searchカテゴリー選択
chevron_left

カテゴリーを選択しなおす

カテゴリーのご意見・ご要望はこちら
cancel
プロフィール
PROFILE

ハルさんのプロフィール

住所
港北区
出身
港北区

絵に様々な陰影を与える物語を感じながら鑑賞する絵を求めて自作の絵画やエスキースを載せています。

ブログタイトル
金田治のスケッチ日記
ブログURL
https://onbi99.livedoor.blog/
ブログ紹介文
裸婦スケッチを元に詩や物語を織り込んだ絵作りを楽しんでいます。
更新頻度(1年)

133回 / 365日(平均2.6回/週)

ブログ村参加:2008/04/08

本日のランキング(IN)
読者になる

新機能の「ブログリーダー」を活用して、ハルさんの読者になりませんか?

ハンドル名
ハルさん
ブログタイトル
金田治のスケッチ日記
更新頻度
133回 / 365日(平均2.6回/週)
読者になる
金田治のスケッチ日記

ハルさんの新着記事

1件〜30件

  • 最近のクロッキー486 絵の描画

    対象を観察するとは概念化する作業でしょう。物理であれば、対象の大きさ、重さ、色、様態、運動のポテンシャルとか概念的な中心からの距離とか分子組成であるとかでしょう。概念化は常に同種ものが存在して比較可能な対象についての判断です。他に類を見ない個性は観察しよ

  • 最近のクロッキー485 概念のカテゴリー

    絵画は「個人」をメディアの中核としています。プラトンの模倣論からは全く伺えない重大要素です。対象を観察するとは観察する人が対象を概念化することです。色、形態、質感、動態、空間を捉えれば対象が観察できるというのは身長、学歴、年収がわかれば人物がわかると言う

  • 最近のクロッキー484 絵画の二重性三重性

    「ティツィアーノの描くわななくような生命力溢れる肉体のヴィジョンは、肉体そのものの生動であると同時に画家のパトスと官能の震えであるという両義的なイリュージョンなのであり、そこには〈意味されるもの〉と〈意味するもの〉、〈再現〉と〈表象〉の生き生きとしたせめ

  • 最近のクロッキー483 自己の自然

    絵というのは対象を描きながらも、それに触発された作者の感情が画面に現れます。場合によっては、ゴッホのように対象をすっかり乗り越えて感情が横溢し世界を飲み込んでしまうような激しい絵画もあります。それでは何処か、自然や他者への配慮が欠落し、恐ろしいものを感じ

  • 最近のクロッキー482 個人に出会う

    「絵描いてるのですか・・・。私も絵が好きで、よく展覧会に行きます」という人に屡々出会います。「本が好きで、よく本屋に行きます」という人にはあったことがありません。古本街なら多少は違うのでしょうが、「本が好き」では広すぎて、何について話しているのかわからな

  • 最近のクロッキー482 個人の趣味

    世間の一般的な流行りものから離れて、特定の個人の趣味を垣間見ることは人生の指針にもなりうる重大事です。その人の部屋や、服装や、言説や趣味に触れると実人生に活かせる感化を受けることが屡々あります。信頼できる人の推薦するものや憧れを知ればそれに触れたくなりま

  • 最近のクロッキー481 秘密の通路

    趣味は時代によって集約されたり、統計的に示されたりするものではなく、逆に個別に個別に分散し、多種多様であるのが好ましい状態だと私は考えます。人々の人生がその人なりに多種多様であるようにです。社会が個人に一定の趣味を提供したり、規定したり、禁止したりするの

  • 最近のクロッキー480 経済優先

    人々の人生の中で経済が最優先となり、多くの金をかき集めたものが勝者となる現代社会では現実主義者であるか、理想を持たない功利主義が大多数になり、時代の流行に乗ることが一番安全と考え、流行を自分の趣味として受け入れます。話題の中心になり、メディアで取り上げら

  • 最近のクロッキー479 贅沢を知らない人

    贅沢を知らない人は、自己を夢見ることができない人、または、しない人でしょう。群衆の中に紛れ、個人に責任が問われるのを回避しようとひたすら身の安全を守る人たちです。まずは社会が求める負担を払えるほどの収入があり、社会の一員であるとの自己像を描き、社会に受け

  • 最近のクロッキー478 自己充溢感

    主観的なものである美に対して客観的な美的価値は成立するものなのでしょうでょうか。行政などは自分にとっての美ではないですから人々の主観を統計的な順位としてつけることができるでしょう。欧米の流行りものであるとか、誰だかわからないけれど海外のある団体で認められ

  • 最近のクロッキー477 市民美術館

    公的美術館設置が市民文化の基本となったのは20世紀ですが、公的美術館は18世紀の王立美術館などの延長に据えられました。18世紀は産業革命の時代で、産業革命で富を蓄積できた人たちの主導する社会でしたから、適者生存、進化論などの思想が科学であるかのように受け入れら

  • 最近のクロッキー477 民主主義的美術館

    優れたものは見ればわかると考えるのはすでにそれなりの訓練を知らず知らずのうちにでも受けていた人達の間でのことで、その多くは残念ながら特権階級の人たちです。啓蒙君主たちのコレクションを中心に18世紀に次々に開かれた美術館では優れた美術品が列挙されましたが、

  • 最近のクロッキー476 公立美術館

    18世紀ごろから各国の啓蒙君主が自らのコレクションを公開して、国家の威信と国民の民度を高めようとしました。図書館や博物館、音楽堂や美術館が各国の啓蒙君主の趣味によって整備されていたのですが、19世紀以降、民主化が各国で進み、国家の主権が君主から人民に移さ

  • 最近のクロッキー475 個人経験

    絵画のようなものは一般の教養である必要はなく、心ある人にのみ開かれていれば良いものです。20世紀以降の社会の特徴は、ある専門的な事柄を関係しない多数の人を動かすことによって自分たちの意見を通そうとするプロパガンダの世紀だという点にあるのでしょう。それを大衆

  • 最近のクロッキー474 模倣

    誰でも生まれながらにして模倣の楽しさを知っています。大人を模倣して子供は成長します。強そうな様子を真似たり、偉そうな様子を真似たりして、大人たちと対話して、要求を伝えます。猫がいれば猫の声を真似、犬がいれば犬の声を真似、鳥がいれば鳥の声を真似る。模倣が対

  • 最近のクロッキー473 進化論的美術神話

    美術史の教科書は進化論的な歴史観の上に気づかれ築かれています。適者生存で、時代の環境に合うものが現れるとそれまで繁栄を誇っていたものは席を譲り、次が現れたらそれも席を譲らなければならない。人類は一つの方向によって秩序付けられ、人類の繁栄の象徴たる美術も常

  • 最近のクロッキー472 ゴシックの美術

    遠近法の客観的な絵画空間はゴシックの装飾美術を発展させたものではありません。ゴシックはゴシックとして展開し、遠近法は遠近法として展開しました。それらを一本の流れとすることはできません。ピサネロやウッチェロの作品の美しさの大半は色彩や構成などゴシック美術の

  • 最近のクロッキー471 ミケランジェロ

    ルネッサンス美術の強さはその後の合理主義、客観主義で衰弱していったのとは異なり、中世ゴシックの絢爛と近代合理主義との贅沢な融合、または緊張関係から生まれたのでしょう。ミケランジェロの『最後の審判』における中世的な人物の大小関係や週密度に対して、一人物の中

  • 最近のクロッキー470 ゴシック

    美術全般から見れば写実絵画は特殊な一表現です。15世紀時から19世紀に渡って流行した絵画の見方だと言えるのでしょう。科学的な実証主義という精神状態から生まれた対象の客観的な再現というものです。対象となったものは器物、建築、人体、動物、植物など具体的な存在物で

  • 最近のクロッキー469 遠近法以前

    あらゆる美術表現を容認する現在の美術観からすれば、古代から順次発展してきたとする教科書的な美術史観は訂正されるべきでしょうし、創作の現場では訂正されて来ているのでしょう。ルネッサンス以来、自然科学の発展に伴って発展してきた遠近法の客観的な絵画空間がシュー

  • 最近のクロッキー468 シャガール

    イコンの影響を強く受けている作風ではシャガールが最も活躍したのではないでしょうか。ロシニョールやロバ、花束や天使の羽、花嫁や魚などイコンを数多く構成した絵画を生涯描き続けました。ロシア革命でマレヴィッチらと協力しあっていたときから、主張の明確な彼らとの絵

  • 最近のクロッキー467 フォービズム

    ルオーやデュフィはマティスやヴラマンクらと同じフォービズムというグループとされますが、それらは単に絵の具や筆さばきの激しさを指しただけのもので、造形主義の立場から分類された表面的な見方です。絵画的に見ればルオーやデュフィは様々な画像をアイコンとして捉え絵

  • 最近のクロッキー466 絵らしくあること

    絵はそっくりに描いたものが良い絵で、細部までしっかり描いてないものは下手な絵という考えは、図鑑の様に絵が実物の代用品であると思っているからでしょう。しかし絵は実物の代用品ではありません。絵は実物よりも純粋なイディアです。純粋な真実です。そこで、絵が絵らし

  • 最近のクロッキー466 イディア

    絵画について三次元に開かれた二次元といっても想像しにくいでしょうが、鏡に映る世界とか、水面に映える木々の姿とかを想えばよいかと思います。科学的には反射であるとか、屈折率と反射の関係であるとか、線遠近法であるとか説明は簡単なのですが人のイメージはそれほど簡

  • 最近のクロッキー465 見えない部分

    絵には絵という実態があります。絵は二次元なのに三次元に開かれています。ということは直に見える描かれている形はイメージの入り口であってその絵の後ろには別の世界がイメージの中に開けているような特殊な存在です。このことを上手く言えた人はいませんので、私にも言葉

  • 最近のクロッキー465 ピカソのよう

    絵を楽しむのが主題や描写を見るのではなく、絵の造形そのものを楽しむのだとの考えが近代の美術観として推奨されました。ハムレットの物語を思いながらオフィーリアの死に思いを馳せるとか、波打つ髪の美しき女神を見てそれが本当ならとうっとりするとかという見方はいつの

  • 最近のクロッキー464 美術史の近代

    20世紀の主張は常に未来的です。「こうあるべき」というのが前面に出て、一般の要求には批判的です。皆が「まだ低いところにいるからそのような要求が出てくるのだろう」と専門家がいえば実態は無視して行政やメディアは動き出します。観光客で連日賑わうロンドンのテイトで

  • 最近のクロッキー463 スペクタクル

    20世紀になり、美術の基準が体感であるとなると作品はスペクタクルとして展開してゆくようになります。より大画面、より荒々しい筆捌き、大量の絵の具、きつい色彩、詰め込めるだけ詰め込んだ画像、大量の連作として直接的な迫力で説得しようとします。作品の規模も内容も次

  • 最近のクロッキー462 フィーリング

    絵画作品の基準が対象や描写から離れてデザインに移ったことが20世紀美術の革新性です。すなわちテーマからフィーリングへ。ピカソやマティスは作者が意図したかしないかに関わらず、造形的に明瞭で強い表現をもつ作品やオブジェを蒐集しました。アフリカの仮面、古代の素朴

  • 最近のクロッキー461 デザインという概念

    反絵画として始まったデザインの概念は絵画を越えてあらゆる造形に適用されます。書籍の装丁からポスター、、工業製品、家具インテリア、建築図面から都市計画、大規模イベントのアトラクションなどの根拠として多方面で活躍します。デザインはあらゆる形態を操作する有効な

カテゴリー一覧
商用