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(今回は以前放送された「希望の歴史」http://kiyokutadasiku.seesaa.net/article/511331349.html の続きの内容となる。前回も今回もタイトルは「希望の歴史」なので、それぞれのネタ本に従って「上巻」「下巻」としておく) 上巻をお送りしたばっかりという感じだが「希望の歴史」下巻の方に入りたいと思う。 「これは善だ」「これは悪だ」 我々は善悪で行動を決定しているが、ちょっとその考え方、あんまり急ぐのやめた方がいいぜ というルトガー・ブレグマンさんがお書きになった「希望の歴史」、文藝春秋社刊。 Humankind 希望の歴史 下 人類が善..
これの続きです。 ルトガー・ブレグマンの「希望の歴史」を三枚におろしている。 その第16章。 変わったタイトルが付いている。 「テロリストとお茶を飲む」 この中でまたルトガーはルトガーらしい希望の見つけ方を語っている。 これは読むとハッとする思いに駆られる。 それぐらいルトガーには説得力がある。 そのルトガーが激しく疑った定説こそ「割れ窓理論」。 ハーバード大学の政治学教授だったウィルソン(162頁) 一九八二年、ウィルソンは−中略−こう記した。「割れた窓をそのまま放置したら、じきに他の窓もすべて破壊されるだろう」。−中略−道端に散らかるゴミ、路上の浮浪者、..
まな板の上に乗せたのは「治したくない」という不思議なフレーズだが、実はこれはまた北海道。 北海道・襟裳岬の付け根にある人口1万2千ばかりの浦河町「べてるの家」ということで、何度も話題に。 そこの町で生きる、あるお医者様に注目したという著作が、みすず書房「治したくない ひがし町診療所の日々」。 治したくない??ひがし町診療所の日々 (本の中の傍点部はアンダーラインで表記する) 斉藤道雄さんという方が書いておられるのだが、これが読み応えがあったのだが、まずは初めて聞かれる方の為に浦河という町の風景からご説明する。 町の背中は日高山脈で目の前には北海道の南の海が広がっている。 日高..
これの続きです。 襟裳岬の根本の町、浦河の町・東町に診療所ができる。 精神医療の為の診療所。 ここに川村先生という名物先生がいて、この先生が往診はやるのだが入院は無い。 「自宅で治しなさい。それが一番いいことなんだよ」という。 分別し隔離するという精神医療、「そんな時代は終わったんだ」ということ。 その代わり訪問診療をしてくれる。 しかも北海道は広いから先生の往診は 一日の走行距離が百キロを超えることもあり(131頁) 北海道は老々介護の農家が多いそうで、川村先生の診察は先生が来てくれるのでもう有難くてたまらない。 訪問先の一軒は兼業農家だった。−中略−車..
これの続きです。 先週はとても大きな問題を提出して。 かつてニホンザル、ゴリラ、チンパンジー、様々なサルが。 あれと同じで人間もホモ・エレクトス、ホモ・フローレシエンス、ホモ・デニソワンなどいろんな種類別があった。 それが現生人類、今の私達のみが生き残って、他はみんな死に絶えた。 では何で我々は生き残ったのか? 弱肉強食説というのがあって「喰っちゃったんじゃないか?」と。 もういっぱい説があったのだが、どれもぴったりこない。 そこでこんな実験をやった人がいるそうだ。 ここで話は一九五八年の春にさかのぼる。モスクワ大学で生物学を学ぶリュドミラ・トルートは、ドミトリー・..
大きいタイトルの本。 これはもうそのものズバリ 文藝春秋社、上下巻ルトガー・ブレグマンさんという方が書いた「Humankind(希望の歴史 )人類(が善き未来をつくるための18章)」という大きいタイトルの本。 Humankind 希望の歴史 上 人類が善き未来をつくるための18章 副題が「希望の歴史」。 (多分副題ではない) 人間というのをどう見るか? 大上段。 こういう本を見るとうずく武田先生。 でっかいタイトルが好きなので、自分の些末な出来事を一瞬忘れさせてしまう大きいテーマの本。 これはどんなふうに水谷譲に説明しようかなと思ったのだが、とにかく1ページ目から書いて..
とあるユーチューブをしている方とお話していました。 「今、赤いきつねを支援すると伸びるよ」 「僕もブログに上げましたよ」 一気に閲覧をしてくれる方が増え、ランキング入りしました(笑) にほんブログ村 つぶやきランキング https://www.alphapolis.co.jp/novel/473580233/652934915 https://mad.hp.peraichi.com/mystery. https://x.com/SCdBDgENWH8lLzw https://note.com/mad_2025
年の始めということもあって「運」というものを三枚におろそうかなぁと思っている。 これは驚かないでください。 何と一年間寝かせたネタということで。 ズバリ言うと2023年の暮れに仕込んだネタ。 2024年、丸一年発表せずに2025年の新春に、という。 (寝かせていた理由は)「ウケ無ぇんじゃねぇかな」「ちょっとベタ過ぎるかな」と思った。 ところが武田先生の雑記帳を覗き込んでみると何となく「面白いな」と思ったもので「ヨシ!2025年の新春にやろう」ということで。 こんなことをメモで走り書きしている。 「年の始め、前の年を振り返った。何ともツキの無い一年だった。よく考えてみるとでも..
これの続きです。 中野信子先生の「運のいい人」という著作を取り上げて三枚におろしている。 中野先生は脳科学者だから、あくまでも立場は科学的。 中野先生がその著作の真ん中ぐらいに書いてらっしゃる言葉。 運のいい人とはどういう人か? 中野先生は繰り返しおっしゃっている。 自分は運がいい人間だ、と決め込んでしまう。 これが運をよくするコツのひとつです。(70頁) これは自分を暗く認識すると自分がどんどん不自然になっていく。 これに対して、まず自分を明るく保つ。 これがもの凄く大事なんですよ。 自然というのはわかりにくいかも知れないけど自然のままなんです。 ..
「いないいないばあ」というタイトルではあるが、この「いないいないばあ」が出てくるまでしばらく間があるので、どうぞよろしくお願いいたします。 とても便利な言葉だが、その便利な言葉に「センス」。 「とにかくあの人、褒めなきゃ」という時、思わず使ってしまう「いや、あの人はさぁセンスいいよ」という。 これはもう本来の意味とかけ離れて独特の日本の言葉になっている。 逆に虫が好かないとか、妙に引っかかるヤツについて悪口を言う時「アイツ、あれセンス悪いもの」とかと言ってしまう。 そのセンスということは「正確にこういう言葉だ」ということは意外とわかっていない。 なるほどセンスとは謎の言葉である。 ..
これの続きです。 快楽原理。 人間の体の中に沁み込んだ日本人の体の中に沁み込んだ一種快楽原理 原理があって 「いないいない」で不安になる、「ばあ」で笑うという。 どうも人間は「不安・不安・安心」このパターンが好きなんだ、という。 「不安・安心」ではない。 「不安・不安・安心」 報道番組でもまず「不安」。 ニュースの順番。 「不安・不安」で、最後に天気予報とか犬とか猫が出てくるとか美味しい食べ物屋さんとか。 「ばあ」でお終いという。 何でこの「いないいない」の不安が好きなのか? それはもちろんそれは「ばあ」で安堵する為なのだが、この「いないいない」が無いと「ばあ」が..
世を騒がす一言ということで「炎上」という現象がよく起こる。 水谷譲も時々武田先生のことをからかうが、武田先生もワリと炎上させていて、「老害」とか、その部類に入る芸能人。 それで本屋さんで目が合った本が「ふだん使いの言語学」。 ふだん使いの言語学: 「ことばの基礎力」を鍛えるヒント (新潮選書) (著者は)川添愛さん、新潮選書から出ている。 これは腰帯、宣伝文句にドキッとした一文が飾られている。 「なんとなく」の会話で 痛い目を見ないために。(本の帯) これは読みたくなる。 「人前に出す文章を添削する」「必ず書き込んだら添削する能力を自分で持て」「『言った、言わない..
『正直不動産ミネルヴァSPECIAL』◆神木(ディーン・フジオカ)が改心した!?
『正直不動産ミネルヴァSPECIAL』神木涼真(ディーン・フジオカ)が店長となったミネルヴァ立川店。この街を開拓するため、「空き家問題」に目を付ける。一方、その空き家をめぐり大手不動産も参入。骨肉の闘いが始まる。不動産ブローカー桐山(市原隼
まな板の上はちょっとふざけたが沢田研二さんジュリーを置いてみよう。 これは前からやりたかったのだが、面白い本が手に入った。 「なぜ、沢田研二は許されるのか」 なぜ、沢田研二は許されるのか 実業之日本社というところから出ている。 田中稲さんという方がお書きになった本。 武田先生の感覚としては同じ時代を生きて、スタジオのどこかですれ違ったことのあるというタレントさん。 武田先生達ローカルフォークシンガーからすると、もうオーラが全く違う方で。 沢田研二さん。 通称「ジュリー」だが 「アイドル」であり「シンガー」であり「アクター」であり「タレント」でもあった。 時にコメディな..
これの続きです。 というワケでまな板の上はジュリー、沢田研二さんが乗っておられるがネタ本あり。 「なぜ、沢田研二は許されるのか」 実業之日本社から出ている。 (著者は)田中稲さん。 本当に振り返ることの多い一冊。 沢田研二という方が19歳で「僕のマリー」でデビューして、それから歌謡界の中で孤軍奮闘。 いろんなブームと相対峙しながら彼は沢田研二でありつつ「ジュリー」を演じて時代のセンターピンの中に身を置いた。 これだけでも偉大なのだが。 60年、70年を語ったがこれから80年代後半から話を、沢田研二レジェンドを始めたいと思う。 皮肉なもので沢田さんが男盛り30代後半の年齢..
(この週は3月20日の番組の冒頭にQloveR(クローバー)の宣伝) ちょいと面白い本が手に入って「思考の穴」といって、イェール大学集中講義という特別講座があってその授業を本にしたという。 イェール大学集中講義 思考の穴──わかっていても間違える全人類のための思考法 (著者は)アン・ウーキョンさんという。 原題は「Thinking(101)」「考える」ということ。 そして副題が「よりよく生きるためにはいかによく考えるか」という。 (副題は「わかっていても間違える全人類のための思考法」だが、原書の副題が「How to Reason Better to Live Better」..
2024年12月6日 今日は前回に続く狂歌師、太田南畝についてで、以前拙ブログにあげたものに手を加えてある。Youbute上で「橋の上の霜」という江戸時代のドラマの題に惹かれて何とはなしに開いてみると、原作が平岩弓枝、主演が金八先生こと武田鉄矢で、1986年に放映されている。どれどれ、と見ていくうちに、主人公直次郎が狂歌師だと言う。その親しい友人の朱楽 菅江(あけら・かんこう)の名を耳にして、あっと思った...
LSD(Longslowdistance)発祥の地で2時間走ります 連日走っているので今度は左上殿皮神経を傷めました。ケアしながらランニングを続けます。…
人間の脳は自己肯定感の高低にかかわらず過去の出来事でもイヤだったことや腹が立ったことを強く記憶するようにできているという記事があった、そういえば以前武田鉄矢氏がTVのある番組で「人間齢をとるとイヤなことばかり思い出す」と言ってたのを思いだした。確かに同世代の武田鉄矢氏の言葉に共感したのは私自身そう思うことが時々あるからである、今までで楽しいことは?と自分に問いかけて見ると、咄嗟に出てこない、そんなはずはないと自問自答するが思い出すのはイヤなことばかり、働いてたころの不快な出来事が鮮明に浮かんできたり、腹が立ったことを克明に記憶してることを思うと、人間の脳はイヤだったことや腹が立ったことを特に強く記憶するようにできているということが本当かもしれない。しかしなぜだろう?長い人生でそれなりに充実して楽しいことも...歳をとるとイヤなことばかり思い出す
(9月16日からの「いないいないばあ」の最終日なのだが、一日だけ別の本を取り上げてタイトルも異なるので、この日の分だけを掲載する) (今回も番組内の説明と本の内容はかなり異なる) (著者は)高橋源一郎。 朝日新書だが、この人が凄いタイトルの一冊を出されていて「一億三千万人のための『歎異抄』」という。 一億三千万人のための『歎異抄』 (朝日新書) 歎異抄。 これは一種宗教の秘伝書。 それをわかりやすい現代語で書かれていて、それが凄く武田先生には面白かったので「取り上げようかなぁ」と思っていた。 高橋源一郎さんがどういう解釈をされるのかが興味深い水谷譲。 高橋源一郎さんは..
(かなり後になるまでネタ元の書籍の紹介をしないが、今回は「新版 アフォーダンス」) 新版 アフォーダンス (岩波科学ライブラリー) (番組の最初の方は、以前ネタ元に使った「なぜ世界はそう見えるのか」という本に載っている話。 2024年2月19日〜3月1日◆なぜ世界はそう見えるのか) なぜ世界はそう見えるのか:主観と知覚の科学 ちょっと小難しいタイトルを付けてしまったが「我動く故に我思う」。 デカルトの有名なセリフ「我思う故に我在り」。 「人間は考えるんだ」「それ故に私はあるんだ」と。 ところが昨今、この説が揺れ始めた。 いや、「我思う」じゃないんだ、と「我動く」だから..
これの続きです。 「アフォーダンス理論」なのだが、「環境から影響を受けて人間は人間らしくなったんだ」というこの理屈が何となく武田先生は惹き付けられた。 人間の体もそんなふうにできているそうで、私達はその環境から学んで体を作った。 その体が心を作った、とそう言う。 では「人間の体についてみてみましょう」というワケだが、人間というのは骨というものがあって、その骨に中心棒がない。 中心の棒が無くてバラバラの骨が筋肉・筋(すじ)で結ばれていて 筋は、−中略−ゴムのように伸び縮みしている。運動に使われる横紋筋も、骨を「引く」ことはできるが、柔らかいので「押す」ことはできない。力..
2024年9月2~13日◆みんな政治でバカになる(前編)<br />
(番組の冒頭はQloveR(クローバー)の入会キャンペーンの宣伝) まな板の上はなかなかショッキングなタイトル。 「みんな政治でバカになる」 これは武田先生も「ちょっと酷いタイトルだな」と思ったのだが、読むと著者の方は懸命に政治というもののこれからを悩んでおられる方で、あえて「政治に携わるとバカになるんだ」と。 これはなかなか大変なタイトルで、そんなことを言ったらまたラジオ番組なんか政治を語る人ばっかりだから、その人達に向かって「バカになる」と言っているようで、本当にそのあたり発言に気を付けながら進めたいと思うのだが。 著者の方はというと綿野恵太さんという方。 晶文社から出てい..
これの続きです。 凄いタイトルだが、これは綿野恵太さんという方がお書きになった「みんな政治でバカになる」という。 この方が元々間違いやすい人間が政治という答えが出しにくい分野で答えを出していくうちに間違えてしまう。 だから「バカの二乗」なんだ 政治というものというのはバカの二乗の人達、そういう人達が語り合っているんだという。 非常に武田先生としても取り上げにくい。 なぜかというともうラジオ番組はことごとくこの政治の話が出て来る。 いろんな方にご迷惑をかけてしまうという。 でもラジオなんか聞いていると、もの凄くファイトを燃やして政治を語る人がいる。 この間も、この放送局(文..
【Jazz Piano Solo】もしもピアノが弾けたなら/西田敏行/ If I Could Play The Piano / cover tuned to 432Hz/Aroma Candle遅いと言われるかもしれないけれど今更ながら西田敏行の早すぎた死に追悼をテレビなどでは有名な映画や人気番組が流されていたがぼくの記憶に残る彼の
(本放送では番組の最初に「鬼の筆」の訂正) さて、まな板の上には「老害」が乗っている。 「ロウガイ」と言っても血を吐いたりなんかする「労咳」ではなくて、昨今流行の言葉だと思うが、老いたる人の害。 その「老害」を三枚におろそうかなと思って。 武田先生の机の上には三冊ばかりの老いに関する書物があった。 どんな書物かご紹介しましょう。 まずは和田秀樹さん。 大変人気のあるお医者様。 とても乱暴な断定的な医学的立場を取られているのだが、ビシバシいくという和田秀樹さんの「老害の壁」。 老害の壁 そんな壁か知りたくなる。 それから小川有里さんの小説。 タイトルがドキッとする..
これの続きです。 お医者さんだが和田秀樹さんの「老害の壁」というのを下敷きに、老いた人が社会全体の害をなすという「老害」を取り上げているワケだが。 「老害」というと、もう平べったく昔のことをしきりに振り回したり語ったりする人のことを「老害」と。 武田先生も若い世代の方からは「昔のことしか話さない老害」と言われている。 老害というのはいろいろ使いやすいらしくて、YouTubeなんかを見ていたら時々武田先生が出て来る。 それでいろんな意見を言ったり他国の悪口を言ったり「武田鉄矢は悪口を言ってるぞ」みたいなのが出て来る。 でも言った覚えが無いことだけは事実。 だからある発言を受けて..
(今回のネタ本は二冊だが、番組の前半では紹介されない) サルタヒコのゆくえ: 仮面に隠された古代王朝の秘密 猿田彦の怨霊:小余綾俊輔の封印講義 BSなのだが「英雄たちの選択」という武田先生好みで、これを見るのが大好きで。 (番組の司会の)磯田(道史)さん、この方が自分の歴史観を語るのだが、例えば関ヶ原の戦いで小早川秀秋という人がいるのだが、豊臣秀吉に育てられながら天下分け目の戦いでは家康に味方したということで彼は歴史上「裏切者」という。 しかしよくよく調べると「この小早川は決して裏切者ではありませんよ」と。 戦国の武将として全体の戦略を見ればどっちが勝つかはわかり切っている..
これの続きです。 古代の神様をまな板の上に乗せている。 サルタヒコ。 これはもちろんネタ元があって戸矢学さんという方で「サルタヒコのゆくえ」。 サルタヒコのゆくえ: 仮面に隠された古代王朝の秘密 (本の中の傍点部はアンダーラインで表記する) 河出書房から出ている。 縄文時代から日本に住んでいたサルタヒコという神様がいた。 それを弥生時代の始まり、天孫族のニニギノミコトという人が遥々日本を訪れて日本の一角に住み着いて日本をまとめてゆくという遠征の旅に出た。 その時にその「こっち側にあなたの住むにはふさわしい場所がありますよ」と教えたのが国つ神、先に住んでいた神様サルタヒ..
まな板の上、「バイリンガル」が乗っている。 元ネタはある。 「言語の力」、(原題は)「The Power of Language」。 角川書店から出ていて(著者は)ビオリカ・マリアンさん。 言語の力 「思考・価値観・感情」なぜ新しい言語を持つと世界が変わるのか? この本の腰帯にはこんな宣伝文句が載っている。 「ChatGPTの翻訳はますます巧みになっていくだろう。そんな時代に、外国語を学習する意味は何か」 こういう一文。 もう本当に訳せるようになった。 旅行先で看板とかにスマホを向けただけですぐその文字を訳してくれるから便利は便利だと思う水谷譲。 ではバイリ..
これの続きです。 「バイリンガル」 言葉の問題。 自分の国の言葉が使える、これだけで十分なのだが「バイリンガル」、もう一か国別の国の言葉が自在に話せる、或いは「マルチリンガル」、たくさんの国の言葉が話せるという。 言葉のみを見つめると世界には日本語では置き換えが不可能な表現というものがあって、もちろん日本語もそういう言葉がある。 「もののあわれ」とかというのはとても訳しにくい。 韓国語では器や袋に何かを入れるとき、「ぴったり」入っているか「ゆったり」入っているかで使う単語が異なる。(165頁) キムチを瓶に詰めたりする文化からきているのかと思う水谷譲。 「詰め物に対..
(番組の冒頭はQloveR(クローバー)の入会キャンペーンの宣伝) まな板の上は「ヒト、犬に会う」。 (「犬と出会う」と言ったが多分「犬に会う」) 今年の夏の初めのことなのだが、合気道を教わっているのだが道場に行って、その合気道の若い指導者を「若先生」と呼んでいる。 若先生が突然思い出話で飼っていたシェパードの話をなさって、若先生が小学生時分、散歩に出た。 くたびれてどこかの川べりの土手の上で犬と一緒に座り込んでぼんやり休んでいた。 飼っていた犬はシェパード。 子供としてとてもその犬を愛しておられたらしいのだが、シェパードの顔を見ながら思ったそうだ。 「オマエは犬だからいい..
これの続きです。 先週に続いて「ヒト、犬に会う」。 人と犬の出会い。 半分ぐらいは想像するしかないが、太古の昔、オオカミであることをやめたイヌという種類、サルであることをやめヒトになった、その人と犬が出会った。 それを語っている。 言っておくが非難とかしているワケではない。 食文化だからいろいろあっていいのだが、インドシナ半島から中国、朝鮮半島に関しては犬を食べるという食習慣があって、それは習慣だからそういうのがある。 不思議なことに日本では極端な飢饉を除いて、食習慣としてこの習慣が定着しなかった。 それどころではない。 犬の眷属が「おおかみ(大神)」と呼ばれて尊..
日本にも名作ロードムービーがあったっちゃ『幸せの黄色いハンカチ』
🎦今日ののぶちゃんの映画鑑賞録は、1977年に公開された日本のロードムービー映画『幸せの黄色いハンカチ』(デジタルリマスター2010)の当時の劇場鑑賞からの回顧や、配信先動画視聴(UーNEXT)からの感想・考察を投稿しています。懐かし度 🎦🎦🎦🎦懐かし度はアイコン1個が10年周期。古いほど懐かしアイコン🎦個数が増えていきます【幸せの黄色いハンカチ:作品の概要】『幸福の黄色いハンカチ』(しあわせのきいろいハンカチ)は、197...
とんでもないものがまな板の上に乗っているのだが、これは今週一週間だけのネタで「俵星玄蕃」。 これは三波春夫さんの長編歌謡浪曲という、赤穂浪士の話を10分間近い歌にまとめたという一篇なのだが、この歌に武田先生がどハマりし始めた。 長編歌謡浪曲 元禄名槍譜 俵星玄蕃 この「俵星玄蕃」を朗々と楽しそうに(過去の番組内でも歌うので)「何がそんなに楽しいんだろう?」と思っていた水谷譲。 こういうことがあった。 それはいつも出てくるが内田樹先生、文藝春秋社刊の本を読んでいた。 「街場の成熟論」 街場の成熟論 (本の中の傍点部はアンダーラインで表記する) その第一章に「ウクライナ危..
(本題に入る前に6月4日放送の冒頭で話したカニカマに関する内容に誤りがあった件の謝罪他) まな板の上に「富士山」が乗っている。 世界の観光地として有名だが、ちょっと迷いながら三枚におろしたのが。 いくつかの体験があるのでまずはそこから入る。 武田先生は静岡のテレビ局に知り合いがいて、一回そのテレビ局に招かれて、静岡の街で遊んだことがある。 地元のお料理を食べに行くと同時に「久能山の東照宮に行かないか」とお誘いを受けた。 もちろんこれは家康のお墓。 「せっかくですから久能山東照宮へ登りましょう」ということで車、ロープウェイで乗り継いで、久能山という小高い山の山頂いっぱいに久能山..
これの続きです。 先週は引っ張ったワケではないのだが、説明をしておかないとわからないと思ってあれだけのことをお話したのだが、やっと今週から「なぜ『古事記』『日本書紀』に富士山が登場しないか」という。 藤原氏の陰謀がその裏側にあったのではないだろうか? この藤原不比等・鎌足あたりをからかうようなおとぎ話が生まれた。 紫式部が まづ、物語の出で来はじめの祖なる竹取の祖おやなる竹取の翁(「源氏物語」絵合の巻) 源氏物語 文庫 全10巻 完結セット (講談社文庫) つまり「日本国に物語が生まれた初めての物語は『竹取物語』、かぐや姫の物語だった」と言っている。 これ(「竹取物..
いささか硬いタイトルで申し訳ございません。 ただ、こんなのもやってみたいなと思って繰り広げるワケで。 もちろん仕込みネタございまして尊敬するフランス哲学と合気道をやっておられる内田樹先生の「街場シリーズ」。 「街場の米中論」 街場の米中論 (本の中の傍点部はアンダーラインで表記する) アメリカと中国、それについて語ろうと。 東洋経済新報社から出ている。 水谷譲に言いかけて水谷譲から一発で足蹴りされたのだが、この本を読んだ時の思いをポツンとラジオで言ったのだが言い方が悪かったので。 「国家っていう時代が終わりつつあるんじゃないか?」 もちろん水谷譲が言っている方が正しくて..
これの続きです。 「街場の米中論」 いよいよ今週からは中国の方に入ろうかなというふうに思う。 内田先生の「街場の米中論」。 東洋経済新報社から出ていて9章から成る。 245ページの本だがアメリカに費やしたページ数が177ページ。 中国は9章あるうちの1章のみで僅か44ページ。 これはちょっと不公平ではないかとは思うが、そこはそれ内田先生。 そんな不公平を敢えてなさるワケがない。 公平に扱ってもその枚数で収まるところに中国の特徴がある。 建国以来の歴史年数はアメリカが231年、中国75年。 (中国は)武田先生と同じ年。 それが中華人民共和国。 もちろん中国という国は..
2024年4月29日~5月10日◆Why Study Japan?(前編)
まな板の上は「Why Study Japan?」。 「なんで日本なんか勉強すんの?」 そういう意味。 「WHY JAPANESE」というのがあったが。 あれと同じ。 「Why Study Japan?」 なんで日本研究するの? これは新聞の書評欄に載っていた本で文学通信という出版社から出ている。 まあ、読み出すと一気。 理由は簡単。 これは「最近インバウンドのお客さんが何でこんなに日本、増えてんのか?」。 日本は「極東」。 「東の果て」という意味で。 武田先生の大好きな哲学者、フランス哲学の内田樹先生はこの日本のことを論ずる本のタイトルを「日本辺境論」とした。 ..
2024年4月29日~5月10日◆Why Study Japan?(後編)
これの続きです。 「アメリカは非常に男性的価値観の強い国である」ということで先週は終わった。 だからスラングみたいなものもいわゆる「男の子用」にできているという。 例えば「ギャングスター」というような意味は「カッコいいヤツ」だ。 スポーツチームの名前としては、「戦闘士」を意味するFighters、Chargers、Knights−中略−だけでなく、「強盗団・襲撃隊」などの犯罪集団を指す−中略−Vikingsなどもよく使われる。(131頁) 考えてみれば「ニューヨーク・ヤンキース」と言う。 「ヤンキース」だから大変アメリカの方に失礼だが「アメ公」とかという意味。 何せ「..
幸福の黄色いハンカチ 1977 山田洋次 (主演・高倉健) 松竹
監督 山田洋次 原作 ピート・ハミル 脚本 山田洋次 朝間義隆 音楽 佐藤勝 撮影 高羽哲夫 ▮あらすじ▮ 失
(一冊の本を二週ずつ二回に分けて取り上げていて、どちらも「鬼の筆」というタイトルだったので、一回目を「鬼の筆〈前〉」二回目を「鬼の筆〈後〉」としておく) (番組の最初に以前の放送の訂正) さてまな板の上「鬼の筆」。 鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折 (今回はいつも以上に番組内で本の内容と大幅に違うことを言っているが、個別に指摘しないことにする) (この本は「橋本へのインタビューによる証言と、創作ノートからの引用箇所は全て太字」ということなので、引用箇所も同様に表記する) 鬼が筆を握っているという。 いかな鬼か? 著者は春日太一。 しばしば当番組で彼の作..
これの続きです。 脚本家・橋本忍を語っている。 「鬼の筆」という春日太一さんの著作。 今、語っているのはデビュー。 何せ橋本忍はデビューが凄い。 「羅生門」 あれの台本を27(歳)の若さで書けた。 洛中の入り口である荒れ果てた羅生門。 流れて来る音楽 皆さん、ボレロ。 (ここで本放送では「羅生門」のサウンドトラックが流れる) この羅生門は始まる。 その羅生門に三人の人物が雨宿りしている。 死体から衣服を剥ぎ取る盗人、薪を売る木樵、そして旅の僧。 その三人が武士と盗賊と美しい貴族の妻の三人の間で起こった殺人事件の真相を語り合う。 しかし事の真相は藪の中。 人間..
これの続きです。 (一冊の本を二週ずつ二回に分けて取り上げていて、どちらも「鬼の筆」というタイトルだったので、一回目を「鬼の筆〈前〉」二回目を「鬼の筆〈後〉」としておく) (番組の冒頭はQloveR(クローバー)の宣伝) まな板の上、「鬼の筆」が乗っている。 丁度一か月前ぐらいだが「鬼の筆」橋本忍伝ということでお送りした。 鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折 (今回もいつも以上に番組内で本の内容と大幅に違うことを言っているが、個別に指摘しないことにする) (この本は「橋本へのインタビューによる証言と、創作ノートからの引用箇所は全て太字」ということなので、引用箇所..
これの続きです。 先週は松竹作品の「ゼロの焦点」まで話をした。 「ゼロの焦点」 松本清張さんの原作なのだが、橋本忍はこれを映画化するにあたって、後半の方は全く変えてしまう。 かつて売春をやっていた女性が過去を知っている人間を殺してゆくという。 サリーという元売春婦の仲間だった女性を殺す時は吊り橋から突き落として殺すのだが、これを橋本忍はやめてサリーが佐知子に同情を寄せると佐知子の中から悪で染まっていた心が晴れて泣き出してしまう。 「あんたも苦労したんだねえ。過去を隠す為にどのくらい苦労したか、ホント可哀想だよアンタ。よくわかるよ」と言われると泣き崩れるという。 それで「もう人..
東浩紀の『訂正する力』(朝日新書)を読んだ。これは、政治や経済など、様々な分野で行き詰まりが見られる現代の日本では、すべてをチャラにするリセット願望が高まりつつあるが、それとは違う道筋として「訂正」というありかたを、東が哲学者の立場から提唱した、提言の書である。東の言う訂正とは、おもに過去を読み換えること(解釈を変えること)であり、その読み換えによって、より良き未来を目指すための指針とする、というものである。そのひとつの例として、小説家の司馬遼太郎の功績が挙げられている。幻想と言えば、いわゆる司馬史観と呼ばれるものがあります。作家の司馬遼太郎によって提示され、広く普及している歴史観のことです。ひとことで言えば「明治の日本はよかったが、昭和に入ってだめになった」という歴史観です。その司馬が有名にした人物のひ...坂の上の竜馬――昭和のアイコン