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アメリカのドル外交が海外の中央銀行に突きつけたジレンマアメリカの軍事費と外国企業への投資買収によって世界の通貨システムに投入された余剰ドルをどうするか、中央銀行にはほとんど選択肢がなかった。中央銀行は株を買わなかったし、政府系ファンドがまだ誕生していなかったので、米国企業や不動産を買うつもりもなかった。そのため、欧州をはじめとする各国は、金と交換することができなくなった新しいドルの余剰にどう対処するかが大きな問題となった。ごく最近まで、中央銀行が買っていたのは、他国の政府の債券に限られていた。1970年代から最近に至るまで、そのような有価証券の主要な供給源は米国債と借用証書だけであった。つまり…
1965年1月、リンドン・ジョンソン大統領が「自主的な」国際収支規制を発表し、事態は危機的状況となった。アメリカの銀行や企業は、今後1年間、海外からの借入や投資を5%以上増やすなと言われたのである。そのため、事業計画が混乱した。銀行は融資を増やすことで利益を得ているのだが、それが制限されたのだ。石油業界も、新規投資で外国のライバルが優位に立つことを恐れて、強い影響を受けた。東南アジアでの戦争は、米国のビジネス部門にどのような影響を与えるか、ほとんど理解されないまま行われた。企業からは、外国からの「投資」として報告されたものの多くが、実際には収支上の流出を構成していないことが指摘された。石油会社…
今日のインフレは不可避であった① ~ニクソン・ショックから続いたインフレの種~
Column 「金融緩和をし、資金を大量に供給すれば経済は成長する」と言われてきましたが、先進国はどこもそれほ