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その日もやってきた葉にその話をした。僕のような幽霊がどうして存在するのか。胸が不穏な感じにどきどきしている。「それで、僕みたいに幽霊になっちゃうのは、しあわせな死にかたをしなかった人間なんだって」葉がすこし考えて「なんとなく、考えかたとしてはわかる」とひどく言いにくそうに言った。「未練とか心残りとかがあると死んでからも現世にとどまってしまうっていうのはよく言うよ」「……そう、なんだ」でも、と明るい口...
マリー姉さんの区画にあたらしく男性の幽霊がやってきたのは、それから三日後のことだった。姉さんとおなじくらいの年恰好で、すこし葉に似たきれいな顔立ちをしていた。「こんにちは」僕が挨拶をしに行くと、すこし疲れたような顔をほどいて「こんにちは。君がインディゴか」とかすかに笑った。「俺、なんていう名前なんだろう。生きていたころの名前も住所も思い出せないんだ」と焦った声で言う。彼のかたわらにしゃがみこんで、...
秘密、秘密と胸のうちで猛然と転がしながら、夏の夕暮れがだんだん夜になっていくのを眺める。オレンジから紫、濃紺へと空が変化していく。空の色さえ甘やかに見えた。なんとなく、生きていたころはこんなふうにきれいな空を眺めることもしなかったような気がする。いや、空を見たってきれいだと思うことがなかったのかもしれない。きっと幽霊になるのも悪いことばっかりじゃない。空を見上げることを、忘れていなくてよかった。ふ...
ひと言発するごとに考えているような喋りかたで、葉が言う。「たとえばさ、たいていの人は……僕の学校のクラスメイトみたいに……男性が好きな男っていうと気味悪がるけど、インディゴはすこしも気持ち悪がらなかった。自分に好意が向けられているのに」「嫌われるより、好かれる方がずっといいに決まってる」「まぁ、そうだよね。そうではあるよね」葉が二重の目を細めて笑った。かすかにうなずいている。「だから、学校での居場所が...
葉が、男性を好きになる男。告げられた言葉を頭のなかで繰りかえした。もちろん、そういう人がいることは知っていた。いじめに遭っているというのは、なるほど、そういう事情だったのか。「そうだったんだ」という僕に、葉は大人びた声で言った。「インディゴにこたえてほしいと思っているわけじゃなくって、ただ伝えておきたかったんだ。わかるかな。僕は、インディゴのことが好き」「うん、わかる。ありがとう」僕がこたえると、...
葉がやってくるようになってからも、日中の僕の過ごしかたはだいたい変わらない。山科さんのリヤカーに座って歌を歌ったり、しゃべったり、マリー姉さんと外界と墓地を隔てるブロック塀の隙間から外を眺めたりして過ごした。葉がやってくる時間になると、自分のねぐらの墓石のところに腰かけて、待つ。葉が顔を輝かせて駆け寄ってくるのを、心待ちにして。雨が降っていると葉があまりここにいられないので、晴れが好きだったぼくは...
僕の言葉に、葉はとても弱々しく笑った。「そうだねぇ、できるといいね」とちいさく、どこか投げやりな声で言う。まるで他人事のような口調に、心の奥底がひやっとした。僕が思っているより、きっとずっと深く、葉は悩んでいる。毎日、話し相手のいない場所に行くのが苦痛なことくらい容易に想像がつく。マリー姉さんと山科さんのいない墓地より、きっとつらい。想像する以上の痛みなのかもしれない。けれど、葉はがんばって負けま...
その日の夕方も葉はやってきた。ねぐらのまえで待っていた僕を見るなり、顔を輝かせて駆け寄ってくる。所作や喋りかたの大人っぽい葉だけれど、そのときはまるで子犬のような喜びようだった。「インディゴ!待っていてくれたの?」「葉が来てくれるといいな、って思っていたところ」くすぐったい気持ちで僕は答える。葉が笑っていてくれることが彼の生きる支えになれば。「ふわふわって学校まで迎えにきてくれればいいのにな」と僕...
月夜の猫-BL小説です Winter Time2 BL小説 冷たい木枯らしに首をすぼめながら、コンビニで弁当を買ってきた良太は、そそくさとオフィスに飛び込んだ。 寒いからといって師走に風邪なんか引いている暇はなかった。 この週末は制作会社やスタッフなど関連業者を招いて、青山プロダクション主催の忘年会が開かれるこ
月夜の猫-BL小説です Xmas Count Down(BL小説) BL小説 #separator_saxmas cout down boys love novel クリスマスにちなんだエピソードを順次アップします。以前のエピソードに手を加えたり、新しいエピソードもアップする予定です。
「人間の友達ができた!葉はいいやつだよ」僕の息せききった報告に、ゆっくりと振り返ったマリー姉さんがおだやかにコメントした。「そうね、そうみたいね」一見、無関心なように自分の髪を梳いているマリー姉さんが実は心配そうにこちらを見ていたのを知っている。だから、「心配いらないよ」と言うと、マリー姉さんが目をしばたたかせた。「インディゴがそんな風に心を許すなんて、意外だな」「どうして?僕、そんなに心が狭そう...
みんな友だちだよ エピローグ3 マサ&ユタカ&ジュンヤ&ワン編
こちらはマサ。「元気そうだな。死んでないので安心だ」「どういう意味ですか?」「2枚の写真を見せてもらって、生存確認をと言われてな。もしかして……と、思って」「死んだ方が良かったですか?」「元気な顔を見せてくれると嬉しいのだが」「お母さんには見せてますよ」「私には?」「言ったはずです。二度と顔を見たくないと」こちらはユタカ。「豊、元気そうだな。生存確認してほしいと警察から2枚の写真付きで連絡きたのには...
デジャビュ?12(ラスト)、次回からクリスマスカウントダウン
月夜の猫-BL小説です デジャビュ?12(ラスト)、次回からクリスマスカウントダウン BL小説 デジャビュ?12(ラスト)です。長らくお付き合い頂き、本当に有難うございました。Tricky Night!は今しばらくアップしておきますが、次回からクリスマスカウントダウンということで、クリスマスにちなんだエピソード
その日は主に葉が家族のこと、勉強のことをしゃべった。僕が教えてほしいとせがんだのだ。葉がいじめに遭っているのが心配なだけ、葉の暮らしぶりが知りたかった。両親と三歳離れた妹がひとり、犬が一匹の家族構成で、得意科目は英語と化学。ここから電車で二駅の私立高校に通っている一年生。中学二年生のとき、この墓地近くに造成された、海にも山にも近いという謳い文句のニュータウンに引っ越してきた。順序立てて、やわらかな...
「インディゴが話ができるっていう山科さんって、あの人?」葉の視線を追う。おじさんがリヤカーの把手を置いてタオルで額の汗をぬぐっているところだった。「そうだよ」肯定して、山科さんについて補足する。「山科さんはおだやかで思慮深くて、決して人の悪口を言わない人。僕、もしも死ななかったのなら山科さんみたいな大人になりたかったな」葉が嘆息する。学校の先生にもそういうあこがれの対象になるような人がいればなぁ、...
僕をやさしく案じてくれる山科のおじさんの言葉を噛みしめて、すこし考えて言ってみた。「きっと、幽霊が珍しいんじゃないかな」「それにしたって、わざわざ会いに来なければいけないだろ。学校に行けばいくらでも人間の友達がいるだろうに」「それもそうか」ふたりで考えていたけれど、納得のいく答えは見あたらない。心の隅に引っかかった綿毛みたいに気になったので、その日は山科のおじさんのリヤカーに乗ってあちこち墓地を移...
優しげなまなざしのまま、そっと訊かれる。生卵を両手でくるんで運ぶような喋りかただった。「名前はなんていうの?」「インディゴ。生きていたころはちがう名前だったような気がするけど」「そうなんだ」会話が成立することに安心したように少年はかすかにうなずいた。おだやかさのむこうに聡明さが垣間見える。「僕は葉(よう)。葉っぱの葉で、よう」葉、と呼ぶとまたうなずく。葉の顔をじっと見た。もちろん、失礼にならない程...
僕を見下ろすマリー姉さんがあきれたように言う。長い栗色の髪に触れながら、すこし笑っている。「インディゴ、なにびっくりしてるの」「いや、マリー姉さんのほうから僕のところにくるのが珍しいなぁって」マリー姉さんはきれいな顔立ちのほっそりした女性だ。印象としては、幽霊だということを抜きにしても、ごく淡いシャープペンシルで輪郭を描いたような人。山科のおじさんは「薄幸の佳人」と言っていたけれど、どういう意味か...
飛び起きて、リヤカーを押す山科さんに大慌てで謝った。「ごめんなさい、山科さん。僕、うつらうつらしちゃって」「起こさないようにしたつもりだったけど、目が覚めたかい」おだやかに言った山科さんは僕がねぐらにしている墓石まで僕を送り届けると、「退勤の時間だから帰るな、またあした」と言ってリヤカーを押して去っていった。山科さんの背中を見送ってから、墓石の足元にうずくまった。夜の間だけ、僕はふわふわと宙を漂う...
だけど、 そう、だけどぼくはまたきっと、 同じ選択をすると思う。 だってぼくには、 永遠なんて、信じられない。 変わらない心も、 終わらない恋も、 そんなもの無いって思っているんだ。 終わらない恋なんてない。 変わらない心なんてない。 裏切られるのが嫌だから、 聞こえない振りをする。 傷つくのが嫌だから、 気付かない振りをする。 そこにあるものが、 大切だと、思えば思うほどに、 壊れるのを恐れて、消えていくのが怖くて。 だったら、最初から、なにもはじめなければいい。 そう思っていたのに。 駄目だった。 抗えなかったんだ。 こんなに、自分のこころが思い通りにならないなんて。 押えられずに溢れてし…
果敢にも墓石の隙間から顔をのぞかせている雑草に手を伸ばした。もちろん、触れられない、つかめない。僕の生前の名前のように。山科のおじさんがちいさく笑った。「ごめんね。手伝いたいのはやまやまなんだけど」「かまわんよ。インディゴがしゃべってくれるから退屈しない」「もうすぐまた人がいっぱい来るからね。山科さんの仕事もたくさん」「まあ、なぁ。お盆だからな。インディゴが好きな花いっぱいの景色になるぞ」僕は笑う...
月夜の猫-BL小説です 春立つ風に(工藤×良太)195までアップしました BL小説 春立つ風に(工藤×良太)195までアップしました。恋ってウソだろ?!87(ラスト)ハッピーハロウィンからの、「恋ってウソだろ?!」長々とお付き合いいただきありがとうございました。「恋ってウソだろ?!」の直後「デジャビュ?」
幽霊になって、インディゴ、と呼ばれるようになってから何年経つのかはよくわからない。気がついたら僕に対する周囲の呼びかけはそうなっていたから。周囲というのは、毎日、僕の暮らす墓地の清掃にきてくれる山科のおじさんやここの隣の区画にいるマリー姉さんのことだ。いまのところ、僕をインディゴと呼ぶのはこのふたりだけ。僕が話をすることができるのもこのふたりだ。なんてせまい世界なんだろう、とときどき思うけれど、こ...
昼過ぎには遠木の実家を辞した。また来ることはあるだろうか。未来のことはわからない。なにひとつとして。駅までの道をふたたび並んで歩きながら、遠木がほっとした声を出した。すこし笑いながら言う。「極の勝算とやらの『お手紙作戦』があんなにうまくいくとはなぁ」「遠木と僕の歳月の力じゃないかな」笑いながら返すと、軽やかに遠木が笑った。思えば長く恋をしていた。恋をしている。そしてこれからもずっと、恋をしていく。...
強く吹いた風が。 小さく渦を巻いて僕と計登さんの髪を乱して去っていく。「・・・・・・・・・・・・なんだよ。都古くん泣いてんの?」 計登さんの驚いた声。「・・・・・・違うよ、」 時雨さんは、なにを、「・・・・・・煙りが、・・・・・・煙草の煙りが、眼に沁みただけ、」 時雨さんは、誰れを、「・・・・・・・・・・・・ふぅーん、」 計登さんは、気の無い返事をして、携帯灰皿を取り出した。 時雨さんは・・・・・・掴もうとしたんだろう。 なにを、 諦めたんだろう。