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そうだあなたはぼくのひかりなんだ。 だから惹かれたのに。 だから欲しかったのに。 なのにどうして、 どうして手放してしまったんだろう。 知らないままで居られたらよかったのに。 暗闇の中できっとぼくは、 声にならない慟哭を、 届かない焦燥を、 吐き続けるんだ。真っ赤な花を、真っ白な花を。 もがきながら悔やみながらいつまで、 いつまで生きていかなきゃいけないんだろう。
けれど僕には云えない。 彼が隠せているって思っていたその感情を暴いてはいけないから。 だけどだから誰れかお願い。 神様がいるのならお願い。 ・・・・・・・・・・・・早く夢から引きずり出してよ。 あのひとを、連れ戻してよ。 【永遠】を、僕たちの永遠を、 もう一度繋いで欲しいんだ。
なんの冗談かと思った。それで思わず周囲を見回してしまった。どこかに隠しカメラでもあるのかと思って。 でも見知った事務所の小会議室には、見慣れた物しか置いていなくて。そこに座る社長の表情も、帽子を目深にかぶって腕組みをしてどっかりと座っている計登さんも、そんな冗談を仕掛けるような空気なんて全く纏っていない。 「今後のことを決めないといけない」 招集がかかった。事務所の会議室。社長にそう云われた。その言葉の意味。4人いる《eternal》のうち、ここにいるのはふたり。僕と計登さんのふたりだ。・・・・・・時雨さんと十蒼(とおあ)さんは、いない。 「今後のことを決めないといけない」 『あのこと』があっ…
「あのねぇ、ずっと、」 なんの脈略もなく、だけどとても自然に、空を見上げていた時雨さんが口を開いた。どこまでも青い空に、綿あめみたいな真っ白な雲がひとつ、ふわふわと時雨さんの視線を誘いながら流れていった。「ずっと、探している気がするんだ」 夢のなかにまだ、半分くらい居る。そんな表情をして時雨さんはそう云った。 独り言なんだろうか。隣に立つ僕は、どう返せばいいのかそれとも聞こえない振りをしていれば良いのか、迷い、半端に口を開いたまま、時雨さんの端正な横顔をただ見つめる。「なにを、だろう。なにを・・・・・・、なんだろう。でも、わかんない、」 漂う雲を追っているのか、それともあの空の向こうをただ見て…
ああ、そうか、おれは、 約束をしたんだ、―――約束を、だから、 だからそうか、たいせつな■■を手放したから、だから、 だからおれはまた、 空っぽだ。
夢なのか現実だったのか、 それすらも曖昧で、 しあわせという言葉の意味が、 何故かひどくかなしく響く。 どうしてだろう、 なにかを忘れてきた気がするんだ。 でもなんなのか、 それがなんなのか、 わからないんだ。 何処かにあるんだろうか、 まだ何処かにあるんだろうか、 けれど何処へ行けばいいのか、 わからなくておれはずっと途方に暮れてる。 あのきんいろのひかりと、あの空の色。 どうしてこんなにも、 くるしくなるんだろう。
雑踏の中、―――そう、見知らぬひとたちが行き交う、その中に居る。ゆめ。そう、これはゆめ。ゆめのなかで、おれだけが立ち止まり、人の流れに眼を凝らす。 だけどどうして、 そんな風に立ち止まってしまうのかわからない。 けれど確かに、 なにかを探している。そんな気がする。ゆめを、―――夢をみているって知っている。わかっている。けれど。 それがなんなのかわからない。 なにを? ―――なにを? おれは、・・・・・・ねぇ? 探している気がする。夢のなかで探しているずっと、 なにを? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰れを? 〈fragment〉 時折過る、音の欠片。 きんいろのひ…
ゆめをみてた。 焦燥感が残っている。 起き上がって両手をじっと見た。 なんだろう、 なにかを掴みたかった。そう、おれはなにかを掴みたかった。けれど、 届かなかった。あれは、 ・・・・・・・・・・・・なんのゆめだったか忘れたけど。あれは、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだったのかなぁ、
胸の奥で花が揺らめく。 ―――【 】が尋ねる。心底不思議そうにぼくに問う。 胸の奥で花が震える。 ああ、こんなにもぼくの躰には花がみっしりと根を張っているのに。 ああ、こんなにもぼくの心は果てしなく空虚なんだ。 花たちはほろほろと花弁を散らす。それは涙のようにはらりはらりと足許に零れる。 ―――【 】が尋ねる。心底不思議そうにぼくを眺める。 もう、いいんだ。もう、終わらせたんだ。なのに、 ――――――――――――なのに、―――――――――――――――どうして? 〈暗転〉
くるしい、 くるしい、 くるしい、 くるしい、 ・・・・・・・・・・・・だってまだこんなにも、 あなたの残滓がぼくの細胞ひとつひとつに沁みついている。 だってあなたはぼくの寄す処(よすが)だった。 美しかったあのセカイは色を失った。 ぼくはどうやって、 ことばを紡げばいいんだろう。
諦めるとか、 忘れるとか、 どうやったらできるんだっけ。 あの日から毎日を、日常を繰り返してきたくせに、 昨日までと明日からの、 区切り方がわからないんだ。 予定を分刻みで詰め込んで、 楽しいと思い込んで笑って燥いで、 くたくたになって泥の様に眠りに落ちても、 明け方に見る、淡い陽炎みたいな夢の欠片。 曖昧な、形にすらなっていない揺らぐそのカケラが、 頭の片隅にこびりついたまま拭えない。 ふとした瞬間に、 気配を感じて。 空白の刹那に、 過るなにかを、 全身全霊で、気配や色や音やにおいを、 探している。自覚のないまま。 未練。 きっとそうなんだろうでも、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・手…
頷いた、その顔を見ることができなかった。 ぼくは、 俯いたまま、背を向けたまま、 ドアが閉まる音を、全身で聴いた。 ドアが閉じる。それは、 終わりの音。 あれからぼくはずっと、 世界から遮断されているような気持ちでいる。 ずっと、 ずぅっと、ぼくは、 ぼくは見えない膜に包まれていて、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・息ができないんだ。
あなたの傍に居られるのなら、他のすべてを無くしてもかまわない。 それを罪だと云うのなら、それさえも呑みこんでしまおう。 実を結ばない花が咲く。――――――ねぇ? その儚いうつくしさを大切に思っている。 あなたが思っているよりもずっと、 冥い感情を知っているんだ。
【 】は、 はらはら零れる花びらを一枚指で掬い、―――喰んだ。 白い歯がさくりと花弁を噛み砕く。 甘い芳香が周囲を包む。 とくり、―――どくり、 躰の奥で鼓動する。胎動のごとく、鼓動する。 どくり、―――とくり、 躰のなか、ああ、これは花だ。花が喜んでいる。ぼくの心を蝕んでいる花が咲き誇る。 溶ける。―――溶ける。 躰が震えた。ずっと、望んでいる。ずっと願っているんだ。 望みが、欲望が、溢れ出す。花が咲きこぼれる。苦しい。苦しいんだ。 漆黒の虚無を見つめる。 静かに凪いでいるその瞳に映るぼくのこころは醜い欲望での汚泥に塗れている。 花はこんなにも美しく、咲いているのに。 ――――――【 】が、…
ああ、ぼくが存在するこの世界はこんなにも醜悪で哀しい。 どうか愛してください。それはなんという身勝手で穢れた願い。 しあわせな夢をみて、 眼を覚まし、露見した願望に反吐が出る。 ああ、あなたがそこに居るその世界はこんなにも美しくも儚い。 ねぇ、 もういっそずたずたに切り裂いて跡形も無く千切って砕いて。 そうしてどうか、どうか、―――どうか あなた が。 殺してください。この想いを、 壊して下さい。このこころを、
―――――――――してください。 鈍色の言葉が霧散する。 ――――――――――――■■してください。 墨染の桜が煙る。 果てない夢の終焉をください。 ずっと、 ずっと、 世界の終わりを、待っている。 おねがい。 ―――――――――――――――■■してください。 ずっと、 おもっていたから。 おねがい。 ――――――――――――■■してください。 ほかになにもいらないから、 もう、 もどれなくてもいいから、―――だけどだけどだけど、 蹲り慟哭する己の姿を、もうひとりの自分が酷く冷静に見つめている。口から花が零れる。溢れ出る花にこの身が埋もれていく。 現実なのか夢なのか、それすらも曖昧な陽炎のよう…
「花が咲くんだ」 そう云うとあなたは困った様に笑ってそれから頭を撫でてくれた。 それだけで、 うれしくてしあわせで、 くるしくてかなしくて、 ああ、 ほらまた、―――またひとつ、花が咲く。 ねぇ? 花が咲くんだよ。花が、・・・・・・。 「花が咲いて咲いてたましいを切り裂くんだよ」
俺はひとり、昏い場所に立っている。あの日から、彼女が消えたあの日から。 暗がりの中、ただ待ち続けていた。暗闇の中、闇雲に探し続けていた。 光は届かない。そうか、もう―――もう、 悪寒で我に返った。あの瞬時に、流れたらしい汗が、躰を冷やしはじめていたせいだ。 じじじじ、と。いつの間にか消えていたらしい外灯が点く。不安定な灯り。それでもその弱い光が俺の思考を現実へと引き戻した。 既にあのふたりの姿は無い。深く息を吐いて、強張った指を数回握った。 ・・・・・・ああ、―――ああ、そうか俺は、恐怖していたのか。 妙に冷静に、そう理解をし、 そしてあの美しくも歪なふたりを思い、苦く嗤った。 あのね、お兄さ…
そして少年は『良くあるハナシ』を語る。 ・・・・・・近くも遠い国で、おんながひとり、捨てられた。と。 まるで飽きられた人形の様に、 まるで壊れてしまった玩具の様に、 無造作に、 廃棄されていた。と。 そんなことは日常茶飯事で、 そんなことは『ヨクアルハナシ』で、 そんなことは誰れも気にも留めない些末な事だと。 弱き者の末路。 救いはそこに無いのか、 弱き者は、救われはしないのか、 「ひとのいのちなんてとくべつなものじゃないよね」 あの少年は無邪気に、曇りの無い眼差しで、 そう微笑んで傍らに立つ『はる』の手を取った。 「・・・・・・・・・・・・よくある、はなし・・・・・・、」 ああ、・・・・・・…
はる、」 少年は慌てることなく、変わらない口調で俺の背後に呼びかけた。「このひとは『違う』。大丈夫」 少年がそう云った途端。ふ、っと気配が消える。 全身に汗が滲んでいた。なんだこれは。・・・・・・恐怖? 少年は、「お兄さん、」と、俺の手首を掴み、強張ったまま自分の意思に逆らい続けている俺の指を一本一本ゆっくりと外すと、すっ、と自ら躰を引いた。 そして、「はる、」 少年は再び俺の背後に呼びかけた。ざわざわと葉擦れの音。「おいで杳(はる)。帰るよ」 ざっ、と。足音。 突然露になった気配に驚きながら俺が顔を上げると、そこには、遮光レンズのゴーグルをかけた少年が立っていた。 当然目許は見えない。それで…
・・・・・・天使が居るのよ。 そう云って、寂しそうに微笑む彼女。 ・・・・・・そうだいつだって彼女は寂しそうに笑っていた。「・・・・・・天使、」 声に出ていたらしい、少年の視線がまた俺に向いていた。 訊いてみようか。 駄目で元々。少しでもなにか掠れば。「この女を、見たことは無いか?」 ポケットから取り出して写真を見せる。 少年がそれを受け取り、ちょっと首を傾げた。「・・・・・・・・・・・・、」 沈黙が酷く重い。 鴉がばさりと、何処かで羽ばたいた。
「お兄さん?」 その声で我に返った。少年が心配そうに俺を見ていた。 どうしてか、俺は吸い寄せられる様に、少年にふらりと近づいた。 少年は、警戒するでもなく、ただ俺を見ている。 鴉が「かぁ」と一声だけ鳴いた。 一瞬空気が密度を増した気がした。何故だろう、胸がざわざわとさざめく。 少年は俺を見上げている。 ・・・・・・純な表情。あどけない顔だ。 綺麗なものしか、知らない。無垢な貌。 眼の色が、・・・・・・灰色なんだな。やっぱり純粋な日本人じゃないのか?「・・・・・・・・・・・・ねぇ、お兄さん。あっちに『街』があるでしょう? 工場の跡地。あそこにはひとがたくさん住んでいるんだって。あのね、あの街に居…
あれはいつのことだったか。彼女が云っていた。それを不意に思い出した。 夕陽の残光に、その淡い金色の髪が煌めいている。 なんだか酷く非現実的な情景だった。だから思い出した。彼女がいつか云っていた、あの言葉を。 金色の光に縁取られた輪郭。まるでその姿そのものが発光しているかにも見えた。 『・・・・・・ほんとうよ? 黄昏のなかに天使をみたのよ』 不躾な俺の視線を感じたのか、少年が顔を上げ俺を見た。 肌が白い。但しそれはあくまでも日本人の肌の色。 貌立ちは寧ろ地味だ。 プラチナに近いブロンドの髪。脱色しているにしては妙に馴染んでいる。とすれば、地毛なのか? お坊ちゃん学校の、制服。それを規則通りに乱れ…
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・ねぇ? 信じる?』 いつだったか、 『・・・・・・ほんとうよ? 黄昏のなかに天使をみたのよ』
静謐で美しい情景。 満開の桜の下、 ひらひらと舞う。 花びらは無尽に降り続け、 漆黒の世界は淡い紅色に埋め尽くされる。 ――――――――――――ぼくは死んでいる。 精神を喰われ、空虚な人形と化している。 ぽかりと胸に開いた空洞の向こうに、 細い月が嗤っているんだ。 夢をみる。 覚めない夢を、 けれどぼくはそれが、 ぼくの末路だと知っている。