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芸術というのは造語です。ArtとかKunstとか一般語だったものをことさら尊いものとして位置づけた造語です。この造語に多くの日本人は振り回されている感じがします。現代の日本の芸術は匠と同じような意味ですが、戦前までは匠とは違う特別な意味を持たされていたように感じ
今回は抽象画を掲載しました。 この作品については、以前本格的に制作してみたものの、 気に入らない部分があるというか、納得のいかない ところがあったので、そのまま放置していた作品で、 今回、思い切って大幅な加筆修正を行いました… というより、完全に新しい作品に作り直した感じです。 8号サイズのパネルを使っての制作ですが、 以前のものより 良い出来に仕上がってくれたので、 自分としては満…
古典古代の造形が優れているのは普遍を目指していたからです。アフリカの仮面などと並べて考えてみてください。アフリカの仮面は誇張した表現の中に造形の面白さを見せてくれます。表現力のある意外な誇張が随所にあります。多様な造形美を作り出しています。スタイル、個性
絵の市場的な価値はオリジナリティーにあります。個性的で、独自のスタイルやテーマを持っている画家の作品が常に絵の価値を決めています。個性の最もよく現れた作品に市場的な価値があります。画集で紹介されるのも主にそうした作品です。しかし、絵を描く者の側からはそれ
一絵画の絵画全体の価値と絵柄の価値とは別のものです。絵画作品の現実社会での価値は絵で決まるものではありません。絵は口実という場合の方が実際には多いのです。作品の真贋、成立事情、所有者の来歴、歴史的価値、論述論文の多少、工芸的意匠の卓越、制作の密度、堅牢性
ボリュームは存在です。存在するものは対象化しえるものです。対象化されて観察され、位置や大きさや様態が特定されるものです。絵は観察しうるものを用いて構成されます。そこで絵はボリュームを描くことを第一義とします。ボリュームを端的に作り出す線もしくは色面の輪郭
絵は何らかの対象を示したものです。対象を示す方法は形態や様態の特定で、地と図の関係で地と異なる図を示します。図になる条件は形や大きさが限定されることですので、線で囲まれた形態がわかりやすいでしょう。線にはボリュームを形成する力があります。直線はその線の左
絵を成立させるには範囲と形体とを示す必要があります。線や輪郭で囲まれ大きさや範囲が限定されたものが形です。その形が何らかの対象のイメージを形成するときにその対象の絵となります。イメージとは連想や想像を誘うものと言うことで、時代、地域、生活習慣、文化の階層
このブログの作り方は、前日の話題の中から尻取りのようにして次の日の話題を決めて一時考えてみるというものです。今は語り合う仲間もいないものですから、簡単すぎても、そうでもしないと何も考えずに日々が過ぎ去ってしまいます。PCR検査のような自己培養を繰り返している
絵画は自分たちが物理的に存在しているのとは別の空間です。絵の中に描かれた人物はその空間の中では我々と同じ大きさを持った存在として映ります。小さな画面であっても人物の大きさから広い場所にもなります。絵画は積極的に虚構を作り出す手段です。物理的に我々の前に存
17世紀の啓蒙の時代に写実絵画は発展しました。ルネッサンスの現実主義から生まれた様々の手法のうちから、科学的な論証可能、再現可能な知恵が抽出され、機械的な遠近法と陰影法とが広がりました。写実を支持するのは科学や理性を支持するのと同じ立場でした。それが「美」
今回はクロッキー着彩作品を2点掲載しました。 1枚目は、最近になって 色を加筆したもの。 2枚目は、けっこう前に着彩した作品です。 最近は 線を引くより、色を塗る方が楽しいようです。
絵画は対象を描きますが、そこで表現されるのは対象だけではなくそれを観察し、表現しようとする画家の肖像です。顔貌や容姿はわかりませんが画家がどのような感覚で対象と向き合ったか、また作品を通してどのようなものとして表現したかで、その人の人間性が知れるからです
絵の描き方練習 今回は少し難しいヌードデッサン・裸体です。 僕が学生時代に描いた画像やコツを纏めてみました。 是非、練習方法などを参考にしてみてください! �…
絵の描き方練習 今回は少し難しいヌードデッサン・裸体です。 僕が学生時代に描いた画像やコツを纏めてみました。 是非、練習方法などを参考にしてみてください! �…
抽象絵画が既存の具象絵画へのアンチテーゼとして出てきた事情はわかるのですが、進化論の形を取るとまるで具象絵画が発展して抽象へと進化したと勘違いしそうです。抽象絵画は広義のグラフィックデザインであって、グラフィックデザインを内包しない絵画はありません。具象
絵画の透視図法的な古典主義は16世紀の近代的な知性の産物です。美術が大衆に向けて開かれる時、すべての人に認められる合理性のことを知性と感じたのでしょう。すべての人が理解できる説明が合理性です。美術の豪奢をその人の人生において経験したことのない人に伝えるのは
通説の美術史はどこか意図的で強引な進化論的妄想の産物と思っています。美術について語るのに、それぞれの画家や時代を特定する見出しとしては便利に分類されている一般の美術史の名称を利用しますが、各用語の美術史の一般論を解説しようとは思いませんし、その知識もあり
今回は、手元にあった雑誌に色を塗ったものと 抽象作品を掲載しました。 雑誌に色を塗ったものに関しては、古本屋などで 安く手に入れたものを使って、思いつくまま・・・ 手あたり次第に色を塗っていた時のものです。 抽象画に関しては、テクスチャーとの兼ね合いも 多少意識しながら 着彩しています。
ドラマや映画に出てくる画家の姿は現在一般に絵画や画家と思われているものを暗に示しているのでしょう。専門家の主張はどうあれ、画家はモデルにポーズを付け、画架を据えて、一筆、一筆モデルを観察しながら絵を描いてゆくと思われています。確かに画家はモデルをみてスケ
ラシーヌなどの古典主義演劇の理論に「三一致の法則』というのがあります。「時の単一」「場の単一」「筋の単一」の3つの要素を入れた舞台を古典主義演劇といいます。ラシーヌのような厳密な理論家になると、「時の単一」ではパフォーマンスの経過する実際の時間と、演劇が進
美術の社会的な役割が大きく変化したのが20世紀です。美術以外の多くのメディアが生まれ、美術が担っていた役割の多くを代行するようになります。写真の登場、それに続く写真ジャーナリズムの成立、映像の登場、放送、テレビの普及、雑誌と様々な視覚的なメディアが現れます
<裸婦> 今度の引っ越しに関して・・ 単身赴任中の夫が帰ってくる、というのもあるけど上の子が起業するため、また一緒に暮らすということになってしまった、という事情がからんできている。 子どもが今まで勤めていた会社を正社員からアルバイトに変えて自由な時間を増やし起業するというのだ。 そのため住んでいた社宅用のマンションを出なくてはいけなくなった。 別に部屋を借りるか家族と同居するかという選択でやはりアルバイトという身分で不安定だし車も買ったしってわけでしばらくは一緒に住むということになった。 最初、私も起業なんて! 正社員でいるのにわざわざアルバイトにして? それはやめたほうがいいと思っていた。 …
<開聞岳> 忙しい最中・・ 裸婦講習会へ行ってきた。 すごい久しぶり、3年とか5年とか? 先日のアンダパンダン展で久しぶりに会った水彩協会の会長に勧められた。 前にあった裸婦講習会なんてすごい密で場所取りに負けてあんまりよいポジションが取れなかった記憶があったので心配したけど・・ なんと講師の先生とその他私も含めてたったの5名! 広い室内で場所取り放題。 いつもはもっと多いみたいだけど‥ 参加費3000円、安い! モデルは、女性。 年齢不明だけどちょっといってる? そんな若くない。 トシは聞けなかったけど体形でわかった。 でも講師の専属モデルみたいでポーズの取り方がうまい~ 最初にクロッキーで…
今回掲載した作品は、私がクロッキーを描く上で、 大きな転機となったモデルさんの作品です。 このモデルさんについては、過去に何度も描かせて もらいましたが、私が今まで見てきたモデルさんの中では 群を抜いて優秀なモデルさんでした。 私の場合について言えば、クロッキー会だけでなく、 個人クロッキーでも大変お世話になり、今でも この方を 描いた時のことは鮮明に覚えています。 以下、掲載し…
一昨日 クロッキーを描くのは疲れると書きましたが、考えてみると モデルさんはそれ以上ですね。同じポーズを続けるのがたいへんなのはもちろんですが、それ以上につら…
裸婦 クロッキー篇です。 クロッキーとはご存知の通りモデルさんが短時間で次々とポーズを変え、それを素早く描写するというもので、デッサンと違って短い時間で形を…
美術の盛んな時を歴史的に眺めてみますと、画家同士が互いに影響しあい、良いアイディアは盗み合い、互いの才能を認めオマージュとしてもコピーし合いました。アントネル・ダ・メッシーナのナチュラルな絵画がなければそれに続くヴェネティア派の輝きも生まれなかったでしょ
20世紀の絵画鑑賞は展覧会と美術画集です。展覧会で本物に接し、画集で記憶をたどりながら絵画を味わうといったもので、絵の具で直に描かれた絵画を手元において鑑賞する人よりも遥かに多くの鑑賞姿勢です。ペットショップで犬や猫を眺めて飼ったつもりになるのと、拾った猫
美術品とパトロンの関係を歴史を読み解く資料と位置付けると、美術品の造形的価値すなわち普遍的価値から目をそらすようになります。美術作品の鑑賞が歴史学の資料的な関心を生み、更にそのような鑑賞、すなわちこの歴史学的価値を評価する受容者によって歴史観の投影が作品
教会や王侯をパトロンとした絵では描かれる人物は自ら光り輝く存在として描かれます。市民をパトロンとした絵では窓から射し入る光が人々を照らします。作品が受容者によって支えられていると考えると作品の持つ性質と受容者の持つ性質に類似があると考えることができるかも
絵画作品の個体としての価値は古典古代の作品やルネサンスの作品と現代の作品では比べようもないぐらい貧弱になっています。その貧弱な現代の作品を高く評価する理由は文化に時代性をよみとっているからです。時代性を離れて作品を比べたら一目瞭然、ほとんど無価値とも言え
絵画は読み方を知らないと面白さを鑑賞することが難しい分野です。文化には現在何が問題で、それがどのように解決されてゆくかが問題なのですが、絵の解説となると画題の物語の解説や作者の奮闘ぶりなどを伝えるものが中心で、文化を読むという姿勢が希薄です。文化を自然な
美術史における19世紀は絵画を高級な陶磁器のような丁寧な仕上げの美しさやペルシャ絨毯のように緻密で手作業の丹念な描写の積み上げといった工芸品の評価と同じような家具としての見方から、絵画独自の美的価値や視覚体験の伝達の場にしようとしたものです。先鞭をきった印
ハイビスカスと裸婦 子どものころから絵を描くのは好きだったし学生の頃は美術部だった。 ちょっとだけ漫画家になろうかと思っていた時期もあった。 絵は好きだったけど上手というわけではなかったので(授業でさえ成績よくなかったから!)美大に行こうとかそんなことゆめゆめ思わなかった。 結婚して子どもが生まれてしばらくして地域の公民館でやってる水彩画の自主サークルに入った。 1ヶ月千円会費で講師も教えるというよりかは週に一回遊びに来てみんなでお茶飲んでわいわい世間話したりしょっちゅうスケッチ旅行にでかけては楽しんでいた。 海外にも行った・・ そこは「水彩画サークル」だったので基本水彩画を描いていたけど陶芸…
裸婦クロッキー&デッサン会どんな感じで描いているか、レポート・後編です。 この会は月4回(たまに3回)開催されていて、2・3・4週目は固定ポーズ、デッサン専門…
前回 裸婦スケッチ会にふれて思い出しました。 ついついアップするのを忘れてしまいますが裸婦のクロッキー&デッサン会にも相変わらず参加しています。どんな感じで描…
裸体画について世間の反応を考えると、黒田清輝の『朝粧』が腰を布で覆って展示された明治時代と現代も大差がありません。今でも覚えているのですが、1981年NHK主催で『アングル展』が西洋美術館で開催されました。主催のNHKの本社入り口に等身大のアングルの『泉』が掲げら
ドローイング表現 ミクストメディア 表現の源泉 ・・・にも種類・領域の考え方があるんでしょうね。 大まかなキーワードとして、目的 手段 時間 などからアプローチを試みます。またそれらの相互作用も。 画材によっての、ドローイングかペインティングか。と一応の分け方があります。 色々試したくなるんです(^^) 「絵を描く」 「画にする」こと自体が試行錯誤の繰り返しなんだと思います。...
いつも裸を描いているのですが、作品にするとなると時代の裸忌避の圧力が気になり出します。現代は自由で人間性が発展して開放されていると宣伝され、信じ込まされていますが、『裸』に関してはルネッサンス以前の中世のような感じがします。行政やメディアの上で『裸』即『
心地よい天気が続き制作意欲が自ずと高まってきます。夏には色々のエスキースが生まれ刺激の多い期間でしたが、秋になるとエスキースよりも、手を動かして絵画を作りたくなってきます。なぐり描きで通していたクロッキーも手直しして、スケッチ風に描き加えてみたり、単純で