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台湾かき氷agave(高原町)宮崎県高原町に新規オープン(2024年8月)した米粉菓子とドライガーデンのお店です。お店がある場所は、農事組合法人「はなどう」で収穫した農産物を販売する直売所「杜の穂倉」があった場所で、事業継承として始められたお店です。店名の「agavw(アガベ)」は、多肉植物アガベから名づけられたようです。店内には、台湾かき氷のほか、地元の料理研究家が作る「花*あそび」というジャムや高原町産の米粉や米粉で作
宮崎県高原町の日帰り温泉の「東霧島温泉 血捨ノ木の里」です。 大浴場とたくさんの家族風呂がありました。 大浴場には温泉浴槽と白湯浴槽、サウナ、水風呂がありました。 黄土色のお湯で褐色の湯の華がいっぱいでした。 廃業後、家族風呂施設になりました。
宮崎県高原町の公共の宿の「サンヨーフラワー温泉」です。 温泉は主浴槽、露天風呂、歩行湯に利用されていました。 濁りのある枯草色で褐色の湯の華があるお湯で、炭酸味がし、泡付きが良く、析出物も多く見られました。 新燃岳噴火により閉鎖しました。
霞神社(かすみじんじゃ)神社の由緒創建は不詳ですが、紀元10世紀頃に天台宗の高僧性空上人により開山された霧島山周辺は山岳信仰の修験道場として盛んであり、霞神社もその一郭に修験者の縄張りとして修験者達の行動域に組み入れられていたと思われます。(「霞(かすみ)」は、修験道の用語で「縄張り」を意味するとされています。)また、旧藩時代領主の島津家からの信仰も篤く度々鹿児島より神司を遣わし祭祀を執りおこなったことが記録に残っています
宮崎県高原町の魅力を満喫!おすすめ観光スポットとモデルコース
雄大な霧島連山の麓に位置する宮崎県高原町。豊かな自然、歴史、温泉が織りなす魅力あふれるこの町は、日々の喧騒を忘れ、心身ともにリフレッシュするのに最適な場所です。 しかし、いざ高原町を訪れたいと思っても、どこに行けばいいのか、何を見ればいいの
皇子原温泉健康村(食事処)宮崎県高原町にある温泉施設「皇子原温泉健康村」内にある食事処で、鯉やニジマスなどの新鮮な川魚料理が楽しめます。「皇子原(おうじばる)」という地名は、初代天皇の神武天皇が生れた地としての伝承から名付けられており、周辺には神武天皇が生れ幼少期を過ごしたとされる狭野神社やその元宮である皇子原神社などがあり、その伝承を裏付けています。皇子原温泉は、炭酸や鉄分を含んだ源泉かけ流しの名湯で、県内外か
霧島東神社(きりしまひがしじんじゃ)神話とのゆかり霧島東神社は国生みの神「伊弉諾尊(イザナギノミコト)」と「伊弉冉尊(イザナミノミコト)」が主祭神として祀られています。この世が天と地に分かれ始めたころ、イザナギとイザナミは、天界(高天原=たかまがはら)に住む別天つ神(ことあまつかみ=最初に生まれた神々)から「天の沼矛(アメノヌボコ)」を渡され国を創るよう命じられます。二柱の神が天浮橋(あめのうきはし)に
狭野神社(さのじんじゃ)神話とのゆかりニニギノミコトとコノハナサクヤヒメの間に生れた火遠理命(ホオリノミコト)=山幸彦は海の神の大綿津見神の娘である豊玉姫(トヨタマヒメ)と結婚します。二人の間に生まれた子である日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト)は、母親である豊玉姫の妹の玉依姫(タマヨリビメ)と結婚し、4人の子を授かります。その第4子が神日本磐余彦天皇(カンヤマトイワレビコノスメラミコト)、後
皇子原神社(おうじばるじんじゃ)神社の由緒御祭神神武天皇(御幼名:狭野尊さののみこと)の御生誕の地と伝えられています。拝殿後輩にある「産婆石(うべいし)」付近で御生誕されたと言われており、母である玉依姫の命が神武天皇を出産された産屋跡ともされていて、安産をもたらすと信仰されています。周辺には、皇子滝(おうじたき)、皇子川原(おうじかわら)、御池の皇子港(おうじこう)などの地名が残っており、神武天皇の御生誕の霊跡と
そば庵 みやなが宮崎県高原町の御池近くにある古民家蕎麦屋です。純手打ちの九割そばで、そば粉は北海道産など国産の蕎麦粉を使用しています。注文を受けてから蕎麦を打つため、出てくる蕎麦は香りがふわっと立ちます。10割蕎麦でもあまり香りを感じられない蕎麦打ちのお店が多い中、そば庵みやながの蕎麦は蕎麦の香りが楽しめるので、そば通にはたまらない蕎麦です。また、そば庵みやなががある土地は神武天皇がお生まれになった伝承が残る地で、みやなが