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そういえば、いつだったか。 「ぼくがさぁ。くっそ甘いラブソングなんてつくっちゃって。しかもそれをうたっちゃったりしたら、気色悪いよなぁ、」 移動中のクルマの中だった。隣から、ぼそっとそんな声が聞こえてきた。 運転していたのはスタッフさんだ。三列シートのワゴン車の中。計登(けいと)さんは一番後ろのシートを占領して眠ってた。時雨(しぐれ)さんは確か別件の仕事が入っていて、それを終えて現地で合流するって流れだった。 僕はスマホゲームをしていた。手こずっていたミッションを漸くクリアして、片耳だけイヤホンを外した処で、眠っていたと思ってた十蒼(とおあ)さんがそんなこと云いだしたから、ちょっとだけ驚いた。…
ベルト通しにカラビナで引っかけている革のシガレットケースから煙草を一本抜き出し、「時雨(しぐれ)がさ、」 そう、ぽつっと云って、計登(けいと)さんは煙草を咥えた。 カチ、と。ライターが点火する。 ゆっくりと、・・・・・・言葉を探しているんだろうか、・・・・・・ゆっくりと吸い込み、そして、細く、長く、煙りを吐いた。 「時雨(しぐれ)さ、アイツは、・・・・・・・・・・・・脆い。よな」 僕と計登(けいと)さんは事務所の屋上に居る。小さいけれども自社ビルだ。風が少し強い。計登(けいと)さんは僕に煙がかからない様に、風下に立っている。眼を細め、フェンスに凭れて。煙を細く細く、ゆっくりと吐き出す。「例えば…
ロミオとジュリエットの恋の行く末は、 ほんの少しの掛け違い。 だけど、それを莫迦だなぁと、笑い飛ばすには重すぎる結末だったよね。 十蒼(とおあ)さんと、 時雨(しぐれ)さん。 あのふたりは、どうだったんだろう。 あのふたりは、どうなるんだろう。 あのふたりの、結末は―――、 本当のところはわからない。 僕たちにはわからない。 どっちが先だったのか、 どっちがきっかけだったのか。 わからない。 わからないまま、僕たちはただ、 ただ、・・・・・・、 結末だけを、見せられている。 ううん、そうじゃない。まだ、終わってない。これは結末なんかじゃ無い。 そう、まだ、おわりじゃない。まだ、続くんだ。
呪いだよ。 そう、これは呪い。 歪な感情。 歪んだ感情。 どうして、どうしてどうして、どうしてどうしてどうして、どうしてどうしてどうしてどうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして、 出逢ってしまったんだろう、見つけてしまったんだろう、―――いとおしいと、離したくないと、ここに居て欲しいと、どこにも行かないで欲しいと、――――――愛して欲しいと、 願ってしまったんだろう。 呪いは、 歪んだ願いは、 歪な望みは、 叶えてはいけないのに――――――
けれど僕には云えない。 彼が隠せているって思っていたその感情を暴いてはいけないから。 だけどだから誰れかお願い。 神様がいるのならお願い。 ・・・・・・・・・・・・早く夢から引きずり出してよ。 あのひとを、連れ戻してよ。 【永遠】を、僕たちの永遠を、 もう一度繋いで欲しいんだ。
本当に、時雨さんの中には、 なにも無いんだろうか。 あの日々を、 無かったことにしているんだろうか。 本当に? ねぇ、本当に? 「なにを、探しているのかなぁ。おれ、なにか探しているのかなぁ。なんかさぁ、・・・・・・とてもだいじなもの。失くしたくないもの。・・・・・・だけど、それがなんなのか、わかんないんだよ、」 空を見上げて、ゆっくり瞬きをして。 寂しそうに微笑んで。首を傾げる。その横顔。端正な、横顔。―――あれ? と思った。 あのひとに似ている。そう、感じたのは、一瞬だったけれど。 ねぇ、どうして? そうやって探しているくせにどうして? なんで忘れちゃったの? そりゃあ、あんなことがあって。…
ほんとうは、 計登(けいと)さんが一番堪えているんじゃないかって、 そう、 思ってる。 本人に云ったら、きっと。「んなわけーねーだろー」って怒るから云わないけど。 ・・・・・・・・・・・・知っているから、云えないけど。
ああ、【永遠】という言葉が、こんなにも儚く虚しく霧散していく。 「大丈夫。アナタたちのことは、私が守る」 僕はよっぽどな表情をしていたんだろう。幼い子供を宥めるような優しい笑みを浮かべ、でもきっぱりと云ってくれたのは、僕たちの所属している小さな音楽事務所の社長。あのとき、僕たちを見つけてくれた。そして必死で育ててくれた。彼女がいたからこそ僕たちはこうして存在していられる。このひとは、身内を捨てたりしない。僕たちを、放り出したりしない。このひとがこう云ってくれるのならきっと大丈夫。僕が頷こうとすると、 がたっ、と。―――大きな音。 眼を向けると、計登(けいと)さんが足をテーブルにかけ、揺らしてい…
「今後のことを決めないといけない。アナタたちふたりでこの先どうするか」 なんの冗談かと思った。それで思わず周囲を見回してしまった。どこかに隠しカメラでもあるのかと思って。 でも見知った事務所の小会議室には、見慣れた物しか置いていなくて。不自然に増えたモノも動かされたようなモノもなくて。 そこに座る社長の表情も、帽子を目深にかぶって腕組みをしてどっかりと座っている計登(けいと)さんも、そんな冗談を仕掛けるような空気なんて全く纏っていない。 「今後のことを決めないといけない」 招集がかかった。事務所の会議室。社長にそう云われた。その言葉の意味。メンバー4人のバンド《eternal》。ボーカルでリー…
「あのねぇ、ずっと、」 なんの脈略もなく、だけどとても自然に、空を見上げていた時雨(しぐれ)さんが口を開いた。どこまでも青い空に、綿あめみたいな真っ白な雲がひとつ、ふわふわと時雨(しぐれ)さんの視線を誘いながら流れていった。「ずっと、探している気がするんだ」 夢のなかにまだ、半分くらい居る。そんな表情をして時雨(しぐれ)さんはそう云った。 独り言なんだろうか。隣に立つ僕は、どう返せばいいのかそれとも聞こえない振りをしていれば良いのか、迷い、半端に口を開いたまま、時雨(しぐれ)さんの端正な横顔をただ見つめる。「なにを、だろう。なにを・・・・・・、なんだろう。でも、わかんない、」 漂う雲を追ってい…
――――――――――――――――――――――――だけど、 だけどだけどだけどだけど、 きみは光のなかを歩いて欲しい。――――――そう、ねがっているのも、 ほんとうなんだよ。
―――――――――してください。 鈍色の言葉が霧散する。 ――――――――――――■■してください。 墨染の桜が煙る。 果てない夢の終焉をください。 ずっと、 ずっと、 世界の終わりを、待っている。 おねがい。 ―――――――――――――――■■してください。 ずっと、 おもっていたから。 おねがい。 ――――――――――――■■してください。 ほかになにもいらないから、 もう、 もどれなくてもいいから、―――だけどだけどだけど、 蹲り慟哭する己の姿を、もうひとりの自分が酷く冷静に見つめている。口から■が零れる。溢れ出る■にこの身が埋もれていく。 ――――――――――――■■してください。 そ…
ああ、ぼくが存在するこの世界はこんなにも醜悪で哀しい。 どうか愛してください。それはなんという身勝手で穢れた願い。 しあわせな夢をみて、 眼を覚まし、露見した願望に反吐が出る。 ああ、きみがそこに居るその世界はこんなにも美しくも儚い。 ねぇ、 もういっそずたずたに切り裂いて跡形も無く千切って砕いて。 そうしてどうか、どうか、―――どうか あなた が、 殺してください。この想いを、 壊して下さい。このこころを、
捨てられちゃうのかなぁ。飛べないよねぇ。もうとっくに、飛び方なんて忘れちゃったし。飼いならされた小鳥はさぁ、どんなにあの空に憧れてもね。ガゴの中がお似合いなんだよ。 小さく笑って彼が云う。 彼の眼は、なにを視ている? カゴの中で哀しそうに揺れているあの小鳥? それとも、 硝子に映る自分の姿。 飼い慣らされた小鳥は飛べない。 藻掻き抗い叫ぶことすら諦めて。 ゆるゆるとその生暖かい世界に首まで浸かって。 翼の意味など、とうに忘れた。 あんなに憧れて焦がれていた光の世界は。 結局は彼をただ摩耗させるだけで。 なにもできない俺はただそれを黙ってみていることしかできなくて。 飼い慣らされた鳥は飛べない。
「―――なんで居ンのよ」 昼間の晴天がどっか行っちゃって、夜空は厚い雲に覆われている。天気予報って確か夜中に雨が降るって云ってたな。「夜衣こそ、なんで来たのさ。寒いよ?」「そう思うならもうちょっと着込みなさいよアンタは」 云い返すと、「ふふ、確かに」って笑って、ポケットに突っ込んでいた手を出した。 その両手には小さなペットボトル。「まだあったかいよ」「ふぅん。さんきゅ」 迷わずに左の方を取る。いつもそう、彩夜の右手には甘くてミルク多めのカフェオレ。左手には砂糖少なめの苦い珈琲。隣に並んでフェンスに背を凭れ、キャップを開けて口をつけた。「んん?」 口内に広がる風味に、慌てて隣を見ると彩夜はどえら…
「―――あー、・・・・・・ちがうか、『くるしい』じゃねーわ。『かなしい』?」「ん? なんか云った?」「違うな。・・・・・・なんだろう・・・・・・『くやしい』・・・・・・か、―――って、なによ寿里(じゆり)くん」「なんかぶつぶつ云ってるから」「え? なにが?」「は? 自覚無かったの? やばいじゃん。大丈夫?」「なに云ってんのよ、大丈夫に決まってんでしょーが。それよか寿里くん、さっきから倉見が呼んでるけど」「え! あ、ホントだ!」 バタバタと慌ただしく寿里くんが撮影場所に走って行く。その向こうにはあいつが居て、珍しくぼーっと、空を見上げてた。その横顔に視線が縫い付けられる。 ほんっと、腹を立てるの…
「その手を掴んだのも離さなかったのも俺なんだけど。憐れみでも怒りでもましてや愛情なんかじゃ無いんだよな。掴んだ手はもうとっくに癒着してしまって離れることが無いんだ。離すつもりも無いけどさ」 いつだったっけ。俺、なんか酔っ払ってた。 別に訊かれた訳じゃあないのに、なんか勝手にそんなこと語ってた。 彩夜(さよ)のはなしだ。 あいつは、「そっかぁ」なんて柔らかく眼を細めて頷いてた。 あいつをみてると、くるしくなるんだよな。
「―――あいつさぁ、」 紫煙が揺れた―――様にみえた。 錯覚だ。だって夜衣(よい)はもう煙草を喫っていない。夜衣が吐いたのは、ただの白い息。 ぼくは夜衣に眼を向けて、それからその視線の先を追って天を見上げる。 冬の夜空。澄んだ空気に星が瞬いている。月は細く、居心地悪そうに浮かんでいた。「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どーすんの?」 その声が少し震えていたのは、この寒さの中長時間こんな処に立っていたからだろうかそれとも、「・・・・・・・・・・・・・・・・・・どう・・・・・・、」 何気ない風を装っ…
俺はいつかつくろう。 女を守るための花園を。 彼女が、辿りつけなかった現世(うつしよ)の楽園。 それは贖罪なのかすらわからないけれど、「それでも俺は、」 救われたいなんて思わない。 救えるだなんて思わないさ。 ただ俺は、 こんどこそ、きっと。 守り抜いてみせる。 ~fin~
俺はひとり、昏い場所に立っている。あの日から、彼女が消えたあの日から。 暗がりの中、ただ待ち続けていた。暗闇の中、闇雲に探し続けていた。 光は届かない。そうか、もう―――もう、 悪寒で我に返った。あの瞬時に、流れたらしい汗が、躰を冷やしはじめていたせいだ。 じじじじ、と。いつの間にか消えていたらしい外灯が点く。不安定な灯り。それでもその弱い光が俺の思考を現実へと引き戻した。 既にあのふたりの姿は無い。深く息を吐いて、強張った指を数回握った。 ・・・・・・ああ、―――ああ、そうか俺は、恐怖していたのか。 妙に冷静に、そう理解をし、 そしてあの美しくも歪なふたりを思い、苦く嗤った。 あのね、お兄さ…
そして少年は『良くあるハナシ』を語る。 ・・・・・・近くも遠い国で、おんながひとり、捨てられた。と。 まるで飽きられた人形の様に、 まるで壊れてしまった玩具の様に、 無造作に、 廃棄されていた。と。 そんなことは日常茶飯事で、 そんなことは『ヨクアルハナシ』で、 そんなことは誰れも気にも留めない些末な事だと。 弱き者の末路。 救いはそこに無いのか、 弱き者は、救われはしないのか、 「ひとのいのちなんてとくべつなものじゃないよね」 あの少年は無邪気に、曇りの無い眼差しで、 そう微笑んで傍らに立つ『はる』の手を取った。 「・・・・・・・・・・・・よくある、はなし・・・・・・、」 ああ、・・・・・・…
はる、」 少年は慌てることなく、変わらない口調で俺の背後に呼びかけた。「このひとは『違う』。大丈夫」 少年がそう云った途端。ふ、っと気配が消える。 全身に汗が滲んでいた。なんだこれは。・・・・・・恐怖? 少年は、「お兄さん、」と、俺の手首を掴み、強張ったまま自分の意思に逆らい続けている俺の指を一本一本ゆっくりと外すと、すっ、と自ら躰を引いた。 そして、「はる、」 少年は再び俺の背後に呼びかけた。ざわざわと葉擦れの音。「おいで杳(はる)。帰るよ」 ざっ、と。足音。 突然露になった気配に驚きながら俺が顔を上げると、そこには、遮光レンズのゴーグルをかけた少年が立っていた。 当然目許は見えない。それで…
きれいなひとだね、」 長い沈黙の後、少年がそう云った。「お兄さんに似ている」 そう云われ、少し驚いた。 似ているなんて云われたことは無い。 俺は少年に向けた彼女の写真を見つめた。 そうか、似ているのか。 血の繋がりを思い、苦さが胸に広がる。「・・・・・・姉だ、」 少年の反応を見て、はずれだったかとがっかりしながら答える。「お姉さん。・・・・・・そう、・・・・・・」 少年は俺に写真を返す。「お姉さんは、どうしたの? どっか行っちゃったの?」「・・・・・・なんでそう思う?」「だって、『見たこと無いか』だなんて訊くってことは。そういうことでしょう?」「そうか・・・・・・そうだな、・・・・・・」 俺は…
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