葉にする。 それがこのブログの姿勢です。 『スワローズ観察日記R』は、 部外者・個人に
昨日は1月4日でありました。昨日で3年(1095日)連続ポエムになりました。3年あればいろいろなことがありますし、いろいろなことが変わっていきますね。チャンネ…
茨木のり子「歳月」(岩波現代文庫) 今日は12月20日の土曜日です。2025年も、あと10日。 今年は初めての体験がいろいろありました。ちょっと弱気です。まあ、そんな気分で、思わず振り返ってしまう1年でした
その曲が流れたとき、 彼女は静かに涙を流した。 理由を知っていたけれど、 言葉を探しても見つからない。 ただ彼女の細い鼻筋を通った涙が、 ポトリと床に落ちただけ。 曲が終わると、 「何食べようか?」 と僕に聞く。 迷っていると、 「外食べに行こ」 と背中を向けたまま 大きな声で言った。 「先行ってて」 玄関で靴を履いて、 ドアを開ける。 冷たい風が、 彼女への思いを冷やしてくれる。 背中に水の音。 彼女が顔を洗っている。 ファーストフードで買った、 チキンナゲットをオーブンで温めた。 チンと音が鳴って、 出してみると、 アルミホイルがついている。 「失敗だね」 と彼女
週刊 読書案内 石垣りん「崖」・「弔詞」(「表札など」より)
石垣りん「崖」・「弔詞」(「表札など」より) 石垣りんの第2詩集「表札など」を持ち出したかぎりは、この詩を案内しないわけにはいきませんね。彼女がひとりの女性として戦後という社会を生きた人
石垣りん「石垣りん詩集 略歴」(童話屋) 市民図書館の棚は便利です。まあ、図書館ですから当たり前といえば当たり前ですが、ひとりの詩人を読んでみようと眺めると、ちゃんと時代順に借り出すこと
金時鐘「見えない町」(「猪飼野詩集」より) 見えない町 金時鐘 なくても ある町。そのままのそのままでなくなっている町。電車はなるたけ 遠くを走り火葬場だけは すぐそこにしつらえてある町。みんな
金 時鐘「猪飼野詩集」(東京新聞出版局) 斎藤真理子の「韓国文学の中心にあるもの」の案内を書きながら、今となっては50年ほども昔、六甲山のふもとにあった大学の学生会館にあった「神戸大学新聞会」の編集室で
週刊 読書案内 石垣りん「女」他(「石垣りん詩集 略歴」より)
石垣りん「女」他(「石垣りん詩集 略歴」より) こうして詩とか紹介するのを読んでいただいているようで、便りを下さったりする友達がいらっしゃいます。写真はHさんという、ボクより、もうひとまり年上の女性で
今日は雨が降ったり止んだり。特に予定もない日曜日。 お気に入りの倉式珈琲でモーニング。広々してる店内にテーブルもゆったりで、なんといっても珈琲がサイフォンで提…
石垣りん詩集「表札など」(童話屋) 久しぶりの市民図書館で借りてきたのは石垣りんの「表札など」という第2詩集です。1968年、詩人が48歳だった時に思潮社から出されて、その後、花神社から再刊され
週刊 読書案内 茨木のり子「あのひとの棲む国―F・Uに―」(「言の葉3」(ちくま文庫)より)
茨木のり子「あのひとの棲む国―F・Uに―」(「言の葉3」(ちくま文庫)より) あのひとの棲む国 ―F・Uに― あのひとの棲む国 それは人肌を持っている握手のやわらかさであり低いトーンの声であり梨を
週刊 読書案内 石垣りん「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」・「その夜」(「石垣りん詩集」(童話屋)より)
石垣りん「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」・「その夜」 (「石垣りん詩集」(童話屋)より) 若かりし日の石垣りんです。思潮社の現代史文庫の裏表紙にあるプ
週刊 読書案内 黒田三郎 「夕方の三十分」・「九月の風」詩集「小さなユリと」より (「黒田三郎詩集」思潮社より)
黒田三郎 「夕方の三十分」・「九月の風」 詩集「小さなユリと」より (「黒田三郎詩集」思潮社) 戦争から帰ってきた詩人が戦後を生きるなかで磨き上げていったことばとによって描かれた詩の中で
週刊 読書案内 山之口獏「応召」 茨木のり子「平熱の詩」より
山之口獏「応召」 茨木のり子「平熱の詩」(「言の葉3」(ちくま文庫)より) 退院してから読んでいる茨木のり子さんの「言の葉」の第3巻に山之口獏のこんな詩についての「平熱の詩」とい
孤独と抵抗を静かに語る言葉たち――劉霞(リュウ・シア)『毒薬』
劉霞の詩集『毒薬』を文学作品として味わうことは難しかった。夫・劉暁波の投獄や著者自身の軟禁という背景がどうしても重なってしまうから。けれども「孤独な風景」に描かれた誰にも顧みられない痛みのイメージや、全編に漂う静かな抵抗の姿勢は強く心に刻まれました。読後もなお胸に余韻が残り続けています。
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