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この暑さになると仕事でもプライベートでもTシャツしか着ない。朝の着替えで悩まなくていいので楽である。その代わり1日3回くらい着替える日もある。よってTシャツの量はかなり多く、たかがTシャツなのに謎のルールで作業用とお出掛け用と区分されている。まあ、これはシーズン1かシーズン3の違いなのだけれど。Tシャツは以前から米国綿100%ばかり着てきたけれど近年はもっぱら安価な無印良品の太番手天竺編みTシャツばかり。これが着心地最高なのである。エアなんちゃらとかクールなんちゃら等の生地は好まず、ヘビーコットンを好むのもおじさん世代故だろうか。しかし本格的暑さになる頃には店頭品薄になるのでシーズン早めに何枚…
ロケ弁はだいたいシウマイ弁当か金兵衛と決まっている。しかしごくまれにこの津多屋ののり弁が配給される。よほど予算が取れる時にしか配給されないのでボクにとっては最上級のご馳走である。これがまた絶品で、おかずどの品をとってもメインになるのではというウマさ。しかしボクにとってはツチノコ級の弁当なのでその存在をすっかり忘れかけていたら、同僚が澁谷のデパチカで買ってきてくれたのである。現場で慌ただしく掻き込んでも旨いけれど、落ち着いてゆったり食っても旨い。当たり前か。
Mamiya M645 Kodak PORTRA160 tocolier いつもお世話になっている、 tocolierさんでの花撮影。 今回のテーマは「Short trip」。 アトリエに飾られた 南国を感じさせる花たちは、 夏の暑さだけでなく、 日陰を…
都心32℃。これくらいの気温ならまだ快適走行でいつもの会合へ。 この日の乗せてもらっていいですかコーナーはシムカ1000GLS。シムカ自体が日本では珍しい上にオリジナルという貴重車。ラリーは何度かご一緒したことはありますが素の1000はお初。素とはいえメーター周りはラリー以上にモデファイされておりやる気ムンムン、、ですがシートへ座ると仏車ならではの極楽フカフカ、うな丼君風に言えば大トロです。 ククライスラー傘下になった直後の車になるのだろうか、そういえばなクライスラーマークが国籍不詳な錯覚に陥る。フィアットやアバルトなどのコラボも多いシムカだけれどこの車に限っては純粋なフレンチの匂いがあるよう…
ギャラリー・ニエプスへ桑原甲子雄さんの昭和6×6展へ。2014年の世田谷美術館の展示以来だろうか、桑原さんの中判のこれら写真は初見。特にタイトルとなったフライヤーの写真は強烈でプリントも大変良かった。大四ツなのに大迫力である。中藤さんがプリントしたというこの写真、やはり上手いプリントを見ると大いに刺激される。価格も考えようによってはお買い得で、圧倒的に赤丸が付いてたこの写真、これだけでも世に出した甲斐があったと中藤さんが仰っていた。 www.niepce-tokyo.net
Nikon F2 Kodak Color Plus 200 tocolier いつもお世話になっている、 tocolierさんでの花撮影。 今回のテーマは「Short trip」。 夏らしい、南国を感じさせる花たちが ワタシを出迎えてくれた。 写真には一部し…
気温33℃。赤旗再スタートの決勝レース、再スタートを切るまでの待ち時間、それまで全開走行でガンガンに熱せられたエンジンルームでは燃料が沸騰しはじめている。再スタートから1コーナーを抜けるくらいまでの、燃料が入れ替わるまではみな沸騰燃料・パーコレーションとの戦いである。我がチームはインラインブロアをキャブとタコ足に向けて設置してあるので対策は万全だった。この対策をそっくりそのまま流用したのが先日の我がミジェットである。猛暑の中の筑波からの帰路、東北道上りも渋滞上等と構えていたけれど、まあそういう時は大抵スムーズに流れるものである。
冷えた暗い部屋に引き籠もること一ヶ月、やっと作業が終わった。さすがに150分尺は果てしなく長く、編集点は3000を超えた。さすがにM2macも徐々に動きが微妙になりバックアップをいくつも取り過ぎてどれがどこまでのファイルかわからなくなるほどの混乱ぶりは我ながら小心者だなと思いながらも無事ゴールに辿り着けた事に安堵する。とはいえおそらく明日のMAプレビューでうっかり点を発見して後悔するのは毎度の事、まあそれでも所詮自分はこんなもんだと飲み込めるような齢になってきた。
ヒリヒリと顔が痛い。毎年、週末に撮影しながら徐々に焼けていくのだけれど今年はいきなりの炎天下の現場で一気に日焼けしてしまったために痛みが酷い。Tシャツを脱いでもTシャツを着ているようになってしまった。6月は休みなく薄暗く寒い部屋にずっと引き籠もっていたので仕方ない。そんな暑さに慣れてないカラダでよくぞ熱中症にならなかったものだと意外に頑丈なカラダに気づく。先週、社内はインフルAが蔓延って3人がダウン。またしてもボクだけ感染しなかった。昨年あれだけ身近で大爆発したコロナにもかからなかったし、妙な免疫力でもあるのだろうか。しかしその分、ダウンした皆の仕事を背負ってしまうという実に損な役回りである。
写真に撮りたくなる風景は考える前に撮るようにしている。しかし全く考えないのは無理であり、撮りたくなるからには脳に何らかの反応があったという場所でシャッターを押している。しかしその何らかの反応というのは好みの景色ということであり、何が好みなのか、それは都市はかくあるべしという視点なのか、自分の美意識なのか、そしてそのフォーマットに当てはまった場合はこういう構図でこういう撮り方をすればよい、という風に一瞬にして考える。結局考えてしまっている。そして撮られた景色は自分の中の都市のフォーマットにおさまり類型化される。そうか、自分の写真はタイポロジーなのか、ドイツ写真的だったのかと考えつつも、過去に多く…
朝起きて、ニュースサイトを読んでいると視野に芥川龍之介の歯車が発生した。2年ぶりである。これが出ると1時間位は動けない。このクソ忙しい時に厄介だなと思いロキソニンを飲む。ちょうど昨日、歯医者で神経を抜いてロキソニンを処方されていた。思えば結構カラダにガタが来ているなあとつくづく。 僕の視野のうちに妙なものを見つけ出した。妙なものを?――と云ふのは絶えずまはつてゐる半透明の歯車だつた。僕はかう云ふ経験を前にも何度か持ち合せてゐた。歯車は次第に数を殖やし、半ば僕の視野を塞いでしまふ、が、それも長いことではない、暫らくの後には消え失うせる代りに今度は頭痛を感じはじめる、――それはいつも同じことだつた…
久しぶりに代官山に立ち寄る。何年かぶりにハリランやオクラを物色し、蔦屋書店へ。いつもの光景だけれど、広い駐車場はもはや日本ではない。停まっている日本車は10%にも満たないという不思議な空間である。さて、蔦屋では写真集パトロール。良き新刊があれば買おうかと思ったけれど、結局買ったのは古いカーグラの復刻版だった。昭和37年、まだMGAが現役で、MGBが発売される直前のMG特集。当然目新しい情報は載っていないけれどノスタルジーにたっぷり浸かって読む。写真で紹介されれる歴代MGの中では、やっぱり戦前のJ2ミジェットとPタイプミジェットが断トツに格好よく見える2023年。 この表紙の写真のノスタルジー感…
東京写真美術館で先週からはじまった本橋成一とドアノー展へ。難しい事はわからないけれど写真を鑑賞することはできる。炭鉱からはじまる二方の仕事の共通点を認識しつつ、決してメジャーではないマイナーな場所からのルポタージュは気当たりすることなく実に落ち着いて見ることができる。この心地よさ、写真を落ち着いて観ることができるというのはなぜだろうかと考えてみる。それは写真が過去の出来事の記録だからだろうか。ノスタルジー視点で観ているからだろうか。既に知っている写真だからだろうか。そして最後に展示されていた昨年撮られた奈良美智とアトリエを撮った写真にはドキドキするようなものが詰まっているように感じられたのであ…
アイスランドの羊飼いの生活をわずかな緊張を漂わせながらも淡々と日常が映し出される。このわずかな緊張というのはセリフがほとんど無いという事もあるだろう。ジャームッシュのような何も起こりそうもないような長回しはボク好みである。湯気を伴う羊の息遣い、匂ってきそうな乾いた牧草、壮大なアイスランドの景色と疲れた中年夫婦の写し方は秀逸。わずかな緊張は中盤から確かな緊張に変わり、ラストは衝撃の緊張に変わる。
PENTAX K-3のモノクローム専用機が出たらしい。ライカもそうだけれどデジタルでモノクロ機ってちょっと意味がわからない。なぜわざわざ色情報を捨ててしまうのか、「写真」は絶対カラーの方がいいに決まってるじゃんっていう単純な素人考えである。今の時代、モノクロが現代写真界を席巻するなんて事はまずあり得ないし、もし、もしもモノクロ表現で現代写真をリードするような人が現れたらそれはそれで素晴らしいけれども、それもほぼあり得ない。ボクの場合はこの100ftが終わったらモノクロをやめようって何度も思ったけれど何故だか惰性で続けている。惰性だから正直モノクロには飽き飽きしている。しかしこの飽きたところで何…
週末、無事に今年前半の山場を越えた。クタクタになって日曜日は何もできず、ランチを喰いに道路向かいの店に行くのがやっとだった。人間に戻るまで少し時間がかかりそうである。
郵便局にて書類に不備があったようで二回目の提出も断られた。それはミスではなく、代表者の役職が他の書類と少し異なっていただけであった。まったくお役所仕事でありる。一体こんな手続きに何日通わなければならないんだと苛立ち、突き返された窓口で書類に二重線を引いて書き直し始めたら、天辺のかなり薄くなった局員がやや声を大きくしてそれを拒絶した。仕方なく出直しを決めて広げた書類を片付けた。帰りしなに我が本家は明治の逓信省時代から今に続く由緒ある局なるぞ、などと負け惜しみをブツブツ呟きつつ、明日も局に通う。
自分が理解できない写真はつまらないと言う人と、自分で理解できない写真の方が面白いと言う人が延々と着地点のない話をする。どちらも正しいかもしれないし、どちらも正しくないかもしれない。
5年ぶりのイベントで10年ぶりに会う人やコロナぶりに会う人と一緒の現場になった。10年ぶりでも名前を覚えていてくれて有難いと思ったけれど、営業上手な人にとってみたら当たり前のことであろうか。人の名前を覚えるのが苦手なボクには到底真似できないのでうっかり心持ち良くなってついサービスをしてしまう実に簡単な人間である。
GW明けからずっと週末は仕事だったので未現像フィルムが溜まってしまっていた。今週末も仕事が入っているので慣れない早起きをして現像をする。フィルムを風呂場に吊るしたまではよかったけれど、寝癖を直す朝シャワーが浴びれなくなることに気がついて狼狽る。埃っぽい我が家では乾燥に適した場所がない、仕方なくトイレに吊るしたけれど、今度は朝のお勤めができなくなってまた風呂場に戻す。家の中を行ったり来たりしたフィルムはホコリ付着は免れない。
先日世間を騒がせてしまった歌舞伎役者が準主役で出ている大河ドラマを見ていた。2007年のオンエアでこの時は彼はドラマ初出演だったらしい。しかしとても初出演とは思えないその堂々たる演技力と顔芸は圧倒的であり復帰を願ってやまない。さて、このドラマの主演俳優は一緒に風呂に入った事がある。とはいってもたまたま銭湯で一緒になっただけだけれど。その銭湯は5年ほど前に閉業し今はマンションに変わってしまった。その銭湯の坂を登っていったところにこの写真の景色はある。そしてこのドラマの主人公の生まれ育った場所はボクの実家から3分のところにあり、今は彼の墓が建っている。 まだ大河ドラマが重厚だった佳き時代、見出した…
地元の大きな川沿いにあったマツダディーラーの入ったビルの屋上にはいつもマツダ車の看板広告が掲げてあった。小学生の頃、この看板が緑色のサバンナRX-7に変わった時にはなんてかっこいいんだろうと見惚れていた覚えがある。 首都高4号線沿いにある我が家のビンテージマンションの屋上にも大きな広告看板が設置してある。だいたい林檎マークの企業の広告が多い。そして窓から外を眺めると斜め向かいのビルの屋上にはお馴染みのインプラントの歯医者さんのピンクの看板が見える。首都高の看板はこのピンクの看板だらけであり、東名上りから首都高に入り、3号線に現れるかの先生の顔を見ると、ああ東京に帰ってきたなあと思うのである。広…
12年前に今の雑居ビルに引っ越してきた。かつての松田優作が潜んでいそうな探偵事務所も入っている風の古ビルは駅近で安価な家賃と引き換えに騒音もなかなかのものだった。階下にはバーとリハーサルスタジオがあり、夜中は薄ら低音が壁伝いに響き、外は酔っ払いの声、さらに首都高が真横を走っているという恐るべし住環境である。しかしボクの生家は東名高速道路のインター真横にあり、物心ついた頃から車の走行音が子守唄だったので高速道路の音はむしろ落ち着くのである。同じように新幹線がすぐ側を走る友人の家も然りで、彼の家に遊びに行くと新幹線が通るたびに驚くが、彼や家人たちは全く気にも留めていないようだった。 写真の建物から…
あの時買っておけばよかったものというのはたくさんある。売り切れて買えなくなってしまった限定品や、二度と手に入らなないビンテージ物や、相場が高騰して買えなくなってしまったもの。フィルムカメラで言えばオリンパスμIIを予備でもっとたくさん買っておけばよかったなんて思う。車もそんな車種がたくさんある。なぜだか今はポルシェが猛烈に欲しいけれど、もはやサラリーマンでは手が出せない金額となってしまった。若い頃、無理すれば買えた200万円台だった964は今や1000万円を楽に超えている。当時は若者が964に乗るなんておっさん臭く感じて選択肢に入っていなかったのである。古いが偉いと思っていた頭でっかち青年はナ…
食通でもないし食に拘りはあまりないのだけれど、それが故か食運に恵まれていない。出先の仕事で弁当が足りなくて食いそびれたなんていうのはよくある事で、イベントでの打ち上げ会食の席、イベントの撮影をし終えて最後に会食の席についたら急遽来たゲストのためにボクの分の料理の用意がなかったこともあった。はらぺこで楽しみにしていた豪華会席料理が食えなかったこの時はさすがに凹んだ。食にありつけない情けなさとひもじさは徹底的に人間を落ち込ませるのである。食い物の恨みは怖いと言うのはよくわかる。食のタイミングもつくづく運がない。カップラーメンにお湯を注いだ途端にアポなし客人が来たり、食事の買い出しに出たところで緊急…
T-MAX400 年齢を重ねると焦点距離が長くなる、というのは渡部さんはじめ多くの写真家がよく口にしていた。28歳=28ミリ、50歳=50ミリ、年齢が焦点距離とは言い得て妙である。自身も広角の暴力的なスナップをすっかり好まなくなった。ギリギリまで寄らないと画にならない広角のスタンスに疲れたというのもある。もちろん仕事では多用するけれども自分の写真ではすっかり使わなくなったので随分前に広角レンズを処分してしまった。しかしひとつだけ、ブロニカで使っていたニッコール50mm(換算27mm)の広角は今でももう一度使ってみたいと思ったりする。 DELTA3200 Nikkor H50mm/3.5 T-M…
発熱しにくいと言われてるM2チップのMacだけれど、やはり長時間の重負荷作業をさせると相当熱くなる。インテルMacは膝の上に置けないくらい熱かったけれど、いや、やっぱりM2もそれに近い。仕方なく電ファンの上に置いて作業をしている。外付けHDDやSSDも二基の電ファンの上に置いて、さらに冷房強めで上着を羽織っての重作業。専用のポスプロスタジオじゃないからなかなか厳しい環境。熱エラーなんか起こったら目も当てられない。擦り減っていく神経のストレス解消のおやつはチョコモナカジャンボ。これも食べすぎてお腹のエラーが時々起こる。
6月に入ってからずっと薄暗く冷たい部屋に籠もりっきりとなっている。気がつけば外が暗かったなんていうのは毎日のことで、腹時計のみで動いている。ふと作業を止めて、来月の素材ロケはどこに行こうかと考え出してみる。そうだ石垣島がいいかもな、いやしかしそこまで予算がないかもなあと目を瞑って海辺の風景を思い浮かべてみる休憩時間。耳がキーンとなるほどの静かな部屋はファンの音だけが鳴り響いている。
今年に入って記録したデータは4テラを超えた。ロッカーの中ではハードディスクがどんどん山積みになっていく。その昔、170メガで5万円くらいしたハードディスクを買って、これで容量ほぼ無限だぜーって喜んでた時代からメガギガテラと、一気にデータ量と記憶装置が増大したけれど、それは豊かになった事なのだろうか。パソコンはどんどん高性能になってるけれどなぜか仕事は一向に楽にならない。一体何が進化したんだろうか、少なくとも人間は進化していない。
飯を食おうと近所にある沖縄居酒屋に入った。注文を済ませたあと店内をひと回り見渡すと目の前の柱に切れ込みがあり、今にも折れそうに見えたので何となくアイフォンで写真を撮った。確固たる目的意識を以て撮るのではなく何となく撮るというのはボクの写真の常である。アイフォンのシャッター音がすると向かいに背を向けて座っていた中年男性が振り返りボクをひと睨みした後こちらに寄ってきた。そして彼はボクのテーブルに手を付き、今何を撮ったのか?撮った写真を見せてくれと言った。決して喧嘩を売ってくるような言い方ではなかったけれど、あえて面倒くせえなという素振りで写真を見せてやった。すると彼は、あ、いや、俺の後ろ姿を撮られ…
同僚がハワイロケから帰ってきた。お土産はマカダミアンナッツチョコだった。一昔前だったら見飽きたハワイあるあるお土産だけれど、コロナ時代を挟むとこのお菓子も随分新鮮に思えた。一時はゴーストタウンのようだったハワイもすっかり観光客が戻っているらしい。現地での移動の足はウーバータクシーのウーバーX(自家用車タクシー)が大活躍したという。白タクが厳しく規制されている日本ではあり得ないよなーとか目新しい土産話を聞きながらすっかり普通に戻ったなあとつくづく。