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木ノ本の樹徳寺には、黒田氏歴代の墓石と、黒田官兵衛の肖像画の掛け軸が収められています。樹徳寺は、もともとは木之本町黒田地区にあり、官兵衛の祖先といわれている黒田氏が黒田に居住していた頃の菩提寺でした。明治11年に黒田から田居集落に移り、昭和33年に本堂が建てられていました。黒田氏歴代の墓石官兵衛の衣冠束帯姿の肖像画としては日本に唯一のものだそうです。(木之本地蔵院の書院に展示されていたパネルを撮影した...
徳川家康(9)碧雲の巻!信長の後を継ぐのは誰か?清須会議、賤ケ岳の戦いの果てに
こんにちは。夢中図書館へようこそ! 館長のふゆきです。 今日の夢中は、徳川家康(9)碧雲の巻!信長の後を継ぐのは誰か?清須会議、賤ケ岳の戦いの果てに…です。 「夢中図書館 読書館」は、小説や雑誌などの
今日は富山から大阪へ車で移動しました。久しぶりの高速道路でしたので、美味しいものを食べてやろうと意気込んでいました。まずこれは石川県の『尼御前』というSAの加賀棒ほうじ茶のソフトクリーム450円なり。以前より30円値上がりです。もう何回も食
【清和源氏】編『新田一族』章「徳川氏」節 44.徳川家康・三十弐
しかし、同時刻、船によって、琵琶湖を渡っていた丹羽長秀が、「一度坂本に戻るべし」との部下に反対されたが、進路を変更して、海津への上陸を敢行した事で、戦局は一…
【清和源氏】編『新田一族』章「徳川氏」節 44.徳川家康・三十弐
しかし、同時刻、船によって、琵琶湖を渡っていた丹羽長秀が、「一度坂本に戻るべし」との部下に反対されたが、進路を変更して、海津への上陸を敢行した事で、戦局は一…
皆さぁ〜ん、大河ドラマ「どうする家康」見てますかぁ〜見るのも感想も1週遅れたなってことで第30話の感想ぉ〜!『本能寺の変』の後、『山崎の戦い』で明智光秀を討っ…
どうする家康 第30回「新たなる覇者」 その3 ~賤ヶ岳の戦い、越前北ノ庄城の戦い~
「その2」のつづきです。清洲会議以降、決定的な対立関係となった羽柴秀吉と柴田勝家。もはや天下を視野に入れた秀吉にとって勝家は邪魔な存在であり、一方の勝家...
天正11年(1583年)4月16日、一度は秀吉に降伏していた織田信孝の再挙兵に対し、羽柴秀吉軍は、美濃へ進軍しますが、揖斐川の氾濫により大垣城に入ります。揖斐川大垣城柴田勢は佐久間盛政に攻撃を命じると、大岩山砦を守っていた中川清秀>が討死し、秀吉軍は苦戦を強いられます。佐久間盛政黒田官兵衛軍は、盛政の攻撃を撃退。盛政は次に岩崎山の高山右近を攻撃、右近は木ノ本の羽柴秀長の陣所に逃れました。盛政は、「大岩山陥落...
木之本駅から歩いて約5分の浄信寺は、通称「木之本地蔵院」と呼ばれています。本尊は地蔵菩薩(秘仏)。境内には秘仏本尊の写しである高さ約6メートルの地蔵菩薩大銅像があり、これは日本三大地蔵の一つとされ、眼の地蔵菩薩として信仰を集めています。地蔵菩薩大銅像身代わり蛙片目をつぶった蛙がずらり・・・天武天皇の時代、難波浦(大阪府)に金光を放つ地蔵菩薩像が漂着し、これを祀った金光寺を難波の地に建てたのが始まりで...