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【どうする家康】#44 家康が徳川SDGsに目覚めた10年、秀頼は大成長
母に欺かれていた家康 NHK大河ドラマ「どうする家康」は第44回「徳川幕府誕生」が特別なオープニングと共に11/19に放送された。今回だけのスペシャルバージョンだそうな。今回は1600年の関ケ原の戦いが終わってのひととき、というよりも1611年に手が届く10年もの期間がブワーッと一気に巻き気味に描かれ、家康の母・於大、股肱の臣の平平コンビ(本多忠勝、榊原康政)、そしてドラマでは出てこなかったが家康の息子らが死んでいった。 この間、大坂方の豊臣秀頼が確実に成長していく。一方、家康は天下を返さぬための手を打っていった。 あらすじを公式サイトから引用する。 家康(松本潤)は大坂城で、関ヶ原の戦勝報告…
皆さぁ〜ん、大河ドラマ「どうする家康」見てますかぁ〜関ヶ原後、どうなったかなぁ…って第44話の感想ぉ〜!「関ヶ原の戦い」後、豊臣秀頼に挨拶をした家康。茶々さん…
戦勝報告の時の茶々サンのお顔が,コワイんだわ・・・。治部ドノに続いて,息子にまで不信感を吹き込むなど,ラスボス活動に余念がありません(笑) 詐欺師,違った謀臣正信サンも,他の皆も年取ったのぉ。まあ,しょっちゅう戦さに出てれば,体の傷みも増えるわけだし・・・その筆頭が万千代だよなぁ。語り死に・・・。 タイトル音楽,ピアノ主体に編曲が変わりましたな。映像も変わってるし,終盤へ向けての助走ですか〜。 息子に...
豊田市の隣松寺の裏手には、鴛鴨(おしかも)松平氏墓所があります。この地もかつては隣松寺の敷地内だったそうです。榊原康政の祖父・榊原清長・父・榊原長政の墓や、松平忠久の娘である於美津(おみつ)(東条松平家忠の妻で、松平忠吉の養母になった)の墓があります。鴛鴨松平氏は、松平家三代当主・信光の子である親光を初代とし、鴛鴨城を拠点としました。親光の後は、親康、親久、忠久と続きました。永禄6年(1563)上野城(豊田...
上野城跡から南に300mほど行った天道院の前にも榊原康政生誕の碑があります。この石碑は大正6年(1917)に建てられたもので、もとは上郷町会下山にあったそうです。会下山には、上野下村城がありました。康政の祖父・榊原清長が城主だったとも内藤清長が築城したとの説もあります。榊原清長は、伊勢国一志郡榊原より三河に移り、酒井忠尚に仕えました。一方、内藤氏代々代々松平氏(徳川氏)に仕えた譜代の家臣の家柄です。清長は、...
豊田市上郷町は徳川四天王の一人である榊原康政生誕の地とされます。上郷町には、2つの榊原康政生誕地の石碑が存在し、そのひとつが上野城跡にあります。愛知環状線「三河上之郷」から550mのところにある上野城跡は、現在は上野護国神社と城山稲荷となっています。城山稲荷社上野城の遺構は、社がある高台のみです。 1400年代半ばごろ、戸田宗光が築城したと言われています。宗光が渥美半島に移った後は、阿部氏が治めていまし...
【どうする家康】#32 四天王が勇躍、小牧長久手で会心の一撃の徳川軍。でもね?
天下人織田家の看板、変わりつつあるのに NHK大河ドラマ「どうする家康」の第32回「小牧長久手の激闘」が8/20に放送された。公式サイトからあらすじを引用する。 家康(松本潤)は秀吉(ムロツヨシ)10万の大軍に対し、あえて前進し、小牧山城に兵を集めた。互いにどう動くか探り合いが続く中、康政(杉野遙亮)は秀吉の悪口を書き連ねた立札をばらまいて秀吉を揺さぶる一方で、城の周辺に謎の堀を作り始める。徳川軍が守りに入ったと考えた池田恒興(徳重聡)は、秀吉に、家康を引っ張り出すため岡崎城を攻撃するという策を献上。進軍を開始するが、まさにそれこそが家康の狙いだった。(これまでのあらすじ 大河ドラマ「どう…
どうする家康 第32話「小牧長久手の激闘」 ~小牧・長久手の戦い(後編)~
天正12年(1584年)3月17日に起きた羽黒の戦いで徳川家康・織田信雄連合軍が大勝利を収めたあと、徳川軍は小牧山城に、羽柴秀吉軍が楽田にそれぞれ陣を布...
愛知県小牧市にある標高86mの小牧山には、かつて織田信長が美濃攻めの拠点として築城した小牧山城がありました。築城から4年後、永禄10(1567)年に信長が岐阜に居城を移したことで小牧山城は廃城となり、家臣団や城下に住む多くの商工業者が城下町を去りましたが、一部の住人はこの地に残り、小規模な町場が存続しました。小牧山城が廃城されて17年後の天正12年(1584年)、織田信雄・徳川家康連合軍と羽柴秀吉軍との間で小牧・長...
【清和源氏】編『新田一族』章「徳川氏」節 19.徳川家康・七
当時の松平家康の直臣団は、小領主が主体であり、三河の国衆及び、松平衆と異なり、単独にて、「備」、即ち、部隊等を編成可能な者は、少なかった。 そのため、旗本先…
金ヶ崎の戦いで京都に逃げ帰った織田信長は、その約2ヶ月後の元亀元年(15670年)6月、大軍を率いて北近江に侵攻します。その目的は、金ヶ崎の戦いの際に反...
「みちひろば」の徳川四天王の像(2)榊原康政象&井伊直政像
岡崎の籠田公園と桜城橋を結ぶ全長約320mの”みちひろば”中央緑道に設置された徳川四天王の像より、続いては、榊原康政と井伊直政の銅像です。榊原康政像榊原康正といえば、小牧・長久手の戦でのエピソードが知られていますね。小牧・長久手の戦で、徳川軍へ攻め入ろうとする秀吉対し、康政は秀吉非難の檄文を秀吉陣営の諸将に送りつけました。怒った秀吉は「康政の首を取った者に望みのまま褒賞を与えよう」と触れを出したといわ...
ヤンキー君でファンになった杉野遥亮の『どうする家康』での活躍が楽しみだ
商品を見る→ヤンキー君と白杖ガール コミック 全8巻セット 良品中古 2660円 日本テレビで放送された 『ヤンキー君と白杖ガール』を見て 杉野遥亮【すぎのようすけ】のファンになった。 あのドラマの『黒川
【本郷和人の日本史ナナメ読み】榊原康政を考える 軍事も政治もできた武将 - 産経ニュース 産
渡邉美穂が4年半振りの舞台出演に気合十分「この機会を無駄にしないように」 - Yahoo!ニュース Yahoo!ニュース - Yahoo! J…
大河ドラマ「どうする家康」に登場する榊原康政とは?家康に尽くした武功派家臣。
今年(2023年)のNHK大河ドラマ「どうする家康」に登場する人物の中には、一般にはあまり知られていない人物もいます。私は、杉野遥亮さん(冒頭の画像)が演じることになった榊原康政がどういう人物だったのか大変興味があります。そこで今回は、榊原
【どうする家康】榊原康政ってどんな人?簡単解説~豊臣秀吉に首十万石をかけられた男
今回は2023年の大河ドラマ【どうする家康】では杉野遥亮さんが演じる榊原康政について、簡単にわかりやすく解説していきたいと思います。若い時から文武にすぐれ、小姓から徳川四天王にまで大出世し、秀吉をもうならせた男。杉野遥亮さんの若いパワーで存分に演じてほしいですね。