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しんと静かな、あるひとりの男の人生の物語。文体も内容に見合った朴訥としてシンプルなもので、派手さはまったくないが、深く沁みいるようなところがある作品だった。 あっと驚くような展開や胸がすく逆転劇といったものもない。ただ、さまざまな形で訪れる試練に耐え、捨て鉢にならず、ひたすら愚直なまでに淡々と生き抜いていく男の姿を描いているのだ。舞台こそ20世紀ではあるものの、ひたすら故郷のアルプスの山に暮らし続けるエッガーはもはや山の精霊のようでもあり、その姿にはどこか神話的な美しさすら感じられる。 自己実現とか目標達成とかいった、現代の資本主義社会を駆動する諸々からはまったくかけ離れた、ある意味修行僧のようにストイックな、しかし本人的にはそんなつもりなどまったくなく、ごく自然に、そういうものとして生涯を生ききる、という人生。何かを得たり、誰かと優劣を比較したりしなくても、死の訪れるそのときまでただおもいきり生きるということ、人生というのはそれで十分だし、そういう生き方にもたしかに人の幸福というのはあり得るのだ、そんなことを感じさせてくれる一冊だった。