けれど僕には云えない。 彼が隠せているって思っていたその感情を暴いてはいけないから。 だけどだから誰れかお願い。 神様がいるのならお願い。 ・・・・・・・・・・・・早く夢から引きずり出してよ。 あのひとを、連れ戻してよ。 【永遠】を、僕たちの永遠を、 もう一度繋いで欲しいんだ。
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けれど僕には云えない。 彼が隠せているって思っていたその感情を暴いてはいけないから。 だけどだから誰れかお願い。 神様がいるのならお願い。 ・・・・・・・・・・・・早く夢から引きずり出してよ。 あのひとを、連れ戻してよ。 【永遠】を、僕たちの永遠を、 もう一度繋いで欲しいんだ。
本当に、【彼】の中には、 なにも無いんだろうか。 あの日々を、 無かったことにしているんだろうか。 本当に? ねぇ、本当に? 「なにを、探しているのかなぁ。おれ、なにか探しているのかなぁ。なんかさぁ、・・・・・・とてもだいじなもの。失くしたくないもの。・・・・・・だけど、それがなんなのか、わかんないんだよ、」 空を見上げて、ゆっくり瞬きをして。 寂しそうに微笑んで。首を傾げる。その横顔。端正な、横顔。―――あれ? と思った。 あのひとに似ている。そう、感じたのは、一瞬だったけれど。 ねぇ、どうして? そうやって探しているくせにどうして? なんで忘れちゃったの? そりゃあ、あんなことがあって。そ…
「その手を掴んだのも離さなかったのも俺なんだけど。憐れみでも怒りでもましてや愛情なんかじゃ無いんだよな。掴んだ手はもうとっくに癒着してしまって離れることが無いんだ。離すつもりも無いけどさ」 いつだったっけ。俺、なんか酔っ払ってた。 別に訊かれた訳じゃあないのに、なんか勝手にそんなこと語ってた。 彩夜(さよ)のはなしだ。 あいつは、「そっかぁ」なんて柔らかく眼を細めて頷いてた。 あいつをみてると、くるしくなるんだよな。
ほんとうは、 計登さんが一番堪えているんじゃないかって、 そう、 思ってる。 本人に云ったら、きっと。「んなわけーねーだろー」って怒るから云わないけど。 ・・・・・・・・・・・・知っているから、云えないけど。
「―――あいつさぁ、」 紫煙が揺れた―――様にみえた。 錯覚だ。だって夜衣(よい)はもう煙草を喫っていない。夜衣が吐いたのは、ただの白い息。 ぼくは夜衣に眼を向けて、それからその視線の先を追って天を見上げる。 冬の夜空。澄んだ空気に星が瞬いている。月は細く、居心地悪そうに浮かんでいた。「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どーすんの?」 その声が少し震えていたのは、この寒さの中長時間こんな処に立っていたからだろうかそれとも、「・・・・・・・・・・・・・・・・・・どう・・・・・・、」 何気ない風を装っ…
ああ、【永遠】という言葉が、こんなにも儚く虚しく霧散していく。 「大丈夫。アナタたちのことは、私が守る」 僕はよっぽどな表情をしていたんだろう。幼い子供を宥めるような優しい笑みを浮かべ、でもきっぱりと云ってくれたのは、僕たちの所属している小さな音楽事務所の社長。あのとき、僕たちを見つけてくれた。そして必死で育ててくれた。彼女がいたからこそ僕たちはこうして存在していられる。このひとは、身内を捨てたりしない。僕たちを、放り出したりしない。このひとがこう云ってくれるのならきっと大丈夫。僕が頷こうとすると、 がたっ、と。―――大きな音。 眼を向けると、計登さんが足をテーブルにかけ、揺らしていた。「・・…
空が青いと思い知ったのは夜衣(よい)が吐いた煙草の煙を眼で追いかけたときだった。 ビルの屋上で吹きっさらしの真冬の澄んだ空を見て、セカイは美しいんだなって、理解した。 白く淡い煙草の煙が、青く鮮やかな空にとけていく。あの日―――そう、あの日あの瞬間まで、ぼくらは――― ぼくらはふたりきりだった。 ぼくらはひとりきりだった。 ぼくらはふたりで、ひとつだった。 ぼくらのせかいは、ふたりで完結していたのに。
ココロが死んでいく。 笑顔を貼り付けたまま。 紛い物の光に照らされた足許は、昔もいまもこの先だって脆く崩れやすくて不安定だ。
なんの冗談かと思った。それで思わず周囲を見回してしまった。どこかに隠しカメラでもあるのかと思って。 でも見知った事務所の小会議室には、見慣れた物しか置いていなくて。そこに座る社長の表情も、帽子を目深にかぶって腕組みをしてどっかりと座っている計登さんも、そんな冗談を仕掛けるような空気なんて全く纏っていない。 「今後のことを決めないといけない」 招集がかかった。事務所の会議室。社長にそう云われた。その言葉の意味。4人いる《eternal》のうち、ここにいるのはふたり。僕と計登さんのふたりだ。・・・・・・時雨さんと十蒼(とおあ)さんは、いない。 「今後のことを決めないといけない」 『あのこと』があっ…
「あのねぇ、ずっと、」 なんの脈略もなく、だけどとても自然に、空を見上げていた時雨さんが口を開いた。どこまでも青い空に、綿あめみたいな真っ白な雲がひとつ、ふわふわと時雨さんの視線を誘いながら流れていった。「ずっと、探している気がするんだ」 夢のなかにまだ、半分くらい居る。そんな表情をして時雨さんはそう云った。 独り言なんだろうか。隣に立つ僕は、どう返せばいいのかそれとも聞こえない振りをしていれば良いのか、迷い、半端に口を開いたまま、時雨さんの端正な横顔をただ見つめる。「なにを、だろう。なにを・・・・・・、なんだろう。でも、わかんない、」 漂う雲を追っているのか、それともあの空の向こうをただ見て…
ああ、そうか、おれは、 約束をしたんだ、―――約束を、だから、 だからそうか、たいせつな■■を手放したから、だから、 だからおれはまた、 空っぽだ。
夢なのか現実だったのか、 それすらも曖昧で、 しあわせという言葉の意味が、 何故かひどくかなしく響く。 どうしてだろう、 なにかを忘れてきた気がするんだ。 でもなんなのか、 それがなんなのか、 わからないんだ。 何処かにあるんだろうか、 まだ何処かにあるんだろうか、 けれど何処へ行けばいいのか、 わからなくておれはずっと途方に暮れてる。 あのきんいろのひかりと、あの空の色。 どうしてこんなにも、 くるしくなるんだろう。
雑踏の中、―――そう、見知らぬひとたちが行き交う、その中に居る。ゆめ。そう、これはゆめ。ゆめのなかで、おれだけが立ち止まり、人の流れに眼を凝らす。 だけどどうして、 そんな風に立ち止まってしまうのかわからない。 けれど確かに、 なにかを探している。そんな気がする。ゆめを、―――夢をみているって知っている。わかっている。けれど。 それがなんなのかわからない。 なにを? ―――なにを? おれは、・・・・・・ねぇ? 探している気がする。夢のなかで探しているずっと、 なにを? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰れを? 〈fragment〉 時折過る、音の欠片。 きんいろのひ…
ゆめをみてた。 焦燥感が残っている。 起き上がって両手をじっと見た。 なんだろう、 なにかを掴みたかった。そう、おれはなにかを掴みたかった。けれど、 届かなかった。あれは、 ・・・・・・・・・・・・なんのゆめだったか忘れたけど。あれは、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだったのかなぁ、
胸の奥で花が揺らめく。 ―――【 】が尋ねる。心底不思議そうにぼくに問う。 胸の奥で花が震える。 ああ、こんなにもぼくの躰には花がみっしりと根を張っているのに。 ああ、こんなにもぼくの心は果てしなく空虚なんだ。 花たちはほろほろと花弁を散らす。それは涙のようにはらりはらりと足許に零れる。 ―――【 】が尋ねる。心底不思議そうにぼくを眺める。 もう、いいんだ。もう、終わらせたんだ。なのに、 ――――――――――――なのに、―――――――――――――――どうして? 〈暗転〉
くるしい、 くるしい、 くるしい、 くるしい、 ・・・・・・・・・・・・だってまだこんなにも、 あなたの残滓がぼくの細胞ひとつひとつに沁みついている。 だってあなたはぼくの寄す処(よすが)だった。 美しかったあのセカイは色を失った。 ぼくはどうやって、 ことばを紡げばいいんだろう。
諦めるとか、 忘れるとか、 どうやったらできるんだっけ。 あの日から毎日を、日常を繰り返してきたくせに、 昨日までと明日からの、 区切り方がわからないんだ。 予定を分刻みで詰め込んで、 楽しいと思い込んで笑って燥いで、 くたくたになって泥の様に眠りに落ちても、 明け方に見る、淡い陽炎みたいな夢の欠片。 曖昧な、形にすらなっていない揺らぐそのカケラが、 頭の片隅にこびりついたまま拭えない。 ふとした瞬間に、 気配を感じて。 空白の刹那に、 過るなにかを、 全身全霊で、気配や色や音やにおいを、 探している。自覚のないまま。 未練。 きっとそうなんだろうでも、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・手…
頷いた、その顔を見ることができなかった。 ぼくは、 俯いたまま、背を向けたまま、 ドアが閉まる音を、全身で聴いた。 ドアが閉じる。それは、 終わりの音。 あれからぼくはずっと、 世界から遮断されているような気持ちでいる。 ずっと、 ずぅっと、ぼくは、 ぼくは見えない膜に包まれていて、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・息ができないんだ。
あなたの傍に居られるのなら、他のすべてを無くしてもかまわない。 それを罪だと云うのなら、それさえも呑みこんでしまおう。 実を結ばない花が咲く。――――――ねぇ? その儚いうつくしさを大切に思っている。 あなたが思っているよりもずっと、 冥い感情を知っているんだ。
【 】は、 はらはら零れる花びらを一枚指で掬い、―――喰んだ。 白い歯がさくりと花弁を噛み砕く。 甘い芳香が周囲を包む。 とくり、―――どくり、 躰の奥で鼓動する。胎動のごとく、鼓動する。 どくり、―――とくり、 躰のなか、ああ、これは花だ。花が喜んでいる。ぼくの心を蝕んでいる花が咲き誇る。 溶ける。―――溶ける。 躰が震えた。ずっと、望んでいる。ずっと願っているんだ。 望みが、欲望が、溢れ出す。花が咲きこぼれる。苦しい。苦しいんだ。 漆黒の虚無を見つめる。 静かに凪いでいるその瞳に映るぼくのこころは醜い欲望での汚泥に塗れている。 花はこんなにも美しく、咲いているのに。 ――――――【 】が、…
―――――――――してください。 鈍色の言葉が霧散する。 ――――――――――――■■してください。 墨染の桜が煙る。 果てない夢の終焉をください。 ずっと、 ずっと、 世界の終わりを、待っている。 おねがい。 ―――――――――――――――■■してください。 ずっと、 おもっていたから。 おねがい。 ――――――――――――■■してください。 ほかになにもいらないから、 もう、 もどれなくてもいいから、―――だけどだけどだけど、 蹲り慟哭する己の姿を、もうひとりの自分が酷く冷静に見つめている。口から花が零れる。溢れ出る花にこの身が埋もれていく。 現実なのか夢なのか、それすらも曖昧な陽炎のよう…
ああ、ぼくが存在するこの世界はこんなにも醜悪で哀しい。 どうか愛してください。それはなんという身勝手で穢れた願い。 しあわせな夢をみて、 眼を覚まし、露見した願望に反吐が出る。 ああ、あなたがそこに居るその世界はこんなにも美しくも儚い。 ねぇ、 もういっそずたずたに切り裂いて跡形も無く千切って砕いて。 そうしてどうか、どうか、―――どうか あなた が。 殺してください。この想いを、 壊して下さい。このこころを、
「花が咲くんだ」 そう云うとあなたは困った様に笑ってそれから頭を撫でてくれた。 それだけで、 うれしくてしあわせで、 くるしくてかなしくて、 ああ、 ほらまた、―――またひとつ、花が咲く。 ねぇ? 花が咲くんだよ。花が、・・・・・・。 「花が咲いて咲いてたましいを切り裂くんだよ」
俺はいつかつくろう。 女を守るための花園を。 彼女が、辿りつけなかった現世(うつしよ)の楽園。 それは贖罪なのかすらわからないけれど、「それでも俺は、」 救われたいなんて思わない。 救えるだなんて思わないさ。 ただ俺は、 こんどこそ、きっと。 守り抜いてみせる。 ~fin~
俺はひとり、昏い場所に立っている。あの日から、彼女が消えたあの日から。 暗がりの中、ただ待ち続けていた。暗闇の中、闇雲に探し続けていた。 光は届かない。そうか、もう―――もう、 悪寒で我に返った。あの瞬時に、流れたらしい汗が、躰を冷やしはじめていたせいだ。 じじじじ、と。いつの間にか消えていたらしい外灯が点く。不安定な灯り。それでもその弱い光が俺の思考を現実へと引き戻した。 既にあのふたりの姿は無い。深く息を吐いて、強張った指を数回握った。 ・・・・・・ああ、―――ああ、そうか俺は、恐怖していたのか。 妙に冷静に、そう理解をし、 そしてあの美しくも歪なふたりを思い、苦く嗤った。 あのね、お兄さ…
そして少年は『良くあるハナシ』を語る。 ・・・・・・近くも遠い国で、おんながひとり、捨てられた。と。 まるで飽きられた人形の様に、 まるで壊れてしまった玩具の様に、 無造作に、 廃棄されていた。と。 そんなことは日常茶飯事で、 そんなことは『ヨクアルハナシ』で、 そんなことは誰れも気にも留めない些末な事だと。 弱き者の末路。 救いはそこに無いのか、 弱き者は、救われはしないのか、 「ひとのいのちなんてとくべつなものじゃないよね」 あの少年は無邪気に、曇りの無い眼差しで、 そう微笑んで傍らに立つ『はる』の手を取った。 「・・・・・・・・・・・・よくある、はなし・・・・・・、」 ああ、・・・・・・…
はる、」 少年は慌てることなく、変わらない口調で俺の背後に呼びかけた。「このひとは『違う』。大丈夫」 少年がそう云った途端。ふ、っと気配が消える。 全身に汗が滲んでいた。なんだこれは。・・・・・・恐怖? 少年は、「お兄さん、」と、俺の手首を掴み、強張ったまま自分の意思に逆らい続けている俺の指を一本一本ゆっくりと外すと、すっ、と自ら躰を引いた。 そして、「はる、」 少年は再び俺の背後に呼びかけた。ざわざわと葉擦れの音。「おいで杳(はる)。帰るよ」 ざっ、と。足音。 突然露になった気配に驚きながら俺が顔を上げると、そこには、遮光レンズのゴーグルをかけた少年が立っていた。 当然目許は見えない。それで…
きれいなひとだね、」 長い沈黙の後、少年がそう云った。「お兄さんに似ている」 そう云われ、少し驚いた。 似ているなんて云われたことは無い。 俺は少年に向けた彼女の写真を見つめた。 そうか、似ているのか。 血の繋がりを思い、苦さが胸に広がる。「・・・・・・姉だ、」 少年の反応を見て、はずれだったかとがっかりしながら答える。「お姉さん。・・・・・・そう、・・・・・・」 少年は俺に写真を返す。「お姉さんは、どうしたの? どっか行っちゃったの?」「・・・・・・なんでそう思う?」「だって、『見たこと無いか』だなんて訊くってことは。そういうことでしょう?」「そうか・・・・・・そうだな、・・・・・・」 俺は…
・・・・・・天使が居るのよ。 そう云って、寂しそうに微笑む彼女。 ・・・・・・そうだいつだって彼女は寂しそうに笑っていた。「・・・・・・天使、」 声に出ていたらしい、少年の視線がまた俺に向いていた。 訊いてみようか。 駄目で元々。少しでもなにか掠れば。「この女を、見たことは無いか?」 ポケットから取り出して写真を見せる。 少年がそれを受け取り、ちょっと首を傾げた。「・・・・・・・・・・・・、」 沈黙が酷く重い。 鴉がばさりと、何処かで羽ばたいた。
「お兄さん?」 その声で我に返った。少年が心配そうに俺を見ていた。 どうしてか、俺は吸い寄せられる様に、少年にふらりと近づいた。 少年は、警戒するでもなく、ただ俺を見ている。 鴉が「かぁ」と一声だけ鳴いた。 一瞬空気が密度を増した気がした。何故だろう、胸がざわざわとさざめく。 少年は俺を見上げている。 ・・・・・・純な表情。あどけない顔だ。 綺麗なものしか、知らない。無垢な貌。 眼の色が、・・・・・・灰色なんだな。やっぱり純粋な日本人じゃないのか?「・・・・・・・・・・・・ねぇ、お兄さん。あっちに『街』があるでしょう? 工場の跡地。あそこにはひとがたくさん住んでいるんだって。あのね、あの街に居…
あれはいつのことだったか。彼女が云っていた。それを不意に思い出した。 夕陽の残光に、その淡い金色の髪が煌めいている。 なんだか酷く非現実的な情景だった。だから思い出した。彼女がいつか云っていた、あの言葉を。 金色の光に縁取られた輪郭。まるでその姿そのものが発光しているかにも見えた。 『・・・・・・ほんとうよ? 黄昏のなかに天使をみたのよ』 不躾な俺の視線を感じたのか、少年が顔を上げ俺を見た。 肌が白い。但しそれはあくまでも日本人の肌の色。 貌立ちは寧ろ地味だ。 プラチナに近いブロンドの髪。脱色しているにしては妙に馴染んでいる。とすれば、地毛なのか? お坊ちゃん学校の、制服。それを規則通りに乱れ…
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・ねぇ? 信じる?』 いつだったか、 『・・・・・・ほんとうよ? 黄昏のなかに天使をみたのよ』
「ずっと、探している気がするんよ、ね・・・・・・」 彷徨う彼の視線は確かに一瞬ぼくをみた。 ぼくを見ている。なのに、「・・・・・・えっと、・・・・・・な、なにを?」 そう問い返した都古くんの意識はこっちを向いている。 計登は少しだけ眉を寄せて天井を見た。「なにを・・・・・・? だろう。なにを・・・・・・、なんだろう、」 彼は、首を少し横に倒す。ぼくは動けない。息すらもできない。彼の視線はぼくに向けられている。―――けれど、「・・・・・・でも、わかんない、」 彼は困った様に、瞬きをした。 ぼくをみたのに。 「・・・・・・わかんないんだ、」 彼はぼくに視線を向けたままだ。でも、 時雨さんの瞳には、…
あなたがいるこのせかいは、 あなたをしあわせにしていますか?「オマエはむずかしいこと、かんがえすぎや」 おれの問いにあなたはいつもそう云って笑う。 ああ、なんて綺麗な。「しあわせにきまっとるやん」 ふわりと、 ああなんて綺麗な、美しい笑顔。 なんでこのひとはこんなに綺麗なんやろ。「アイツが居って、仕事もあって、すきなことができて、欲しいもんも買えて」 こどもみたいに、指を折りながらそう云って、「可愛い後輩も、居って」 一旦言葉を切り、にっと口許を緩める。「オマエが、居るから」 なぁ? そう云って首を反らして。俺を見上げる。「だからおれはな、」 しあわあせなんよ。 無邪気な笑顔を向けられて、俺は…
だけど、 そう、だけどぼくはまたきっと、 同じ選択をすると思う。 だってぼくには、 永遠なんて、信じられない。 変わらない心も、 終わらない恋も、 そんなもの無いって思っているんだ。 終わらない恋なんてない。 変わらない心なんてない。 裏切られるのが嫌だから、 聞こえない振りをする。 傷つくのが嫌だから、 気付かない振りをする。 そこにあるものが、 大切だと、思えば思うほどに、 壊れるのを恐れて、消えていくのが怖くて。 だったら、最初から、なにもはじめなければいい。 そう思っていたのに。 駄目だった。 抗えなかったんだ。 こんなに、自分のこころが思い通りにならないなんて。 押えられずに溢れてし…
強く吹いた風が。 小さく渦を巻いて僕と計登さんの髪を乱して去っていく。「・・・・・・・・・・・・なんだよ。都古くん泣いてんの?」 計登さんの驚いた声。「・・・・・・違うよ、」 時雨さんは、なにを、「・・・・・・煙りが、・・・・・・煙草の煙りが、眼に沁みただけ、」 時雨さんは、誰れを、「・・・・・・・・・・・・ふぅーん、」 計登さんは、気の無い返事をして、携帯灰皿を取り出した。 時雨さんは・・・・・・掴もうとしたんだろう。 なにを、 諦めたんだろう。
「・・・・・・・・・・・・んかった、」 時雨さんの、小さな声。「・・・・・・届かんかった、・・・・・・駄目やったぁ、・・・・・・おれ、・・・・・・」 あの日、時雨さんはなにを掴みたかったんだろう? 『届かんかった』 ・・・・・・・・・・・・その、意味を、・・・・・・・・・・・・、 僕は今更ながら考えてしまった。
そういえば、いつだったか。 「ぼくがさぁ。くっそ甘いラブソングなんてつくっちゃって。しかもそれをうたっちゃったりしたら、気色悪いよなぁ、」 移動中のクルマの中だった。隣から、ぼそっとそんな声が聞こえてきた。 運転していたのはスタッフさんだ。三列シートのワゴン車の中。計登さんは一番後ろのシートを占領して眠ってた。時雨さんは確か仕事が入っていて、それを終えて現地で合流するって流れだった。 僕はスマホゲームをしていた。手こずっていたミッションを漸くクリアして、片耳だけイヤホンを外した処で、眠っていたと思ってた十秋さんがそんなこと云いだしたから、ちょっとだけ驚いた。 寝てなかったのかな。そう思って。ス…
「時雨がさ、」 そこで言葉を切って、計登さんは煙草を咥えた。 カチ、と。ライターが点火する。 ゆっくりと、・・・・・・言葉を探しているんだろうか、・・・・・・ゆっくりと吸い込み、そして、細く、長く、煙りを吐いた。「時雨さ、アイツは、・・・・・・・・・・・・脆い。よな」 僕と計登さんは事務所の屋上に居る。小さいけれども自社ビルだ。風が少し強い。計登さんは僕に煙がかからない様に、風下に立っている。眼を細め、フェンスに凭れて。煙を細く細く、ゆっくりと吐き出す。「例えば、だけどさ、」 計登さん、少し痩せたな。そんなことを僕は考えていた。「・・・・・・・・・・・・俺、だとしたら。時雨は、ああはなってなか…
ロミオとジュリエットの恋の行く末は、 ほんの少しの掛け違い。 だけど、それを莫迦だなぁと、笑い飛ばすには重すぎる結末だったよね。 十秋さんと、 時雨さん。 あのふたりは、どうだったんだろう。 あのふたりは、どうなるんだろう。 あのふたりの、終着は―――、 本当のところはわからない。 僕たちにはわからない。 どっちが先だったのか、 どっちがきっかけだったのか。 わからない。 わからないまま、僕たちはただ、 ただ、・・・・・・、 結末だけを、見せられている。
静謐で美しい情景。 満開の桜の下、 ひらひらと舞う。 花びらは無尽に降り続け、 漆黒の世界は淡い紅色に埋め尽くされる。 ――――――――――――ぼくは死んでいる。 精神を喰われ、空虚な人形と化している。 ぽかりと胸に開いた空洞の向こうに、 細い月が嗤っているんだ。 夢をみる。 覚めない夢を、 けれどぼくはそれが、 ぼくの末路だと知っている。
―――――――――はぁーーーーー、 外に出て、思いっきり息を吐き出した。 見えていない筈なのにその息に、 たくさんの言葉が色んな大きさを持って、 含まれているみたいに思えて、 舌打ちをして脚で踏みつけた。 上を向いて、空気を吸い込む。 何度も、 何度も、 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺、演技下手糞すぎるな、」 なのにアイツは気づかない。違和感は薄らとあるんだろう。そりゃあそうだよな。 ふと、 この中庭に面した、アイツの居る、2階のベランダ窓に眼を向けた。 ちらりと過った影。―――影。影か・・・・・・、 俺は息を吐き出す。云えない言葉を、 アイツが失くした、 俺たちの永遠を。
「よう、」 一応ドアをノックして、だけど返事を待たずに部屋に入る。鍵はかかっていない。そもそも鍵なんてついてすらいない。「けーとさん、」 俺の姿を認めて、 室内にいた男は、ふわりと笑う、見慣れた笑顔。曇りのない、表情。 窓辺の空気が僅かに揺れた。思わず向けてしまった視線をそこからずらす為に「最近肩凝るんだよなぁ」と独りごちながらそのまま首を左右に動かす俺。不自然じゃないよな。 その奥にある大きな窓から入ってくる柔らかな日の光で室内は明るい。バルコニーがついているんだっけ? パイン材の白いフローリング。淡いクリーム色の壁紙。かなり広い部屋。床に大きなクッションが3個。無造作に置いてある。ベッド脇…
石畳をゆっくりと踏みしめながら深い呼吸を繰り返す。 静かな空間に俺の呼吸音が吸い込まれていく。 なにを話そう。なにがNGだったっけ? 考え出すと頭ん中がぐっちゃぐちゃになるな。あー。もう、こんな悩むの性に合わねーんだよ。 玄関に立ち、無意識にインターフォンを探してしまった。そういえば無いんだったっけ。 扉に手をかけると難なく開いた。不用心だなって思ったけれど、訪問時間伝えてるし、そういやモニターでチェックしてるんだったか。社長が云ってたな、セキュリティは万全だって。 ここで声を出しても。応える者はいない。そう聞いている。 靴を脱いで中に入って周囲を見回しながら歩く。 天井が高い。 静かだな。 …
正直まだ迷ってる。 迷っているんだよ俺は。俺らしくねーよなー。って、自分に呆れるくらい迷ってる。『アイツ』のことだからなんだよな。俺も相当なんだよなぁ。 そんなこと考えながら石畳の上を歩いた。 まるでエアポケットだなこの場所。本当に静かだ。 周りを見回す。あの木たちが音を遮断しているんだろうか。 ・・・・・・ここには、何度来ることになるんだろう。「――――――まだ、・・・・・・信じらんねーんだよなぁ」 その呟きに呼応するみたいに周囲の木々がざわわと揺れた。「考えたって、しょーがねーんだけどさ」 風が吹く。俺は息を吐き出した。「社長(かーちやん)も頑張ってくれてるしな」 マジで。小っちぇー事務所…
腹の底から息を吐き出す。 躰ンなかに、なんかイヤなモンが混じっている気がするから。 だから俺は、下を向いて息を吐き出して、足で蹴って、それを散り散りにして。 それから上を向いた。 周囲を背の高い木に囲まれて空が丸くくり抜かれて見えた。まるで深い穴の中から、届かない空を見上げているみたいだ。 青色の中を、掠れた雲がゆっくりと流れていくのを眺めていたら少し呼吸が楽になった。 寄りかかっていたバイクから躰を離して、改めて周囲を見回す。静かだな。ぽっかりと、エアポケットの様なこの場所。ここがほぼ都心だなんて嘘みたいな静けさだ。 しっかしこんなところよく見つけたよな。 苦笑しながら歩き出した。
しあわせだった。 だからこわかった。 永遠じゃないから。 永遠なんて無いから。 変わらないものなんてない。 終わらないものなんてない。 だからぼくは、 このしあわせの終わりを見たくなかった知りたくなかった。 なのにぼくは、 このしあわせの、永遠を願った永遠を信じたかった。 あなたのまっすぐなことばに、 あなたのまっすぐなこころに、 縋りたかった。 だけどぼくは、 ぼくは、ね、 ぼくは、 ・・・・・・疲れちゃったんだよ、 ぼくは、 ぼくは、――――――こわいんだよ。
そうだあなたはぼくのひかりなんだ。 だから惹かれたのに。 だから欲しかったのに。 なのにどうして、 どうして手放してしまったんだろう。 暗闇の中できっとぼくは、 声にならない慟哭を、 届かない焦燥を、 もがきながら悔やみながらいつまで、 いつまで生きていかなきゃいけないんだろう。
おかしいよおまえ。 その姿をその声を、 全身で。 全霊で。 狂ってる。 あのさ、 浸食さ(喰わ)れるなよ? なにが? あのふたり、 ああ、「でもさ、」「綺麗だよね。あのふたりは、」 綺麗? 違うよおまえ間違ってるよ。あのふたりはさ、「怖いよ」 いつからだっけ? きっかけはなんだった? アイツはいつから、 あんな眼をするようになった? いつからだっけ? ―――どうでも良いかそんなこと、 どうでもいいのさ、そんなこと。 ほとり、 花が落ちる。 何故か、年中咲いているあの庭のそこかしこに。 ほとり、 朱い、椿が、花を落とす。 ほとり、 美しくかなしい、あのふたりは、 それでも、ぼくのあこがれだった。…
けれど僕には云えない。 彼が隠せているって思っていたその感情を暴いてはいけないから。 だけどだから誰れかお願い。 神様がいるのならお願い。 ・・・・・・・・・・・・早く夢から引きずり出してよ。 あのひとを、連れ戻してよ。 【永遠】を、僕たちの永遠を、 もう一度繋いで欲しいんだ。
眠りたくないんだ。「どうして」 ゆめをみるんだ。「どんな」 眠りたくないんだ。 だってあんなの嘘だから。 おまえがおれをすきだなんて。 おれがおまえをすきだなんて。嘘だ。 泣きたくなる。眼が覚めたときの焦燥消失。 だって、 そのぬくもりが未だここにある気がして。 泣きたくなるからさ、 気付きたくなかった。 認めたくなかったのに。 ゆめなのに、 しあわせだ。なんて。 こんなにもしあわせで。こんなにも。 かなしい。
本当に、【彼】の中には、 なにも無いんだろうか。 あの日々を、 無かったことにしているんだろうか。 本当に? ねぇ、本当に? 「なにを、探しているのかなぁ。おれ、なにか探しているのかなぁ。なんかさぁ、・・・・・・とてもだいじなもの。失くしたくないもの。・・・・・・だけど、それがなんなのか、わかんないんだよ、」 空を見上げて、ゆっくり瞬きをして。 寂しそうに微笑んで。首を傾げる。【彼】は。【彼】は、探しているんだ。 失くしてしまった、あの日々を。 その横顔を見ていると、いっそ云ってしまいたくなる。 馬鹿野郎なに忘れてんだよ! アンタの大事なものなんて、ひとつしかないじゃないか! なに忘れてんだよ…
ほんとうは、 計登さんが一番堪えているんじゃないかって、 そう、 思ってる。 本人に云ったら、きっと。「んなわけーねーだろー」って怒るから云わないけど。 ・・・・・・云えないけど。
なんの冗談かと思った。 だって僕たちは、【永遠】だった筈でしょう? なのに、 「今後のことを決めないといけない」 事務所の会議室で。社長に、そう云われた。その言葉の意味。 理解ができなかった。 ・・・・・・違う、 その意味なんてすぐに分かった。 だけど、認めたくなかったんだ。 ああ、【永遠】という言葉が、こんなにも儚く虚しく霧散していく。 「大丈夫。アナタたちのことは、私が守る」 きっぱりと云ってくれた社長。僕たちの所属している小さな音楽事務所の社長。あのとき、全く見向きもされていなかった僕たちを見つけてくれた。そして必死で育ててくれた。彼女がいたからこそ僕たちはこうして存在していられる。僕だ…
「あのねぇ、ずっと、」 彼が云った。 「ずっと、探している気がするんだ」 夢のなかにまだ、半分くらい居る。そんな表情をしてそう云った。 「なにを、だろう。なにを・・・・・・、なんだろう。でも、わかんない、」 定まらない視線。曖昧な笑顔。 「・・・・・・わかんないんだ、」 彼は未だ、 夢から覚めずにいる。
アイシテイル、アイシテイル、愛して、いるよ。ああ、それが、本心なら。死んでくれれば、いいのに。ただ、淡々と。まるで、興味のない、他人事のように。 やわらかな、笑みを浮かべて。ふわりと、そう云った。死んでくれたら、いいのに。 「それとも、」……それとも? 散ることのない深い紅。 深紅の薔薇が、綺麗だよほら。ああ、そうだったんだ?キミも、望んでいたんだね?ほんとうは、その、白いのど。この手で、圧迫して。ゆっくりと締めて。その方が、愛が籠もっているカンジがしない?でも、せっかくの綺麗な貌がゆがむのが舌だってでちゃうらしいしいろいろでちゃうらしいし?綺麗なままがいいからね。ほら、大輪の深紅の花が咲いて…
あのきんいろと、あの空の色。 どうしてこんなにも、 くるしくなるんだろう。
夢なのか現実だったのか、 それすらも曖昧で、 しあわせという言葉の意味が、 何故かひどくかなしく響く。 どうしてだろう、 なにかを忘れてきた気がするんだ。 でもなんなのか、 それがなんなのか、 わからないんだ。 何処かにあるんだろうか、 まだ何処かにあるんだろうか、 けれど何処へ行けばいいのか、 わからなくておれはずっと途方に暮れてる。
震える背中、 零れる雫。 手を伸ばすのに、届かない。 さよなら。って、その声だけがやけに鮮明で、 小さな棘みたいに、刺さってる。
時折過る、音の欠片。 再生される旋律。 それをうたう、その声の主は、 ・・・・・・・・・・・・誰れだったっけ、 夢の中で、 困ったように笑う、 きんいろのひかり、 空の色、 心臓が痛くなる。 だけどこれが、 誰れの記憶なのか、あれは誰れなのか、 わからない。
雑踏の中、 ふと立ち止まり、人の流れに眼を凝らす。 だけどどうして、 そんな風に立ち止まってしまうのかわからない。 けれど確かに、 なにかを探している。そんな気がする。夢をみているって知っている。わかっている。けれど。 それがなんなのかわからない。 なにを? なにを? おれは、ねぇ? 探している気がする。夢のなかで探しているずっと、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰れを?
ゆめをみてた。 焦燥感が残っている。 起き上がって両手をじっと見た。 なんだろう、 なにかを掴みたかった。そう、おれはなにかを掴みたかった。けれど、 届かなかった。あれは、 ・・・・・・・・・・・・なんのゆめだったか忘れたけど。あれは、 ・・・・・・・・・・・・なんだったのかなぁ、
くるしい、 くるしい、 くるしい、 くるしい、 ・・・・・・・・・・・・だってまだこんなにも、 あなたの残滓がぼくの細胞ひとつひとつに沁みついている。 だってあなたはぼくの寄す処(よすが)だった。 美しかったあのセカイは色を失った。 ぼくはどうやって、 ことばを紡げばいいんだろう。
諦めるとか、 忘れるとか、 どうやったらできるんだっけ。 何度も、経験してきたのに、日常を繰り返してきたくせに、 昨日までと明日からの、 区切り方がわからないんだ。 予定をバカみたいに詰め込んで、 楽しいと思い込んで笑って燥いで、 くたくたになって泥の様に眠りに落ちても、 明け方に見る、淡い陽炎みたいな夢の欠片。 曖昧な、形にすらなっていない揺らぐそのカケラが、 頭の片隅にこびりついたまま拭えない。 ふとした瞬間に、 気配を感じて。 空白の刹那に、 過るなにかを、 全身全霊で、気配や色や音やにおいを、 探している。自覚のないまま。 未練。 きっとそうなんだろうでも、 ・・・・・・・・・・・・手…
頷いた、その顔を見ることができなかった。 ぼくは、 俯いたまま、背を向けたまま、 ドアが閉まる音を、全身で聴いた。 ドアが閉じる。それは、 終わりの音。 あれからぼくはずっと、 世界から遮断されているような気持ちでいる。 ずっと、 ずぅっと、ぼくは、 ぼくは見えない膜に包まれていて、 ・・・・・・・・・・・・息ができないんだ。
おちたんだ。おちつづけているんだ。 ***** 冷たい指先が、ぼくの頬にそっと触れる。 哀しそうに、微笑んで。なにか云わなきゃ。焦るばかりで。ぼくは。こんなに近くに居るのに。こうして触れているのに。指先ひとつ、動かすことも出来ずに。ただ、うつむいた。□□なんだ。そのひとことが、口に出来ずに。あなたの指が、離れていくのを感じて。苦しいんだ。どうして。苦しいんだ。息が出来ない。顔をあげた。あなたの後姿が。にじんで見える。下げたままの手を。そのまま、硬く握って。深く、深く、息を吸って。叫んでも。ことばに、ならない。行かないで。□□なんだ。苦しいんだ。他にはなにも、欲しくは無い。世界が壊れても。世界が…
あのひとは、笑う。柔らかく、優しく。 ゆっくりと、すこし舌足らずに俺の名前を呼んで、そして困ったように、笑う。 あの日の、あの、 あの、彼は。 何処にも見あたらない。 彼は、笑う。柔らかく。静かに。周りとは違う、空気を纏って。孤独に。孤高に。俺は気がつくと。彼を追っている。眼で。耳で。細胞の、ひとつひとつで。彼の静謐な気配を、さがす。追う。彼の、あの日の彼を。何処かに探す。
「だって無理でしょう?」 なんで?「なんで。って」 はは、へんやなぁ、おまえ。「へん?」 へんやろ。「俺が? ですか?」 うん。「変?」 だってしゃあないやろ? すきになってしもぉたんやろ? すきでいるしかないやん? ほかにどうしようもないやん、なにがむりなん? おれにしてみればむりいうことがわからん。「だって、」 「だって、男同士ですやん」 うん? うん、だから、しゃあないやん? すきになってしもぉたんやろ?「はい」 じゃあ、すきでいるしなないやん? ほかにどうしようもないやん? 「すきってそぉいうことやろ?」 あっけらかんと。 真っ直ぐな瞳が俺を捉えて放さない。 柔らかく微笑んで。そうだあ…
云われてみればそうかと思ったし 反論する理由もないので NL表記問題ですね 反論する理由がないので(2度云いますが) ココでは男女CPのモノガタリは 【DJ】と表記します これって統一表記ありますの?
幾多もの視線に晒されて。晒されて。曝されて。ああ、じゃあぼくはどんな表情で笑えばいいの。 誰れが味方で誰れが敵?どれが嘘でどれが真実? ぼくが語った言葉はすべて、いつの間にか違う意味を持つ。 こわくてこわくてこわいけれど、 立ち止まるなんてできないんだ。 虚像が実像を覆い隠して、皆が視ているこのぼくは誰れなんだろう。 虚像が実像を押し潰して、皆がつくりり上げたそうこれがぼくの実像になっていく。 誰れがぼくを知っているというんだ、ぼくは誰れを信じているというんだ、
うそつきだ。 世界は終わらなかった。 いつだってそうだ。 あいつを抱きしめて。 くちづける。なんどもなんども。 もういいじゃん。だれもなんにもいわないよ。 だからこうしてつながったままほらもうじきおわるんだってさ。せかいは、 おわるんだよ。 いままできづかないふりしてた。 このおもいをじょうよくをすべて。 なぁ、 もうおわるからなにもきにすることはないだろう? さいごのしゅんかんまでおまえと、 だっておまえを、 あいしてるから。 あいしてたんだよずっと。おまえだけをあたりまえのように。 せかいがおわるなんてなんにもこわくないかなしくもない。 おまえとこうしてさいごをむかえられるから。 うそつき…
―――あんなぁ、 おおきな液晶画面から眼を離さないまま。ひとりごとの様に彼は話す。 ―――おれ、おかしいんよ。 手はキーボードを叩いている。 床に胡座をかいて座り膝の上に置いたキーボード。使い難そうに思うけれどそれがいつもの彼のスタイル。いつもと変わらない。凄まじいスピードで指が動く。画面の中では俺には理解不能な数字が目まぐるしく打ち込まれていく。 ふぅ、 たん! 終わったようだ。彼はキーボードから手を離して。「おれ、おかしいんよ」 くるん、と。 顔だけ俺の方に向けると、もう一度云った。「・・・・・・?」 このひとの、おかしい、基準? 世の常識。その基準からかけ離れているこのひとの? 頭の中に…
意味>>心恋(うらごい)> (「うら」は「こころ」の意) 心に恋しく思うさまである。また、何となく恋しく思うさまである。 ※コトバンクより それはそれとして← このシリーズ?に出てくる方言は 似非関西弁です。 使用方法が間違っている表現が多々あると思われますが、 脳内補正しつつお読みいただければと思います。 │-゚*)
曖昧な記憶。 なんだっけ、 時折、 不意に浮かび上がる画像。 残像。 なんやろぉな、 この、 キオク。 ・・・・・・記憶? ***** 綺麗な、 真っ白な、 鏡? やわらかな、きおく。 桜が、散る。 なんやったっけ、『狂い咲き』 そう、云ったんは。誰れやった? 薄くけぶる、桜の向こうに。 白い、 真っ白な、 風に、 波が、 桜はキライなんよ。 泣きたくなるから。 ***** 知っているんだ。 夜の海は暖かくて。 あの中にこの体を沈めたらきっと。 とっても安心できるんだってこと。 たゆたうのは、 あれはなんだろう。 知っているんよ。 どうすればいい? くるったふりをすればいい? なにもみえないな…
ちりちりと空気がひりつく。瞼を開いた《□》の眼に純然な白が映る。 此処は―――? 一瞬そう浮かんだ疑問。直ぐに寝台だったと理解した。 花の馨。慣れた匂い。に、微かに混じる違和がある。 何故かはわからない、 ざわつく、こころは。なにに反応したんだろう。 腹に響く重低音と振動が一瞬空間を揺らした。 真っ白な壁の向こうから、真っ赤な液体が染みこんできた。 真っ赤な液体は真っ白な床にぽとりと落ち、流れ広がる。《□》はそっと寝台から降りると、赤い色が進入してくる壁に手をかけた。 す、・・・・・・と。壁が開く。部屋の外は暗く、鉄錆の、生々しい臭いが、した。《□》は床に眼を向ける。 赤い、粘質の液体が床に壁…
・・・・・・花が、咲くんだ。 ・・・・・・ぽん、 ぼん、 ぽん、 ぽん、 あのさ、白い。真っ白な花。 ぽん、 ぽん、 躰の中にあちこちに咲いてね。 苦しくなる。 息ができなくなるんだ。 ぽん、 ぽん、 「花が、咲くんだよ」 ぽん、 目覚めると。音がする。 ぽん、 胸の中、躰のそこかしこに咲く。花。 息が苦しくなってどうしようもないくらい悲しくなって。 ぽん、 ぽん、 花が、咲くんだ。何故かはわかんないけど、 (暗転) 躰の中が花で埋め尽くされて。 頭の中も花で埋め尽くされて。 想いも、 思考も、 埋め尽くされて。 そうしたらもう、 (暗転) 花が咲く。 云えない想い、 溜めこんだ思いが凝って芽…
※長編です 此処ではないセカイのモノガタリ
ここに載せるにあたり、 過去に書いたモノガタリ徒然を纏めているのだけれど (同じタイトル同じ内容のブツが大量にある) 終わらないので 全く更新していない ・・・・・・更新できない
見送った。電車。なんとなく、 ひとりになった。駅のホームはもの悲しい。 スマホを取りだして、呼び出したアドレス。 メールを打って、送信。そのまま画面を見つめていた、 莫迦だな。 嗤うこともできない。ためいきをひとつ。 酔っているのかも、しれない。 反対方向の電車に飛び乗りたくなる。 でも、『帰る』場所は、――― 握りしめたままのスマホが震える。開いた画面に並んだ、短い単語の羅列。思わず口許が緩む。 強張っていた感情が解けていく。 どうして、 こんなにも欲しい言葉を綴ってくれるんだろう。 スマホを握りしめ、その姿を思う。本当は、聞きたいんだ。声を。 声を。 でも――― 電車が来た。息を吸い込み開…
ナイテイルノカト。 思うんだ。いつも。 静かな横顔。 うつくしいその貌に、時折。 ほんの少しだけ浮かぶ。表情。 泣くのかと。 その表情を見つける度に、 胸が痛くなる。 あのひとは、携帯をただ、みつめている。 ああ、ほら、また、 泣きそうで、 壊れそうで、 胸が痛くなる。
この、こころを、 捨てた。だからもう、 恋なんて、 知らない。 「あいしてるよ」 優しい、微笑みをいつだって、 その口許に浮かべて。「すきだよ」 そう、いつだってあのひとは優しい。 だけど、 知っている。 あのひとは、 誰れも見ていない。 あのひとは誰れのことも見ていない。 「あいしてる」 その言葉に。こころがない。 あのひとは誰れも愛していない。 その、 優しい眼差しには誰れも映さない。 言葉だけが、 優しく、やわらかく。包み込むように、やさしく。 シアワセを、勘違いしてしまう。 残酷なこと。あなたは、知らない。 求めても届かない。掴めない。この手に。 諦めることしかできない。 だけど離れる…
いつまで続くかわからないけれど 晒しても大丈夫な分野の 架空のモノガタリを綴っていきたいと思います
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けれど僕には云えない。 彼が隠せているって思っていたその感情を暴いてはいけないから。 だけどだから誰れかお願い。 神様がいるのならお願い。 ・・・・・・・・・・・・早く夢から引きずり出してよ。 あのひとを、連れ戻してよ。 【永遠】を、僕たちの永遠を、 もう一度繋いで欲しいんだ。
本当に、【彼】の中には、 なにも無いんだろうか。 あの日々を、 無かったことにしているんだろうか。 本当に? ねぇ、本当に? 「なにを、探しているのかなぁ。おれ、なにか探しているのかなぁ。なんかさぁ、・・・・・・とてもだいじなもの。失くしたくないもの。・・・・・・だけど、それがなんなのか、わかんないんだよ、」 空を見上げて、ゆっくり瞬きをして。 寂しそうに微笑んで。首を傾げる。その横顔。端正な、横顔。―――あれ? と思った。 あのひとに似ている。そう、感じたのは、一瞬だったけれど。 ねぇ、どうして? そうやって探しているくせにどうして? なんで忘れちゃったの? そりゃあ、あんなことがあって。そ…
「その手を掴んだのも離さなかったのも俺なんだけど。憐れみでも怒りでもましてや愛情なんかじゃ無いんだよな。掴んだ手はもうとっくに癒着してしまって離れることが無いんだ。離すつもりも無いけどさ」 いつだったっけ。俺、なんか酔っ払ってた。 別に訊かれた訳じゃあないのに、なんか勝手にそんなこと語ってた。 彩夜(さよ)のはなしだ。 あいつは、「そっかぁ」なんて柔らかく眼を細めて頷いてた。 あいつをみてると、くるしくなるんだよな。
ほんとうは、 計登さんが一番堪えているんじゃないかって、 そう、 思ってる。 本人に云ったら、きっと。「んなわけーねーだろー」って怒るから云わないけど。 ・・・・・・・・・・・・知っているから、云えないけど。
「―――あいつさぁ、」 紫煙が揺れた―――様にみえた。 錯覚だ。だって夜衣(よい)はもう煙草を喫っていない。夜衣が吐いたのは、ただの白い息。 ぼくは夜衣に眼を向けて、それからその視線の先を追って天を見上げる。 冬の夜空。澄んだ空気に星が瞬いている。月は細く、居心地悪そうに浮かんでいた。「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どーすんの?」 その声が少し震えていたのは、この寒さの中長時間こんな処に立っていたからだろうかそれとも、「・・・・・・・・・・・・・・・・・・どう・・・・・・、」 何気ない風を装っ…
ああ、【永遠】という言葉が、こんなにも儚く虚しく霧散していく。 「大丈夫。アナタたちのことは、私が守る」 僕はよっぽどな表情をしていたんだろう。幼い子供を宥めるような優しい笑みを浮かべ、でもきっぱりと云ってくれたのは、僕たちの所属している小さな音楽事務所の社長。あのとき、僕たちを見つけてくれた。そして必死で育ててくれた。彼女がいたからこそ僕たちはこうして存在していられる。このひとは、身内を捨てたりしない。僕たちを、放り出したりしない。このひとがこう云ってくれるのならきっと大丈夫。僕が頷こうとすると、 がたっ、と。―――大きな音。 眼を向けると、計登さんが足をテーブルにかけ、揺らしていた。「・・…
空が青いと思い知ったのは夜衣(よい)が吐いた煙草の煙を眼で追いかけたときだった。 ビルの屋上で吹きっさらしの真冬の澄んだ空を見て、セカイは美しいんだなって、理解した。 白く淡い煙草の煙が、青く鮮やかな空にとけていく。あの日―――そう、あの日あの瞬間まで、ぼくらは――― ぼくらはふたりきりだった。 ぼくらはひとりきりだった。 ぼくらはふたりで、ひとつだった。 ぼくらのせかいは、ふたりで完結していたのに。
ココロが死んでいく。 笑顔を貼り付けたまま。 紛い物の光に照らされた足許は、昔もいまもこの先だって脆く崩れやすくて不安定だ。
なんの冗談かと思った。それで思わず周囲を見回してしまった。どこかに隠しカメラでもあるのかと思って。 でも見知った事務所の小会議室には、見慣れた物しか置いていなくて。そこに座る社長の表情も、帽子を目深にかぶって腕組みをしてどっかりと座っている計登さんも、そんな冗談を仕掛けるような空気なんて全く纏っていない。 「今後のことを決めないといけない」 招集がかかった。事務所の会議室。社長にそう云われた。その言葉の意味。4人いる《eternal》のうち、ここにいるのはふたり。僕と計登さんのふたりだ。・・・・・・時雨さんと十蒼(とおあ)さんは、いない。 「今後のことを決めないといけない」 『あのこと』があっ…
「あのねぇ、ずっと、」 なんの脈略もなく、だけどとても自然に、空を見上げていた時雨さんが口を開いた。どこまでも青い空に、綿あめみたいな真っ白な雲がひとつ、ふわふわと時雨さんの視線を誘いながら流れていった。「ずっと、探している気がするんだ」 夢のなかにまだ、半分くらい居る。そんな表情をして時雨さんはそう云った。 独り言なんだろうか。隣に立つ僕は、どう返せばいいのかそれとも聞こえない振りをしていれば良いのか、迷い、半端に口を開いたまま、時雨さんの端正な横顔をただ見つめる。「なにを、だろう。なにを・・・・・・、なんだろう。でも、わかんない、」 漂う雲を追っているのか、それともあの空の向こうをただ見て…
ああ、そうか、おれは、 約束をしたんだ、―――約束を、だから、 だからそうか、たいせつな■■を手放したから、だから、 だからおれはまた、 空っぽだ。
夢なのか現実だったのか、 それすらも曖昧で、 しあわせという言葉の意味が、 何故かひどくかなしく響く。 どうしてだろう、 なにかを忘れてきた気がするんだ。 でもなんなのか、 それがなんなのか、 わからないんだ。 何処かにあるんだろうか、 まだ何処かにあるんだろうか、 けれど何処へ行けばいいのか、 わからなくておれはずっと途方に暮れてる。 あのきんいろのひかりと、あの空の色。 どうしてこんなにも、 くるしくなるんだろう。
雑踏の中、―――そう、見知らぬひとたちが行き交う、その中に居る。ゆめ。そう、これはゆめ。ゆめのなかで、おれだけが立ち止まり、人の流れに眼を凝らす。 だけどどうして、 そんな風に立ち止まってしまうのかわからない。 けれど確かに、 なにかを探している。そんな気がする。ゆめを、―――夢をみているって知っている。わかっている。けれど。 それがなんなのかわからない。 なにを? ―――なにを? おれは、・・・・・・ねぇ? 探している気がする。夢のなかで探しているずっと、 なにを? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰れを? 〈fragment〉 時折過る、音の欠片。 きんいろのひ…
ゆめをみてた。 焦燥感が残っている。 起き上がって両手をじっと見た。 なんだろう、 なにかを掴みたかった。そう、おれはなにかを掴みたかった。けれど、 届かなかった。あれは、 ・・・・・・・・・・・・なんのゆめだったか忘れたけど。あれは、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだったのかなぁ、
胸の奥で花が揺らめく。 ―――【 】が尋ねる。心底不思議そうにぼくに問う。 胸の奥で花が震える。 ああ、こんなにもぼくの躰には花がみっしりと根を張っているのに。 ああ、こんなにもぼくの心は果てしなく空虚なんだ。 花たちはほろほろと花弁を散らす。それは涙のようにはらりはらりと足許に零れる。 ―――【 】が尋ねる。心底不思議そうにぼくを眺める。 もう、いいんだ。もう、終わらせたんだ。なのに、 ――――――――――――なのに、―――――――――――――――どうして? 〈暗転〉
くるしい、 くるしい、 くるしい、 くるしい、 ・・・・・・・・・・・・だってまだこんなにも、 あなたの残滓がぼくの細胞ひとつひとつに沁みついている。 だってあなたはぼくの寄す処(よすが)だった。 美しかったあのセカイは色を失った。 ぼくはどうやって、 ことばを紡げばいいんだろう。
諦めるとか、 忘れるとか、 どうやったらできるんだっけ。 あの日から毎日を、日常を繰り返してきたくせに、 昨日までと明日からの、 区切り方がわからないんだ。 予定を分刻みで詰め込んで、 楽しいと思い込んで笑って燥いで、 くたくたになって泥の様に眠りに落ちても、 明け方に見る、淡い陽炎みたいな夢の欠片。 曖昧な、形にすらなっていない揺らぐそのカケラが、 頭の片隅にこびりついたまま拭えない。 ふとした瞬間に、 気配を感じて。 空白の刹那に、 過るなにかを、 全身全霊で、気配や色や音やにおいを、 探している。自覚のないまま。 未練。 きっとそうなんだろうでも、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・手…
頷いた、その顔を見ることができなかった。 ぼくは、 俯いたまま、背を向けたまま、 ドアが閉まる音を、全身で聴いた。 ドアが閉じる。それは、 終わりの音。 あれからぼくはずっと、 世界から遮断されているような気持ちでいる。 ずっと、 ずぅっと、ぼくは、 ぼくは見えない膜に包まれていて、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・息ができないんだ。
あなたの傍に居られるのなら、他のすべてを無くしてもかまわない。 それを罪だと云うのなら、それさえも呑みこんでしまおう。 実を結ばない花が咲く。――――――ねぇ? その儚いうつくしさを大切に思っている。 あなたが思っているよりもずっと、 冥い感情を知っているんだ。
【 】は、 はらはら零れる花びらを一枚指で掬い、―――喰んだ。 白い歯がさくりと花弁を噛み砕く。 甘い芳香が周囲を包む。 とくり、―――どくり、 躰の奥で鼓動する。胎動のごとく、鼓動する。 どくり、―――とくり、 躰のなか、ああ、これは花だ。花が喜んでいる。ぼくの心を蝕んでいる花が咲き誇る。 溶ける。―――溶ける。 躰が震えた。ずっと、望んでいる。ずっと願っているんだ。 望みが、欲望が、溢れ出す。花が咲きこぼれる。苦しい。苦しいんだ。 漆黒の虚無を見つめる。 静かに凪いでいるその瞳に映るぼくのこころは醜い欲望での汚泥に塗れている。 花はこんなにも美しく、咲いているのに。 ――――――【 】が、…
俺はひとり、昏い場所に立っている。あの日から、彼女が消えたあの日から。 暗がりの中、ただ待ち続けていた。暗闇の中、闇雲に探し続けていた。 光は届かない。そうか、もう―――もう、 悪寒で我に返った。あの瞬時に、流れたらしい汗が、躰を冷やしはじめていたせいだ。 じじじじ、と。いつの間にか消えていたらしい外灯が点く。不安定な灯り。それでもその弱い光が俺の思考を現実へと引き戻した。 既にあのふたりの姿は無い。深く息を吐いて、強張った指を数回握った。 ・・・・・・ああ、―――ああ、そうか俺は、恐怖していたのか。 妙に冷静に、そう理解をし、 そしてあの美しくも歪なふたりを思い、苦く嗤った。 あのね、お兄さ…
そして少年は『良くあるハナシ』を語る。 ・・・・・・近くも遠い国で、おんながひとり、捨てられた。と。 まるで飽きられた人形の様に、 まるで壊れてしまった玩具の様に、 無造作に、 廃棄されていた。と。 そんなことは日常茶飯事で、 そんなことは『ヨクアルハナシ』で、 そんなことは誰れも気にも留めない些末な事だと。 弱き者の末路。 救いはそこに無いのか、 弱き者は、救われはしないのか、 「ひとのいのちなんてとくべつなものじゃないよね」 あの少年は無邪気に、曇りの無い眼差しで、 そう微笑んで傍らに立つ『はる』の手を取った。 「・・・・・・・・・・・・よくある、はなし・・・・・・、」 ああ、・・・・・・…
はる、」 少年は慌てることなく、変わらない口調で俺の背後に呼びかけた。「このひとは『違う』。大丈夫」 少年がそう云った途端。ふ、っと気配が消える。 全身に汗が滲んでいた。なんだこれは。・・・・・・恐怖? 少年は、「お兄さん、」と、俺の手首を掴み、強張ったまま自分の意思に逆らい続けている俺の指を一本一本ゆっくりと外すと、すっ、と自ら躰を引いた。 そして、「はる、」 少年は再び俺の背後に呼びかけた。ざわざわと葉擦れの音。「おいで杳(はる)。帰るよ」 ざっ、と。足音。 突然露になった気配に驚きながら俺が顔を上げると、そこには、遮光レンズのゴーグルをかけた少年が立っていた。 当然目許は見えない。それで…
きれいなひとだね、」 長い沈黙の後、少年がそう云った。「お兄さんに似ている」 そう云われ、少し驚いた。 似ているなんて云われたことは無い。 俺は少年に向けた彼女の写真を見つめた。 そうか、似ているのか。 血の繋がりを思い、苦さが胸に広がる。「・・・・・・姉だ、」 少年の反応を見て、はずれだったかとがっかりしながら答える。「お姉さん。・・・・・・そう、・・・・・・」 少年は俺に写真を返す。「お姉さんは、どうしたの? どっか行っちゃったの?」「・・・・・・なんでそう思う?」「だって、『見たこと無いか』だなんて訊くってことは。そういうことでしょう?」「そうか・・・・・・そうだな、・・・・・・」 俺は…
・・・・・・天使が居るのよ。 そう云って、寂しそうに微笑む彼女。 ・・・・・・そうだいつだって彼女は寂しそうに笑っていた。「・・・・・・天使、」 声に出ていたらしい、少年の視線がまた俺に向いていた。 訊いてみようか。 駄目で元々。少しでもなにか掠れば。「この女を、見たことは無いか?」 ポケットから取り出して写真を見せる。 少年がそれを受け取り、ちょっと首を傾げた。「・・・・・・・・・・・・、」 沈黙が酷く重い。 鴉がばさりと、何処かで羽ばたいた。
「お兄さん?」 その声で我に返った。少年が心配そうに俺を見ていた。 どうしてか、俺は吸い寄せられる様に、少年にふらりと近づいた。 少年は、警戒するでもなく、ただ俺を見ている。 鴉が「かぁ」と一声だけ鳴いた。 一瞬空気が密度を増した気がした。何故だろう、胸がざわざわとさざめく。 少年は俺を見上げている。 ・・・・・・純な表情。あどけない顔だ。 綺麗なものしか、知らない。無垢な貌。 眼の色が、・・・・・・灰色なんだな。やっぱり純粋な日本人じゃないのか?「・・・・・・・・・・・・ねぇ、お兄さん。あっちに『街』があるでしょう? 工場の跡地。あそこにはひとがたくさん住んでいるんだって。あのね、あの街に居…
あれはいつのことだったか。彼女が云っていた。それを不意に思い出した。 夕陽の残光に、その淡い金色の髪が煌めいている。 なんだか酷く非現実的な情景だった。だから思い出した。彼女がいつか云っていた、あの言葉を。 金色の光に縁取られた輪郭。まるでその姿そのものが発光しているかにも見えた。 『・・・・・・ほんとうよ? 黄昏のなかに天使をみたのよ』 不躾な俺の視線を感じたのか、少年が顔を上げ俺を見た。 肌が白い。但しそれはあくまでも日本人の肌の色。 貌立ちは寧ろ地味だ。 プラチナに近いブロンドの髪。脱色しているにしては妙に馴染んでいる。とすれば、地毛なのか? お坊ちゃん学校の、制服。それを規則通りに乱れ…
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・ねぇ? 信じる?』 いつだったか、 『・・・・・・ほんとうよ? 黄昏のなかに天使をみたのよ』
「ずっと、探している気がするんよ、ね・・・・・・」 彷徨う彼の視線は確かに一瞬ぼくをみた。 ぼくを見ている。なのに、「・・・・・・えっと、・・・・・・な、なにを?」 そう問い返した都古くんの意識はこっちを向いている。 計登は少しだけ眉を寄せて天井を見た。「なにを・・・・・・? だろう。なにを・・・・・・、なんだろう、」 彼は、首を少し横に倒す。ぼくは動けない。息すらもできない。彼の視線はぼくに向けられている。―――けれど、「・・・・・・でも、わかんない、」 彼は困った様に、瞬きをした。 ぼくをみたのに。 「・・・・・・わかんないんだ、」 彼はぼくに視線を向けたままだ。でも、 時雨さんの瞳には、…
あなたがいるこのせかいは、 あなたをしあわせにしていますか?「オマエはむずかしいこと、かんがえすぎや」 おれの問いにあなたはいつもそう云って笑う。 ああ、なんて綺麗な。「しあわせにきまっとるやん」 ふわりと、 ああなんて綺麗な、美しい笑顔。 なんでこのひとはこんなに綺麗なんやろ。「アイツが居って、仕事もあって、すきなことができて、欲しいもんも買えて」 こどもみたいに、指を折りながらそう云って、「可愛い後輩も、居って」 一旦言葉を切り、にっと口許を緩める。「オマエが、居るから」 なぁ? そう云って首を反らして。俺を見上げる。「だからおれはな、」 しあわあせなんよ。 無邪気な笑顔を向けられて、俺は…
だけど、 そう、だけどぼくはまたきっと、 同じ選択をすると思う。 だってぼくには、 永遠なんて、信じられない。 変わらない心も、 終わらない恋も、 そんなもの無いって思っているんだ。 終わらない恋なんてない。 変わらない心なんてない。 裏切られるのが嫌だから、 聞こえない振りをする。 傷つくのが嫌だから、 気付かない振りをする。 そこにあるものが、 大切だと、思えば思うほどに、 壊れるのを恐れて、消えていくのが怖くて。 だったら、最初から、なにもはじめなければいい。 そう思っていたのに。 駄目だった。 抗えなかったんだ。 こんなに、自分のこころが思い通りにならないなんて。 押えられずに溢れてし…
強く吹いた風が。 小さく渦を巻いて僕と計登さんの髪を乱して去っていく。「・・・・・・・・・・・・なんだよ。都古くん泣いてんの?」 計登さんの驚いた声。「・・・・・・違うよ、」 時雨さんは、なにを、「・・・・・・煙りが、・・・・・・煙草の煙りが、眼に沁みただけ、」 時雨さんは、誰れを、「・・・・・・・・・・・・ふぅーん、」 計登さんは、気の無い返事をして、携帯灰皿を取り出した。 時雨さんは・・・・・・掴もうとしたんだろう。 なにを、 諦めたんだろう。
「・・・・・・・・・・・・んかった、」 時雨さんの、小さな声。「・・・・・・届かんかった、・・・・・・駄目やったぁ、・・・・・・おれ、・・・・・・」 あの日、時雨さんはなにを掴みたかったんだろう? 『届かんかった』 ・・・・・・・・・・・・その、意味を、・・・・・・・・・・・・、 僕は今更ながら考えてしまった。
そういえば、いつだったか。 「ぼくがさぁ。くっそ甘いラブソングなんてつくっちゃって。しかもそれをうたっちゃったりしたら、気色悪いよなぁ、」 移動中のクルマの中だった。隣から、ぼそっとそんな声が聞こえてきた。 運転していたのはスタッフさんだ。三列シートのワゴン車の中。計登さんは一番後ろのシートを占領して眠ってた。時雨さんは確か仕事が入っていて、それを終えて現地で合流するって流れだった。 僕はスマホゲームをしていた。手こずっていたミッションを漸くクリアして、片耳だけイヤホンを外した処で、眠っていたと思ってた十秋さんがそんなこと云いだしたから、ちょっとだけ驚いた。 寝てなかったのかな。そう思って。ス…
「時雨がさ、」 そこで言葉を切って、計登さんは煙草を咥えた。 カチ、と。ライターが点火する。 ゆっくりと、・・・・・・言葉を探しているんだろうか、・・・・・・ゆっくりと吸い込み、そして、細く、長く、煙りを吐いた。「時雨さ、アイツは、・・・・・・・・・・・・脆い。よな」 僕と計登さんは事務所の屋上に居る。小さいけれども自社ビルだ。風が少し強い。計登さんは僕に煙がかからない様に、風下に立っている。眼を細め、フェンスに凭れて。煙を細く細く、ゆっくりと吐き出す。「例えば、だけどさ、」 計登さん、少し痩せたな。そんなことを僕は考えていた。「・・・・・・・・・・・・俺、だとしたら。時雨は、ああはなってなか…