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「―――なんで居ンのよ」 昼間の晴天がどっか行っちゃって、夜空は厚い雲に覆われている。天気予報って確か夜中に雨が降るって云ってたな。「夜衣こそ、なんで来たのさ。寒いよ?」「そう思うならもうちょっと着込みなさいよアンタは」 云い返すと、「ふふ、確かに」って笑って、ポケットに突っ込んでいた手を出した。 その両手には小さなペットボトル。「まだあったかいよ」「ふぅん。さんきゅ」 迷わずに左の方を取る。いつもそう、彩夜の右手には甘くてミルク多めのカフェオレ。左手には砂糖少なめの苦い珈琲。隣に並んでフェンスに背を凭れ、キャップを開けて口をつけた。「んん?」 口内に広がる風味に、慌てて隣を見ると彩夜はどえら…
「―――あー、・・・・・・ちがうか、『くるしい』じゃねーわ。『かなしい』?」「ん? なんか云った?」「違うな。・・・・・・なんだろう・・・・・・『くやしい』・・・・・・か、―――って、なによ寿里(じゆり)くん」「なんかぶつぶつ云ってるから」「え? なにが?」「は? 自覚無かったの? やばいじゃん。大丈夫?」「なに云ってんのよ、大丈夫に決まってんでしょーが。それよか寿里くん、さっきから倉見が呼んでるけど」「え! あ、ホントだ!」 バタバタと慌ただしく寿里くんが撮影場所に走って行く。その向こうにはあいつが居て、珍しくぼーっと、空を見上げてた。その横顔に視線が縫い付けられる。 ほんっと、腹を立てるの…
しあわせだった。 だからこわかった。 永遠じゃないから。 永遠なんて無いから。 変わらないものなんてない。 終わらないものなんてない。 だからぼくは、 このしあわせの終わりを見たくなかった知りたくなかった。 なのにぼくは、 このしあわせの、永遠を願った永遠を信じたかった。 きみのあなたのまっすぐなことばに、 あなたのきみのまっすぐなこころに、 縋りたかった。 だけどぼくは、 ぼくは、ね、 ぼくは、 ・・・・・・疲れちゃったんだよ、 ぼくは、 ぼくは、――――――こわいんだよ。いまでも、 ねぇ、いまでも怖くてたまらない。だから、――――――――――――
そうだあなたはぼくのひかりなんだ。 だから惹かれたのに。 だから欲しかったのに。 なのにどうして、 どうして手放してしまったんだろう。 知らないままで居られたらよかったのに。 暗闇の中できっとぼくは、 声にならない慟哭を、 届かない焦燥を、 吐き続けるんだ。真っ赤な花を、真っ白な花を。 もがきながら悔やみながらいつまで、 いつまで生きていかなきゃいけないんだろう。
「その手を掴んだのも離さなかったのも俺なんだけど。憐れみでも怒りでもましてや愛情なんかじゃ無いんだよな。掴んだ手はもうとっくに癒着してしまって離れることが無いんだ。離すつもりも無いけどさ」 いつだったっけ。俺、なんか酔っ払ってた。 別に訊かれた訳じゃあないのに、なんか勝手にそんなこと語ってた。 彩夜(さよ)のはなしだ。 あいつは、「そっかぁ」なんて柔らかく眼を細めて頷いてた。 あいつをみてると、くるしくなるんだよな。
けれど僕には云えない。 彼が隠せているって思っていたその感情を暴いてはいけないから。 だけどだから誰れかお願い。 神様がいるのならお願い。 ・・・・・・・・・・・・早く夢から引きずり出してよ。 あのひとを、連れ戻してよ。 【永遠】を、僕たちの永遠を、 もう一度繋いで欲しいんだ。
本当に、【彼】の中には、 なにも無いんだろうか。 あの日々を、 無かったことにしているんだろうか。 本当に? ねぇ、本当に? 「なにを、探しているのかなぁ。おれ、なにか探しているのかなぁ。なんかさぁ、・・・・・・とてもだいじなもの。失くしたくないもの。・・・・・・だけど、それがなんなのか、わかんないんだよ、」 空を見上げて、ゆっくり瞬きをして。 寂しそうに微笑んで。首を傾げる。その横顔。端正な、横顔。―――あれ? と思った。 あのひとに似ている。そう、感じたのは、一瞬だったけれど。 ねぇ、どうして? そうやって探しているくせにどうして? なんで忘れちゃったの? そりゃあ、あんなことがあって。そ…
ほんとうは、 計登さんが一番堪えているんじゃないかって、 そう、 思ってる。 本人に云ったら、きっと。「んなわけーねーだろー」って怒るから云わないけど。 ・・・・・・・・・・・・知っているから、云えないけど。
「―――あいつさぁ、」 紫煙が揺れた―――様にみえた。 錯覚だ。だって夜衣(よい)はもう煙草を喫っていない。夜衣が吐いたのは、ただの白い息。 ぼくは夜衣に眼を向けて、それからその視線の先を追って天を見上げる。 冬の夜空。澄んだ空気に星が瞬いている。月は細く、居心地悪そうに浮かんでいた。「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どーすんの?」 その声が少し震えていたのは、この寒さの中長時間こんな処に立っていたからだろうかそれとも、「・・・・・・・・・・・・・・・・・・どう・・・・・・、」 何気ない風を装っ…
ああ、【永遠】という言葉が、こんなにも儚く虚しく霧散していく。 「大丈夫。アナタたちのことは、私が守る」 僕はよっぽどな表情をしていたんだろう。幼い子供を宥めるような優しい笑みを浮かべ、でもきっぱりと云ってくれたのは、僕たちの所属している小さな音楽事務所の社長。あのとき、僕たちを見つけてくれた。そして必死で育ててくれた。彼女がいたからこそ僕たちはこうして存在していられる。このひとは、身内を捨てたりしない。僕たちを、放り出したりしない。このひとがこう云ってくれるのならきっと大丈夫。僕が頷こうとすると、 がたっ、と。―――大きな音。 眼を向けると、計登さんが足をテーブルにかけ、揺らしていた。「・・…
なんの冗談かと思った。それで思わず周囲を見回してしまった。どこかに隠しカメラでもあるのかと思って。 でも見知った事務所の小会議室には、見慣れた物しか置いていなくて。そこに座る社長の表情も、帽子を目深にかぶって腕組みをしてどっかりと座っている計登さんも、そんな冗談を仕掛けるような空気なんて全く纏っていない。 「今後のことを決めないといけない」 招集がかかった。事務所の会議室。社長にそう云われた。その言葉の意味。4人いる《eternal》のうち、ここにいるのはふたり。僕と計登さんのふたりだ。・・・・・・時雨さんと十蒼(とおあ)さんは、いない。 「今後のことを決めないといけない」 『あのこと』があっ…
「あのねぇ、ずっと、」 なんの脈略もなく、だけどとても自然に、空を見上げていた時雨さんが口を開いた。どこまでも青い空に、綿あめみたいな真っ白な雲がひとつ、ふわふわと時雨さんの視線を誘いながら流れていった。「ずっと、探している気がするんだ」 夢のなかにまだ、半分くらい居る。そんな表情をして時雨さんはそう云った。 独り言なんだろうか。隣に立つ僕は、どう返せばいいのかそれとも聞こえない振りをしていれば良いのか、迷い、半端に口を開いたまま、時雨さんの端正な横顔をただ見つめる。「なにを、だろう。なにを・・・・・・、なんだろう。でも、わかんない、」 漂う雲を追っているのか、それともあの空の向こうをただ見て…
ああ、そうか、おれは、 約束をしたんだ、―――約束を、だから、 だからそうか、たいせつな■■を手放したから、だから、 だからおれはまた、 空っぽだ。
夢なのか現実だったのか、 それすらも曖昧で、 しあわせという言葉の意味が、 何故かひどくかなしく響く。 どうしてだろう、 なにかを忘れてきた気がするんだ。 でもなんなのか、 それがなんなのか、 わからないんだ。 何処かにあるんだろうか、 まだ何処かにあるんだろうか、 けれど何処へ行けばいいのか、 わからなくておれはずっと途方に暮れてる。 あのきんいろのひかりと、あの空の色。 どうしてこんなにも、 くるしくなるんだろう。
雑踏の中、―――そう、見知らぬひとたちが行き交う、その中に居る。ゆめ。そう、これはゆめ。ゆめのなかで、おれだけが立ち止まり、人の流れに眼を凝らす。 だけどどうして、 そんな風に立ち止まってしまうのかわからない。 けれど確かに、 なにかを探している。そんな気がする。ゆめを、―――夢をみているって知っている。わかっている。けれど。 それがなんなのかわからない。 なにを? ―――なにを? おれは、・・・・・・ねぇ? 探している気がする。夢のなかで探しているずっと、 なにを? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰れを? 〈fragment〉 時折過る、音の欠片。 きんいろのひ…
ゆめをみてた。 焦燥感が残っている。 起き上がって両手をじっと見た。 なんだろう、 なにかを掴みたかった。そう、おれはなにかを掴みたかった。けれど、 届かなかった。あれは、 ・・・・・・・・・・・・なんのゆめだったか忘れたけど。あれは、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだったのかなぁ、
胸の奥で花が揺らめく。 ―――【 】が尋ねる。心底不思議そうにぼくに問う。 胸の奥で花が震える。 ああ、こんなにもぼくの躰には花がみっしりと根を張っているのに。 ああ、こんなにもぼくの心は果てしなく空虚なんだ。 花たちはほろほろと花弁を散らす。それは涙のようにはらりはらりと足許に零れる。 ―――【 】が尋ねる。心底不思議そうにぼくを眺める。 もう、いいんだ。もう、終わらせたんだ。なのに、 ――――――――――――なのに、―――――――――――――――どうして? 〈暗転〉
くるしい、 くるしい、 くるしい、 くるしい、 ・・・・・・・・・・・・だってまだこんなにも、 あなたの残滓がぼくの細胞ひとつひとつに沁みついている。 だってあなたはぼくの寄す処(よすが)だった。 美しかったあのセカイは色を失った。 ぼくはどうやって、 ことばを紡げばいいんだろう。
諦めるとか、 忘れるとか、 どうやったらできるんだっけ。 あの日から毎日を、日常を繰り返してきたくせに、 昨日までと明日からの、 区切り方がわからないんだ。 予定を分刻みで詰め込んで、 楽しいと思い込んで笑って燥いで、 くたくたになって泥の様に眠りに落ちても、 明け方に見る、淡い陽炎みたいな夢の欠片。 曖昧な、形にすらなっていない揺らぐそのカケラが、 頭の片隅にこびりついたまま拭えない。 ふとした瞬間に、 気配を感じて。 空白の刹那に、 過るなにかを、 全身全霊で、気配や色や音やにおいを、 探している。自覚のないまま。 未練。 きっとそうなんだろうでも、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・手…
頷いた、その顔を見ることができなかった。 ぼくは、 俯いたまま、背を向けたまま、 ドアが閉まる音を、全身で聴いた。 ドアが閉じる。それは、 終わりの音。 あれからぼくはずっと、 世界から遮断されているような気持ちでいる。 ずっと、 ずぅっと、ぼくは、 ぼくは見えない膜に包まれていて、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・息ができないんだ。
あなたの傍に居られるのなら、他のすべてを無くしてもかまわない。 それを罪だと云うのなら、それさえも呑みこんでしまおう。 実を結ばない花が咲く。――――――ねぇ? その儚いうつくしさを大切に思っている。 あなたが思っているよりもずっと、 冥い感情を知っているんだ。
【 】は、 はらはら零れる花びらを一枚指で掬い、―――喰んだ。 白い歯がさくりと花弁を噛み砕く。 甘い芳香が周囲を包む。 とくり、―――どくり、 躰の奥で鼓動する。胎動のごとく、鼓動する。 どくり、―――とくり、 躰のなか、ああ、これは花だ。花が喜んでいる。ぼくの心を蝕んでいる花が咲き誇る。 溶ける。―――溶ける。 躰が震えた。ずっと、望んでいる。ずっと願っているんだ。 望みが、欲望が、溢れ出す。花が咲きこぼれる。苦しい。苦しいんだ。 漆黒の虚無を見つめる。 静かに凪いでいるその瞳に映るぼくのこころは醜い欲望での汚泥に塗れている。 花はこんなにも美しく、咲いているのに。 ――――――【 】が、…
―――――――――してください。 鈍色の言葉が霧散する。 ――――――――――――■■してください。 墨染の桜が煙る。 果てない夢の終焉をください。 ずっと、 ずっと、 世界の終わりを、待っている。 おねがい。 ―――――――――――――――■■してください。 ずっと、 おもっていたから。 おねがい。 ――――――――――――■■してください。 ほかになにもいらないから、 もう、 もどれなくてもいいから、―――だけどだけどだけど、 蹲り慟哭する己の姿を、もうひとりの自分が酷く冷静に見つめている。口から花が零れる。溢れ出る花にこの身が埋もれていく。 現実なのか夢なのか、それすらも曖昧な陽炎のよう…
ああ、ぼくが存在するこの世界はこんなにも醜悪で哀しい。 どうか愛してください。それはなんという身勝手で穢れた願い。 しあわせな夢をみて、 眼を覚まし、露見した願望に反吐が出る。 ああ、あなたがそこに居るその世界はこんなにも美しくも儚い。 ねぇ、 もういっそずたずたに切り裂いて跡形も無く千切って砕いて。 そうしてどうか、どうか、―――どうか あなた が。 殺してください。この想いを、 壊して下さい。このこころを、
「花が咲くんだ」 そう云うとあなたは困った様に笑ってそれから頭を撫でてくれた。 それだけで、 うれしくてしあわせで、 くるしくてかなしくて、 ああ、 ほらまた、―――またひとつ、花が咲く。 ねぇ? 花が咲くんだよ。花が、・・・・・・。 「花が咲いて咲いてたましいを切り裂くんだよ」
俺はいつかつくろう。 女を守るための花園を。 彼女が、辿りつけなかった現世(うつしよ)の楽園。 それは贖罪なのかすらわからないけれど、「それでも俺は、」 救われたいなんて思わない。 救えるだなんて思わないさ。 ただ俺は、 こんどこそ、きっと。 守り抜いてみせる。 ~fin~
俺はひとり、昏い場所に立っている。あの日から、彼女が消えたあの日から。 暗がりの中、ただ待ち続けていた。暗闇の中、闇雲に探し続けていた。 光は届かない。そうか、もう―――もう、 悪寒で我に返った。あの瞬時に、流れたらしい汗が、躰を冷やしはじめていたせいだ。 じじじじ、と。いつの間にか消えていたらしい外灯が点く。不安定な灯り。それでもその弱い光が俺の思考を現実へと引き戻した。 既にあのふたりの姿は無い。深く息を吐いて、強張った指を数回握った。 ・・・・・・ああ、―――ああ、そうか俺は、恐怖していたのか。 妙に冷静に、そう理解をし、 そしてあの美しくも歪なふたりを思い、苦く嗤った。 あのね、お兄さ…
そして少年は『良くあるハナシ』を語る。 ・・・・・・近くも遠い国で、おんながひとり、捨てられた。と。 まるで飽きられた人形の様に、 まるで壊れてしまった玩具の様に、 無造作に、 廃棄されていた。と。 そんなことは日常茶飯事で、 そんなことは『ヨクアルハナシ』で、 そんなことは誰れも気にも留めない些末な事だと。 弱き者の末路。 救いはそこに無いのか、 弱き者は、救われはしないのか、 「ひとのいのちなんてとくべつなものじゃないよね」 あの少年は無邪気に、曇りの無い眼差しで、 そう微笑んで傍らに立つ『はる』の手を取った。 「・・・・・・・・・・・・よくある、はなし・・・・・・、」 ああ、・・・・・・…
はる、」 少年は慌てることなく、変わらない口調で俺の背後に呼びかけた。「このひとは『違う』。大丈夫」 少年がそう云った途端。ふ、っと気配が消える。 全身に汗が滲んでいた。なんだこれは。・・・・・・恐怖? 少年は、「お兄さん、」と、俺の手首を掴み、強張ったまま自分の意思に逆らい続けている俺の指を一本一本ゆっくりと外すと、すっ、と自ら躰を引いた。 そして、「はる、」 少年は再び俺の背後に呼びかけた。ざわざわと葉擦れの音。「おいで杳(はる)。帰るよ」 ざっ、と。足音。 突然露になった気配に驚きながら俺が顔を上げると、そこには、遮光レンズのゴーグルをかけた少年が立っていた。 当然目許は見えない。それで…
きれいなひとだね、」 長い沈黙の後、少年がそう云った。「お兄さんに似ている」 そう云われ、少し驚いた。 似ているなんて云われたことは無い。 俺は少年に向けた彼女の写真を見つめた。 そうか、似ているのか。 血の繋がりを思い、苦さが胸に広がる。「・・・・・・姉だ、」 少年の反応を見て、はずれだったかとがっかりしながら答える。「お姉さん。・・・・・・そう、・・・・・・」 少年は俺に写真を返す。「お姉さんは、どうしたの? どっか行っちゃったの?」「・・・・・・なんでそう思う?」「だって、『見たこと無いか』だなんて訊くってことは。そういうことでしょう?」「そうか・・・・・・そうだな、・・・・・・」 俺は…